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三つ.新学期の集い

 翌日、僕はまたあの場所に向かった。

『今日、けりをつけて来い。大樹なら大丈夫だ』

 譲治にそう背中を押された。昨日のこともあって気分はどこか清々しくて、頑張るぞって気が強くなった。譲治の言葉はみんなの言葉、みたいな強さがあって、期待されると嬉しくなる。

「やっぱり来たのね」

 やっぱり今日も湊川さんは木陰のベンチに腰を下ろして、風に優雅に髪をそよがせてサンドイッチの昼食を一人で食べていた。

「少しだけ、もう来てくれないかもって思ってたけどね」

 昨日のこともあって、もし僕があの立場なら皆には顔を合わせづらくて避けてたかもしれない。でも、湊川さんは何事もないように来てくれていた。

「来てるのは片桐君でしょ。私はいつも通りに来ているだけよ」

 そっけない返し方。でも、少しだけ違う。どことなく湊川さんの雰囲気が和らいで見える。

「今日は何ともなかったみたいね?」

 話題を湊川さんから出してきてくれる。

「うん。大和さんが事情を話して今日処罰が下るらしいけど、大和さんが言うには、謹慎一週間くらいだろうって」

 今日は。その言葉が指すのはやっぱりこの数日のこと。それがぱったりと止んだ。毎朝嫌な気分だったから、何もされていないことは当たり前なのに、こんなに嬉しいものなんだと口には出さなかったけど、嬉しかった。

「いい教訓になったでしょ? 妙なことに関わると、逆に自分自身が傷つくのよ」

 これに懲りたらもう関わらないで、と湊川さんが言うけど、そうもいかない。そうさせないために、ここに来たんだから。

「でも、その傷を癒してくれる仲間がいれば平気だと思わない?」

 僕は平気だった。でも湊川さんはなかなか受け入れようとしてくれない。

「私は平気よ。昔から慣れているから、処世術くらいは身についてるもの」

 そうなのかもしれない。湊川さんの話を聞いていたから、間違いないんだろう。

「でも、湊川さん言ってくれたよね。嬉しかったって」

 僕の言葉にポンッと湊川さんが赤くなった。

「それにあの時、ずっと聞いてたんでしょ? 僕としては恥ずかしいけど、でも、それってそういう意味なんじゃないかな?」

 もし本当に嫌なら、あの時あそこにはいなかったはず。予感が確信に変わったのは、明らかだと思う。間違っていることは、もう、何もない。

「そ、それは、たまたま忘れ物をして戻ってきたら、あんなことになってただけよっ」

 湊川さんがまだ少し顔を赤くしたままそう言う。なんかもう、バレバレな気もするんだけどなぁ。

「譲治が言ってたんだ。後はお前が湊川さんの手を掴んでやれって」

 湊川さんが、僕を見てくる。少しだけ意外そうにも見える。

「でも、それって違うと思うんだ、僕」

「えっ・・・・・・?」

 湊川さんが今度は突き放されたような悲しさのある顔になる。湊川さんってこんなに表情豊かだったんだ。

「あ、でも、悪い意味じゃないよ。ただ、僕たちから一方的にそんなことをしても、意味がないなって思ったんだよ」

「・・・・・・どういうこと?」

「湊川さんの気持ちが大事ってことだよ」

 湊川さんを見る。確信だけじゃダメだ。本人の言葉が一番大事。いくら確信があっても、本人の言葉を聞かないと、それは一方的な意見と思いの押し付けにしか過ぎない。

「っ!?」

 湊川さんが驚く。だから僕は待つ。湊川さんが僕らを受け入れてくれるかどうかを。

「・・・・・・・・・」

 湊川さんが、小さく唸ってる。迷ってるのかな? もう一押し、なのかな。

「あくまで僕の意見なんだけど、誰かと喜びや悲しみを分かち合うってことって、大切だと思うんだ。一人で笑って泣いても、意味がないんだよ。自分だけを信じることは難しくないかな?」

「難しい?」

「うん。自分では正しい、正しくない、とか判断をしても間違ってることってあるでしょ? 正しいとしても、それで得られるものって小さなものだよ」

 昔の僕が今の湊川さんだとすれば、やっぱり湊川さんにもそこから抜け出した時の楽しくて仕方ない世界を一緒に味わってもらいたい。

「でも、一人じゃなければ分からないことがあれば聞けるし、自分では気づかなかったことにも気づかせてくれる。成功すれば一緒に喜んでくれる。失敗して落ち込んでも、励ましてくれる。それって凄く嬉しいんだよ。一人だと絶対に味わえないことだと思うんだ。そう思わないかな?」

「・・・・・・そうね、そうなのかもしれないわね」

 羨むような目が僕を映す。卑怯だと言われている気分だ。でも、まだ、一番言いたいことは言ってない。今まで把握まで僕の話だから、今度は片桐大樹だけではない、ユースウォーカーズの一員として伝えたいことがある。

