第九十話 運搬するのですが
一口に復興作業と言っても、やるべき事は多岐にわたる。破壊された建物の撤去や、新たな民家の建築。また、建築に必要な材料――主に木材等の伐採から加工に運搬。
建物関連だけでもこれだけあり、他にもまだまだある。 そんなわけで、組合から派遣された俺たちを含む傭兵たちは早速仕事に取りかかった。
俺の担当は、最初に述べた建築関係。コレでも故郷では自給自足で生活を送っている。簡単な民家の作り方ならある程度は身についている。
本格的な家づくりはさすがに無理だが、多少なりとも知識があるとないとでは作業の効率がかなり違う。
『〝かなり〟ってレベルじゃねぇと思うがな俺は』
そうか? とグラムの言葉に首を傾げながら、俺は伐採したばかりの木を四本まとめて担ぎ上げる。村の側にある森から切り出した木を村にある臨時の作業場に運び、建築用の木材に加工するのだ。俺はその木の運搬係を担当することになった。
ちなみにグラムは切り株に適当に立てかけてある。
一見すれば不用心かもしれないが、仮に不届き者に持ち去られても召喚で即座に呼び戻せる。それ以前に、重量増加を使ってグラムは人間一人分程度の重量になっている。簡単に持ち運べ無いだろう。
――それこそ、俺のように伐採した数本丸ごと運べる程度の膂力がないと無理だろうさ。
ふと周囲を見渡すと、一緒に作業している傭兵や村人たちは、木を台車に載せていたり、あるいは一本の木を複数人で担いで運んでいる。
誰一人として、俺のように担いでまとめて運んでいるような者はいなかった。というか、時折こちらを見るとぎょっとしたりしている。
最近よく忘れたりするのだが、グラムを手に入れてからと言うもの、俺の筋力は日に日に増していっている。重量増加でとんでもない重さになったグラムを振り回している上に、グラムが勝手に俺に気づかれないように背負っている最中にも重量を増していたからだ。
「ま、この手の作業は楽になるから良いけどな」
担いでいた木を作業場に下ろすと、腹に響くような音と振動が回りに小さく届く。加工作業を行っていた者たちがやはり目をまん丸くさせるが、俺は構わず次なる木を運ぶために移動する。
『その程度は出来てもらわなきゃぁ、竜滅の大魔刃は扱えねぇさ。最低条件ってやつだ』
竜滅の大魔刃……か。
魔族が召喚した邪竜を一刀両断にした、漆黒の刃。
あの瞬間、俺の頭の中には確かに〝アレ〟の使い方が流れ込んできた。まるで初めから知っているかのように。
けれども、今の俺にはその感覚が無い。
おそらく、もう一度使おうと思っていてもそう簡単には扱えないと、頭では無く躯が理解していた。
『あれを自在に使いこなすにゃぁ腕力だけじゃ足りねぇ。相棒はまだまだ未熟ってこった』
念話を使っていないというのに、俺の疑問を読んだグラムが頭の中に語りかけてくる。
『ありゃぁいわば〝火事場の馬鹿力〟って奴さ。それに、自分でもなんとなく分かってんじゃねぇのか?』
具体的にどうやって竜滅の大魔刃を扱えば良いのか、よくは分からない。けれども、扱うための条件のようなものは漠然とながら理解していた。
アイナを傷つけた魔族への強い怒りと、それ以上にアイナたちから向けられる期待に応えようとする気持ち。様々な感情が混ざり合い、これまでに無いほどに心が――魂が昂ぶっていた。
『あの漆黒の刃は相棒の『魂』そのもの。魂の震えこそが、竜滅の大魔刃を扱う唯一無二の方法だ。今はそれさえ分かってりゃぁ良いさ』
おそらくは、練習してどうこうなるような代物では無い。まさに〝命懸け〟の状況にならないと発動できないだろう。かといって、そんな状況に何度も陥りたくないのが本音だ。
『無理じゃね? 英雄ってのはどうにもこうにも面倒事から切っても切り離せねぇ宿業を帯びてるもんさ。自分から飛び込むか、あるいは面倒から飛び込んでくるかの違いだ』
面倒に自分から首を突っ込んでいくのならまだ覚悟は出来るが、面倒の方から勝手に来るとか怖すぎるだろ。
『そんときゃそんときで諦めな。いずれは慣れる』
慣れたくはねぇなぁ……。
グラムと念話で会話をしている間も、木材の運搬作業は継続していた。
それなりの数を運び終えたので、気分転換を兼ねて村の中をぶらりと歩く。一緒に作業をしていた誰よりも数を運んでいたので、俺が場を離れたところで文句を言われるようなことは無かった。
『おい、俺は!?』
(そこでお留守番でもしてろ)
『どこのさ!? ここ野外だぜ!?』
気が滅入ってくることを言った罰だ。
頭の中で喚くグラムを放置し、他の作業場所へと足を運ぶ。
最初に目に入ったのは、臨時の診療所。
簡素な木材と布だけで設置された簡易テントの中では、作業中に怪我を負った者たちとそれを治療するキュネイの姿があった。
仕事でこの村に来た面子の中で医療の心得があるのはキュネイだけだ。他に傭兵の姿はいない。
この村にも元々医者はいたが、今はキュネイの近くで助手のような役回りをしている。それだけ、キュネイの医者としての技量が優れているのだろう。
「しかしまぁ、予想通りと言えば予想通りだなここは」
少し離れた位置で診療所を眺めているのだが、この位置からでも治療を受けている男たちの顔がよく見える。どいつもこいつもだらしなく鼻の下が伸びていた。
キュネイの美貌と白衣を窮屈そうに押し上げる豊かすぎる胸。それに、あの白衣の下から時折覗く艶やかな肌。
色気の塊みたいな女性が、治療の傍らに微笑みかけてくれるのだ。彼女にその気が無くとも、男たちがああなってしまうのは当然だろう。
と、目の前の怪我人を見終わったキュネイと視線がかち合う。他にも待っている者がいるためこちらに来るような事は無かったが、代わりに手を振ってきた。仕事の邪魔をするのも悪いので、俺も手を振るだけで答えた。