第八十話 王様に呆れられたのですが
俺の望みを口にした途端、広間は騒然となった。一国のお姫様をくださいって言ってんだから無理もない。それまで沈黙を保っていた貴族たちから口汚い罵しり声が聞こえてきたが、いちいち反応するのも面倒なのでとりあえず無視しておく。
「……そなたは自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「ええ、もちろん」
王の視線が鋭くなる。一国の主というだけでその威圧感は半端ではない。けれども俺はそれ以上の圧を込めて王を見据えた。
「我が直近の兵として取り立てることもできる。あるいは一生遊んで暮らせるほどの財宝を与えることもできる。それでも──」
「それでも俺は、彼女が欲しい」
俺はもう一度、アイナに目を向ける。胸元に下げられているペンダントを握りしめ、歓喜と不安が混ざり合った表情をだった。
「……我が娘アイナは優秀な子だ。まだ正式なものではないが、いずれは勇者と縁を結んでもらおうと考えているのだがな」
え、マジで?
あ、そうか。アイナが以前に言っていた『婚約者』ってレリクスのことだったのか。
──だとしても、俺の望みは変わらない。
「もし願いが叶えられられないというのなら……俺はもう何も欲しく無い。このまま帰ります」
「報酬を受け取らないつもりか?」
「金や名誉で代わりになるほど、彼女を欲する気持ちは軽くない」
もしここでアイナの代わりに金や名誉を受け取ってしまえば、彼女への気持ちは『その程度』になってしまう。そんなのは御免だ。
「……困ったことを言ってくれる。王国の危機を救ってくれた最大の功労者に、自ら口にした言葉を飲み込むほど私は恥知らずでは無い。とはいえ、そなたの望みに匹敵する代価を私は思いつかん」
王は一度考え込むように黙ると、再度口を開く。
「そもそも、なぜ我が娘アイナを望むのだ」
「彼女を愛しているからだ」
あ、思わず呼び捨てにしちまった。王様の前じゃさすがに失礼だったかもしれない。
俺の答えを聞いた王は驚いたような顔になると、アイナの方を振り向いた。彼女は目をつむり、両手でペンダントを抱くように黙っている。
「アイナよ。お前はどう考えているのだ?」
王の問いかけにアイナは目を開き、意を決したような顔になる。
「……ユキナさん。あなたは短剣を持っていますね?」
「短剣……あ、ああ。あれか」
最初は何を言っているのか分からなかったが、爺さんから貰ったものだろうと思い、頷く。
「今、出してもらっても良いでしょうか」
言われるがままに、俺は懐から鞘入りの短剣を取り出す。それを一目見るなり、王の表情が驚きに変じた。
「もしやそれは……」
「父上。私は彼に──ユキナさんに剣を捧げています。その意味、父上にもおわかりのはずです」
アイナの発した言葉に、広間の中がまた騒然となった。
話の流れ的に、この剣はアイナが爺さんを経由して俺に贈ってくれたものだとは理解した。ただ、いまいちその理由がわからない。王や貴族たちはわかっているようなのだが。
「それが……お前の──」
「はい。私の嘘偽らざる気持ちです」
頬を高揚させながら毅然とした様子で、アイナは王に言った。
「私はユキナさんを愛しています。彼の望みは私の望みでもあります。私は──彼のものになることを私自身が望みます」
なんだか、今の言葉を聞いただけで今回の戦いが報われたような気がする。それほどまでに俺の胸の中は喜びで満たされていた。
『なんかまた新しい能力に目覚めちゃいそうなくらいにテンション上がってんな相棒!?』
あるのかよ、そんなの。
『さぁな!』
適当だなぁおい。
『それはさておき、この国の古い風習にゃぁ『心を決めた相手に剣を送る』ってのがある。己の命はあなたに預けますって意味でな。騒ぎになってるのはそのせいじゃね?』
さらっととんでもないこと教えないでくれないか!?
え? ってことはつまり、この剣はアイナからの『恋文』みたいなもんだったのか。けど、どうしてそれを誰も教えてくれなかったんだろうか。アイナはともかく爺さんもだ。
「……勇者とのことはどうするつもりだ」
「どうにでもなりましょう。婚約云々の話は王族側の勝手な思惑ですし、そもそも正式に取り決めをしたわけではありません。反故も何も、破る約束すら無いのですから」
アイナのやつ、なんだか妙にイキイキしてないだろうか。
「それに考えてもみてください。私とユキナさんが結ばれたなら、それはつまり彼とこの国の間に『縁』ができるということです。
魔族と互角以上の戦いを繰り広げ、その上で巨大な邪竜を一刀両断にした。この国で、彼と同等の戦功を上げられる人材はいますか?」
アイナは自分の感情論だけではなく、国への利益で王を説得しようと試みる。
『スゲェなあのお姫様。見た目以上に逞しいな』
新たな魅力に惚れてしまいそうだ。
「なるほど。確かにお前の言う通りだ。あの者との繋がりを持てることは、勇者とはまた別の意味でこの国の益になりうるだろう」
王は納得するように語った。
けれども、次の瞬間には威厳を含んだ顔つきになる。
「だがなアイナ。どれほどに魅力的な話ではあろうとも、あやつは平民だ。そしてお前は王族だ。お前の案を受けるという意味がどういうことか、わからぬお前では無いだろう」
「…………承知の上です。でなければ、こうして彼への気持ちを明かすことはありませんでした」
「それほどまでの覚悟はあるということか」
王はこちらを向いた。
「そなたは平民だ。ゆえに、もしそなたと共にあることを選んだ場合、アイナは王族の末席から外さなければならん──のだが、あまりそなたには興味なさそうだな」
「えっと──それは家族としての繋がりを切るってことでしょうか?」
親子の縁を切ったってことになったら、アイナを得られたとしても後味が悪い。
「いや、そこまでは言わん。ただ、王族であるアイナの伴侶には本来、序列は低いながらも王位継承権が与えられる。平民のそなたと結ばれれば、その継承権を剥奪することにはなる。それと、アイナが王族としての権力を扱うこともできなくなる」
「あ、その程度なんだ。だったら全然問題無いです」
王様とアイナの繋がりがこれっきりって話じゃなくて良かった。
「……本当に、そなたはアイナ以外は欲しないのだな」
「なにせ生まれて初めて一目惚れした相手だったので」
呆れたような王に対して、俺は言った。
王は目をつぶって黙り込み、やがて口を開いた。
「よかろう。そなたの望み、聞き入れた」
「「──ッ」」
奇しくも、俺とアイナは揃って息を呑んだ。
「驚くようなことではなかろう。もともと、そなたが言い出した願いなのだから」
「あ、いや。こうもすんなりと話が進むとは思わなかったんで」
一悶着か二悶着くらいは予想していた。少なくとも、何かしらの条件が付け加えられることは覚悟の上だったのだが。
「条件というのならば、アイナの王位継承権剥奪がまさにそれだ。それに──」
王はアイナに笑みを向けた。
「普段は生真面目で欲を口にしない娘が、初めて我儘らしいことを言ってくれたのだ。父親としては頼ってくれた風に思えて嬉しいのだよ。もっとも、王としては些か外れた選択かもしれんがな」
「父上──」
王の優しい言葉に、アイナは己の口元を手で押さえ涙ぐむ。
「もっとも、私個人としてはこの選択もあながち間違いでは無いと思っているがな」
そう言って、王は愉快げに俺を見る。
「ユキナよ。そなたの今後の活躍を大いに期待しているぞ。それと、娘との結婚式には必ず呼ぶように。親子の縁を切るつもりは無いのでな」
次かその次の回でこの章は終了予定です。