「でもだからって・・・・・・」

「僕らは誰も裏切ったりしないよ」

 ハッと湊川さんの言葉が遮られ、止まった。

「苦しい時こそ、僕らは寄り添うんだ。一人で抱え込まないように分かち合ってるって、僕は思ってるよ」

 苦しい時を救ってくれた仲間。僕もその中の一員になった。だから、僕だって、誰かを救えるくらいになりたい。やり遂げた時の達成感を皆で分かち合って、笑いあいたいから。

「・・・・・・・・・」 

 湊川さんは僕の言葉の真意を確かめるようにか、じっと僕を見てくる。

「信じるのって、湊川さんには難しいのかも知れない。だから、僕らも頑張るよ」

「・・・・・・頑張る?」

 意味が伝わらなかったみたいで、湊川さんが首を傾げる。

「うん。すぐに信じろって言うのは難しいでしょ? だから、湊川さんが本当に僕らのことを信じられるように、僕らも頑張るんだ。差し出された手を離さないよう掴むために」

「・・・・・・」

 ちょっと、格好つけすぎたかな? 自分で言ってて恥ずかしいや。

「・・・・・・本当に、そう、言えるの?」

「え?」

 小さな呟き。鳥の歌声と風の囁きに聞こえなかった。

「本当に、信じても、良いの・・・・・・?」

 不安そうな声。まだ疑われている。仕方ないか。湊川さんは今までそうやるしか出来なかったんだ。いきなり自分を変えるなんて誰にも出来ない。

「少なくとも、僕は湊川さんを裏切ったりしないよ」

 僕も同じだったから。譲治たちが僕に任せてくれたから。

「どうかな? 一緒に同好会、やってみない?」

 湊川さんがじーと僕を見るから、誘いにくい。

「・・・・・・はぁ」

 湊川さんがため息を吐いた。もしかして、呆れられたのかな。

「片桐君と有美香しかまだ良く知らないわ。相手も知らないのに信用しろって言われても無理よ」

 言葉自体は、グサッと来る。でも、僕は少しだけ口の端が上がった。

「じゃ、じゃあ。紹介する。食堂に行こうっ」

 立ち上がる。みんなのことも知ってもらえればきっと、湊川さんの気持ちも変わるはず。

「い、今からっ!?」

 思わず手を引いて走り出したくなる気持ちを抑えて、湊川さんを声で急かす。

「うん。みんな待ってるんだ。だから、行こう、湊川さん」

 きっと湊川さんにとって、お気に入りの場所になるはずだから。

「・・・・・・今は、行けないわ」

「えっ?」

 湊川さんは立ち上がらず、ベンチに座ったままだ。

「どうして?」

「・・・・・・」

 湊川さんが口ごもって何かを呟いたけど、僕には聞こえなかった。

「私一人じゃ、決められないのよ・・・・・・」

 その表情は沈んでいた。さっきまでの笑顔がなかった。

「私は、一人だけど一人じゃないのよ」

「?」

 その意味が分からない。どうして一人なのに一人じゃないんだろう?

「放課後になれば分かるわ」

「放課後?」

「知りたければ、校門に放課後来れば分かるわ。でも、それだけじゃない。もう少し、考えさせて」

 それでも、言ってくれた。迷いがあることを。戸惑いと経験から来る不安を感じながら。

「うん。待ってるから。僕らはみんなで一つだから」

「・・・・・・っ」

 湊川さんがハッとした。まだ、湊川さんを縛っている何かが何なのかは分からないけど、僕らは湊川さんを待つ。

「あ、そうだ。湊川さん」

「ん、何?」

 結局湊川さんの口からは詳しいことは聞けないまま昼休みが終わろうとした。でも、これでもう終わりになんてことがないとは思えなくて、僕は声をかけた。

「次からはさ、湊川さんも学食で食べない? 僕らと。湊川さんのお弁当には勝てないかもしれないけど、学食も結構美味しいんだよ? この学園って」

 きっとお金持ちの家は一流の料理人とかいるのかもしれない。毎日見てた湊川さんのお弁当は美味しそうだった。そんなことでしか今は繋ぎ止めることが出来ないのは残念だけど、口実にはなる。

「・・・・・・考えておくわ」

 しばらく考えるように僕と学食にいる譲治たちを見て、そう言ってくれた。


「それで、放課後校門でって言ってたんだろ?」

 譲治に話すと、僕らはみんな集まった。

「うん。多分、何か理由があるんだろうけど・・・・・・」

「それにしても、特に変わった様子はないですね」

「校門潜るの久しぶりなのですですよっ」

「お? そういやそうだな。よしっ、ゆみ公、どれだけ校門を潜れるか競争だっ!」

 武士が校門へと走り出す。

「ふぁっ! ま、待ってくださいなのですですよっ」

 その後を律儀に有美香も追っていく。勢いに呑まれやすい子だなぁ。

「恐らく、原因はあれじゃないかな?」

 琢磨が顎で校門の外を指す。

「ほっほっほっ・・・・・うっしっ、六回目っ」

「ふぁぁっ! 早いですっ! わたし、まだ三回目なのですですよぉ〜」

「ゆみ公は体力ねぇな。んなじゃ、マッスル有美香にはなれねぇぞ」

 その隣では、武士と有美香が学園内と路上から校門を行ったり来たり、よく分からない短距離のような反復横跳びのようなことをしていた。二人とも、高校生だよね?

