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第七十八話 魔刃の覚醒、そして紡がれる物語


 魔族が吹き飛んだ瞬間を、この場にいた誰もが目撃していた。厄獣と戦っていたものでさえ視界の端に捉えており、その光景に圧倒された。


 あの黒槍を持っていた青年を知る者は、この場では少数だ。たとえ以前から知っていたとしても、有する実力を知る者はさらにほんの一握りだ。


 この国の人間にとって『槍』とは卑怯者の武器という印象が強い。勇者のように『つるぎ』を手に取り、死地に身を置いてなお敵に打ち勝つ姿こそが至高とされている。


 しかし、黒槍を振るう青年の姿に誰も『卑怯』などと思う者はいなかった。魔族に圧倒され、傷つき何度も地に屈しながらもその度に立ち上がり戦う姿に、いつしか誰もが魅入っていた。


 そしてそれを一番感じていたのは他ならぬアイナであった。


「凄い……」


 乾坤一擲の突きを放ったユキナを目に、アイナはただただそう呟くしかなかった。


「アイナ様」

「ミカゲさん、彼は……」

「あのお方こそ──ユキナ様こそ、我が剣を捧げし主君。やがては英雄となる御仁です」


 かねてより抱いた疑問がアイナの中で氷解していった。


 ミカゲほどの人物が忠義を誓うほどの者がどのような人間なのか。あんな姿を見せつけられたら、誰だって嫌でも理解できてしまう。


「あなたが羨ましいです、王女様」


 そう言ったのは妖艶な美女だ。


 僅かの間に己の怪我を治療し、運び込まれた父や兵士たちをも驚くべき速度で治療して見せた技量は、宮廷魔法使いであっても並ぶ者がいないほどであった。


 キュネイと名乗っていた彼女の言葉に、アイナは「え?」と疑問を口にした。


「ユキナくんは今、王女様のために戦っている。あなたのためだけに戦っているんです」


 胸の鼓動が高鳴った。


「それほどまでに強く想われている王女様に、少しだけ嫉妬してしまいます」

「キュネイさんは……」

「でも、ユキナくんを想う気持ちは私も負けていないつもりですから」

「えっと……その……」


 宣戦布告とも取れるセリフではあったが、キュネイの表情は柔らかかった。まるで、共に競い合い高め合う戦友に向けるような笑みだ。その言葉の意図が読み取れず、アイナは言葉に困った。


 未だ予断を許さぬ状況の中にあるにもかかわらず、ガールズトークのような雰囲気が出てきてしまった。


 ──だが、戦いはまだ終わっていなかった。


「……どうやら、私は貴様を過小評価しすぎていたようだ」


 魔法陣のあたりにまで吹き飛ばされた魔族が、よろよろと立ち上がる。最初に現れた時のような力強さは鳴りを潜め、けれどもその目はギラギラと光っていた。

 



