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第九話 俺は武器屋に行ったのですが


 店の扉を開くと、立て付けが悪いのか凄まじいきしみ音が響いた。耳障りな異音に顔を顰めつつ扉を閉め、店内に足を踏み入れると。


 ──ハンマーが飛んできた。


「ぬぉぉぉッッッ!?」


 咄嗟に尻餅をつくように上体を反らすと、ハンマーが俺の後ろにある扉に直撃。木造の扉を貫通しながら通りへすっ飛んでいった。


 どきどきと激しい心臓の鼓動を手で押さえながら、俺は扉に背中を預けながらへたり込んだ。


「ん? さっきの奴らじゃないのか」


 ケロッと言ってのけたのは、投擲後の態勢を保ったままのひげもじゃじじいだ。


「こ、この店は客にハンマーをぶん投げるのがおもてなしの作法なのか…………?」

「そんなわけ無かろう。てっきり、さっきの阿呆どもかと思って、反射的にハンマーを投げてもうたわい」


 はっはっはと、笑う爺。人を殺す一歩手前だったとは思えないほどの軽いノリだ。


「と、笑ってばかりもいられんわな。こりゃ失礼したわい」


 爺さんは小走りに駆け寄ると手を差し伸べてきた。


「いきなり済まなかった。怪我はないかの?」

「奇跡的にな……」


 握り返した爺さんの手はゴツゴツしており、そこから伸びている太い腕を見ても年季の入りようが分かった。


 爺さんの手を借りて立ち上がると、爺さんは少し感心したような顔になる。


「ふむ、中々に鍛えた手をしておるの。さっきの避け方も良い動きじゃったし」


 なんか褒められた。悪い気はしないな。


「んで、さっきは何であんなにぶち切れてたんだ?」

「なんじゃお前さん。見てたのか」

「嫌でも目に付くだろ。あんなに怒鳴ってりゃぁ」

「……自分で言うのもあれじゃが、あの光景を見てこの店に足を踏み入れるお前さんは相当に変わりもんじゃの」

「ハンマーが飛んできた時点で早くも後悔し始めたよ」

「そりゃそうじゃて!」


 わっはっは、とまたも笑い出す爺さん。


厄獣モンスターの一匹も狩ったことのないど素人が、分不相応な武器に手を出そうとしての。それを咎めたら急にわめきだしたんじゃ。あまりに腹が立ったんでぶちのめしてやったわい」

「高い武器が売れるなら、店としては儲かるんじゃねぇのか」

「儂の手がけた武器が阿呆に使われると考えると、腸煮えくりかえる思いじゃ。そんな奴らに売る武器なんぞありゃぁせんわい!」

「……客商売、下手そうだな爺さん」


 儲け話を自分の手でぶちのめしてしまう辺りが致命的だ。


「ぶっちゃけ、この店は趣味でやっとるようなもんじゃからの! 儲けなんざ小遣い稼ぎのようなもんじゃて!」 


 本当にぶっちゃけたよこの爺。


 ……実はこの爺さん、もの凄いお金持ちなのか?


 ──それにしては店がボロっちぃ気がするけど。


「ボロいのは余計なお世話じゃ」


 おっと、自然と口に出ていたらしい。


「ところで、お前さんは何をしに来たんじゃ?」

「武器を買いに来たに決まってんだろうが」

「……それもそうじゃの」


 ──俺は故郷の村で頼まれて武器を買いに来た旨を爺さんに伝えた。


「なんじゃ。お前さんが使う武器じゃないのか」


 なんだか話している内に俺は気に入られたらしい。爺さんが至極残念そうに言った。


 すぐに気を取り直し、髭を撫でながら尋ねてきた。


「まぁ良いじゃろう。おもに相手にする厄獣モンスターの特徴と予算を教えろ。適当なもんを見繕ってやるわい」


 どうやら、臍を曲げずに武器を売って貰えそうだな。俺は言われたとおりの内容を伝えると、爺さんは「少し待っておれ」と店の奥へと引っ込んでいった。


 その間、俺は店の中にある品揃えを眺めることにした。


 故郷の村にも武器屋はあったが、どちらかと言えば日用品の鍛冶を請け負うことがもっぱらであり、武器類は片手間程度にしか扱っていなかった。なので、こう武器がズラリと並んでいる光景は新鮮だった。