「ゆみちゃん・・・・・・」

 美紀が哀れむように有美香を見つめているのを横目に、僕はその隣に目を向ける。

「あれって、確か・・・・・・」

「麗香の家の車だな」

 この三年間で既に当たり前の景色になっていて、あまり意識してないけど一台の高級車が止まっていて、紳士服姿の男の人が佇んでいる。

「湊川さん、一人じゃ決められないって言ったんだよね?」

 琢磨が僕を見る。僕は頷く。

「なら、問題は家なんだろうね。家柄もあるんだ。この時期に現を抜かして遊び呆けるなんて赦してはもらえないんじゃないかな? 一人娘だからこそ、愛情と言うもので感じ方は違えど、守られてるんだよ。親御さんの子への接し方に少し問題があるのかもね」

「俺は遊んでるぞ」

 譲治が会話に入ってくる。

「内申捨ててる譲治とはわけが違うんだよ。湊川さんは令嬢なんだから」

「譲治も少しは真面目にやろうよ」

 そんな堂々と言われると、一言でも変な説得力でもありそうに感じるよ。

「あ、湊川さんですよ」

 美紀が昇降口から出てくる湊川さんを見つけると、湊川さんも僕らに気づいて互いに目が合った。

「全員集合ってわけ? と言うより、あれは何してるのよ?」

 怪訝そうな目つきで湊川さんが武士たちを見る。

「いや、気にしないで。あれは遊んでるだけだから」

 有美香はヘトヘトになってるけど。

「お嬢様、お待ちしておりました。お車の方へどうぞ」

 執事らしき人が湊川さんを見つけると、僕らと湊川さんの合間に入る。隔絶するような目には見えない透明な壁が僕らを引き合わせないようにしているみたいに。

「そういうことよ。分かった?」

 湊川さんが僕を見る。やっぱり琢磨の言う通りだったんだ。将来のためだからと、縛られた中で湊川さんはずっとそれが当たり前だと思って生活してきた。だから、僕らに冷たい目を向ける。でも、今は違う。僕には手を差し伸べようとしている必死で悲しんでいるような目に見えた。

「待て」

 譲治が呼び止める。湊川さんと男が僕らを見る。

「麗香。これから部活だ。何勝手に帰ろうとしてる?」

 湊川さんが怪訝そうな表情を浮かべる。

「お嬢様、部活動にご参加されているのですか?」

 そんな話は聞いていない。そう問いかけるような言葉に、湊川さんが口を噤む。

「旦那様の申しつけをお忘れなのですか? お嬢様はそのようなことに時間を取られていてはならないのです」

 男の言葉に、湊川さんの表情が曇る。

「講師の方がお見えになられています。お車へお急ぎ下さい」

 家庭教師のことだろうか。休む間もなく湊川さんは勉強とかをさせられてるんだ。嫌だな、そういうのって。可哀想だ。

「待ってください」

 思わず呼び止めてしまった。何を言うかも考えてないのに。

「ご学友のお方ですか? 申し訳ありませんが、お嬢様には予定が入っておりますが故に、これにて失礼させていただきます」

 男が後部座席のドアを開ける。たどたどしい足取りで湊川さんが僕らの横を通り過ぎる。

「待てよ」

 譲治が湊川さんの前に立つ。

「あんた、麗香をそれを望んでいると思ってるのか?」

「そうです。学生の本分を逸脱していると思います」

 美紀も譲治の一歩後ろに立ち。湊川さんを守ろうとするように。

「望まれようと否と、これがお嬢様の将来安泰なる道なのです。今は苦労されても、今後のことを考慮した上では致し方のないことなのです」

 僕にはそれが分からない。将来有望視されているからと言って、今を犠牲にする。受験なんかで数年我慢するのは仕方がないと思う。でも、だからと言って何年もそんな生活を幼い頃から続けさせられるなんて、籠の鳥も同然じゃないか。

「それで湊川さんは幸せなのかい?」

 琢磨も譲治の隣に並ぶ。男から引き離すべく。

「それは・・・・・・」

「お言葉ですが、お嬢様を一般の方と同視なさらぬよう、お願い申し上げます」

 男が鋭い目を向ける。己の仕事に誇りを持っているから、湊川さんの将来を思っているからこそ、退いてはくれないのだろう。

「つーかよ、おめぇも俺たちも全員同じだろうがよ。何違ぇみたいに言ってんだぁ?」

 汗びっしょりになった武士も並ぶ。

「そうですですよ。麗香さんはべりーべりーてんだーなのですよっ」

 ヘトヘトになりながらも、美紀も湊川さんを庇うように立つ。

「では、皆様にお尋ね致しますが、お嬢様が遊びに現を抜かすことで将来幸せになれるとでもお思いなのですか?」

 僕らの周りの空気が他に比べると重たい。息をするにも力が要る気分だ。

「僕は、思いません」

「えっ?」

 否定する。だって、将来のためなんだ。湊川さんが悲しげに僕を見るけど、譲治たちは僕の言うことを信じているみたいで、続きを待っている。

「将来不幸になることが分かっていて、遊ぶ人はいないと思います」

「ご理解いただき、ありがとうございます」

 僕にお礼を言ってくれた。この人だって本当は悪い人なんかじゃないんだ。思う人がいるからこそ、湊川さんのこれからを思うんだ。

「だけど、僕はあなたの考えには賛成出来ません」

 譲治の隣に並ぶ。横一直線に湊川さんと男の間に僕らが壁を作る。さっきまであった男と湊川さんの壁を壊すために。

「家柄だからと言うことは分からないこともないです。でも、僕らは子供だからと言って、親の玩具でもペットでもありません。僕らは一人の人間です。誰のものでもありません」

