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side princess4(後編)


 ──そこから始まったのは希望のない戦いだった。


 この場にいる兵士達は王の身辺を守護する者達であり、軍の中にあって屈強な者達ばかりだ。魔法陣に呼び出された厄獣を相手にしながらも決して劣らぬ実力を有していた。


 だが、魔法陣からは次々と厄獣が溢れ出していく。兵達の体力は無限ではない。果ての見えない戦いに、徐々に傷を負う者が増えていった。


 魔法陣を操っているのは魔族だ。ゆえに彼さえ打ち倒せれば厄獣の召喚も止まる。だが、魔族の力は私たちの予想をはるかに超えていた。


 一見すれば優男にも見える風貌であるにもかかわらず、魔族は己より一回り近く大きい体格を持つ兵を前にしても一歩も引かず、逆に片手で吹き飛ばしてしまうほどだ。


 単に膂力だけの話ではない。隙を見て私は何度も魔法を放ち援護をするが、瞬時に展開される魔法の防壁によっていとも簡単に防がれてしまう。


 魔族は決して己から戦いを仕掛けようとしてはこなかった。己に向かってくる者だけを淡々と返り討ちにしていき、戦いの大よそは召喚した厄獣に任せっきりだ。


 魔族がその気なら、この場にいる全ての人間を時間をおかずに殺すことができる。なのに、自分に向かってきた兵士を含めて魔族は未だに誰も殺していなかった。


 誰もがその真意を悟っていた。


 ジワジワと真綿で首をゆっくりと絞めるように、自分たちの恐怖を与え嬲り殺しにするつもりなのだと。


 その様を、王都に住む全て人間に見せつけるつもりなのだと。


 無論、この場から逃げようとする者は多くいた。戦うすべを持たない貴族達はこぞって広間の扉へと殺到していった。


 だが、扉が開くことはなかった。


「逃げようとしても無駄だ。この場の扉や窓には結界を張ってある」


 無情な魔族の言葉を受けて、それでも貴族達はすがるように扉を開こうと必死になっていた。


 一方で私は戦慄していた。


 あの魔族は、召喚の魔法陣を維持し私の魔法を防ぎ、それでいながらこの広間からの脱出を防ぐ為の結界を構築しているのだ。その間にも魔族は向かってくる兵達を殺さずにあしらえるほどの実力を有しているのだ。戦士としても魔法使いとしても、一級の能力を秘めている。


「ふむ、このまま時間を掛けてじわじわと絶望を与えるのもいいが、少し刺激が足りないか」


 そう呟いた魔族の視線が離れた位置にいる私たちを射抜く。それまで魔法陣のそばから離れなかった彼はゆっくりと私の方へと歩を進め始めたのだ。


「──っ、王とアイナ様の元へ行かせるな!!」


 兵の一人が声を張り上げると、付近にいた兵達が一斉に魔族へと殺到する。だが魔族はいつの間にか手にしていた剣を無造作に振るうと、迫っていた兵士達を全て吹き飛ばしてしまった。


 コツコツと、戦いが繰り広げられる広間の中で魔族の足音だけが妙に響くように感じられた。私はどうにか魔族の足を止めようと繰り返し魔法を放つが、どれもが簡単に防がれてしまう。宮廷魔法使いに匹敵する腕と賞賛された実力がなんとも頼りげないことか。


 兵士達はどうにか魔族を止めようとするが、厄獣は倒したそばから新たに召喚される。そうでなくともこの場には国の重鎮が多くいる。彼らが死ねばそれは国力の大きな低下に繋がる。その守護に手を怠るわけにもいかなかった。


