第九十二話 任せてみたのですが
まことに残念ながら、ミカゲが家の建て直しや瓦礫撤去等の作業をしている姿が全く想像できない。俺の中では常にミカゲは戦ってこそというイメージが強い。
腕を組んで「うーん」と考えを巡らせていくと、ミカゲがおずおずと口を開いた。
「……大変情けなく申し上げにくい事なのですが」
「まだ何かあるのかよ」
「じ、実のところ。この類いの作業に手をつけた事が今までなくて」
「……? そんなこと言ったら、俺だって」
四級に上がるまではひたすらビックラットを狩っていたのだ。こうした雑事系の依頼を受けたのは今回が初めてだ。
「いえ、そうでは無くて……。本当に、初めてなんです」
「……人生でって意味?」
もの凄く恥ずかしそうに、ミカゲが頷いた。
「生家では幼い頃より剣術を収めてきましたが、逆にそれ以外の事にはあまり興味が無く。家を飛び出してからも、厄獣の討伐や商人の護衛で路銀を稼いでいたので、剣を握る事以外の仕事はほとんど経験がなくて」
じゃぁなんでこの依頼に付いてきたんだよ、というツッコミが喉までせり上がってきたがぐっと飲み込む。ヘコんでいるミカゲにいよいよとどめを刺しかねない。
今の話を聞くと、それこそミカゲに何の仕事を紹介すれば良いか分からなくなってきた。当初は強引に現場に組み込んで仕事の捗りっぷりを見せれば自然と馴染むだろうと安直に考えていたが、それも難しいだろう。
いや、まて。諦めるのはまだ早い。
このままだとミカゲが、剣と美貌と狐耳とおっぱいしか取り柄の無いポンコツちゃんになってしまう。仮にも彼女に主と慕われている手前、それだけは避けたい。
とにかく今はミカゲの得意分野で頑張って貰うしか無い。
となると、やはり戦闘関連に行き着くわけだが……。
「あー、ほらあれだ」
俺は頭をガシガシと掻きながら、考えを絞り出した。
「ここって厄獣に襲撃されて被害を受けたわけだろ。一応、厄獣は掃討されたらしいけど、危険が零になったわけじゃぁない」
「……ええ、確かに仰るとおりかもしれません」
俺たちと入れ替わりにこの村に来た傭兵によって、付近のゴブリンは一掃された。
そしてゴブリンの発生源と思わしき洞窟には、王都に仕掛けられていたものと同じ召喚の魔法陣が設置されていた。だからこそ、短期間で洞窟が〝巣〟と呼べるほどの規模にまでゴブリンが増えたのだ。
この村は、王都近郊に設置された大規模な魔法陣とは王都を挟んでちょうど反対側の方面に位置する。おそらく、魔族の襲撃に遭わせて、二方面から厄獣で攻めるつもりだったのだろう。
既に魔法陣は発見した傭兵によって破壊されており脅威は取り除かれている。けれども、もしかしたら召喚されたゴブリンの中に人の目を逃れた個体もいるかもしれない。
「だから、とりあえず村で作業してる奴らが安心して仕事に専念できるように、村の周囲を見回りすれば……良いんじゃねぇかなぁ、と俺は思うわけだが」
考えつつ考えつつで口を動かしていたので、最後の辺りはちょっと自信がなさげだ。
けれども、俺の話を聞いたミカゲの顔がパッと明るくなった。
「さすがはユキナ様! その仕事ならまさに私が適役――いえ、むしろこの村にその役を私以上に担える者はいません!」
それまでの落ち込みっぷりが嘘のように、力の無かった尻尾がわっさわっさと揺れている。急に元気になったので、逆に俺がたじろぐほどだ。
「不詳、このミカゲ。見事にその大役を果たして見せましょう! では、失礼します!」
ビシッと頭を下げると、ミカゲは自慢の健脚であっという間に俺の前から走り去っていった。
「…………大役かな?」
先日のゴブリン襲撃こそが異常な事態だっただけで、この村の周辺には元々獰猛な厄獣は少ないはずだ。
それに、ゴブリンは舐めて掛かると痛い目を見るが、単体で考えるとやはり雑魚である。十を超える数で一斉に襲われると怖いが、その規模の集団を掃討に加わっていた傭兵達が見逃すとは思えない。
逃げても一匹か二匹程度。その程度であれば、村人であっても十分に対処できるだろう。
「いや、でも召喚されたのがゴブリンだけとは限らねぇし。無駄にはならんだろうさ」
ゴブリン襲撃の際には、その集団の統率者として『トロール』がいたのだ。もう一体いたとして、やはり傭兵が見逃すとは考えにくい。それでも万が一と言うこともある。
周囲には割と無鉄砲と言われがちな俺だが、こう見えて割と慎重派なのだ。転ばぬ先の杖という言葉があるとおり、心配事は前もって潰しておく主義だったりする。
何より、あのミカゲの張り切りようだ。今更止めることなど出来ない。もはや彼女の姿はこの場に影も形も無いため止めようもないけどな。
「さて、俺もいい加減に仕事に戻るか」
小休止にしては少し時間を使いすぎた。
俺は再び作業場に戻り、木材の運搬に掛かった。
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