 美紀や琢磨が頷く。その頷きがあるだけで嬉しいのは、やっぱり仲間と言うものの温かさなんだ。

「お嬢様は将来、ル・パッシオネを背負われるお方。身につけなければならない教養は今のうちに会得していただくほかないのです」

 それでも全く揺らがない男。折角湊川さんが僕らに加わろうと言う迷いに心を動かされているのに、その揺ぎ無い思いに力が抜けそうだ。

「一つお伺いしても良いですか?」

 美紀が口を開く。男がはい、と小さく頷く。

「湊川さんの事情に関しては理解しました。でも、それは湊川さんのご両親も、同じように子供時代を大きく犠牲にしてまで行ってきたことなのですか?」

 一瞬、男が黙った。

「ル・パッシオネは湊川さんのおじいさんの代が大元の始まりらしいね。そうなると、湊川さんの親御さんは、少なくとも今の湊川さんと同じような教育を受けた可能性は高いはず。でなければ、今の地位がないはずではないですよね?」

 琢磨が眼鏡を上げながら言葉だけで詰め寄る。

「申し訳ありませんが、その頃のことに関しては私は関知しておりません」

 上手い逃げ口だと思う。そう言われると、確かめようが今はないし。

「だから縛んのかよ?」

 お嬢様のためです。その一点張りだ。頑固だけど仕事には忠実な人だと思う。

「麗香さんは頑張ってるのです。もあもあふらんくりーなのですですよ」

 お嬢様のためです。有美香のいまいち合っていない英語も聞き流す。

「あんたたち・・・・・・」

 行く手を僕らに遮られ、どうしたら良いのか分からない様子の湊川さん。でも、個々は譲れない。楽しみを知らないまま大人に成るなんて考えられない僕らだから。

「湊川さん。湊川さんはどうしたいの?」

 もう、直球で聞くしかない。この人と言い争ってもしょうがないから。

「え? あ、う・・・・・・」

 戸惑う目が僕らと、その先に立つ男を交互に見る。

「お嬢様。時間が押しております。お急ぎの程を」

 その迷いを断ち切ろうとするべく、男が湊川さんを見る。それでも僕らは湊川さんをこれ以上前には行かせない。

「湊川さんが、今まで通りで良いなら、僕たちはもう何もしないよ。でも、そうじゃないならはっきり言って欲しい」

 いつまでもこのままじゃ埒があかない。

「麗香。俺たちはお前を幸せに出来るぞ。子供の頃の幸せってのは、いつまでも残るものだ。そう、死ぬまでな」

 譲治が言う。勝ってもないのに勝ったように笑みを浮かべている。

「今回に関しては、兄さんに票を投じます。私たちはあくまで一人の人間です。家族を思う気持ちがあるからこそ、自分で考えて行動するものだと私は思っています」

 美紀も言う。年下とは思えない凛とした目をしていた。経験があるからだろうね。

「確かに親の敷いたレールの上と言うものは、傍から見れば羨望以外の何ものでもないかもしれない。でも、実際にその上を歩く者には、時として幸であって苦でもある。無理に歩くとその反動は大きいと思いますよ」

 琢磨も続く。どこか自嘲的にも聞こえた。

「あー、よく分かんねぇけどよぉ、もっと自由でも良いだろうがよ。今しか出来ねぇことだってあんだよ。取戻しが利くほど、人生って長いもんじゃねぇんだろ」

 武士が前三人の言ったことを理解しきれてないように鼻の頭を掻きながら言う。

「ですですよぉ。学生時代はえたーなるれいんぼーなのですですよ」

 もっと状況を理解してない有美香が場の空気を『?』に変える。ある意味凄い。

「では、あなた方はお嬢様がそれで将来満たされるものを得られるとお思いですか?」

 この人は強い人だ。僕とは違って、強い想いがある。仕えることが、仕えるべく相手を高みへ導くことを何よりの誇りと感じている。尊敬する。僕には真似出来ないから。でも、だからって潔く引き下がりたくない。

「お言葉ですが、あなたは湊川さんが悲しい顔をして、学園でも一人きりを必死に貫いているのを知っていますか? ただ勉強するために通うことに意味があると思っているんですか?」

 あんなに強い思いに囚われて、湊川さんはただ耐えてたんだ。本音を出すことも出来ない中で。

「・・・・・・」

 何も答えてくれない。

「将来将来と、将来のことを考えるのは凄いと思います。でも言う方は楽かもしれませんが、それを受け取り、その言葉に責任を感じて堪える立場の人間は、とても辛いんです。寂しいんです。それが分かりますか?」

