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一つ.青春を往くもの

「さて、それじゃ、これが僕の組んだ譲治と武士の勉強スケジュールだよ」

 夕食後、なかなか食堂に来ない譲治と武士を美紀が迎えに行き、大人しくなってやって来た二人に琢磨が一枚の紙を見せる。きっと部屋でまた叱られたんだろうなぁ。

「うげっ、みっちりじゃねぇか。ってか、俺の方が勉強量多いじゃねぇか。不公平だろっ」

 紙を見た武士が早速不満を琢磨に向ける。その横で、有美香も同様に美紀から勉強スケジュールの説明を受けているようだった。

「当然だろ。武士は全教科赤点の危機なんだから。譲治は理数系はとりあえず安全圏だから、それ以外に重点を置いたんだ」

「ふっ、武士。お前はまだまだだな。俺に勝とうなんて八十三年早ぇんだよ」

「何威張ってるのさ。文系ダメなくせに」

「うわあぁぁ、それを言うなぁっ!」

 譲治が武士みたいに叫ぶ。こんなので理数科目が得意なのは不思議だ。

「おい琢磨」

 武士が腕を組んでみてくる。

「何だい? 変更はしないよ」

 琢磨が先に釘を差す。

「あのなぁ、俺は確かに馬鹿と言われてるのは認めてやらないこともないこともないこともない」

「文脈がもう変だし」

 琢磨がため息を吐く。

「でもな、それは違ぇぞ」

「いや、今認めてただろ?」

 それはもっともだ。琢磨が正しい。

「俺はな、苦手科目なんかねぇんだよ。勉強が出来ないこともない。つまり勉強は出来る」

 腕を組み、目を閉じ、何か一人で頷いてる武士。何が言いたいんだろう。

「ただな、俺の情熱は筋肉に注がれてるだけだ」

「だから勉強しない。それで成績が悪いって言うんだろ?」

 見透かしたように琢磨が言うと、武士が何故か威張るように頷く。

「勉強すれば、俺は出来る子なんだ。だから、こんなにみっちりやらんでも大丈夫だ」

「世間一般ではそういうのを、馬鹿と呼ぶんだ。ちなみに、やれば出来る子なんて言葉は、出来ない子にその気にさせるために言うお飾りであって、そう言われる子ほど出来が悪いんだよ。そして、それを自分で言う子は、さらに馬鹿なんだよ」

 武士の言いたいことを真っ向から全否定する琢磨。

「うおぉっ! じゃあ、俺はただの馬鹿じゃねぇかあぁ――っ!」

 頭を抱えて叫ぶ武士。気づいてなかったんだ。ちょっと僕もびっくり。

「今気づいて良かったじゃないか。気づけるだけマシなほうだよ」

 フォローなのか、いまいち分からないけど、とりあえずこれで勉強会が始まりそうだ。

「ゆみちゃん、分からない所があったら言ってね。兄さんの勉強を見ているから」

 何とか勉強会が無事に始まり、美紀は有美香の勉強を見ながら、後輩なのに譲治に社会を教えている。僕も手伝いながら一緒に指導している。なかなか順調な滑り出しかも。

「兄さん、国際原子力機関のアルファベット名は何ですか? 去年には習っているはずですよ」

 美紀は有美香の国語を見ながら譲治の社会を教えている。一度に二教科を教えるなんて感心する。

「ん? ああ、あれだろ。アイウエー」

 ガクッと美紀が肘から崩れる。ちょっとおしいっ!

