第百二話 衝動に抗うようですが
風の噂で聞いたところ、俺たちの発見した洞窟の調査はレリクスたち勇者パーティーに任されることになったらしい。
各個が国内でトップクラスの実力者の上に、経験豊富な一級傭兵も属している。未知の領域を探索する上で、彼らほどの適任者もなかなかいないだろう。
『階級とか本人の意思を無視すりゃ、他にも一つあるぜ。ごく身近によ』
グラムが何かを呟いていたが耳を塞いでスルーした。頭の中に声が響いてきても極力スルーした。
勇者のご活躍を心の片隅で祈りつつ、今日も俺たちは傭兵組合で依頼を探していた。ハッキリ言って、貯蓄という点に限れば今の俺はなかなかのものだろう。
魔族襲撃の際に破損した装備の修理費。結局はそれが丸々懐に納まっており、先日の洞窟を発見した件での追加報酬もある。贅沢をしなければ年単位で働かずに暮らせるだろう。
とはいえ、身近にバリバリ働いている女性がいると、積極的に働きたいとは思わないが、定期的に仕事をしていないとどうにも居心地が悪い。
『相棒も、なんだかんだで傭兵としての自覚がでてきたってことだろ。理由はどうあれ、無理しない程度に働くことは人生を充実させるための秘訣だからな』
「槍が人生を語るのかよ」
『これでも、幾たびも英傑たちの人生を見送ってきた槍だからな』
そう言われると何だか含蓄があるように思えてくるから不思議だ。
――普段の見た目こそ〝槍〟であるが、その本質は超サイズの〝剣〟であるグラム。ただ、本人は槍と呼ばれることにさほどを違和感が無い様子だ。グラム曰く「槍として扱われる時間の方が圧倒的に長かったからな」とのこと。
「それで、本日はどのような依頼を?」
「最近は色々あったからなぁ。なるべく日帰りで楽な仕事にしとこう」
俺はアイナと共に組合で依頼の物色を行っていた。
ミカゲは武器の調整があるため今日は別行動だ。
ミカゲの武器であるカタナは一応は〝剣〟であるが、この国で流通している一般的な剣とは形状も使用法もかなり異なる。その為、王都にある武器屋では販売も整備も行っておらず、これまでは自前で整備をしていたようだ。
そこで俺は、試しに俺が行きつけにしている武器屋を紹介した。
店の規模は小さくボロくさい外観だが、店主の爺さんは元は王城勤めの鍛冶師。アイナの話によれば、王都のみならず国内でもトップクラスの職人だ。
ミカゲを伴って爺さんに相談して見たところ、爺さんは快く引き受けてくれた。過去に似たような武器を扱ったことがあるらしい。
ただ、繊細な作業が必要のようで数日はかかるとのこと。その間はミカゲも傭兵活動はお休みだ。
「ですがこのミカゲ。ユキナ様のご命令とあらば武器がなかろうと例え火の中水の中。墓石の下までご一緒する所存でございます」
「最後の物騒すぎるわ!」
真面目な顔してとんでもないことを言い出すミカゲのことを思いだし苦笑してしまう。最近は当初のように暴走することは無くなったが、それでもたまに俺の予想を飛び越えるような発言をしてくるから油断ならない。
――クイクイ。
唐突に服の裾が引っ張られる。
当然それは隣りにいるアイナだ。彼女は少しだけむっとした表情で俺の服を摘まんでいた。
「いま、ミカゲさんのことを考えてませんでしたか?」
「なんで俺の近くにいる女は俺の頭の中が分かるのさ」
「これでも、魑魅魍魎が跋扈する政界の中に身を置いていたんですよ。腹の探り合いならちょっとしたものですよ、私」
彼女はぷいっとそっぽを向いた。
「イイですよ。どうせ私なんか、世間知らずのお嬢様なんですから。ミカゲさんの方が頼りになるのは当たり前ですよね」
言ってから、アイナはもう一度ぎゅっと俺の服の裾を握った。
「私といるときに、私以外の女性のことを考えられると、少し寂しいです」
嫉妬した俺の彼女(元王女)が可愛すぎる事案勃発。
あまりの可愛さに、目眩がしそうになった。
場所をわきまえずに抱きしめたい衝動に駆られるつつ、俺はどうにか耐えきる。押さえ込んだ抱擁衝動(?)の代わりに、アイナの頭をフード越しに撫でた。手が触れた途端、彼女の肩が一瞬震える。
「悪かったよ。なんだかんだでミカゲが近くにいるのが慣れてたみたいだ」
「こ、こんなことくらいでは誤魔化されませんから」
「そう拗ねるなって」
「拗ねてなどいません」
アイナはつんけんしている口調ではあったが、俺の手を撥ね除けるようなことは無かった。むしろ、もっと撫でろと言わんばかりに、彼女の頭が俺の側に近寄る。
この元王女様、もしかしたら少し嫉妬深い性格なのかもしれないな。それはそれでまた、ミカゲやキュネイにはないアイナの魅力かもしれない。
「分かった分かった。今度また、別の機会に埋め合わせをするから許してくれ」
「…………本当ですか?」
「ああ本当だ。約束するよ」
「じゃぁ許してあげます」
すると、彼女はにこりと笑みを浮かべた。
なんか、上手いこと乗せられたような気がするな。
『世間知らずであろうとも、対人関係の経験値は相棒よりも遙かに上だろうからな。あの一癖も二癖もある王様の娘だし、当然だぜ』
けれども、こんな可愛い女性になら、乗せられても悪い気はしない。
『それよりも、相棒はそろそろ周りに目を向けた方が良いぜ』
グラムの言葉に従って周囲を見渡すと、なんだか殺気だった雰囲気になっていた。至るところから突き刺さるような視線を向けられている。
『傭兵組合なんてむさ苦しい野郎ばかりいるような場所で、スタイル抜群の美少女とイチャイチャしてみろ。そりゃ殺気の一つや二つも向けられるっての』
嘆息するようなグラムの言葉に、俺は頭を掻いた。どうやらアイナと二人の世界に入っていたようで、周りが見えなくなっていたらしい。
「ユキナさん、どうかしましたか?」
「いんや。真面目にお仕事探しましょうかね」
これ以上この場にいると、最悪はどこかが暴発しそうだ。そうなる前に受注する依頼を受けて退散した方がいいな。