「ちっ、まだ立ち上がるのか」


 会心の一撃が決まったと思っていたが、どうやら甘かったようだ。顔に傷は負わせたが、躰にはさほど負傷はない。できれば今ので終わらせたかったところだが。


『つっても、見た目よりもかなり消耗してんな。魔族の剣がぶっ壊れたのがその証拠だ』

「どういう意味だ?」

『ありゃぁ魔族が自分てめぇの魔力で具現化してた武器だ。魔力でできた武器の強度は魔族の心次第で決まる』

「つまり……どういうことだよ」

『魔族の剣が崩壊したってことはつまり、相棒の気迫が魔族の気迫それを上回ったってことだ』


 身体的なダメージで言えばこちらが上。一方で、精神的なダメージはあちらが圧倒的・・・に上というわけか。 


『でも油断だけはするなよ。あの顔、まだ隠し玉を持ってるって雰囲気だ』

「そろそろ終わってくれねぇかな」


 口では悪態をボヤきつつも、肌に伝わる重圧に揺らぎがないのは俺も感じていた。むしろ先ほどまでよりも密度を増している。


「なるほど。貴様は確かに勇者ではないのかもしれない。だが認めよう。貴様という人間は、勇者と比肩しうる我らの脅威になると」

「だったらどうするんだ?」

「決まっているだろう」


 魔族の足元──巨大な魔法陣が強烈な光を放った。衝撃さえ伴いそうな力の奔流に俺は目を見開いた。


「本来ならば勇者を相手にする時の切り札だったのだがな。しかし、貴様という新たな脅威が現れた以上、もはや出し惜しみはせん! 全力をもってこの場で潰す!」


 魔法陣の輝きが爆発的に膨れ上がり、付近にいた厄獣や兵士をまとめて吹き飛ばした。


 そして、光が収まった後、魔法陣の中央部には巨大な存在が出現していた。


 幼い頃に絵本で見たことがある。けれども、記憶にある絵よりも遥かに凶悪で凶暴な姿。 


「これこそが我が全身全霊! 邪竜ファヴニールだ!!」


 魔族の高らかな宣言ともに、巨大な四肢と翼──そして顎を持った厄獣が咆哮を発した。


「……こいつぁさすがにヤバくねぇか」


 気を抜くと意識を失いそうな邪竜の咆哮を浴び、俺は顔を顰めた。魔族の相手だけでも一杯一杯だったのに、ここにきて増援──しかもあんな代物ドラゴンが来るなんて聞いてないぞ。


『ぎゃはははははっっ! マジかよ! 竜が出ちゃうってヤバくねぇか! ぎゃはははははははっっ!!』

「お前は何でそんなにテンション上がっちゃってるわけ!?」


 グラムは狂ったように笑い声をあげていた。はっきり言って、此処一番で絶望的な状況に突入してんのわかってんのかねこいつは。


 はっきり言ってマジで勝てる気がしない。


『けど、やっぱり負ける気もしねぇんだろ?』

「……不思議とそうなんだよなぁ」


 狂ってしまったのはグラムだけでは無かったのかもしれない。


 一見しただけでも、人間が太刀打ちできるような存在ではない。目にするだけで心を削られるような圧迫感がある。どれほどに強固な鎧を身に纏っていても、あの爪や牙の前には紙くず同然。それを見ただけでも理解させてくる。


 なのに、俺は今まで以上に昂ぶっているのを自覚した。


 胸の奥に、爆発寸前の『何か』が燻っている。そんな気がしてならないのだ。


「……ファヴニールの咆哮を正面から受けてなおも気勢を保つか。改めて確信した。近い将来、貴様を放置すれば必ずや我が同胞──ひいては敬愛なる魔王様に牙を向く。ならばそうなる前にここで討つ!」


 顔から血を流す魔族の目には強い光が宿っていた。


 己の使命に命を賭けた、確固たる決意の光。


「──足りねぇな、これじゃ」


 胸の昂ぶりは最高潮。けれども、あの魔族の目に宿った光に対抗するにはまだ足りない。


 後もう一つ、切っ掛けがあれば──。


「ユキナさん!!」


 そんな時だった。


 不意に戦場に響いた声に俺は振り向いた。


 傷だらけのドレスを纏い、それでいて気高さを損なわない美しいお姫様。アイナは俺が渡したペンダントを強く握りしめ、こちらを見据えていた。


 その目には微塵の恐怖もない。あるのはただ強い信頼感のみ。


 彼女だけではない。


「ユキナくん」


 キュネイも。


「ユキナ様」


 ミカゲも。


 アイナと同じ目をしていた。


 俺の惚れた女たちが、万感の信頼を持って見ているのだ。


 ──ゾクリと、背筋が震えた。


 恐れや嘆きからくるものではない。


 胸の奥で『火』が灯ったからだ。


「きたぜ」


 グラムが声を発した。それと同時に黒槍グラムを持つ手に脈打つような感覚が生じた。それは、俺の胸の高鳴りと共鳴しているかのように強く響く。


 キュネイとミカゲとアイナが、揃って叫んだ。



「「「勝って!!」」」


 

 俺は確信した。



「やべぇ──」



 邪竜へと向き直る。


 自然と、言葉が溢れた。



「勝てる気しかしなくなった」



 胸の奥が──爆発した。



「きたきたきたきたきたきたきたきたきたきた! 来たぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 強烈な脈動とともに、黒槍と刻印から黒い光が溢れ出した。


 いつかグラムと『契約』を交わした時のような漆黒の輝き。


「そうさ! 漢を──英雄を駆り立てるのはいつだってそうだ! 