「馬鹿だな、譲治。そりゃ間違いだ」

 武士が口を挟んでくる。

「え? 武士知ってるの?」

 答えはIAEAだ。譲治もニュアンスは分かったみたいだけど。僕が聞くと、譲治が自慢げに頷く。

「伊達にニュースは見てねぇからな。答えはアウエイーだっ!」

 武士も違うっ! 本当にニュース見てるのかな。

「二人とも違います。答えはIAEAです」

 はぁ、と美紀がため息を吐く。

「おしいじゃねぇか。正解でも良いだろうがよ」

「いやいや、おしくないし、武士に至っては最初しかあってないから」

「武士。譲治の勉強は良いから、君はこっちだよ」

 琢磨が眼鏡を上げながら武士を咎める。

「んだよぉ。いちいちうっせぇな。米語なんて分かんねぇし、行かねぇから要らねぇよ」

「英語だから。文系なんだから、少しでも点数取るには要るんだよ」

 実力考査のため、細かい試験範囲が指定されていない。そのため琢磨は最低限の文法を中心に武士に教えようとしているが、武士はなかなか進まない。

「では兄さん、次の問題です。?目には目を、歯には歯を?と、過剰な報復を禁じることを目的とした報復の連鎖を断ち切るために定められた法典をなんと言いますか?」

 隣で古文の辞書を片手に何かを調べている有美香を見ながら、美紀が譲治に問題を出す。どうやら、クイズ形式にした方が譲治はやる気が出るようだ。

「そんなの中学の問題じゃないか」

「さすがに譲治でも分かるんだ?」

 ああ、と頷く譲治に何故かちょっとだけ僕も嬉しさを感じた。

「ハブラシ法典だろ? 常識じゃないか」

 ハブラシ法典っ!? 聞いたことない法典だ。どんな法典なんだろう。

「間違ってますよ、兄さん」

「なにっ!? 違うのかっ!?」

「えぇっ!? 驚くことっ?」

 譲治がショックを受けている。こっちがショックだって。

「譲治、てめぇ俺以下じゃねぇのか? んな簡単なことも分からねぇのかよ」

 へっ、と武士が鼻で笑う。

 そして、無駄に格好つけて涼しげに譲治が答えた。

「美紀、答えはアブラミ法典だろ?」

「脂身っ?」

 何それっ!? 譲治の上をいく答えだっ。嫌な法典だなぁ。

「しつこそうな法典ですね。残念ですが二人とも違います」

 美紀が涼しげにつっこむ。

「なにぃぃぃっ、違うのかっ!?」

 武士が思いっきり驚いてる。まさか正解だとでも思ってたんだ?

「正解はハムラビ法典だよ。二人とも結構やばいよ?」

「武士はともかく、譲治も文系科目は見直しが必要かもね・・・・・・」 

さすがに琢磨も、呆気に取られていた。

「これは少々大変なことになるかもしれませんね」

 美紀も、他に言葉が思い浮かばないみたいだ。

「くそっ、これだから文系は嫌だったんだ。数学なんて計算しかないのによ」

 譲治が嘆く。

「では、何故理系クラスへ行かなかったのですか?」

「大樹たちと遊べなくなるからに決まってるだろ。理系はガリ勉のイメージが強いからな」

 うわぁ、超自己中な子供の言い訳だ。将来のことなんて考えてないんだ?

「ヘイ、ジョージ、アーンド武士さんはお馬鹿さんなのなのですか?」

 一人順調に勉強を続ける有美香が、二人を見た。

「ぐはっ、後輩に言われると、結構来るな・・・・・・」

「あ、ああ。まさかゆみ公に馬鹿にされるとはな・・・・・・」

 譲治と武士は有美香の言動に、少なくとも自分たちよりは馬鹿だと思っていたのだろう。

「ゆみちゃんは、少なくとも兄さんたちよりは成績は良いんですよ」

「でもぉ、古文がダメダメなのですぅ」

 危ないと言っていたのは、古文なんだ。他の教科は大丈夫ってことかな。

「兄さん、しばらく兄さんはこれを見ておいてください」

 そう言って一冊のノートを譲治に渡す。ちなみに僕の去年の政経のノートだ。さっき貸してくれって言ってたのは、参考にするためだったのかな。

「何だ? 何で大樹のノートをお前が持ってんだ?」

「大樹さんにお借りしたんです。私はまだ習っていないので、この中から最終的には兄さんに試験をしますから、しっかりと勉強してください」

 へいへい、と明らかに嫌そうな顔をするが、先ほどの美紀のお怒りが効いたのか、素直にノートを開きだした。

「さぁ武士も、ぼぉーとしてないで、ここのカッコ埋めするんだ。辞書とか使って良いから」

「んだよ、めんどくせぇな。やりゃぁ良いんだろうがよ」

「そうそう。やれば出来る子なんでしょ?」

 武士の言葉の揚げ足を取る琢磨。

「あーあ、筋トレしてぇ」

武士も不満を言いながら、琢磨の指導を受ける。でも、武士の腕についているのはリストウェイト。それは筋トレじゃないのかな?

