side princess4(中編1)
四話仕立てになって申し訳ないと思ってる。
命を下した私に、王が感心したように言った。
「さすがは我が娘だ。私が出る幕もないな……というか、私がこの場にいる意味はないのではないか?」
「お世辞は結構です。それよりも王らしく真面目にしていてください」
「相変わらず硬いなお前は。もう少し肩の力を抜け。状況が長続きしないとも限らん。今から気を張り続けていると体力が持たんぞ」
「…………はぁ」
国王である父の苦笑に、私は不敬であるのを承知でため息を吐いてしまう。
国民の多くは父上に対して厳格なイメージを持っているが、実際のところは『いい加減』なところがある。
勿論、職務に対してという意味ではない。『厳格』というイメージが根強くあるのは、父は常に王として公明正大な人であり、他国からも名君として評判だ。今回の事態に対して早期から対応し、常に的確な判断を下している。
ただ、職務を抜きにした普段はそうではない。今のように公然の場とは思えないような発言が飛び出してくる。
「そうも堅苦しいと、勇者に愛想を尽かされてしまうぞ」
「お気にかけて頂かずとも結構です」
私はもう一度、溜め息混じりに言葉を返した。
──失敗した、と気がつくのが遅れた。
「どうやら、勇者と婚約することに気乗りがしていないようだな」
やはり、言動がどうあろうともこの人は『王』なのだと思い知らされる瞬間だった。
「……そのようなことはありません」
ビクリと肩が震えそうになるのをどうにか自制した。ここで動揺が伝わってしまえば、父の言葉を認めるも同然だからだ。
父は私に不審な目を向けたが、やがて目を瞑ると深く王座に腰をかけた。
「気が早いかもしれんがな。この状況を乗り切った後、私は勇者にお前との婚約を持ちかけるつもりだ。異論はあるか?」
「……いえ。世界の希望たる勇者様との縁を結ぶことができるのならば、これほど名誉なことはありません」
心にも無い事を、己を自嘲するように内心につぶやいた。
いや、もうここに『心』は無い。
『剣』はあの人の元に置いてきたのだ。
職人に頼んだ『剣』はもう出来上がっている頃だろう。ちゃんとあの人の所にたどり着いただろうか。
「失礼します」
新たな伝令がやってくると、私は胸の奥に疼いた淡い気持ちに蓋をした。今は目の前のことに集中しなければならない。
「ご報告させていただきます。先ほど勇者様が王都外で迎撃に当たっている部隊と合流いたしました」
ようやく勇者が来てくれた。
厄獣が大量に出現している原因が大規模な召喚魔法陣というのはすでに発覚している。その周辺が最も厄獣が多く侵入が多いことも。
勇者とその仲間の戦力は総合的に考えれば国内最高峰だ。この決定力を持ってして厄獣の分厚い層を突破し、召喚魔法陣を破壊できれば、騒動に終わりが見えてくる。
すでにそのための突入部隊を再編成中とのこと。
「それと、勇者様が合流した直後に二級傭兵の一人とほか十余名ほどの傭兵が戦線を離脱したとのことです」
二級以上の傭兵には、迎撃作戦への参加義務があったはずだ。それを反故するとなると後ほど処分を受けるはず。それを承知で戦線を離脱するのは不自然だ。少なくとも、二級傭兵が逃げ出すほど戦線が悪化しているはずでは無い。
「その二級傭兵の名前は」
「『銀閃』と呼ばれる傭兵だそうです」
聞き覚えのある二つ名に私は少し驚く。当初、勇者の仲間にと考え声をかけた、異国では『武芸者』と呼ばれる類の女剣士だ。
声をかける前に調べた情報では、他者と馴れ合うような性格ではない一方、己に与えられた責務に対しては真摯に向き合う。また、『武芸者』と呼ばれる者たちは忠義を捧げた者に対しては自身の命さえ捧げるほどに付き従うという。
そんな彼女が、請け負った傭兵としての仕事を放り投げてまで戦いの場から離れたとなると。
ユキナ──と呼ばれる人物。
銀閃が主君と呼ぶ者。義理堅いはずの彼女が優先する者と言えばそれくらいしか考えられなかった。
そこで私はつい先ほどの報告を思い出した。
王都の内部に設置された魔法陣。その早期発見につながったのは、謎の信号弾だ。
「質問があります。王都の外から、先ほど打ち上がった信号弾の光は見えていましたか?」
「信号弾……ですか。ああ、たしかに王都の方に光の玉が上がっているのは私も確認できましたが……」
ということは、銀閃も信号弾を確認した可能性が高い。銀閃はその信号弾の意味を──打ち上げた人物に心当たりがあった。
あの信号弾は王都の内部に『異変』が起こっているのを知らせるため。この可能性は初めの段階で視野に入れていた。
そしてその異変を最初に察知した人物こそが『ユキナ』。
確証はないが、そう考えると筋が通る。
伝令が去って行った後、私は考え込んだ。
この騒動は間違いなく誰かしらの手によるものだ。召喚の魔法陣が使用されている時点でそれは理解していた。
だが、どこからどこまでが誰かしら──黒幕の想定の範囲内だったのだろうか。
「順当に考えれば、王都内の召喚魔法陣が早期に破壊されたのは予定外のことであろうな」
私の疑問に答えたのは父だった。
「こちらが対応せざるを得ない規模の厄獣を使い、王都の戦力の大半を王都の外に吐き出させる。その隙に、王都の内部に厄獣を投入して混乱を引き起こす。単純だが良い手だ」
褒め言葉を口にするようでいて、父の顔は厄獣の襲来から始まってからこれまでで一番険しい表情となっていた。
「……ですが、一体誰がそのような事を」
「違うぞアイナ。今論ずるべきは黒幕を特定することでは無い。その黒幕が立てた『策』だ」
そう言って、父は王座から立ち上がると、広間を見渡す。まるで獲物を狙う猛禽類のような鋭い目をしている。
「単純ではあるが、外の魔方陣も内部の魔方陣も、一朝一夕で準備できるようなものでは無い。そのような手間をかける相手が、単に混乱を引き起こすためにこのような策を弄したはずが無い。必ず、もう一手があるはずだ」
父の険しい表情とその言葉に、私もようやくたどり着く。
黒幕の真の狙いは──この王城だ!