 足止めもままならぬ中、私たちと魔族の距離は徐々に縮まっていく。


「仕方がないか」


 父はそう呟くと、護身のために携えていた剣を鞘から引き抜いた。


「何をするおつもりですか!?」

「こうなってしまった以上、身を惜しんでいる場合ではないだろう。私が奴を食い止める。その隙にお前は何としてでも逃げるのだ」

「そんな──」

「例え私がこの場で朽ちようとも、王の血筋は途絶えん。ならば未来を先ある若者に託すのも悪くはない」


 そう言って、父は近くで守護を担っていた二人の兵に目配せをした。彼らは驚いた表情を浮かべるも、仕えるべき主の思いを察し、覚悟を決めた表情になる。


「では、行くぞ!」


 二人の兵がまっすぐに魔族へと走り出す。その後ろに剣を構えた王が続く。


「王が自ら相手になってくるのか。これは光栄だ」


 突撃してくる兵を難なく弾き飛ばした魔族は、王が振りかざした剣を己の持つ剣で正面から受け止めた。


「ほぅ、その歳にしてはなかなかの剣圧だ。この場で剣を合わせた誰よりも重いな」

「これでも我が身は一国を治める王。舐めてくれるな、魔族よ!」


 気勢を高めながら魔族を押し込もうとする父。王となる前は騎士として勇名を馳せたと聞き及んでいるその後ろ姿はまさしく王である。


 しかし──。


「ここで王を殺してしまうのも悪くはないが、それでは少々面白くないな」


 そう言って、魔族は父の剣を受け止めながらも、その肩越しに私の姿を目に映した。


 ぞくりと、背筋が震えた。


 私はこの瞬間、人生で初めて掛け値なしの『殺意』というものを味わった。


 己に向けられたわけではなくとも、明確な『殺意それ』を感じ取った父は、目を見開く。


「貴様っ!?」

「どれ。王の前にその娘を殺すとしようか」


 魔族は呟くと、父を力任せに弾き飛ばした。その勢いは凄まじく、父の躰は広間を一直線に横切り、壁へと叩きつけられた。


「ぐはっ!」

「父上!?」


 私は思わず悲鳴をあげてしまった。


 不幸中の幸いか、あるいは魔族が手加減したからか。壁からずるりと地面に落ちた父は、血を吐きながらも生きていた。


 その事実に安堵している猶予は残念ながらなかった。


 ハッと気がついた時、魔族は私に向けて手の平を向けていた。


「くっ──きゃぁぁぁぁぁっっ!」


 咄嗟に私は魔力の防壁を展開。けれども魔族の手から放たれた風の刃はそれを最も容易く砕き私を切りつけた。それだけにとどまらず、私の躰は先ほどの父と同じく吹き飛ばされてしまった。


 ──気がついた時、私は床に倒れていた。


 一瞬だけ意識を失っていたようだ。


 ハッとなって躰を起こそうとすれば、全身に激痛が走る。どうにか顔だけを起こして己を顧みれば、仕立ての良かった服は至る所が破けており覗く肌は傷だらけであり血が流れ出ていた。


「あ…………」


 どうにか上体を起こしたところで、いつの間にか魔族は目と鼻の先にまで迫っていた。


「あなたのような美しい女性に手をかけるのは私としても不本意だ。だが、魔王様のためその命を捧げてもらおう」


 魔族が剣を掲げた。


 あの剣は私の『死』だ。降り下ろされれば私の躰など最も容易く両断される。


 死への恐怖がじわりじわりと心に染み込んでいく中、私は自然と痛む腕を己の胸元に伸ばしていた。先ほどの魔法で切り裂かれた際にその部分も切り裂かれていたようだ。それでも幸いなことに、あの人から貰ったペンダントを結ぶ鎖は無事だった。


 脳裏に去来するのはあの人とのひと時。


 たった二度の邂逅。私の人生の中ではほんの一瞬の出来事。


 けれども、そのたった二つの出会いは私の人生の中で最も尊い時間であったのだと、改めて認識することができた。


 

 今更になってもはや手遅れではあろうが。



 それでも願わずにはいられなかった。



 もし三度目の奇跡が訪れたとしたら。



 もう一度、あの人に出会うことができたのなら。


 

 その時は──。



 ドゴンッ!



 魔族が剣を振り下ろそうとした直前に、広間が揺れた。


「なんだ?」


 剣を掲げたまま疑問を口にする魔族。



 ドゴンッッッ!!



 またも広間が大きく揺れた。その揺れに不思議と誰もが動きを止めた。厄獣も兵士も重鎮たちも、揃って止まる。



 ドゴンッッッッ!!!!



