第八十三話 勇者と英雄の違い(後編)
俺の問いかけに、レリクスは首をかしげた。
「勇者は女神に選ばれるものであって、望んだところでなれるような単純なものじゃ……」
「女神だろうが女将だろうがそれはどうでも良い。俺はお前が勇者になりたかったかどうかを聞いてるんだ」
「それは――」
答えようとしたレリクスの口が止まった。おそらく、自分が勇者になりたかったかどうかなど、これまで考えたこともなかったのだろう。
この時、俺はようやく理解した。
どうして俺が皆ほどレリクスに対して期待を抱いていなかったのか。友人ではありつつも一歩離れた距離を保っていたのかを。
レリクスが俺に対して嫉妬を抱いていたように、俺もレリクスに対して苛立ちを覚えていたのだ。
「お前はいつもそうだ。誰かしらに望まれて、それを全力で叶えようとしてる。傍目から見たらご立派だが――俺の目から言えば単なるお人形さんだ」
「人形――僕が人形だって?」
「ああそうさ。常に誰かの望みに操られてる、糸繰り人形。それがお前だよ」
「――っ、僕には僕の意思がある! 決して操り人形なんかじゃない!」
激高するレリクスに対して俺は冷めた感情で言った。
「だったらお前は勇者に選ばれたとき、少しでも躊躇いは無かったのか?」
「――――っ!?」
俺の言葉にレリクスがまたもや息を飲んだ。
「世界を救うってでかい使命を勝手に背負わされるってのに、それでもお前は躊躇わず勇者になることを認めたのか?」
もし仮に俺がレリクスの立場であったら『人選間違ってません?』と女神に物申したかっただろう。それが逃れられない運命だったとしても、数日間は悩み続ける自信があった。
それをこの男ときたら。
「ぼ、僕だって悩んださ。僕が居なくなれば村の守りが薄くなる。育ててくれた育ての親や世話になった村の人たちを放って勇者になっていいのかって」
「それって結局、勇者になること自体には迷いが無かったって事じゃねぇか」
どこまで行っても誰かの為。誰かが心配だからだ。
「揚げ足を取らないでくれ! 両親や村の人は迷っていた僕の背中を押してくれた。だから僕は勇者としての道を選んだんだ!」
「どちらにせよ他人任せじゃねぇか。そこにお前の意思がちゃんとあったか疑問だね」
「ユキナ!!」
レリクスは俺の胸ぐらを掴みあげた。俺が――否、レリクスをよく知るものであれば決して見たことの無いだろう、レリクスの怒りの形相だ。
「そういう顔もできるのかよ、意外だな」
「僕も、誰かに対してこんな感情を抱けるなんて意外だったよ」
俺たちの視線が交錯する。面白いことに、先ほどまでよりも今のレリクスの方が親しみを持てた。
「どこまでいっても、お前は他人ありきなんだよ。誰かの望みを叶えるのはご立派なことだが、そこにお前の意思が希薄なんだ」
もちろん、物事の善悪を判断するくらいはするだろう。だが結局、レリクスは誰かの望みがあって、初めて彼自身の意思が生まれるのだ。
「だから間に合わないんだ。誰かの望みで動いているお前が、自身の望みで動いている俺に遅れて感じられるのはつまりはその差だよ」
「でもそれじゃぁ……人々の望みと君の望みが相反していたらどうするんだ」
怒りの形相に悲痛が混じる。己が口にしたことを想像したからか。
「人に叱られるのが怖いのか? どこまでも良い子ちゃんだなお前は」
「そうやってまた僕を馬鹿にするのか!」
まるで癇癪を起こしている子供の相手をしている気分だ。いや、実際にレリクスにはそういう部分があるのだろう。
人に言われたことをしっかりこなしてきた。そのことで褒められ続けていた。だからそれまで以上に人の言うことを聞くようになる。子供の躾かよ。
自分の意思を持って行動しない彼に、俺は知らないうちに苛立っていたのだろう。
「言ったはずだ。俺は自分のために、自分の思うままにやる。他人がどう思おうが知ったことか」
「そんな身勝手な」
「俺が身勝手なのはお前も知ってるはずだろう」
大事なのは、手前の行いに納得できるか。たとえその果てに後悔が待っていたとしても、受け入れる覚悟があるかどうかだ。
「けど――だったらどうして君は魔族と戦ったんだ! 君はアイナ様の為に魔族と戦い、邪竜を倒したんじゃないのか!?」
