第八十一話 勇者とお話しするのですが
第八十一話を投稿する際、八十話の最終部に追加修正をしました。一読ください。
俺は王城に用意された客間の一つに戻ると、ばたりと倒れ込むようにベッドに横になった。
「あー……疲れた」
「おかえり相棒。随分とお疲れのようだな」
「そりゃぁなぁ……ったく、一人だけサボりやがって」
「さすがに『パーティー』に武器を持ってくるわけにもいかねぇだろ。つか、俺がいたところでどうしようもなかったっての」
「ま、確かに」
王との謁見が終わってから始まったのは戦勝会だ。今の今まで俺はそれに参加していたのだ。
パーティーの参加者である貴族の大半は、魔族との戦いの真実を知らない。ほとんどの者は『魔族は勇者によって撃退された』という認識だ。真実を知るものも参加者の中にはいたが、王自らが口止めをしており話題に出すものはいなかった。
それでも、俺の活躍も『勇者が到着するまでの時間稼ぎ』という役割ではあるが伝わっていた。そのため、多少なりとも招待客の相手をする必要があった。もっとも、俺のところに来たのは数人程度であるし、傭兵に理解があるような大らかな人間ばかりだったのが救いか。
もっとも、キュネイやミカゲたちは俺よりもっと大変だっただろう。
貴族の参加者には女性も多くいたが、その中にあってキュネイたちの美貌は飛び抜けていた。顔の美しさもそうだが、容姿がすごい。着ているのはいつも通りのものではあったが、それでも着飾っている貴族の女性にも劣らぬものが。
そしてやはりアイナ。パーティー用のドレスを身に纏っている彼女は会場内でも一際目立つ別次元の美しさを秘めていた。彼女は常に王の側におり、接することこそできなかったが遠目で顔が会うたびに顔を赤らめつつも笑みを向けてくれた。俺もどうにか笑い返せていたと思いたい。
「本来ならパーティーの主役でも張れたんだろうになぁ、相棒」
「面倒。疲れた。ご飯はうまかったけど」
とにかく、周囲に波風立てぬよう、気をつけてひたすら用意された料理を食べることに集中した。こんな機会でも無いと貴族の料理なんて食べられないだろうし、思う存分堪能した。
そんなわけで精神的な疲労と満腹のおかげでいい感じに眠気が来ていた。とりあえず今日はさっさと寝るか。
そう思っていたところで扉がノックされる。
こんな夜中に誰だよさっさと寝させろよ、と若干の苛立ちを覚えるも、しぶしぶ扉を開けてみればそんな気持ちも吹っ飛んだ。
「やぁ、ユキナ。さっきぶり」
訪ねてきたのはレリクスだった。
彼の言う通り、今日顔を合わせたのはこれが初では無い。戦勝会にはもちろんレリクスも参加していた。
最大の功労者レリクスの元には、人が大挙で押し寄せていた。もっとも、当人は愛想笑いを浮かべつつも内心は複雑だっただろう。
レリクスの周りには終始人集りができていたため、俺が近寄れるような余地はなかった。遠目から顔をあわせる程度がせいぜいだった。
その当人が今、俺の目の前にいる。
「どうした、こんな夜中に」
「ちょっとね。最近時間が取れなかったし、これを機に色々と話がしたいと思ってさ」
「そういやそうだな……ま、いいぜ」
もともと俺はレリクスの『話し相手』としてこの王都に来たのだ。その本来の目的を果たす分に異論は無い。
眠気覚ましを兼ねて場所を移すことにした。
足を運んだのは、王都を一望できるバルコニーだ。昼間はかなり眺めが良いのだろうが、今は明かりがチラホラと灯っている程度だ。周囲に人気もなく、二人で話す分にはちょうどいいだろう。
ちなみに、グラムは置いてきた。さすがに邪魔だ。
夜空を見上げながら、二人で並ぶ。
「それで、何から話す?」
「そうだね。色々とありすぎて、逆に困るよ」
最後にちゃんと話したのがコボルトキングの厄獣暴走以前だ。それ以降となると話題がありすぎて話の切っ掛けに迷うほどだ。
それでも最初に話を切り出したのはレリクスだった。
「聞いたよ。アイナ様と婚約したんだって?」
「あぁ……婚約か。まぁ、確かに婚約って形になるのか」
謁見での話は俗に言う『娘さんをください』ってやつだ。
恋人関係をすっ飛ばして婚約者になるというのも少し照れる。もっとも、王からは正式に認められてはいたが、俺とアイナが恋仲になることを快く思っていないものはまだ多い。そのためか、パーティーの最中にそのことを突っ込まれることはあまりなかった。
「まずはおめでとう、と言わせてくれ」
「……いや、お前の場合、婚約者になる予定だった女を取られた形になるんだけど」
アイナを勇者の妻に、と考えていたのは王だけではなかったはずだ。実際に口に出しはしなかったかもしれないが、それをほのめかすような言葉をレリクスを聞いていただろうに。
「形としてはそうだろうね。確かにアイナ様は綺麗だし憧れもあった。けど、彼女が誰かしらに想いを寄せているのはなんとなく分かってたから」
それが君とは思わなかったけど、とレリクスは苦笑した。とりあえず、アイナのことで文句を言われないようで安心した。文句を言われたところで今更譲る気も無いが。
「……やっぱり凄いね、ユキナは」
「藪から棒になんだよ」
「気が付けば、王女様と婚約するところまで来ている。少し前は単なる村人だったのにさ」
「もしかして馬鹿にしてる?」
「むしろ凄いと思っている。君は身一つで村を出て、それから自分の力だけでここまで来たんだ」
「俺だけの力──じゃないさ」
グラムがいて、キュネイがいて、ミカゲがいて。
そして──アイナがいた。
これら全てと出会えたからこそ、今の俺がいるのだ。
「でも、その全てを引き寄せたのはユキナ自身だ。だから凄いんだよ。君でなければ到底無理だっただろうね」
「褒めすぎじゃねぇか」
「そんなこと無いよ。君がそういう人だって、僕は前から知っていたよ」
レリクスはこちらに目を向けた。
表情は穏やかではあったが、不思議と俺はそれだけじゃ無いと感じた。
「君はいつだってそうだ。気が付けば事態の根幹にいつも君がいる。誰も気がつかなかったことに、君だけが気がついている。そんな君に、僕は憧れを抱いていた」
でも、とレリクスは言った。
「……それが堪らなく悔しかったんだ」
第7回ネット小説大賞最終選考突破ァァァァァァ!