「・・・・・・・・・」

 それでも何も答えてくれない。不安になる。

「・・・・・・譲治?」

 譲治が僕に向かって笑って頷く。

「最後に一つ。あんたは一人の男として今の麗香の生き方を肯定出来るか?」

 後ろでは湊川さんが、どうすることも出来ず、ただ立ち竦んでいた。

「一人の男、ですか」

「そうだ」

 譲治の頷きに、男が小さく息を吐く。

「私はお嬢様に仕える身であります。ですが、男として言うなれば、お嬢様を哀れむでしょう」

 その言葉に、後で息を呑む小さな声が漏れた。

「皆様の言う通りでございます。子供時代と言うものは、かけがえのないもの。不肖ながら私も今として、忘れることはありません」

 本音、なのかな? たぶんそうだろう。ふっと表情が和らいだから。

「ですが、一仕える身としては、感情論での発言は意味を為しません。しかしながら私はお嬢様にお仕えする身。お嬢様を導き、道を踏み外されることの無きよう尽くすが私の使命でございます」

「可愛い子には旅させろって言うだろ? 子供として最後の年だ。最後くらい籠から逃げても、少しくらい見逃しても悪くはないんじゃないのか? 馬鹿じゃないんだ。そのうち籠に戻るくらいの知識くらいはとっくに持ってるはずだろ?」

 譲治の言葉を真摯に受け止め、考える。

「お嬢様。お嬢様はいかがなされたいのですか?」

 男が湊川さんに問う。僕らもまだ答えを貰ってない。長かったけど、やっと湊川さんの決断の時なのかもしれない。

「私は・・・・・・」

僕らが湊川さんを見る。でも誰一人として僕らは不安な顔はしていない。言うだけのことは言ったし、昨日までやるだけのことをして、湊川さんの心に揺らぎを与えられた。だから、後は湊川さん次第だ。

「裏切らないって、言ったわよね?」

「もちろんだ。な、お前ら」

「はい。少なくとも私はそんなことはしません」

「おうっ、曲がったことはしねぇからな」

「嘘つきは舌の抜かれるのですですよぉ〜」

「まぁ、僕らはそんなことを考える暇なんてないけどね」

「うん。変に見られるけど、それでも僕らはそんなことはしないよ」

 みんな笑ってる。それを湊川さんが呆気に取られたような、惚けたようにただ見つめていた。

「お嬢様、私は導くことが使命ではありますが、お嬢様の決定に従うもまた、仕える身なのです」

 その人の言葉は家に連れ返すためと言うよりは、素直になりなさいと諭しているように聞こえた。

「私は面白いことなんて出来ないわよ・・・・・・」

「既にそれが面白い」

「兄さん、意味が分かりません」

譲治が言う。ほんと意味が分からない。

「役に立つことだって、あんまりないし」

「いや、武士よりは役に立つと思うけどね」

 筋肉よりは、か。うーん、納得しちゃいそうだ。と言うより、とりえのない僕のほうが役に立つかどうかだと思うんだけどなぁ。

「んだとぉっ、こらぁっ!」

「お、落ち着いてくださいですですっ」

「それでも、ほんとに、見捨てたりしない・・・・・・?」

 恥ずかしそうに上目遣いで訊ねる。

「もちろんだよ。僕らは誰も拒んだりしないよ。きっと下らなくて呆れるかもしれないけど、今しか出来ない楽しいことがきっとたくさんあると思うんだ。僕らはそれをするだけだよ」

 僕らは幼い頃からずっと一緒だった。ちょっとやそっとじゃ切れない絆がある。そこに新しい絆の有美香が加わった。ずっと変わらない僕らの居場所。そして変わり続ける僕らの居場所。どっちも同じ。決して壊れない。そう思える居場所。

「だから、一緒に来ない?」

 手を差し伸べる。僕らから掴んだりしない。伸ばされた手は掴まれるんじゃなくて、自分から掴んで、差し伸べた手が後から掴むものだ。だから待つだけ。

「・・・・・・一緒にいても、良いの?」

「許可なんか要らないよ。湊川さんが良ければ僕らはそれで良いんだよ」

「・・・・・・っ」 

 軟らかくて温かい温もりが、僕の手を弱々しく、恥ずかしそうに掴む。その手が安心出来るように、僕はぎゅっとその手を掴んだ。

「よしっ。さて、答えは出たみたいだな?」

 譲治が男に振り返る。

「・・・・・・そうですか。お嬢様が選ばれたのであれば、私は従うのみでしょう。反対する気持ちは消すことはいたしませんが」

「良いの?」

 湊川さんが男を見る。

「お嬢様の幸せを願うのが私の務めでございます。ですが、本日は帰宅していただきます。講師の方はお待ちになられておりますゆえ」

 そこは譲らないんだ。

「でも・・・・・・」

 折角やっと念願叶ったのに、帰らないといけないのは勿体ないと思う。

「ううん。良いわ。帰りましょう」

 僕の手に少しだけ涼しい風が温もりを持ち去る。掴んでいた手が、掬った水のように離れた。

「じゃあな、麗香」

「また明日です。湊川さん」

「湊川さん、それじゃまた明日」

「おー、腹減ったぜ。俺らも帰ろうぜ」

「わたしはシャワー浴びたいのですぅ」

 みんなが見送る。目的が達成されたから、みんな嬉しそうにしている。

「また明日、湊川さん」

「ええ。ありがとう、片桐君」

 初めて見せる本当の湊川さんの笑みが車に消え、男が一礼すると車が学園の前から消えていった。

「やったな、大樹。さすがは大樹だ」

 僕らは何事もなかったように、寮に向かって歩いていく。そんな中で譲治が僕の肩を抱いてくる。

「これで七人になったな」

「・・・・・・そうだね」

 嬉しい気持ちは大きい。譲治が笑ってくれるから、やり遂げたんだって思うと、僕にも出来ることがあったんだと実感出来た。でも、どうしてか物足りなさのような虚しさに近い、寂しさのようなものが心の奥深くを突いている感覚があった。