 強大な敵を前にして!


 女の声を背に受けて!


 英雄は奮い起つ!!!!」


 ああそうさ。どんな敵が現れようとも、俺が戦う理由は変わらない。


 惚れた女たちの声に応えなきゃ、男が廃る。


「相棒、俺は今まで嘘をついてた!」


 頭の中に流れ込んできたのは、一つの言葉とイメージ。


「実は俺、本当は『槍』じゃねぇんだわ!」


 浮かび上がったイメージのままに、俺は槍の穂先を上に向け正面に構えた。


「だが、もう隠す必要はねぇ! 相棒は至った! 『本当の俺』を振るうに値する存在に!」


 左腕に刻まれた刻印が火傷しそうなほどの熱を発している。それはまさに今の俺の高ぶりを表していた。 


「まだ未熟ではあれど、その心は俺が待ち望んだ英雄に違わぬ! 


 ならば授けよう、英雄が振るうにたる我が真なる姿を!!


 叫べ、我が真なる名を!」


 俺は心が命ずるままに、唱えた。


  

「来い──竜滅の大魔刃バルムンク!!」


 

 俺の身体を覆っていた漆黒の光が、握っていた槍の穂先に集まり、一つの武器を形作った。


 これこそがグラムの本当の姿。


 槍の長柄だと思っていたのは、本当はこの長大な刃を支えるための『柄』だったのだ。


 ──もはや『槍』と呼ぶには相応しくない。



 長大すぎる刃を有する一振りの『剣』だ。



「──ッッ、ファヴニール! やつをこの場で確実に殺すのだ!!」


 魔族が悲鳴とも取れる叫び声を発しながら邪竜に命令を下した。召喚主の命に従い、邪竜は雄叫びをあげると地響きを上げながらこちらに向かってくる。


「行け相棒! 己が信ずるままに! 己が命ずるままに! 

 あらゆる脅威を打ち砕き、その名を世界に刻み付けろ!!」

「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっ!!」


 俺の身長のさらに倍以上はある刃。相応の重量に身体中が悲鳴をあげるが、根性で構える。


 巨大な牙をむき出しにして迫る竜を前に、それ以上の気合を込めて剣を振りかぶった。



 ──魔族が来ようが竜が来ようが関係ねぇ!



「俺の惚れた女を傷つける奴は、誰であろうとぶっ潰してやらぁぁぁぁぁっっっ!!!!」



 あらん限りの力を込めて振り下ろした竜滅の大魔刃バルムンクは、竜の身体を真っ二つに両断した。



 その余波は竜を断ち切るに留まらず。刃の延長上にあった魔方陣も──結界が張られていた扉も木っ端微塵に破壊した。


 二つに分かたれた竜の身体が、左右に分かれて音を立てながら地に倒れた。 


「馬鹿な……我が最強の手札であるファヴニールを……たったの一刀で下すだと?」


 まるでこの世の終わりを目の当たりにしたように、魔族がか細い声で呟いた。勇者を相手にするために用意した切り札を、ただの一撃で葬られたのだ。無理もない。 


「これが相棒が──ユキナという男が紡ぐ新たな『英雄譚』の始まりだ!」


 グラムの歓喜に満ちた声が高らかに響き渡った。

この物語を書き始めて、一番に書きたかったお話。

『グラム』という名を聞いて違和感を覚えた人は多くいたでしょう。

 全てはこの瞬間のためでした。

 元ネタは言うに及ばず、すまないさん的なアレです。

 とはいえ、お話そのものを元ネタに準じているわけではありません。

 参考にはしていますがあくまでも『参考』です。その辺りを留意して楽しんでいただけると幸いです。


 以上、ナカノムラでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドイツ民謡の最強の剣か
[一言] できれば槍のままでいて欲しかった…
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