第八十二話 勇者と英雄の違い(前編)
ごめんよ!
気がついたら前後篇になってました!
俺の知るレリクスという男は、勇者となる以前から『勇者』のような男であった。おそらく、人として男として、ある種の『理想』といっても過言ではないのではと思える好青年だ。
「僕はこれまで僕なりに頑張ってきた。勇者であろうと努力してきた。そして実際に、多くの人は僕を認めてくれている」
だが――今、俺の目の前にいるレリクスは、これまでの彼とは全く違って見えていた。
「けど、誰からも期待されていなかったはずなのに、結果として君はいつも一番の評価を得ている。今回のことだって、王様から最も高い評価を得ているのはユキナだ」
「いや、そりゃ結果論みてぇなもんだって」
別にそうなるべくして行動していたわけじゃない。
根拠も論理もなく、ただ漠然と万が一に備えて動いていたら、その万に一つが的中してしまっただけ。それがたまたま、いい方向に転んでしまったのが今回の顛末だ。
「いつもがいつも、こんなに上手くいくわけねぇだろ」
「でも、君はここぞというときに、常に僕の一歩も二歩も先を行ってる。本当に一番大事なときに、君は最上の結果を出すんだ」
バルコニーの欄干を掴み、レリクスは顔を伏せた。
「魔族の襲撃の時、僕が王城に駆けつけたときは戦いはほとんど終わっていた。僕がしたことといえば、弱った魔族と少し戦って、追い返した程度だ。
コボルトキングの時だって……いや、もっとそれ以前に村にいたときから――」
表情は隠れていたが、欄干を握る手に力が籠もっていく。それが彼の内心を証明していた。
「称賛が欲しいわけじゃないんだ。そのために勇者として頑張っているわけじゃない。そのあたりをはき違えてはいないよ。でも、僕は前々からずっと君が羨ましくて、でも同時に嫉妬していた」
そんな風に思われているとは全く気がつかなかった。俺と話すときには全くそんな素振りは見せなかった。
ん? 前々から?
「おい、もしかして俺を王都に連れてきたのって」
「ああそうさ。話し相手が欲しかったって言うのは本心だけど全てじゃない。君に僕を認めさせるためさ。勇者として活躍することで、君を見返したかったんだ」
俺の疑問に、レリクスは臆面もなく吐露した。
「君は僕のことなんて全く気にしてなかったみたいだけど」
「その……なんか悪い」
王都に来た理由は、綺麗なおねーさんといちゃこらするためです、とは口が裂けても言えないなこれ。
「いいよそれは。むしろ、そんな君の関心を引きたいからこそ連れてきたんだ」
でも、と。レリクスは続ける。
「出発視点は同じ……いや、僕は『勇者』で君は『村人』だ。聞こえは悪いけど、持っていたものは断然僕の方が有利だった。なのに、いつの間にか君は僕と同じかそれ以上の場所にまで上り詰めている」
レリクスは国からの手厚いサポートを得て戦ってきていた。一方で俺はほとんど身一つで王都に来て、全てを最初から始めていた。
「戦いに限った話じゃない。あの二人だってそうさ」
「……キュネイとミカゲか」
「君だっていい加減に気がついていたんじゃないか? 彼女たちが僕の――勇者の旅の仲間として候補に選ばれていたことに」
「やっぱりそうだったのか」
彼女たち自身が口にしたわけではないが、薄々とそうではないかと思ってはいた。でなければ、特に理由もなく町医者であるキュネイの元にレリクスが訪ねてくるはずもない。ミカゲにしても、おそらくは元々はレリクスの仲間になるために王都に来たのだ。それが何の因果か俺の『配下』になってしまった。
「僕が訪ねたときは、二人とも君の仲間になっていた。また、君が僕の先を行っていたんだ」
俺は先ほどから彼にどう言葉をかけていいか分からない。 レリクスが俺に抱いている感情は、嫉妬だということは分かる。ただ、その嫉妬が俺の予想だにしないものだった。「これじゃぁ、君を王都に連れてきた意味なんてない。むしろ、逆に僕が見せつけられただけだ。こんなの、僕が道化みたいじゃないか」
顔を上げたレリクスの顔は、苛立ちが募っていた。己に対する不甲斐なさと、俺に対する複雑な感情が入り交じったものだった。
「教えてくれ。どうして勇者でも何でもない、単なる村人である君がここまで来れたのか。どうして君は僕の前に立っているんだ」
「…………………………」
「君と僕の何が違うんだ。君と僕の――『勇者』と『英雄』の違いって何なんだ?」
レリクスの口から英雄という言葉が出てきたことに少しだけ驚く。
どうして、みんなして俺のことを『英雄』と呼ぶのか、未だによく分からない。こちらが喧伝したわけでもなく、あちら側が申し合わせた訳でもない。なのに、気がつけば皆が俺を英雄と呼んでいるのだ。
疑問を抱く中でふと、グラムの言葉を思い出した。
『選ばれし者』を勇者と呼ぶのなら。
『選びし者』が英雄であると。
レリクスが求めている答えが単純な『それ』でないのは分かっている。具体的な答えが出たわけではないが、推測のような考えが出てきた。
「なぁレリクス。おまえはどうして戦ってんだ?」
「それは……僕が『勇者』だから」
それを聞いた途端、俺の中でストンとはまり込んだ。
「じゃぁ、なんで勇者なんぞやってるよ」
「……君は何が言いたいんだ?」
俺はレリクスの問いに答えずにさらに続けた。
「おまえが勇者をやってるのは、神様ってのに選ばれたからだ。じゃぁその前はどうしてた? 何で自警団のリーダーなんてやってた? 大方、育ててもらった恩を返すためとかだろうよ」
「その通りだけど……それの何が悪いんだ?」
「悪くはねぇよ。むしろ人としては褒められたもんだ」
おそらく、レリクスの行動基準は『利他的』なのだ。常に、自分ではない他の何かのために動いている。当たり前のように思えて、誰も真似できない立派な行いだ。なるほど、レリクスが周囲の人間から慕われる理由がよく分かる。
「……だったら、君が戦ってきた理由は何なんだよ」
「自分のためさ。俺はずっと、自分のために戦ってきた」
レリクスに対して、基本的に、俺は『利己的』だ。根幹にあるのは常に『自分』だ、誰かのために行動を起こすことはしない。
「俺とおまえの決定的な違いってのがあるとすりゃぁ、そこだろうな」
「意味がよく分からないな」
「だったらもう一度聞くが──」
利他的なレリクスと利己的な俺。
その差を明確に分かつのは──。
「お前は勇者になりたかったのか?」
前話のあとがきに関する多大なお言葉をいただきありがとうございます。
今後も『王道殺し』の物語は続いていきますので宜しくお願いします。