(……嗚呼、本当に)


 私は直感した。


 根拠も証拠も保証もなく。


 それでも私は確信した。


 

 本当に、なんて破天荒な人なのだろう、と。



 

 ドガァァァァァァァァァンッッッッ!!!!




 四度目の揺れと共に、玉座の間の天井に穴が空いた。


「なぁぁっっっ!?」


 驚愕の声を発する魔族は降り注ぐ天井の破片を魔法で吹き飛ばす。


 そんな最中、天井に開いた穴から誰かが飛び降りた。


 漆黒に赤い塗りが施された槍を携えた一人の青年が、その穂先を一直線に魔族へ向けて急降下する。


 魔族が慌ててその場から飛び退くと、一瞬遅れて槍の先端が床に突き立った。それだけで、広間を揺るがすほどの振動が広まるほどの音が響き渡った。


「くっ、貴様は──」


 顔を歪めて声を発しようとする魔族だったが、それが最後まで紡がれることはなかった。


 天井より現れた彼は床に突き立った槍を手放すと、その拳を魔族へと放った。咄嗟に魔族は向けられた拳を自らの手で受け止めようと構えるも。



 その構え手ごと顔を打ち抜かれ、魔族は後方へと大きく吹き飛ばされていった。



 驚愕の出来事が連続して起こり誰もが呆然となっていた。


 決して薄くない王城の天井が破壊され、出来上がった穴からは槍を持った誰かしらが現れ、誰一人として止めることが叶わなかった魔族を力任せに押し返したのだから無理もない。


 その『彼』は吹き飛び地面に転がっていく魔族を見向きもせず、槍を引き抜いてからこちらを振り向いた。


 それが誰なのか、もはや問うでもなかった。


 彼の首から下がっている『指輪』が何よりの証明だった。


「お嬢さん、あんたの名前を聞かせてくれ」


『彼』は私に言った。


 それは私たちの間で取り決めたはずの、暗黙の了解。


 お互いの住む世界が違うと理解していたからこそ、私たちは名前を告げなかった。それが最後の一線だと考えて。


「っと、人に名前を言わせるのはマナー違反だったな。俺の名前は『ユキナ』。勇者と出身地が同じって以外はわりとどこにでもいるような村人で、しがない傭兵だ」


 私は己の目から溢れ出る涙を止めることができなかった。人は嬉しくとも涙を流せるのだと、生まれて初めて体感した。


 もうこの想いを止めることはできなかった。


「改めて聞かせて欲しい。お嬢さんの名は?」


 もしかしたら既に彼は私の名前を知っているかもしれない。それでも彼は私の口から告げられることを求めた。私の胸中にある想いを確かめるために。


「……アイナ、と申します」

「そっか。いい名前だな、アイナ」


 彼は──ユキナさんはそう言って笑みを浮かべた。こんな絶望的な状況にあって、太陽のような笑みとはまさに彼の浮かべた笑顔を指すのだろう。


「俺ぁもう決めたぞ、アイナ」


 ユキナさんはそう言って背後を振り向いた。


 顔を赤く腫らしせた魔族が立ち上がる。その表情は憤怒に染まりながらも、ユキナさんは臆することなく槍を構えた。


「俺は何がなんでもアイナを手に入れる。ああそうさ! 惚れた相手が王族だろうが厄獣が襲ってこようが魔族が来ようが関係ねぇ!!」


 この場にいる全てのものに対して彼は猛々しく吠えた。


「そのためだったら何が来ようとぶっ飛ばす!! 文句ある奴は掛かってこい!!」


 その荒々しくも雄々しい宣言に、私は思い出した。



 ──ユキナ様はいずれ『  』になるお方。私はそう確信しています。



 誰の言葉だったか、すぐには思い出せなかった。


 それでも私は目の前にある背中に見出した。


 

 ユキナという、一人の偉大なる『英雄』の姿を。 



ようやく次から主人公サイドに視点が戻ります。

長かったわマジで……。ここまで膨れ上がるとは思ってなかったんよ。

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覇道の始まりですな
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