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第九十一話 尊敬されたのですが……


 次に向かったのは村の中央部だ。


 避難所代わりだった教会を除き、破壊の限りを尽くされていた場所だったが、今は多少なりとも元の形を取り戻しつつあった。既に何軒かは建て直しが完了しており、真新しい民家があった。


 そこで俺は意外な光景を目撃することとなる。


 村の地図らしき紙を両手に広げたアイナを中心に、人だかりが出来ていた。


「まずはこの場所の瓦礫をどかしてください。そうすれば加工し終えた建材の運搬路が確保できます」

「瓦礫はどうすれば良いんだ?」

「細かく壊れてしまった木材は火の燃料に。ある程度の大きさのものは木材の加工現場へお願いします。それ以外にも、再利用できそうなものとそうでないものはなるべく分けてこちらとこちらに――」


 と、アイナは次々に村人や傭兵達へと指示を下していく。階級だけで言えば五級であり、ついでにまだ若い女性だ。なのに、彼女よりも二回り以上も歳を重ねていそうな者も、あるいは気性が荒そうな男も、さも当然のようにアイナの指示に従って動いていく。


「あ、ユキナさん。お疲れ様です」


 目をパチクリしながら教会へと近づく俺に、アイナが気が付く。パッと、花が咲いたような笑みを浮かべた。 


「どうしたんですか? そちらで何か問題でも?」

「あ、いや……俺の請け負ってた分に区切りが付いたから、少し休憩もかねてぶらぶらしてたんだが」

「そうだったんですか。こちらも皆さん頑張ってくださって、問題なく作業は進んでます」

「そうなのか……。いや、変なこと聞くけど、何やってんの?」

「何って……」


 アイナは周囲の作業者達を見て、手元の地図に視線を落とし、もう一度周囲を見渡し、最後に俺を見て首を傾げた。


「現場監督…………ですかね?」

「なぜに疑問形よ」

「あはははは…………どうしてでしょうね?」


 このやり取り、ちょっと懐かしいな。


 ――聞くところによれば、だ。


 アイナは当初、女性と言うことで村人の女達と一緒に作業者達への炊き出し作業を請け負っていた。


 ところがだ。


 炊き出しの材料を運んでいる最中に、教会前での怒号がアイナの耳に飛び込んできた。


 別々の作業を請け負っていた現場監督者たちだ。明確にその役割を請け負っていたわけでは無いが、年齢や技量の関係上、自然とそうなっていたらしい。


 様々な作業が同時平行して行われている以上、どこかしらの領分がぶつかり合うのは当然の帰結。それを話し合う場のはずが、いつの間にか熱が入り言い争いにまで発展してしまったのだ。


 その場には村長もおり、本来ならば仲裁を行うべき立場。だが、村長は老齢であり彼の弱々しい声など監督達の大きな声にかき消されて届くことは無かった。


 言い争いは留まることを知らず、その場には傭兵達も居合わせたが、彼らは五級傭兵になりたての新人だ。現場監督達は屈強な体つきをしており、誰もが及び腰だった。


 だが、同じく五級であるはずのアイナはまるで怯む様子も無く言い争いの間に割って入ったのである。


 最初は監督達もアイナの突然の乱入に怒り、怒号の矛先を彼女へと向けた。ところが向けられる怒鳴り声などなんのその。さらりと受け流すと二人の間に対する妥協案を出したのだ。


 どこまでも冷静なアイナの様子に、監督達の頭に上っていた血も徐々に下がっていき、やがては落ち着いてアイナの話を聞くようになっていった。


「――で、気が付いたら総監督みたいな感じになってたと」


 作業の邪魔になっては悪いと、アイナから少し離れた場所で、俺は一部始終を見ていた村人に話を聞いていた。


「ええ、その通りです。いや、凄いですね彼女。気が付いたら言うことに従いたくなると言うか、傅きたくなると言うか。凄く綺麗ってのもあるんですが、それだけじゃないような……」

「その気持ちは分からんでも無い」


 何せ、元は王女様。人を従える側の人間だったのだ。当然と言えば当然だろう


 王位継承権を失っても、彼女がコレまで培ってきた経験が失われるわけでは無い。口にしなくとも、そういったものが声や仕草、立ち姿から滲み出ているのだろう。


 ふと村人の方を見ると、アイナに見惚れていた。キュネイの診察を受けていた奴らと似たような顔だ。完全に熱に浮かされていた。


 とりあえず、釘を刺しておくか。


「あれ、俺の彼女だから手は出すなよ」

「マジっすか!?」

「マジマジ」

「すっげぇぇぇぇぇぇ!」


 嫉妬されると思いきや、もの凄く尊敬された。おそらく、高嶺の花すぎて、それを射止めた俺が一周回って憧れになるらしい。


 俺はそろそろ作業現場に戻ろうと教会の前から離れた。


「あ」

「お?」 


 と、戻る途中でバッタリとミカゲと遭遇した。


「おうミカゲ。お前も休憩中か?」

「ええ……まぁ……そんなところかと」


 どことなく虚ろな笑みを浮かべるミカゲ。耳は力無く伏せっており、尻尾もへにゃりとしている。


「そういえば、お前は何の仕事をしてるんだ?」

「――ッ」


 問いかけた途端、ミカゲがびくりと肩を振るわせた。


「ゆ、ユキナ様……」

「お、おう。何だよ」


 やがて、ミカゲは絞り出すような声で言った。


「………………し、仕事を下さい」

「お前は何を言ってるんだ?」

「仕事が……無いんです」

「いや、あるだろ仕事は」


 木材運搬やら瓦礫の撤去やら家の建て直し作業やら。傭兵が外部から参加しているとはいえ、十全に人手が足りているとは言い難い。手はいくつあっても足りない状況のはずだが。


「…………どの現場に行っても、断られてしまうんです」

「どゆこと?」


 ミカゲ曰く――。


「恐れ多すぎて仕事を頼まれない?」

「………………はい」


 暗雲すら背負いそうな気落ちしたミカゲが、うなだれたまま頷いた。


 復興作業の依頼に参加したのは、ほとんどが五級で四級は俺一人。そしてそんな中でひときわ飛び抜けているのが二級のミカゲだ。


 銀閃ミカゲの噂はこの村にも届いているようで、それに加えて先のゴブリン騒動での活躍も新しい。ついでに言えば、キュネイやアイナと違ってミカゲの美貌には〝鋭さ〟がある。彼女にその気が無くとも、慣れない者には近寄りがたい雰囲気があるのだ。


 そんなミカゲに、五級の傭兵に任せるような下っ端作業を任せられる度胸を持った者はこの村には存在しなかったのだ。おかげで、ミカゲから協力を申し出ようとしても、あちらが萎縮して仕事を任せられない。そして、そんな相手と一緒に仕事ができるはずも無く、ミカゲは仕事を受けられない、というわけだ。


「難儀だな」

「おかげで当てもなく村を歩き回っている次第でして」


 実際、今こうして話している間にも、ミカゲの近くを通りかかった村人が顔を強ばらせて遠回りをしていくからな。「ちなみに、俺が受け持ってる材木の運搬は?」


「もちろん行きました。これでも鍛えているので、足は引っ張らないと思っていたのですが……やはり」


 断られた、と。


 言ってはミカゲに悪いだろうが、五級の依頼に二級傭兵が参加している事の方が異常なのだ。村人達が躊躇ってしまう気持ちも理解は出来る。


 とはいえ、このままではあまりにもミカゲが不憫だ。かといって、どんな仕事が彼女に適しているか。


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