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第七十五話 顔色が悪いようですが


『無事か相棒』

「結構ギリギリだわ」

『だろうな。けど、相棒が魔族やつの注意を惹きつけていたおかげで、他の奴らは大分動きやすくなった』


 俺が少しだけ目を向けると、最初に俺が空けた天井の穴からはロープが何本か垂れ下がっている。それを伝わり、上の階から兵士や傭兵たちが降りてきていた。


 戦力が増えたことで、一度は追い詰められていた人間側が勢いを取り戻していた。怪我人を無事な者が運びそこにあいた穴を無傷の兵がカバーし、傭兵は傭兵で慣れた動きで厄獣を相手にしている。


 キュネイは運ばれた王様や兵士たちを治療を行っており、ミカゲはそこに近づいてくる厄獣を片っ端から切り捨てていく。

 驚いたのは、アイナだ。彼女は兵や傭兵たちに鋭く指示を飛ばし、時には魔法を唱えて援護を行っている。その様は、俺の想像していた『お嬢様』よりも遥かに勇ましいものだった。


『おぅおぅ、随分とかっこいいじゃないのあのお姫様』

「だな。改めて惚れ直した」


 とりあえずあちらは気にしなくても大丈夫そうだ。


 もっとも、何か必要であったとしても手を回せるほどの余裕は今の俺にはなかった。


 魔族は最初の怒り顔を潜め、代わりに警戒心を強めた表情でこちらを見据えていた。


「……技量はともかくとしてその膂力は油断ならんな」


 先ほどまで魔族から発せられるのは、ビリビリと肌を焼くような強い怒り。しかし、今の魔族から感じられるのは、背筋が震えるような寒気だった。


『相棒、気をつけろよ。今のやり合いで魔族やっこさんの頭が良い感じに冷めちまったようだ』

「つまり」

『ここからが本気ガチってことだ』 


 マジかー。できればカッカしている間に勝負を決められたら最善だったんだけどな。


 先ほども言った通り、あの短い攻防でさえかなりギリギリだったのだ。本腰を入れられたらかなり分が悪い。


「この計画の最大の障害は『勇者』とばかり考えていたが……本当に貴様は何者なのだ?」

「聞かれて素直に答えると思ってんのかい」

「それもそうだな……では、力づくで聞いてみようか」


 切れ味のある鋭い視線が俺を射抜いた。


『来るぞ相棒!』


 俺が槍を振るうのと魔族が踏み込み剣を振るうのは同時だった。槍と剣が交錯し激しい擦過音が広間に響き渡った。


 一合打ち合っただけで腕がビリビリと痺れてくる。魔族はその後、間合いを詰めようと踏み込んでくるが、俺はさせ時と幾度と無く槍を振るう。その都度に俺と魔族の武器がぶつかり合い火花を散らす。


「膂力は同等。しかし技量に関してはこちらの方が上のようだな」

「余裕だなこん畜生っっ!!」


 相手を近づけぬよう必死になって槍を振るっているのに対して、魔族は非常に落ち着いた様子の剣捌き。それが俺と魔族の明確な差だった。


 単純な計算だ。膂力が同等なら、他で勝っている点を持っている方が有利。この場合は、俺よりも技量が勝っている魔族のが優勢だった。


 外から見れば互角に感じられるかもしれないが、徐々に俺と魔族との間合いが縮まってきている。まだかろうじて槍の間合いでありこちらが有利なおかげで凌げてはいるが、これ以上踏み込まれると一気に攻め込まれる。


 あんまりやりたくなかったが──。


「グラム!」

『ここまできたら仕方がねぇか! 耐えろよ相棒!!』


 途端に、腕に伸し掛る圧が一気に増す。


 魔族の剣圧では無く、黒槍がここ一番の重量に増したのだ。これまでの生半可なものではない。俺が連続で扱える限界ギリギリまでの重量増加エンチャントだ。


「──ッッ、急にこれはッ」

「がぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 魔族の放った刃の傷とは比べ物にならない痛みが全身を駆け巡る。悲鳴を叫び声とともに撒き散らし、骨や筋肉がギシギシと悲鳴をあげるのを感じ取りながら、俺は超重量の槍を振り抜いた。


 縮まりかけた距離を再び引き離すことには成功した。だが、

逆を言えばそれだけだ。超重量の槍を振るったにもかかわらず魔族は耐えきり、完全に引き剥がすことはできなかった。


『相手もさすがだな! いきなり威力が増したってのに即興で対応しやがった!』

「ぐっ……褒めてる……場合か!」 


 その後も超重量を振るうが、どうしても魔族の躰に穂先が届かない。コボルトキングやトロールを仕留めた攻撃を防ぎ受け流し、あまつさえさらに踏み込んでくる。


 このままだと魔族の攻撃じゃ無くて自分の攻撃で自滅する。完全に壊れるイカレる寸前に己の躰に治療ヒーリングを掛けて耐えているが、長くは続かない。


 ──ビギッ!


 一際に強烈な痛みが脳を直撃し、視界が明滅する。意識も刹那だが吹っ飛ぶ。そしてやはり、魔族はその隙を見逃さず一気に踏み込んできた。


『相棒ッッ!!』


 槍を引っ張られる感覚が手に伝わる。意識の定まらぬ俺はそれに逆らわずに動いた。結果として、俺の躰を断ち切る寸前だった剣の前に槍を差し込むことに成功した。


「急に力が増した時は驚いたが、どうやら『それ』はかなり無理をしているようだな。随分と表情が優れないぞ」

「常に……顔色が悪そうな……あんたに……言われても……な!」


 力任せに魔族の剣を弾き飛ばながら悪態を吐く。


 動揺を誘えたのは最初の一瞬だけ。以降は魔族はこちらが振るう超重量の槍を冷静に対処するようになっていた。


 具体的に何が起こったかは把握できていなくとも、今の俺が身を削って攻撃を繰り出していることに気がついたのだろう。


「惜しかったな。残念ながら貴様では役者不足だったようだ。今ここにいるのが『勇者』であれば話は違ったんだろうがな」

「うるっ──せぇ!」


 一旦は重量増加エンチャントを解除したい欲求に駆られたが、すぐさま振り払う。今の状況でようやく五分ごぶに持ち込めたのに、ここで槍の重量を元に戻せば一気に攻め込まれる。魔族はそれを狙っているに違いない。あるいは俺が勝手に潰れるのを待っているのか。どちらにせよ結果に大差はない。


『ちょいとヤベェな。このまま消耗戦に持ち込まれたら厳しいぜ。かといってだれか援護を頼もうにも、他は他で手一杯だ』


 ミカゲに手を貸してもらいたいが、彼女にはアイナとキュネイの守護を任せている。ミカゲが守ってくれているおかげで、全体への指揮や魔法への援護、運ばれてくる怪我人の治療に専念できる。それが抜けたら勢いを取り戻した人間側が瓦解しかねない。


 そしてそれもこれも、俺が魔族の相手をしているからこそだ。魔族が自由に動けるようになった時点で、俺たちの負けが確定する。


『結局のところは相棒次第ってわけだ。ここが踏ん張りどころだ、気張れ相棒!』


 グラムの激励を受け、俺は黒槍を強く握りしめた。


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