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第八十八話 自活するようですが

ようやっと話の流れが出来上がる。



 装備を新調した俺は、傭兵組合へと足を運んでいた。時間的には最後に訪れてから一ヶ月も経過していないのに、爺さんの武器屋と同じで随分と久しぶりな気がしていた。


 ちなみにミカゲは一緒では無い。彼女は彼女で俺よりも早くに傭兵としての活動を再開していた。今は別件の依頼に奔走しているところだ。それほど面倒な仕事では無く数日で帰ってくるらしい。


 だが、ミカゲの姿が無くとも、俺が組合へと一歩踏み入った瞬間に、周囲の視線が一手に集まるのが分かった。


 原因は、俺の後ろから付いてくる奴である。


「へぇ……組合の中はこうなってるんですね」


 感心するように建物中を見渡しているのはアイナだ。


 深手のローブを纏っており、顔は見えにくい。それでも滲み出るオーラの場違い感が凄まじい。加えて、ミカゲに負けず劣らずの豊満な胸が窮屈そうにこれでもかというほどにローブを押し上げている。


 岩石がゴロゴロと転がっている岩山に光を放つ美花が突如として咲いた、といった風だろう。ミカゲの美貌にはもやは慣れた男たちも、新たに登場した可憐な花に言葉を失う。


「入り口で立ち止まってると危ないぞ」

「あ、ごめんなさい」


 立ち止まっていたアイナは、俺の言葉を聞いて慌てたように組合の中に入った。少女アイナが俺の連れであることが分かったからか、嫉妬と若干の殺気が混ざった視線が俺へと突き刺さる。


 ――また新しい綺麗どころを侍らせやがって! という念がひしひしと伝わってくる。


『うーん、予想通り過ぎる反応』


 有名税として甘んじて受け入れるさ。むしろ、こんな綺麗どころが俺の恋人だと自慢に思う。さすがに口にすると建物内にいる大半の傭兵おとこを敵に回すだろうから黙っているけども。


『あ、けど嫉妬狂いだけじゃねぇみたいだぞ、ほれあっちのとかよ』


 あっちってどっちだよ、と軽く建物の中を見渡すと、とある一点に目が止まる。数人程度の傭兵の集まりだったが、彼らの俺を見る目が他とは少し違ったように思えた。


 まるで愉快な物でも見ているかのようなニヤけ面。ただ、不快感は感じられなかった。


「ユキナさん?」

「ああ、悪い。いこうか」


 疑問に思いつつも声をかけられた俺は視線を切り、アイナと共に受付へと向かう。


「こんにちはユキナさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「悪いが仕事はまた今度。今日の俺は単なる付き添いだ」


 顔馴染みの職員の挨拶に、俺はアイナに前を譲る。彼女は受付の前まで来ると職員にぺこりと頭を下げた。


「彼女の傭兵登録を頼みたい」

「……こちらの方が……ですか?」

「他に誰がいるんだよ」


 そう、今日ここに来たのは、アイナの傭兵登録のためである。


 これは彼女から言い出したことだった。


「王女の身では無く一般庶民となってしまった以上、いつまでも誰かに養って貰ってはいられません。これからは自活します!」と、確固たる決意を露わにしたのだ。


 別に働くつもりなら止めるつもりは毛頭無い。とりあえずキュネイの助手から始めれば良いのではと思ったのだが、アイナが選択したのはまさかの『傭兵』であった。


 俺もミカゲも、そしてキュネイも最初はアイナが傭兵になることを渋ったが……気が付いたら理詰めで言いくるめられていた。さすがはこれまで多くの貴族を相手にしてきた元王女。話術における対人経験は俺たちを遙かに凌いでいる。


 そんなわけで、俺はアイナを伴ってこの場にいるわけである。


 受付はアイナの美貌に驚き、ついでに胸の大きさに目を見開き、もう一度顔を見てから俺の方を向く。そんなに挙動不審になられても用件は変わらないぞ。


 当のアイナは、受付と目が合うとにこりと笑う。


「えぇっと…………失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「アイナです」

「はぁ……『アイナ』さん……ですか。…………失礼ですが、この国の王女様と同じ名前でいらっしゃいますね」

「ええ、本当にそうですね」


 さらっと受け流しましたね、この元王女様。


 アイナは別に特別に髪型を変えたとか、顔を隠しているというわけでは無い。王城にいるときのようなドレスでは無いが、それを除けば変装をしているわけでは無い。


 ただ自然と、この場にいるだけ。なのに、誰もアイナが元王女だとは気が付いていなかった。彼女を目の前にしている受付にしたってそうだ。


 だが、受付は首を傾げるだけだ。「まさか、ねぇ」といった表情がありありと浮かんでいる。しかし、アイナが本当に王女なのか、確認するようなことは無かった。


 まさか、こんな場所に王女様がいるはずが無い――そんな先入観が、アイナと王女を結び付けるまでに至らせない。受付だけでは無く、この場にいる俺以外の全員が同じ認識なのだろう。


『計算尽くでやってるのか天然でやってんのか。どちらにしろ末恐ろしいお姫様だこって』


 とりあえず、当面はアイナが注目を集める理由が『綺麗』の一点だけで済みそうだ。


「新規の傭兵登録を希望とのことですが、傭兵の仕事内容はご存じでしょうか?」


「依頼者の望む仕事をこなし、その対価として金銭を得る方たちですよね」

「仰るとおりなのですが。依頼の内容は荒事が絡む場合が多々ありますけど、その辺りのご理解は」

「もちろんです。これでも魔法の腕には自信がありますので」


 可愛らしく握り拳を作り意気込みをあらわにするアイナ。魔法を使用する際の補助として機能する『杖』も持っており、単なるド素人でないとは受付にも伝わった……かもしれない。


 受付がまるで縋るような目を向けてくるが、腕を組んで黙って見返す。


 少しの間を置き、受付は諦めた風に肩を落とすと、カウンターテーブルの下から書類を取り出した。


「…………では、こちらの契約書の内容に目を通した後にサインをお願いします」

「はい!」


 意気揚々と頷いたアイナは書類の記述を目で追い、書類にサインをした。



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