 とりあえず、槍が並んでいる棚に目を向けた。


 村の男たちは剣を使っている奴らがほとんどであったが、俺は剣よりも槍派だ。剣も使えなくはないが、槍の方が性に合っていた。


 俺の村──というかこの国では、〝武器と言えば剣〟という風習がある。勇者伝説が根強く浸透している為だ。


 勇者の武器と言えば『聖剣』。つまりは剣だな。そんな勇者にあやかろうと、皆が剣を使いたがるのだ。


 俺に言わせて貰えば、武器なんて使いやすい物を使えば良い。〝格好いい〟で決めるのも一つの考え方だが、俺は見た目よりも実用重視派である。


 偉そうに言っているが、別に槍に対して並みならぬ情熱を抱いているわけでもない。あくまで使うなら『槍』というだけの話であり、槍に対する大層な目利きが出来るわけでもない。


 現に、俺の目の前には槍が棚に何本も並んでいるが、品の善し悪しは判別不能だ。ただ漠然と『村にある槍よりは良さそうだなぁ』と思うだけだ。それでも少し心は引かれる。


 残念なことに、棚の槍はどれも値段が高く今の俺では手が出ない。無理すれば購入できるが、これは綺麗なお姉さんといちゃこらするための大事な軍資金。おいそれと財布のひもを緩めるわけにはいかない。


 このままずっと見ていても購入欲が刺激されるだけだ。どうせなら他の武器も見るか、と視線を動かしたところで、不意に『それ』が目にとまった。


 

 棚の片隅に置かれた、一本の槍。


 

 槍は基本的に突く事が主体の武器だが、それは刃の部分が他のそれよりも広く長い。刺突の他に斬撃も行える形状をしていた。


 気になるのが、周囲の武器が真新しいのに対して、その槍だけが妙に古くさいことだ。錆びているようには見えないのだが……。


「待たせたのぅ。お前さんの要望にあったちょうど良いのを見つけてきたぞい」


 店の奥からドタドタと足音を立てながら、爺さんが鞘入りの剣を抱えてやって来た。俺はその槍から視線を外した。


「ほれ、こいつじゃよ。装飾は一切無い実用重視じゃが、切れ味と頑丈さは保証するぞい。片手間で狩りを行うならこのくらいがちょうど良いじゃろうて」


 爺さんから剣を受け取った。鞘から少しだけ引き抜く。


 村に置いてあるどの剣よりも遙かに上等な剣なのが素人目でも分かった。


 ただ、鞘に収めて全体を見るともの凄く無骨だ。誰もが頭の中に『剣』を想像して、一番単純な絵が具現化したような外見である。


「ま、面子を大事にする傭兵や貴族ならともかく、村人が使う分には装飾なぞ整備の手間が増えるだけでほとんど意味ないじゃろ」

「それもそうだな」


 俺は懐から剣の代金を取り出して爺さんに渡した。枚数を確認し、爺さんは「うむ、毎度あり」と懐にしまった。


 後は村に向かう予定の行商人を探し、手間賃と共に剣を渡せば頼み事は達成だな。


 ──人の住む村や町を転々とする行商人は、手紙や荷物の運搬も請け負っていることが多い。


 特別な運搬手段を持たない一般人にとって、行商人は遠くへ荷物を届けるための大きな手段であった。


 俺はしばらく王都に滞在する予定なので、村に帰るのはしばらく後だ。行商人に頼むのは当然と言えよう。


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