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第百三話 後半が甘ぇようですが! 

サブタイトルがグラムの叫びみたいになった。

詳しくは読めばわかる。




 選んだ依頼は薬草の採取。五級が請け負うような超低難易度ではあるが、日帰りで終わるしちょっとした小遣い稼ぎになる。今の俺たちにはちょうど良いだろう。


「今日はこいつを片付けて、その報酬で飯でも食いに行くか」

「屋台の串焼きが食べたいです!」

「早い早い。気が早すぎるから。依頼をきっちりと終えて、ちゃんと報酬を貰ってからな」


 どれだけハマったんですかお姫様。目をキラキラとさせるアイナの勢いに気圧される俺である。


 俺は依頼書を剥がすとアイナに手渡した。


「復興作業の時は、俺とミカゲで一通りをやったからな。今日はお前が一人で受注の流れをやってみろ」

「はい、分かりました!」


 アイナは依頼書を手にすると、受付の方へと意気揚々に向かっていった。どれだけ串焼きに期待を膨らませてんだ。


『それだけじゃねぇさ。薬草の採取とはいえ、初めて傭兵らしい仕事をするってんで、気合いが入ってるのさ』


 前回の復興作業は、仕事としてはいささか特殊だ。ある意味、グラムの言うとおり、今回がアイナの傭兵としての初仕事みたいなものだろう。


 受注処理を行う受付職員を相手に、やる気満点のアイナ。彼女の後ろ姿を眺めていると、何だかほっこりしてきた。 


 心境としては、娘が初めてのお使いに臨むのを見守る父親の心境だろうか。串焼き肉を食べることにさえ手間取っていた子が、今は一人で受付と話している。立派になったもんだ。


『しかし、アイナもキュネイやミカゲに負けず劣らずイイ尻してんなぁ』


 ぶち壊しか畜生。俺の情緒を返せ。


 いやこの槍グラムの仰るとおりですけども。確かに、受付に肘をつくように乗り出し、逆に突き出たお尻は非常に良い形をしていらっしゃいますが。


 ――などという邪な考えを抱いていたのが悪かったのか。


 俺は側まで接近していた気配への反応が遅れた。


 ドンッ!


「ん?」


 背中にぶつかった感触が伝わる。


 何事かと振り返ってみれば、どうしてか組合の床に尻餅をついた男がいた。


 彼は何が起こったか分からないといった表情をしていたが、唐突に顔を真っ赤にしながらこちらを睨み付けてきた。


 いや、分からないのはこっちなんですけど?


「て、てめぇ!」

「いや、本当になんなのさ!?」


 急に怒鳴られて、俺は反射的にツッコミを入れてしまう。するとどうしてか、男の顔が怒りのためか赤い顔に血が上ってどす黒くなっていた。


 グラム、状況説明してくれ。お前なら分かってんだろ。


『いやな、そこの男な。相棒にわざとぶつかってきたんだ。多分、アイナとイチャイチャしてたことに我慢ならなかったんだろうよ』


 なるほど。それで?


『でもって、可愛い彼女の前でけさせて恥を掻かせよう相棒に肩をぶつけたのはいいんだけど、そしたら逆にあちらが吹っ飛んだのよ。ほら、相棒ってを背負ってるじゃん』


 グラムは俺を鍛えるということで、普段から重量増加エンチャントを使って重さを増している。重さにすれば優に人間一人分以上。つまり、こう見えても俺の今の重量は人間二人分以上というわけだ。


 しかも、そんな重量を常日頃から支えているわけあり、俺の体幹は相当に鍛えられている。尻餅をついている男の体格はそれなりだが、特別に筋肉があるようではなかった。俺にぶつかってきても当たり負けするのも無理はない。


 …………………………。


 いや、俺に悪いところってやっぱり無いよね?


『あえて言うとすれば、組合の中でリア充な空気を振りまいていたところだろうさ。その上、ぶつかりにいったことすら気づかれてなかったとくりゃぁ逆ギレもしたくならぁ』


 完全に――とは言い難いかもしれないけど、それにしてもやはり俺に非はねぇよ。というかグラム、お前が男が近づいてきた時点で言ってくれりゃぁ避けられただろ。


『女の尻に気を取られてる相棒が悪い。それに避けたら避けたで別の絡みかたをされただけさ』


 イイお尻のことはグラムの一言が原因だ。


「お待たせしましたユキナさん。無事に依頼を受けることが出来ましたよ」


 念話チャンネルでグラムに叫びつつ男に睨まれている最中に、イイお尻の持ち主であるアイナが受注処理を終えて戻ってきた。


 俺と未だに尻餅をついたままの男を交互に見て、アイナは首を傾げた。


「……もしかして、お取り込み中でしたか?」

「どうなんだろうな」


 俺にもさっぱり分からない。


 ふと辺りを見渡すと、先ほどまでの殺気立っていた雰囲気が少しだけ和らいでいた。代わりと言っては妙だが、多くの傭兵がどことなくニヤニヤした笑みを尻餅をついた男に向けていた。