「惚れた女が危ない目に遭ってたんだ。命を賭けるのは当然だろ」
「それは結局、他人の為だ! 僕と何ら変わりないじゃないか!」
どうあっても、レリクスは俺との違いを認めたくないのか。認めることで、俺の言葉を肯定するのが恐ろしいのかもしれない。
それでも俺は告げた。
「他人じゃねぇよ」
俺はレリクスの胸倉を掴み返した。間近であった距離がさらに近づき、額が付きそうなほどの距離で俺とレリクスが睨み合う。
「アイナはもう俺の一部だ」
彼女だけでは無い。
「キュネイもミカゲも、そしてアイナも。あいつらはもう俺の一部なんだよ」
あいつらが居てくれるからこそ今の俺がいるのだ。もうあいつらがいない俺なんて想像できない。
いや、それはもう俺では無い。
「俺の一部が危なくなったら、俺は何が何でも助けるさ。なんてったって、危ないのは俺自身なんだからな」
「そんな……無茶苦茶な」
「無茶だろうが粗茶だろうが関係ねぇさ。それが俺だ」
言い切って俺は突き飛ばすようにレリクスを離す。その拍子にレリクスの手も俺の胸元から外れた。
「つまるところ、お前は勇者であるから仕方がなく戦ってるだけであって、そこにお前の意思はない」
「ち、違う……。そんな……僕は……」
「断言してやる。『勇者になること』と『勇者に選ばれること』は全くの別だ。そいつに気が付かなきゃ、きっとお前は駄目になる」
「駄目って……僕の何が駄目になるんだ」
それが具体的に何が、俺だってよく分かっていない。けれども俺の中には確信があった。
「もし俺が英雄って呼ばれてんなら、俺とお前の最大の違いはそこだろうな。俺はどこまで行っても俺を辞められない。けど、お前はどうだ? お前はずっとお前であり続けられるのか?」
「答えに……なってないよ、それは」
「そいつが分からない限り、お前は俺に勝てないさ」
俺は別にレリクスに勝とうという気は無い。けれども、レリクスが俺に対して敗北感を抱いているのならば、その根幹はきっと『これ』だ。
「柄にも無く説教じみた文句を垂れちまったが、お前のことは同郷の友人だと思ってる。だから、潰れて欲しくないのは本心だ。俺の言ったこと、頭の片隅にでもとどめておいてくれ」
俺はレリクスに背を向けた。
「もう部屋に戻るわ。こう見えても病み上がりだし慣れないぱぁてぃで疲れてるんでね」
体調はともかく精神的に疲れているのは本当だった。そろそろ眠気も強くなってきたし、言いたいことも全部言ったつもりだ。話を終えるには頃合いだろう。
「…………ユキナ、最後に一つだけ答えてくれないか」
「何だよ。最後の質問には――」
「そうじゃないんだ。それとは違って……」
レリクスは迷うように口をまごつかせ、
「……仮に、だ」
やがて絞り出すように問いかけてきた。
「もし仮に、君の願いと……僕の願いがぶつかり合ったら、君はどうするつもりなんだ」
「そんなの決まってんだろ」
俺は振り返らず。
「相手が王族だろうが魔族だろうが魔王だろうが」
そして迷わずに言い放った。
「それが例え勇者だろうが──」
──目の前に立ち塞がるなら力尽くで押し通るまでだ。
当たり前っちゃ当たり前だけどシリアスしかねぇ!
けど、この二人の対話はナカノムラがこの作品を書き始めてずっとやりたかった場面でした。ナカノムラは満足です。
それはそれとして、第七回ネット小説大賞を受賞したということで、つまりはこの作品の書籍化が半ば決定したということです。
その発売時期がいつになるのか全く皆目見当もつきませんが、ラノベ作家にとって、作品が本になることとその作品に絵がつくことは一種の到達点じゃないでしょうか。
今からユキナやキュネイたちがどのように具現化するのか楽しみで仕方がありません。
あと、アルファポリスでこっちも連載中です。
『転生ババァは見過ごせない! 〜元悪徳女帝の二周目ライフ〜』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/306167386/626255038
美少女に若返った元最強女皇帝ババァが、第二の人生を気ままに生きるお話です。
中身ババァなのに可愛らしいと評判の美少女ババァです。ぜひ読んでみてください。
以上、ナカノムラでした。