第九十四話 なんか出たらしいのですが
――それは、見回りに出ていたミカゲからもたらされた一報が発端だった。
「ユキナ様、ゴブリンがいました」
「マジでか」
少し真剣な面持ちのミカゲに、俺の眉間に小さく皺が寄った。
周囲には作業を継続している者たちが多くいたが、ミカゲなりの配慮か声を小さくしていたので誰にも聞こえていない。
ミカゲを伴って作業現場から離れる。人気の無い場所まで来ると、改めてミカゲに向き直った。
「……どのくらい出たんだ?」
「二、三匹程度です。遭遇したその場で仕留めました。他に大きな群れを形成してる様子はありませんでしたが……」
通常ならその程度の数は気にするほどでも無いが、何分ここはゴブリンの大群に襲われたばかり。浅く考えられるはずも無かった。
ミカゲに見回りを任せたのが幸いした。
もっともコレを純粋に〝幸い〟と受け入れるのはさすがに前向きすぎだろう。
「いかがなさいますか?」
「なるべくなら、事を荒立てたくないな」
「私も同感です」
村人の多くは立ち直り初めているが、それでもゴブリンによって村を破壊された記憶はまだまだ新しい。中には親しいモノを失った者もいるのだ。
せっかく村の復興作業も大詰めだというのに、水を差したくは無い。かといって放置できるような話でも無い。
今一度、しっかりと禍根を詰んでおくべきだ。
(グラム、どうするべきだと思う?)
『そうさな。まずは一番悪い可能性から潰してくのが妥当だろうよ』
一番悪い可能性……か。
となると、最初に手をつけるべきは。
「ゴブリンの巣だった洞窟を先に調べるぞ」
「ですが、あの場所に設置されていた召喚魔法陣は破壊されたと――」
「念の為にだよ」
ミカゲの見つけたゴブリンが、召喚された一部の残党ならまだ良い。だが、もし魔法陣から改めて召喚されたものだったら。
魔法陣の機能が今も生きており、少数ながらも絶えず厄獣を召喚し続けたとすれば、将来的にこの村がまたもやゴブリンの群れに襲われる事も考えられる。
「不完全ながらも機能が生きてたら、改めて完全にぶっ壊せば良い。魔法陣がしっかりと破壊されてたなら、それを確認できたって事で、懸念がひとつ消える。どちらにせよ、それほど無駄な手間ってわけじゃねぇだろ」
少なくとも、俺の中では心配事が減ってすっきりとする。
「とはいえ、本当に取り越し苦労で済む可能性の方がデカいしな。お前は引き続き周辺の見回りを――」
「いえ、私もユキナ様にお供します」
そう言ったミカゲが、俺の目の前で跪いた。
「先の一件で私は思い知りました。私は目先の事にばかり囚われていたと。今も、ユキナ様のような考えには至らず、短絡的に判断していました。それを改めるためにも、此度は是が非でも同行させて頂きたく存じます」
俺が単に心配性ってだけなのだが、ミカゲがこう言っている以上は断る道理もないか。
「だったら善は急げってな。俺は作業場に抜けることを伝えてくるから、お前はアイナと村長の所に行って事情を説明してきてくれ。それから後で村の外れで合流しよう」
さすがに村の責任者にはゴブリンのことを伝えておくべきだ。それにアイナは今は既に復興作業の総指揮を担っているのだ。同じく知っておくべきだ。
「了解しました。では、後ほど」
颯爽と駆け去るミカゲを見送ると、俺も一度作業現場に戻った。
少しした後に、俺は村の外れへと赴いた。
「で、実際の所はどう思う?」
『さぁな。現場を見てみねぇ事にはなんとも。ミカゲが見たゴブリンが余所から流れてきたって可能性もある』
ゴブリンは探せばどこにでも現れる厄獣だ。グラムの言った可能性も否定できない。
『ただ、相棒の判断は間違ってねぇと俺は思うぜ。何事も取り越し苦労が一番って考え方は嫌いじゃねぇしな』
グラムの賛同を受けて少し気を良くしていると、ミカゲが村の方からやってきたわけだが。
「……なんか増えてね?」
ミカゲの背後からは、なぜかアイナとキュネイが続いていたのだ。
「お待たせしました、ユキナ様」
「お待ちしてましたけど、後ろの二人はなんなのさ」
俺が指摘すると、ミカゲが道を譲るように横へと引いた。代わりにアイナとキュネイが俺の前に来ると、豊かな胸の上に手を当てた。
「事情はミカゲさんから聞きました。これでも魔法に携わる者の端くれ。魔法陣のことであれば多少なりともお力になれると思います」
グラムがいるおかげで、魔法陣に関しては問題ないと考えていたのだが、それをアイナが知るはずも無かったか。
「それに、先の一件で使用された召喚陣にも興味がありますしね」
『ま、いいじゃねぇか。俺も魔法の専門家ってわけじゃねぇんだ。俺だけだったら何かしらの見落としがあるかもしれねぇしよ』
それもそうか、と納得する。それにアイナは攻撃魔法も使える。いざという時には頼りになる存在だ。
「で、そっちは?」
「救護要員です」
(色気要員の間違いじゃね?)
そこはかとなく扇情的なポーズを決めるキュネイ。白衣の間から覗く二つの山がおりなす深い谷間が非常に眩しい。
底の見えぬ深淵(比喩)に吸い込まれそうになるのを我慢しつつ、キュネイに問いかける。
「仕事の方は大丈夫なのか?」
彼女は居住まいを正すと真面目な顔つきになる。
「復興作業も大詰めだし、作業で怪我する人も減ってきたから大丈夫よ。治療道具は置いてきたし、村の医者でも十分に対応できるわ」
だったら俺から言うことはもう特にない。回復要員としてもだが、戦闘面に置いてもキュネイは五級傭兵よりも遙かに腕が立つ。
なんだかんだで面子が揃ってしまったが、コレはコレで非常に心強い。
「じゃ、何も無いことを祈りつつ早速行くか」
俺の言葉を受け、三人が頷いた。
そろそろ本番直前ということなので改めて告知をば。
ナカノムラはコミックマーケット96に参加いたします。
日時と場所は、三日目(日曜日)の西地区C06aです。
頒布はオリジナル現代青春ラブコメです。
今回改めて書いた新刊と前回に出した既刊を出します。
なお、ナカノムラはおそらく午前中は戦場(会場)を駆けずり回っていますので「ナカノムラの顔を拝んでやる!」という方は午後に来ることを来るといいでしょう。多分、売り切れないでしょうし……。
また、相方も開始三十分くらいは戦場に出るらしいので、お求めの方はその辺りが頃合いでしょう。
とはいえ、これは予定ですのでもしリアルタイムで情報が欲しかったらナカノムラのツイッターで公開しています。
よろしければそちらをご確認ください。
以上、ナカノムラでした。