「あっさりしすぎたか?」

「え? あ、うん。そうなの、かな?」

 武士が前を歩いて琢磨とまた何か下らないことで言い合いをしている。その後を美紀と有美香が楽しそうに話している。みんなバラバラでも、一定の距離から離れない。

「初めての出会いじゃないだろ。そういうもんだ。俺たちは子供だからな」

 ははは、と譲治が笑う。そういうものなのかな、僕が感じていたものは。譲治が言うから、多分そうなんだろう。

「さっ、帰って新メンバー加入祝いだっ」

「いや、湊川さんいないよ」

 でも、やっぱり今は、このやり遂げた感が心地良かった。


「あっ・・・・・・」

 食堂のざわつきの中で、僕らは目が合った。

「麗香、こっちだこっち」

 多くの学生が入り乱れ賑わう食堂の中で、美紀と有美香がいつも空いている僕らの席にとりあえず場所取りとして待っててもらい、僕らが昼食を買う。

「来てくれたんだ?」

「昨日、あれだけ言われたんだから、来ないわけには行かないでしょ」

 ちょっとだけ照れた表情だけど、湊川さんもやっぱり嬉しそうだ。

「ねぇ」

 僕らは順番を待って並んでいるけど、湊川さんは右往左往している。

「それはそうと、学食ってどうするわけ?」

 その問いに、僕らは固まった。

「何だ、お前。学食の買い方も知らねぇのか?」

 今時いねぇぞ、と武士が言う。

「わ、悪いっ? 今までお弁当だったんだからしょうがないでしょ」

 やっぱり初めて湊川さんは学食に来たんだ。何となくそんな気はしてた。

「それじゃ、湊川さんは向こうで待ってたら? 僕らが買っていくよ」

「うん。そうだね。何が食べたい?」

 食券販売機を湊川さんが人差し指を唇に当てながら見る。

「じゃあ、この日替わり定食で良いわ」

 今日の日替わりは白身魚のムニエルだ。ウチの学食じゃ日替わり定食が他のメニューに比べるとお洒落なメニューになることが多いから、結構人気がある。

「分かった。後で持ってくるから先に座ってて」

 お金を僕に渡して、湊川さんは美紀たちの所へ歩いていった。有美香が待ってましたぁと喜んでるし、みんなとの仲は悪くない。安心したけど、一番安心するのは湊川さんなんだろうなぁって思うと、ちょっと嬉しかった。

