第百八話 新しい名前をいただくようですが
俺は傭兵組合のカランに呼び出されていた。
最近何かと顔を合わせるなと思いつつ、いつもの部屋に赴く。
「先日ぶりだな。……銀閃とアイナ君は一緒じゃ無いのか?」
「連れてきた方が良かったか?」
「いや、用件そのものは君一人に対してだから問題は無い。ただ、いつも誰かしらと一緒だったから、少し珍しいと思ってね」
カランの言うとおり、今日は俺一人。
他の三人は仲良く〝女子会〟だ。
アイナと、一生忘れることのない夜を過ごした日の翌朝。
俺はアイナを背負って診療所に戻った。アイナの足腰が完全に生まれたての子鹿のようにプルプル震えてしまい、まともに歩くことが出来なくなっていたのだ。
相手が〝初めて〟という事もあり、優しくしようと心がけていたはずが、いつの間にか俺もアイナも熱が入ってしまい、頑張りすぎてしまった結果だ。
でもって、二人揃って朝帰りをした俺たちを、キュネイとミカゲは暖かく迎え入れてくれた。どうやら、二人で仕事に出かけた時点でこの展開は予想していたらしい。
見透かされていたことにアイナは猛烈に恥ずかしがっていたが、それと同時に自分のことを快く受け入れてくれた二人に感謝していた。俺も、仲睦まじい彼女たちの為に精進を重ねることを新たに決意した。
それから数日が経ち、アイナの体調も万全になったということで、女性たちだけで出かけたのだ。同性水入らずで話したいこともあるのだろう。
そんなわけで、一人で組合に来たのだ。
「で、肝心の用件は?」
「大方の察しは付いているだろう」
「そりゃ、まぁな」
致命的に察しが悪くなけりゃぁ、予想は出来る。
――案の定、カランの口から俺の昇格が正式に決まったことを告げられた。
これで俺は晴れて三級傭兵となった。
目標の二級――ミカゲと同じ階級まであと一歩だ。
とはいえ、ミカゲに聞いた限りでは二級と三級の間には大きな隔たりがある。三級までは順調に昇格できても、そこから以降に上り詰められるのはほんの一握り。今までのようにトントン拍子に、というわけにはいかないだろう。
まだまだ道のりは長いなぁ、とぼんやりと考えていたところに、カランの口から予想外の話が出てきた。
「それと、三級の昇格時点ではかなり異例のことではあるが、君への二つ名が与えられることとなった」
「二つ名? それって、ミカゲの『銀閃』みたいなやつ?」
カランは頷いてから、改めて口を開いた。
「ところでユキナ君は、傭兵の二つ名がどうやって付けられるかは知っているか?」
「傭兵の凄ぇ活躍やら妙な性質やらが由来してるってのは聞いたことあるけど……」
ミカゲの『銀閃』であれば、目視するのも困難な速度で振るわれるカタナの煌めきが〝銀の閃光〟に見えることからきている。
俺が傭兵になった当初、まだ実力を認められておらず、またビッグラットばかりを狙って狩っていたことから『鼠殺し』なんて不名誉な名が組合内で広まっていたのが、妙に懐かしく感じられる。
「そう、一つは君の言うとおり、誰かが言い出した二つ名がそのまま定着する場合。そしてもう一つが、貴族のような権力者から傭兵に与えられる場合だ」
傭兵の武勇に恩や感銘を受けた貴族が、傭兵に対して今後の活躍を期待して二つ名を送る、という事らしい。
ただ、貴族の期待を受けるほどの活躍と言えば、それこそ二級の傭兵からが通例だ。俺のような三級傭兵に送られることは非常に稀だという。
話の流れからして、俺がもらう二つ名とやらは、この貴族様から与えられるものだろう。
「……それで、俺が貰う二つ名ってなんなのさ? まさか犬頭殺しやら|ゴブリン殺しとかじゃねぇよな。もしそんなのであれば、相手が貴族様であろうとも断固として抗議するぞ」
「そんな類いのものでは無いから安心してくれ」
俺の強気な姿勢に、カランは首を横に振った。
それから、彼は改まった様子で俺に告げた。
「君に送られた二つ名は『黒刃』だ」
黒刃――黒い刃ってことか。
「でも、なんで黒刃?」
『黒』というのは理解できる。なにせ愛用の槍が朱混じりの黒色だからな。
でも、だったら『黒槍』の方が合っている。何故『刃』の方なのだろうか。
一応、グラムは刃まで黒いが、槍の穂先なんて全体から見れば一部程度の範囲にすぎない。これで俺の得物が〝剣〟であればまだ分かるが。
「先日に通達があったのだよ。『傭兵ユキナが三級に昇格する際には『黒刃』の二つ名を授与されたし』とね。組合の印が成された書類に記されており正式なものであるのは間違いなかった。だが、肝心の二つ名の送り主が、書類のどこにも記載されていなかった」
カランが腕を組んで唸った。
『ほうほう、なるほどそう言うわけか』
と、そこで合点がいったように声を発したのはグラムだった。
俺が念話で少し意識を向けると、グラムは意気揚々に説明を始めた。
『おそらくだが、黒刃ってのは、相棒が邪竜を叩き切った時に使った竜滅の大魔刃のこったろうぜ』
確かに、あの巨大な刀身を形成していたのはまさに漆黒。黒刃の名にふさわしい様相だ。
納得しかけた俺だが、そこで俺はふと気が付いた。
竜滅の大魔刃――その本当の名はともかく、あの巨大な黒い刀身を目撃したのは、邪竜を叩き切った瞬間に居合わせた者だけだ。
それに、王様直々の通達であの場の真実に関しては箝口令が敷かれている。おいそれと情報が漏れるわけが無いのだが……あ、もしかして。
『その通り。組合の上層部からの通達って話だが、その上層部に話を通したのは、国王様だ』
アイナの親父さんか。
でも、確か傭兵組合って独立組織じゃ無かったけ?
一国の主様とはいえ、そう簡単に話が通るものかね。
『相棒の言うとおり、傭兵組合は国家に帰属する組織じゃねぇが、かといって国家と無関係ってわけでもねぇ。敷地内に組織の建物を置かせて貰った上で活動してるんだしな』
敷地を借りて営業しているようなもんか。敷地の所有者の意向を無下にはできねぇか。
「ああ、誤解をしないでくれ。昇格に関しては、組合が君の技量と功績を評価した結果だ。書類にはあくまでも『三級に昇格する際には――』という条件が付いていたからな」
グラムと念話で会話をしていたからか、無口の俺に対して勘違いしたカランが慌てたように言った。おそらくは、俺がへそを曲げたとでも思ったのか。
「いや、そこは気にしてねぇよ。ただ、その二つ名の送り主ってのにちょいと心当たりがあったもんで」
とにかく、だ
今日から俺は『黒刃のユキナ』となるわけだ。