「大樹、君は一人で大丈夫?」

 琢磨が僕を見てくる。

「うん。大丈夫。分からない所は特にはないから」

 分からない所は、前に琢磨に聞いたから後は応用力をつけるだけ。今回は大丈夫そうだ。

「ちっ、大した取り柄もないくせに、成績が平凡な奴は良いよなぁ」

 武士が僕にそう言う。ちょっとショック。なんだか胸に小さな痛みがある。

「普段からちょっとずつやっていれば、誰でも取れるんだよ?」

「勉強に才能も天才もないからね。やれば出来るのは勉強が最もだよ」

 琢磨が言うと、美紀も頷く。

「常に一位の奴が言うと、何かむかつくな」

 ノートを見ながら譲治が武士側につく。

「ふぁぁっ? 琢磨さんは一番なのですですかっ!」

 有美香がえぇーっ! と驚く。

「しかも、三年間三番から落ちたことがないんだよ、琢磨は」

「ふぇぇぇっ!?」

 さらに有美香が驚く。まぁ無理もないよね。僕なんか約三百人いる中で琢磨のおかげで百番内にまでは入れるようになったんだし。

「でもでも、美紀も頭良いんですよっ」

 有美香が対抗するように言う。確かに美紀も二十番内にいつも入ってる。凄いと思う。

「でも、琢磨さんには及びません。私もまだまだですから」

「美紀でまだまだなら、俺たちはどんだけだっつーの・・・・・・」

 武士がぼやく。でもその苦言は僕も頷ける。

「おいおい、俺を一緒にするなよ。理数系は俺は十番内だぞ」

 譲治が言う。確かに譲治は凄い。でも文系科目が二百七十番とか極端に悪いのは問題あると思う。

「そういうことは良いから、まずは勉強しなよ。二人とも手が止まってるよ」

 ちぇっ、と武士と譲治が琢磨に言われ、それぞれ勉強に戻る。

「ゆみちゃん、分かる?」

「えーと、えと、分かりませんっ!」

 堂々と有美香が降参する。考えてはいるみたいだ。でもまぁ、これで勉強に集中できるかも。僕も自分のことをしっかりしないとね。

「単語にはね、自立語と付属語があるのは分かる?」

 古文の単語帳を見ながら、有美香が唸っていると、美紀が助けに入る。

「見分けがつかないですぅ」

 早速行き詰っているようだ。しかも、古文の初歩だ。大丈夫かなぁ。

「簡単に分けると、自立語はそれだけを見て意味が分かるもの、つまりここだと、竹の中にもと光る、の文で、見て意味が分かるものがあるでしょ? まずは文節に区切ると分かりやすいよ」

 美紀に言われ、有美香が文に斜め線を入れていく。

「えと、自立語は、竹、中、もと、光る・・・・・・ですですか?」

 自信なさげに美紀を見る。

「うん、それらはそれだけで意味があるけど、の、に、はそれだけだと意味が分からないでしょ? それが自立語と付属語の簡単な見分け方なの」

「おぉ〜、そうなのですかぁ。なるほどザわーどですっ」

 良く分からない事を言う。でも表情を見る限り、一つ勉強したようだ。

「じゃあ、次は品詞を覚えようか」

「はいですっ! 美紀」

 有美香がやる気を出している。さすがは美紀、教え方が上手い。

「武士、そこは違うよ。ことわざってのは、それ一文で意味を成すから、日本語のまま捉えても合わないんだよ」

 隣でカッコの中を消している武士を見る。ルーズリーフにいくつか琢磨が抜粋した問題があり、それを解かされているみたいだ。

「don’t judge a ( ) by ( )( ). か。確か、外見で判断するなって意味だっけ?」

 正直、問題を見て、えっ? と思った。普通空欄にするなら、don’t judge byを隠すと思うんだけど、琢磨の作った問題は、別の場所だった。

「そ。さすがは大樹。答えが分かったみたいだね」

 確か答えは、bookとits coverだったはず。英語のことわざは日本語の直訳じゃないことが多い。このことわざも、本を表紙だけで判断しても内容は分からない。つまりその意味が、外見で判断出来ないと言う意味に繋がっていると言う事になっている。

「んだよ、大樹、てめぇ分かってんなら教えろよ」

 武士が不服そうに見てくる。

「直訳すると、表紙で本を判断してはいけないって意味なんだよ」

 答えを言うわけにもいかないだろうから、直訳を教えると、武士が怪訝そうに僕を見る。

「何言ってんだ? それじゃ文が違ぇだろうが。大樹も実は馬鹿なのか?」

 案の定、武士は僕にそう言う。さっきの言葉聞いてなかったのかな。

「武士、外見を本と表紙に置き換えてるんだよ。英語の直訳は、大樹の言葉が正しいけど、少し考えれば、この文が指すことがどういうことか分かるだろ?」

 武士がやたら低い唸り声で、首を傾げる。普段全然勉強しないだけに、言葉の真意を真摯に考えると言う事が武士には難しいようだ。

「何だ? じゃあ、こうでも(・・)良いのか?」

「え、でも?」

どういう意味だろう?