「何にやけてんだ? 大樹」

「へっ? あ、ううん。何でもないよ」

 武士に怪訝そうに見られてた。

「はい、湊川さん」

「ありがと」

 湊川さんの隣に腰を下ろす。武士が有美香、譲治が美紀の分を運ぶ。いつもの光景だ。

「しっかしよぉ。相変わらず、指定席になってんなぁ、ここは」

 僕らのいつもの窓際の席。他にも三席くらい空いてるけど、誰も座らない。避けられているのかもしれない。

「良いんだよ。いづれは埋まる」

 は? 譲治の一言に全員が首を傾げる。

「そんなことよりも、だ」

 譲治が湊川さんを見る。

「な、何よ?」

 皆に見られ、湊川さんがたじろいでいる。

「新メンバー加入だ。挨拶だろ、普通は」

「挨拶って、私は、あんた達のこと知らないわよ」

 特に美紀のことはほとんど知らないはず。勧誘にも参加してなかったし。

「じゃあ、まずは僕らのことから、で良いんじゃない?」

「そうだな。じゃあまずはユースウォーカーズ、リーダーの俺からだな」

「いや、てめぇはリーダーじゃなく、無茶苦茶担当だろうが」

 うんうん、とみんなが頷く。

「無茶苦茶担当って何?」

 何も知らない湊川さんが怪訝そうに訊く。

「その名の通りだよ。譲治は無茶苦茶な奴だからね。一応のリーダーは譲治だけど、同好会的には部長は美紀だよ」

 琢磨が苦笑しつつ補足する。

「はい。なし崩し的でしたけど、私が部長の一ノ宮美紀です。兄がご迷惑をおかけすると思いますが、あまり相手にしないで下さい。疲れるだけですから」

「そうね。あなたみたいな真面目な子が居てくれるだけでもましだと思うわ

 美紀が真面目に自己紹介する。美紀らしいけど。

「んじゃ、次は俺か? 俺は吾妻武士。筋肉馬鹿担当だ・・・・・・って、自分で担当言っててあほらしくないかってことにならないか? って話にならねぇか?」

 武士が自己紹介しようとして、逆に聞いてる。というか、回りくどい。

「知らないわよ。あんた馬鹿じゃないの?」

「んだとぉっ、俺の筋肉が馬鹿だとぅ?」

「あんたがでしょ。筋肉が馬鹿なんて一言も言ってないわよ」

「そっかよ、なら良いぜ」

 相変わらず、理解出来ないっ。

「・・・・・・あいつ、馬鹿なの?」

 湊川さんが耳打ちしてくる。

「う、うん。そうだね。でも悪い人とかじゃないから」

 否定は出来ない。

「次は僕かな?」

「あんたはいいわよ。元から名前くらい知ってたし」

 自己紹介しようと立ち上がった琢磨が拒否されて固まる。

「後は有美香に片桐君でしょ?」

「はいですっ! わたしのこと覚えてくれてたんですねっ 感激ですですよぉ〜」

 自分のことを覚えてもらえたことがよほど嬉しいのか、ニコニコ笑顔だ。

「うん。僕も自己紹介はいらないね。よろしくね、湊川さん」

「っ、え、ええ」

 頬を染めて、恥ずかしそうに頷く。きっともう大丈夫だ。

「あー補足がいるな。お前ら」

 譲治が付け加えるように口を挟む。

「美紀はクーデレ、琢磨は眼鏡っ子、有美香はマスコット、大樹は普通担当だ。覚えておけよ」

「はぁ? 何なのよ、それ。っていうか、あんた男のくせに眼鏡っ子って何よ? 子って」

 湊川さんが立ったままの琢磨を気持ち悪そうに見る。

「つーか、おめぇ、何立ってんだ?」

 カツ丼を頬張りながら、隣に立つ琢磨を見る。

「・・・・・・気にしないでくれるかい。ちょっと高いところの空気が吸いたかったんだ」

 そんなに自己紹介出来ないことがショックなのかな。武士もそうだけど、琢磨もよく分からない。

「と言うか、兄さん。まだそんなものに拘ってたんですか?」

 美紀がうんざりしながら正面を見る。

「何言ってる。担当あってこそのユースウォーカーズだっ。担当もない奴はいらない」

 また言い切った。と言うより、担当ないなら僕だって普通って担当じゃないと思うんだけど。

「ちょっと待ちなさいよ。担当って、じゃあ何? 私にもあるわけ?」

「無論だ。麗香、お前はツンデレ担当だっ」

 ビシッと言い切る譲治に湊川さんが固まる。

「麗香さんっ、ツンデレさんですですっ」

 楽しそうに有美香が麗香を見る。

「何よそれ。意味分からないわよっ! 大体、私はそんなのじゃないわよっ」

「これがツンだ」

 譲治の説明に、おー、と武士と有美香が初めて知りました的に感心している。

「なっ!? ち、違うわよっ! 勝手なこと言わないでっ」

「ちなみにこれはデレの一つだ。ちょっと照れてるだろ?」

 おぉー、とまた声が上がる。いやいや、感心するところじゃないし。

「もぅ・・・・・・何なのよ、あんたたち・・・・・・」

 全く聞き入れてもらえず、湊川さんが息を吐く。

「湊川さん、相手にしてはダメですよ。こういう人たちですから」

 美紀は冷静に昼食を摂っていた。

「美紀さん、だっけ? あなたは冷静なのね」

「美紀で構いません。後輩ですから。それに今に始まったことではありませんから、もう慣れているだけです」

「全く。おかげで俺もこうなっちまったからな」

 譲治が僕らのせいで、とでも言うようだ。元を正せば、そうかもしれないと琢磨が言ってたけど。

「兄さんは何も変わってないです。むしろそのまま大きくなってるだけです」

「そ、そうなの・・・・・・?」

「そうさっ、俺は子供心を忘れない大人さっ!」

 爽やかに譲治が言ってのける。

「でも、そういうのが家族にいると・・・・・・」

 湊川さんが言い難そうに口ごもるのを見て、美紀が頷く。

「はい。友人や知人ならともかく、家族となると一番始末が悪いタイプです」

 湊川さんと美紀は意外と仲良いのかな? 意気投合してるみたいだけど。

「兄を前にして、言うことじゃないだろ・・・・・・」

 譲治がショックを受けている。

「まぁ、あんたたちがどういう人間なのかは、何となく分かったわ」

「お前ももう、その一員だけどな」

 譲治の言葉に、うっしまったっ、と言いたげな顔になる湊川さん。

「大丈夫だよ。この一年、絶対に楽しいから」

「・・・・・・」

 一人でいるよりも、沢山思い出が作れるから。後悔なんてしないはず。惜しんでも悔いは残さない。僕らはそんな風に今迄だって一緒にいられたんだから、これからだってきっとそうだ。

