第十一話 夢と希望がつまっているようですが
グラムを得た翌日の夕暮れ、俺は決意を新たにして路地裏を歩いていた。
『相棒。随分と気合いが入ってるな』
背負った槍──グラムが愉快そうに言った。グラムには俺が王都に来た本懐を既に伝えてある。
街中であるために穂先には布を巻いているが、グラムの声は変わらずに俺に聞こえてきた。今の声は念話で俺の頭の中に直接伝わっている。
「王都に来た理由の大半を占めるからな。嫌でも気合いが入る」
初日は問題が起こってご破算になってしまった。もっとも、あの日の行動は後悔していないし、悪いことばかりでもなかった。
俺の胸元には紐に吊された指輪がある。
あの日、紅い髪をしたお嬢さんから受け取った指輪だ。女性物であるために俺の指には入らなかったが、こうしてペンダントのようにして肌身離さずに持ち歩くようにしている。
未練はあるにはある。だが、同時に決して手が届かない存在だと理解もしている。
だから今日は、あのお嬢さんへの想いを断ち切る意味も含めて色街へと向かうのである。
徐々に目的地に近づいてきているからだろうか、ちらほらと露出の多い服を纏った女性が目に付くようになった。裸の方はむしろ健全なのでは、と思えるほどのきわどい格好をした類いもいる。中には俺の目の前で男性と話をした後、彼の腕を組んでどこかに消えていった者もいる。これからどこかの宿でしっぽりとしけ込むのだろうか。
『んで、お目当てのおねーさんとかいるのかい? あそこにいる女、良い尻してるぞ』
「残念。俺は尻よりも胸派だ」
『胸なぁ。あれはいいもんだ。大きければ大きいほど男の浪漫が詰まってる』
「尻には?」
『尻には男の夢がつまってんだよ』
中々に上手い表現をするねこの槍。その意見には俺も全くもって同意だ。比率がおっぱいに傾いているだけで、おっぱいも尻も大好きです。
「ま、それはともかく。これでも田舎もんでさ。娼婦の善し悪しとかわかんねぇのよ。だから、そこら辺を斡旋してくれる『娼婦宿』とかに行くつもりだ」
娼婦宿──名の通り、娼婦といちゃこらするための宿だ。また、娼婦の斡旋も行ってくれており、こちらの要望と金額を照らし合わせて最適な女性を紹介してくれるサービス付き。
『無難だな。あの手の店は高い分、その辺りの管理が徹底されてるからな。下手な女を引いて大損するよりゃ遙かにマシだわな』
「……なんで槍のくせにそんなこと知ってんの?」
『俺の昔の持ち主も色街を利用してたってことさ。道端の安い娼婦を買ったら、病気を移されて酷い目に遭ったりしてたがな』
病気と聞いて俺は少し顔が引きつった。どうやら、俺の考えは間違っていなかったようだ。
『因みに、予算はどのくらいあるんだ? 一口に娼婦つってもぴんきりだ。最高級になるとべらぼうな額になってくるぞ』
「その辺りも既に調査済みだ。紹介して貰った娼婦宿の中じゃ、それなりに良い感じのが買えるはず」
娼婦宿の事と今向かっているそれを紹介してくれたのも、王都に来る最中に一緒だった教会騎士の一人だ。
どうしてあんな不良騎士が勇者のお迎えに同道できたかが不思議で仕方が無かったが、おそらく何かしらの理由があるんだろう。
そうこうとグラムと話している内に、色街の入り口に到着した。一歩足を踏み入れた途端、表現しがたい強い匂いが鼻に触れた。
『人の欲が混ざり合ったような匂いだな』
「……お前、鼻無いだろ」
『これでも人間に近い感覚は一通り揃ってんだわ。唯一、味覚だけねぇがな』
「………………それ、意味あるのか?」
『感覚の意味を問い質したら、なんで俺が喋れるかって根本的な話になっちまうぞ』
「それもそうだな」
話を切って、俺は色街の奥へと歩を進めた。
──やがて、目的の店にまで到着した。
一見すればただの宿にも見えたが、店の名前も教わったとおりのものであり、まず間違いないだろう。
「……さすがに緊張するな」
望んでいた事とはいえ、店を目の前にすると二の足を踏んでしまう。この時点で既に心臓の鼓動が逸っていた。
『男は度胸だ! いったれ相棒! 踏み出せば桃源郷が待ってるぞ!!』
足踏みをしている俺に、グラムが威勢良く発破を掛けた。背中を後押しする言葉なのだが──。
「──本音は?」
『相棒がよろしくやってる最中に綺麗なねーちゃんの乳や尻を拝みてぇ!! ……あ、やっべ。これ言っちゃ駄目なやつだ』
グラムが割とお調子者であるのは、この短期間で理解できた。それを踏まえて聞いたのだが、返ってきたのは案の上の答えだった。
「……お前、部屋の外で待機な」
『調子に乗りすぎましたごめんなさい。貝のように口(?)閉じてますんでせめて部屋の片隅に置いてください』
「ったく……」
溜息こそ出たが、今のやり取りで多少なりとも緊張感は抜けた。俺は意を決して踏み込んだ。
戸を開いて入った途端、素っ裸同然の超薄着をした女性が廊下を歩いていた。意を決したはずなのにまたも心臓が跳ね上がった。
『おいおい、驚きすぎだろ。娼婦宿なんだからナニしている最中の娼婦がいても不思議じゃねぇだろ』
「初心者の俺には刺激が強すぎるわっ」
小声でグラムに言い返すと、俺に気が付いた女性がこちらに向けて笑みを向け宿の奥へと消えていった。
『ほれ、受付はすぐそこだ』
「わ、分かってるよ」
唾を飲み込み、俺は宿の入り口側にある受付へと近づいた。「当宿へのご来店、まことにありがとうございます。本日はどのようなご用件で?」
受付をしているのは先の薄着ほどではないが、躯のラインが綺麗に出る格好をした女性だった。柔和な笑みを浮かべてこちらに聞いてくる。
俺は一度深呼吸をして、言った。
「漢になりに来ました」
「──?」
首を傾げられた。
しまった、ちょっと気が逸りすぎた。
『ぎゃっはっはっは! いきなりぶっ込んだな相棒!』
「ううぅぅ……」
いざ言葉にするとなると、羞恥心が半端ではない。頭に血が登り、上手く事が出てこない。落ち着け俺、こんなところで恥ずかしがっていてはそこから先のナニやコレなど到底耐えきれない。
改めて腹に力を込め、この宿に来た目的を受付に伝えようとしたときだ。
こつこつ階段を踏む足音が聞こえてくる。
受付は一旦俺から視線を外すと、二階から降りてくる人物に顔を向けた。
「あ、キュネイ様! お疲れ様です!」
受付が頭下げたのは、まさに美女としか言い様がないほどの女性だった。扇情的な衣を身に纏った躯は、男であれば無条件に魅了されるだろう。特に今にも服の端から溢れ出しそうな豊満な胸に俺の目が釘付けになった。




