第九十八話 受けている様ですが
魔法で作られた穴は長い一本道だった。
明かりは手元の松明のみ。おそらくはまだ外は昼間であるはずなのだが、太陽の光をしばらく視ていないせいか時間の感覚が曖昧になってくる。
そう思いながらしばらく歩くこと三十分ほど。俺たちは天井の高い空間に出た。
アイナが辺りの地形を観察する。
「通路と違って、この空間は自然に出来たもののようです。どうやら、別の洞窟に繋がったみたいです」
「こっち側に別の入り口があるんだろうが……どうするミカゲ」
俺の問いかけにミカゲは首を横に振った。
「潮時でしょう。別の洞窟であるのなら、なおさら規模が不明です。本格的に調査をするとしたら、一度戻って態勢を立て直しましょう」
戦力的には申し分ないかもしれないが、長丁場になると食料や火種の燃料が必要になってくる。
ミカゲの出した結論に異論を挟む者はいなかった。
『そんな相棒に残念なお知らせだ。厄獣が数体、こっちに向かってきてるぜ』
本当に残念だな!
心の中で悪態を付いていると、グラムと同じく厄獣の接近に気が付いたミカゲの視線が鋭くなる。
「この足音……中型から小型の厄獣が複数こちらに向かってきています」
ミカゲの言葉にアイナとキュネイが小さく息を呑んだ。
「……いっそうのこと。大型でも来てくれたら来た道を戻れば簡単に逃げられたかもしれませんね」
「だ、大胆なことを考えるわねアイナちゃん」
キュネイは戦慄していたが、俺もアイナの言葉には同感だった。
俺たちが歩いてきた通路は決して広くは無い。人が二人並んでギリギリ通れる程度で天井も低い。人間を巨体であれば通ることは無理であったろうに。
『ついでに言えば、足は結構速そうだぜ。通路に逃げ込むにしても、アイナとキュネイの足じゃちょいと難しいだろうよ』
となると、だ。
「ミカゲさんはともかく、ユキナさんの武器は長物です。でしたら、下手に通路に戻るよりこの場で迎え撃った方が動きやすいですね――光源!」
俺やミカゲが頼むよりも速く、アイナが再び魔法で空間の内部を照らした。俺たちは松明を離れた場所に放り投げると各々の得物を手に取った。
やがて、俺たちの通ってきた穴とは別の場所から、ワラワラと厄獣が姿を現した。
一言で言い表すなら二足歩行をする蜥蜴だ。とは言っても人間のように直立しているわけではない。鳥類のように前屈みであり、大きく発達した後ろ足で地面を踏んでいる。 ――大脚蜥蜴。
組合が設定した討伐階級は四級。今の俺であればさほど苦労するような相手ではないが……。
「ちょっと多くねぇか?」
「ざっと見でも十匹はいますね。もしかしたら、ここは奴らの巣だったのかもしれません」
大脚蜥蜴は俺たちの姿を確認すると、甲高い奇声を発しながら突撃してきた。
「ミカゲ、お前が前衛を頼む!」
「承知!」
ミカゲはカタナの柄に手を添えると、厄獣の群れへと突っ込んでいった。
俺は槍を背中の鞘から引き抜くと、アイナとキュネイの前で構える。本来なら俺もミカゲと一緒に前で暴れたいところだが、今回はいかんせん相手の数が多い。二人を守る役割が必要だった。
「すいませんが、護衛をお願いします」
「任せな。それよりも魔法の方は頼むぜ」
「もちろんです。それが私の役割ですから」
自信に満ちた顔で頷いたアイナが杖を構えると、先端の宝玉が輝きを放ち始める。魔法の〝詠唱〟が始まったのだ。
「疾ッ!」
前に出たミカゲはカタナを翻し、大脚蜥蜴を切り裂いていく。二級傭兵であるミカゲにとって、討伐階級四級の厄獣など物の数ではないだろう。
カタナに反射した煌めきが戦場を駆け抜ける。まさに銀閃の名に相応しい光景だ。
――ギュアァァッ!
ミカゲのカタナから逃れた大脚蜥蜴の数体がこちらの姿を確認すると、雄叫びを上げながら一斉に飛びかかってきた。
発達した後ろ足による跳躍と、そこから繰り出される跳び蹴りは、大脚蜥蜴の有する攻撃の中で最も威力を有してる。
跳躍の寸前に大脚蜥蜴は両足を縮めて溜を作るので、起こりさえ察知できれば対応するのはさほど難しくはない。
とはいえ、俺の後ろには魔法の詠唱を行っているアイナがいる。避けるわけにはいかない。
厄獣の中では比較的小型ではある大脚蜥蜴だが、それでも成長した牛ぐらいの大きさはある。そんなのが複数同時に飛びかかってきたら、その衝撃は相当な物だ。今の俺の装備で耐えるのは少し難しい。
避けるのも耐えるのも難しいなら、迎え撃てば良いのだ。
攻撃は最大の防御とも言う。
(行くぞグラム!)
『合点承知だ!』
俺の意思に呼応し、重量増加が発動。槍の重量が一気に増した。
「うぉりゃぁっ!」
大重量の槍の薙ぎ払いで、蹴りを繰り出してきた大脚蜥蜴たちを逆に吹き飛ばした。
「ん?」
厄獣の骨と肉を叩き切る感触が手に伝わるが、腕に走る反動がいつもよりも軽いように感じられた。重量増加にある程度慣れたというのもあるが、それにしても普段よりもきつい感じがしなかった。
そしてよく見ると、俺の躯をほのかに光が――魔力が覆っていることに気が付いた。
「『耐久』よ」
この魔力の主はキュネイだった。
「いつもいつも無茶して怪我ばっかりするんだもの。言っても聞かないだろうし、だったらこちらでフォローするしかないって思って覚えたのよ。ちょっとは感謝してね」
「お、おう。さんきゅー」
こちらを叱るように言うキュネイに、俺は少し申し訳ない気持ちになりながら礼を言う。
『こいつぁ単純な耐久じゃねぇな』
この手の魔法――分類としては『支援魔法』を受けたことがないからよく分からないが、そうなのか?
『通常の耐久は魔力が対象の表層を覆って防御力を上げるんだが、キュネイの耐久は相棒の内部にまで魔力が浸透してる。それが肉体への反動を軽減する役割を負ってるのさ』
躯の外側だけではなく、内側まで耐久力が上がってるって事か。
『この手の改良は、対象ごとへの調整が必要不可欠。熟練の魔法使いがようやく手を出せる領域だが、キュネイは医者であり淫魔の血も引いてる。肉体への造詣は聖職者よりも深いからな』
キュネイにいつも心配させていることを申し訳なく感じるが、これで思う存分に戦うことが出来る。
『文字通り、キュネイの愛を一身に背負ってる的な?』
その通りかもしれないがちょっと恥ずかしいな!