「そう、かもしれないわね・・・・・・」

「そうだよ。だからこれかもよろしくね、湊川さん」

 もう何度目だろう、そう言うのは。でも、やっぱり僕にも出来たんだという達成感で何度も言いたくなる。僕って単純なのかもしれないけど、今は今のままで良い。

「う、うん・・・・・・」

「むっ」

 湊川さんが少しだけ顔を落として小さく頷く。美紀が一瞬目を鋭くさせた気もしたけど、よく見えなかった。

「これが、デレだ」

 すかさず見逃さなかった譲治が言う。おおぉー、と武士と有美香が声をあげ、琢磨が眼鏡を上げながら観察していた。

「なっ!? ちょっ、あ、あんたたちねぇっ」

 ばっちり見られていたことが余程恥ずかしかったのか、湊川さんが声を荒げるけど、僕らは楽しくて笑い、湊川さんの顔にも笑顔があった。

 難しいことじゃないんだ。みんなで楽しく笑って、真剣に辛さや悲しみに立ち向かう。一人じゃ絶対に味わえない仲間の心地良さとありがたさ。この聖生学園に入って良かったんだと、卒業する最後の日に、そう思えるだけの思い出をこれから作っていく。僕らの手で、僕らだけのものを。

「それは良いとして、試験もう日にち無いね」

 ピタッと湊川さん以外が固まる。

「どうしたのよ? 固まったりなんかして」

 湊川さんが首を傾げて譲治たちを見る。

「このままだと、今日から譲治と武士は徹夜だよ。現を抜かしてる場合じゃないんじゃないかい?」

 琢磨が冷静に言う。

「やべぇ、すっかり忘れてたぜ」

 あれだけ勉強させられてるのに、武士はもう忘れたのか。あの勉強は何だったんだろう?

「赤点取らなきゃ良いんだろ。楽勝だ」

「は? 赤点? ちょっと、どういうことよ?」

 湊川さんに事情を説明する。仲間になったからには、関係あることだし。

「はぁぁっ?! じゃあ何よっ? まだ発足もしてない部に私は入れられたわけ?」

「そうだ。だが、麗香は自分の意思で入ったんだからな」

 驚いている湊川さんに、自慢げに譲治が頷く。あれ? もしかして僕、言うの忘れてたかな。

「それで一人でも赤点出せば、発足はないわけなのね?」

「はい、そうです」

 美紀の頷きに、湊川さんがため息をつく。

「で、誰が危ないのよ?」

「俺だ」

「へっ、俺もだぜ」

 何故か譲治と武士が自慢げに名乗り出る。どうしてそこで自慢げになるんだろう。

「よりにもよって、あんたたちなわけ? ・・・・・・仕方ないわね」

 湊川さんが譲治と武士に目をやる。

「あんたたちには、私の家庭教師を付けてあげるわ。だから二人は、この二日はウチでみっちり勉強させるわ」

「え? 湊川さん?」

 突然の物言いに、二人もへ? と呆気に取られてる。

「この二人は危ないんでしょ? しかも後二日しないのよ。それにあんたたちも自分の勉強があるでしょ?」

 僕らは頷く。

「私の家庭教師は大学で教授をしている知り合いの人だから、心配はいらないわ。良いわね、あんたたち」

「お、おう」

 二人が気迫に押されている。

「ですが、良いんですか?」

「良いも何も、発足もしてない部に加入して、何も活動することなく終わるなんてみっともないでしょ。・・・・・・私だって、その・・・・・・た、楽しみに、してるん、だから・・・・・・」

 徐々に恥ずかしさで勢いが弱くなる湊川さん。見ていて有美香とは違う可愛さがあるかも。

「湊川さんが良いのでしたら、兄さんたちをお願いします」

「ジョージッ、武士さん、ファイトですですっ」

「有美香ちゃん、君もだよ」

「ふぁぁっ!? そうでしたっ」

 有美香の驚きに、湊川さんが有美香を見る。

「有美香、あなたも危ないの?」

「ゆみちゃんは、私たちが教えますから大丈夫です」

「うん。譲治と武士の方が危ないから、その二人をお願いするよ」

 二人がいなければ、琢磨も有美香についてくれるだろうから、全体的なバランスも取れるかな。

「そう、ならこの二人は泊まりこみで勉強させるわ」

 いきなり湊川さんの家に泊まるのは、ちょっと羨ましさがあるけど、事態が事態だけにしかたないか。

「これで発足さえ出来れば、僕らの同好会、ユースウォーカーズが始まるんだね」

「そうですね。兄さんたち次第ですけど」

「俺を見くびるな。後で惚れても知らないぞ」

「筋肉、天才になる、か。筋肉な上に頭もよくなりゃ、俺は最強じゃねぇかよっ」

「わたしもやるですですっ」

「僕も出来る限りは協力するよ」

 みんながそれぞれに意気込む。湊川さんがポカンとした顔で見ていた。

「ね? ちょっと変かもしれないけど、これが僕らだよ」

「そうね。私もその中にいるのよね」

「そうだよ。これからはもっともっと楽しくなるよ」

 湊川さんが笑った。それにつられるように僕も笑った。これから始まるのは、僕らの聖生学園での、そして大人へと踏み出す、最後の子供の青春を謳歌するための、一年が始まるんだ。

「さぁこれから始まるぜっ、俺たちユースウォーカーズの青春がっ!」

 譲治が高らかと宣言する。でも、その前にまず僕らは実力考査を乗り越えないといけない。それでも、何とかなりそうだと思わせる譲治の言葉は、僕らにこれから始まる最後の学園生活を、忘れられないものへさせてくれるような予感を感じさせてくれた。


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