『こいつに加勢するような奴はいねぇようだ。まぁ、相棒に正面からぶつかろうとしなかった時点で、こいつの器が知れてるけどな』


 結局のところ、男のしたことは単なる僻みであり、周りからの同意を集めるどころか嘲笑を得ただけに終わったのだ。


 男は「クソッ」と吐き捨てるように呟くと苛立たしげに立ち上がり、組合の出口へと向かう。途中にいる他の傭兵たちを突き飛ばすようにどかしそのまま出て行ってしまった。


 俺はアイナが離れていた間に起こった出来事を、率直に伝えた。


「あー、ちょっと浮かれすぎていたようですね」


 アイナは反省するように言ってから、俺の手を掴んだ。


「これ以上この場にいるのはよろしくありませんね。受注も終えましたし、ひとまずは退散しましょう」

「あ、ああ。分かった」


 俺はアイナに引っ張られるままに組合の出口に向かう。尻餅を付いていた男への嘲笑の視線が、またも俺への殺気に変じるがとりあえずそんな野郎どもに手を振ってその場を後にした。


 しばらくは引っ張られるままだったが、途中でアイナはペースを落とし俺と並んで歩き出す。


「すいません。組合の空気はある程度は察していたんですけどね」

「あ、気づいてはいたのな」

「人に視線を向けられるのは慣れていますから。それに、こうしてローブを被っていても人の目を惹き付けてしまうということも」


 アイナは己の容姿が優れていることを自覚している。そんな自分と一緒にいる俺がどのような視線を向けられていたのかも察していた。


「それよりもユキナさんと一緒にいるのが楽しくて、ついつい調子に乗ってしまいました。失敗です」


 たはは、とアイナは苦笑した。


『婚約者って立場になったが、本当にごく最近の事だからな。相棒を独り占めできる数少ない機会だから、ちょっとばっかし浮かれるのは仕方がねぇよ』


 グラムの言うとおりだ。出会ったのはキュネイやミカゲよりも圧倒的に早かったが、一緒にいられた時間はあの二人に比べて圧倒的に短かった。


 それに、アイナは王族としてあまり自由がなかった生活を送ってきたのは聞き及んでいる。勇者レリクスとの婚約が王族の義務という形で成されようとしていたのも彼女から聞かされていた。本人は王族の生き様に納得はしていたが、思うところが無かったわけではなかった。


 それが今、俺の婚約者という立場になり自由を得たのだ。


「申し訳ありません、今後はもう少し気をつけ──」

「別にイイじゃねぇか、調子に乗ったってさ」

「え? ユキナさん?」


 自重を口にしようとしたアイナの言葉を俺は遮った。


「仮にそれでやらかしたって、丸ごと受け止めるのが男の甲斐性ってもんだ。下手に押さえ込む必要なんてない」


 俺はアイナと繋がっている手に少しだけ力を込めた。


「空気を読む必要なんてない。お前はお前の好きなように振る舞えばいいさ。俺だってその方が嬉しいしな」

「……本当に良いんですか?」

「おう、どんとこいや」


 彼女は少しぽかんとした顔になるが、やがてクスリと笑った。


 それから、繋いでいた手を離すとガバッと俺の腕を抱きしめた。


「おっと」

「……その、王都の外に出るまでこのままでいいですか?」

「まったく問題ない。むしろ大歓迎ウェルカムだ」


 アイナの柔らかさが腕全体に伝わり、幸せいっぱいになる。そしてアイナも俺の腕に頭を擦り付けるようにしてさらに抱きついてくる。


「ユキナさん」

「なんだ?」

「えへへへ、呼んでみただけです」


 なんだろう、この可愛い女の子。本当に俺の彼女?


 残念、俺の彼女でした!


『二人揃って頭の大事な部分が緩みきってんな。砂糖で洪水が起きるくらいに空気が甘ぇな畜生』


 グラムが悲痛に呻くが、アイナとイチャイチャしていた俺の耳にはまったく届かなかった。


書籍の発売日が目前です。


実は、一部専門店では書籍購入特典として限定ショートストーリーが付属いたします。

ここでしか読めないお話なので、是非ともゲットしてください。


以上、ナカノムラからのお知らせでした。

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