第九十六話 例えが悪すぎるようですが──
彼女は少し迷ってから、訥々としゃべり出した。
「この魔法陣ですが、やはり王都の内部に設置された魔法陣と同種のモノです。王都のモノも私が実地で検分したので、おそらく間違いないでしょう」
「そりゃぁまぁ、そうだろうさ」
この魔法陣も、魔族による王都襲撃の仕掛けの一つなのだから当然だ。
「敵の手管を褒めるというのも変ですが、この召喚の魔法陣は非常に良く出来ています。一度起動してしまえば周囲の空気中に漂う魔力を取り込み、半永久的に稼働。加えて被召喚対象は召喚主や設定された対象に対して襲わないように刷り込みが行われる措置が施されています」
「私も召喚や魔法陣の分野に関しては造詣があまり深いわけじゃ無いけど……それって結構な手間じゃ無いかしら?」
回復魔法の使い手であるキュネイ。専門では無いが、魔法の分野であるから何となくでも理解できるのだろう。
「キュネイさんの仰るとおりです。ただでさえ召喚の魔法陣は高い技術が求められるんです。その上でここまでの機能を付与するとなると……」
「なると?」
「……とてもではありませんが、一朝一夕で設置できるものではありません。それなりの期間が必要になってくるはずです」
アイナは立ち上がると、深く考え込むように顎に手を当てた。
「純粋に、魔法使いの視点から言ってしまえば非常に興味深いものです。ですが、王家の人間からして言えば、今後もそのような魔法使いが敵にいると考えてしまって」
素晴らしい職人が敵に回っているようなものか。技術的に認められる分、アイナも複雑な心境なのだろう。
「アイナ様の話によれば、王都に設置されていた魔法陣も同じく手の込んだもののようですが、どうやってそれを仕込んでいたのですか?」
「そういえばそうよね。いくら人気の無い夜に作業を行ったとしても、軍の警邏兵が巡回してるはずだわ。それに、私と違って純粋な魔族なら容姿も目立つし、職務質問でもされたら一発でバレるんじゃないかしら」
――ちなみに、アイナには既にキュネイが魔族と人間のハーフであることは伝えてある。以前に魔族に殺され掛けた経験もあるアイナだったが「キュネイさんはキュネイさんですから」と特に気にとめた様子も無かった。さすがは俺の惚れた女である。おっぱいも懐も大きい。
「王都内に設置された魔法陣に関しては既に判明しています。……身内の恥を晒すような話になってしまいますが」
はぁ、とアイナは溜息をこぼした。
コレは一般には公開されていない情報だが、あの魔族襲撃事件には国政に関わる重鎮が一部絡んでいた。このことは当事者である俺を含め、この場にいる全員に知らされている。箝口令が敷かれているのは、このことが広まれば身内同士で疑い合うような空気が広まってしまうからだ。
「王城勤めの優秀な人でしたが、それ以上に上昇志向も強く他の貴族とも時折衝突していました」
ただ言うとおり、有能であったために王家も気にはとめていても、衝突の仲裁をする事以外は特に口を挟まなかったのだ。
「残念なことに、彼の上昇志向の強さは王家が想像していたよりも遙かに根深いものだったようです」
事件の後に拘束された彼の屋敷を調査した結果、魔族との繋がりを表す証拠がいくつも発見された。
「後ろ暗い証拠の品を何時までも残しておくのは、些か不自然なのでは?」
ミカゲの言葉ももっともだ。もし何かの拍子で調査をされたら、計画を実行する前に内通していたことが発覚してしまう。それで本末転倒だ。
「通常ならそうなのでしょうが、破棄するわけにはいかない類いのものだったのですよ」
内通貴族の尋問を行うとあの事件の詳細が徐々に判明し始めた。
本来であるならば、魔族はあの襲撃で王族を含めた国の重鎮の大半を殺害。その後にあえて生き残りを作り撤退する手筈だったのだ。
もちろん、ただ単に見逃すわけではない。
魔族は国の重鎮の中で、命惜しさに己の手駒になる者を選別。彼らを影から操り、この国を裏から牛耳ろうと目論んでいたのだ。
あの内通貴族はその生き残った貴族の筆頭となり、この国で最も地位の高い立場を約束されていたのだ。
屋敷に隠されていた証拠品は、その取り決めの契約書だった。
あの貴族は、傀儡とはいえこの国の最上位の地位に立つつもりだったのだ。
「ところがユキナ君が割り込んで来ちゃったおかげで、魔族と内通していた貴族の計画は見事にご破算しちゃったってわけね」
「ユキナさんが王都内部の魔法陣や魔族の存在を知らせてくれたおかげで、被害も最小限に食い止められました。不意の襲撃を受けた王国側としては、考え得る上で最上級の結果でしょうね」
逆に、魔族側からしてみれば内通者まで使って用意周到に立てた計画が、蓋を開けてみればほぼ成果無しの大失敗と来た。
「話は戻るけど。じゃぁ王都に設置されていた魔法陣はその内通していた貴族の仕業って事かしら?」
「おそらくは。彼なら夜警の巡回ルートも知ろうと思えば簡単だったはずですから」
内通貴族から情報を得た魔族は、夜警の目が届かないタイミングを見計らい、王都に召喚の魔法陣を設置したわけだ。
「………………」
「ユキナ様、何か気になる点でも?」
アイナの話を聞いていた俺は、腕を組んで首を傾けていた。ミカゲの言葉に、俺は思い浮かんだ事を率直に伝えた。
「いや……本当に内通してた貴族ってそいつだけだったのかなと思ってさ」
特に根拠や論理的な考えがあったわけではない。ただただふと疑問に思ったのだ。
ただ、それを口にするとキュネイとミカゲがはっと息を呑み、アイナは「うぐっ」と怯んだように肩を振るわせた。
「ズバリ言いますね、ユキナさん」
「あ、もしかして当たりだったりする?」
「……内輪を疑うのはあまり気持ちの良いものではないのですけどね」
どうやらアイナも可能性としては考えていたようだ。
『何でそうもピンポイントで大事なことを言い当てるかね、この男は』
ホラ、台所に出没する〝黒い悪魔〟も、一匹いたら百匹くらいいるって言うじゃんよ。
『言い得て妙な気もするが例えが酷すぎるわ!』