「どうよ」

 完璧だ、とでも言わんばかりに武士が琢磨に紙を見せ付ける。

「何々? don’t judge a (ORE) by (this)(muscle).・・・・・・」

 答えを読んで、琢磨があー・・・・・・、と言葉を失う。僕も言葉が出ない。

「この筋肉で俺を判断するな。どうだ? 合ってるだろ?」

 ふんっ、と武士が力こぶを僕らに誇示する。

「いや、もぅツッコミどころが多すぎて分からないや」

 俺ってローマ字読みだし、大文字だし、筋肉は何故かスペルあってるし、でも筋肉とかありえないし。でも、意味は分からないわけでもない。

「はははっ、武士、お前はほんとに馬鹿だな。何だよ、OREって。それじゃ、お前を知らない人間には伝わらないだろうが。そこはOREじゃなくて、自分の名前を書くんだよ」

 譲治が武士に大笑いする。

「なにっ!? そうだったのか・・・・・・知らなかったぜ。さすがだな、譲治」

「まぁな。お前よりは頭良いからな」

 武士も何かに感心している。もうツッコむのも面倒臭い。

「とりあえず、武士的には考えたんだろうけど、間違いだから。譲治のもね」

「なぜだぁっ! 意味は同じじゃねぇかぁよぉっ!」

 考えすぎて頭がパンクしたのか、武士が頭を抱えて叫ぶ。

「〜〜〜〜♪」

 その斜め向かいでは、譲治が口笛を吹いて明後日のほうを向いている。自分が間違えたことを忘れようとでもしているみたいだ。

「てめっ、譲治っ! 何と呆けてやがるっ! てめぇのせいで、俺は恥を二倍かいたんだぞっ!」

「何だ、人のせいにしようってか。それは頂けないぜ、武士」

「このやろっ! やんのかぁ? あぁ?」 

 ガタッと武士が立ち上がる。オーバーヒートしている頭では、ちょっとのことでも血が上ってしまうのかも。

 バンッ!!

「み、美紀? ど、どどうしたのですですかっ!?」

 不意に美紀がテーブルを叩き、有美香がビクっと美紀を見る。

「兄さん、武士さん、今私たちは勉強中です。下らないことでいちいち騒がないで下さい。うるさいんです。ゆみちゃんの勉強の邪魔をしないで下さい。勉強する気がないのでしたら、さっさと部屋に戻って好きにすれば良いじゃないですか。私は別に同好会の申請が却下されても構わないのですよ? 言いだしっぺが初めからやる気がないのでしたら、初めから同好会を作ろうなどと生半可に考えないで下さい。真剣になっている人に迷惑です」

 美紀が呼吸を置くことなく、抑揚のない冷めた声で一気に言った。僕らは一瞬で凍りついた。

「大声にならないだけでも、美紀ちゃん、我慢してるね・・・・・・」

「ふぇぇぇ・・・・・・こ、こわこわですぅ〜」

 有美香が半泣き状態になっている。

「み、美紀、別に譲治も武士も本気じゃないんだし、ね?」

 夕方にあれだけ発散していたからか、美紀のお怒りはそれほどでもないように見えるけど、集中しているのを邪魔されたことには、結構怒ってる。

「わ、悪かったよ・・・・・・」

 武士が小さくなっている。収縮自在の筋肉なんだろうか。

「俺も悪かった。だから俺を蛆虫でも見るような目で見るなって。兄ちゃん傷つくぞ?」

 美紀が本気で怒った時は周囲もびっくりの大声を無意識に出すけど、それなりに怒った時は、血の気も引くような鋭く冷たい視線を向ける。こっちは時々見ているけど、やっぱり目の前にすると怒られていない僕らでも萎縮してしまいそうになる。

「でしたら、やることをきちんとして下さい。勉強に付き合っている大樹さんと琢磨さんのこともきちんと考えて下さい。お二人のためこうして時間を割いて下さっているんですから」

 はい、と譲治と武士が、小さな声で返事をすると、再び勉強に戻った。

 それから二時間ほど、僕らは勉強会を続け、夜十時を過ぎた頃にお開きにした。

「ではおやすみなさい、兄さん、大樹さん、琢磨さん、武士さん」

「皆さん、おやすみですですぅ」

 食堂を出て、廊下で僕らは別れる。

「ああ」

 譲治が片手を上げる。

「おやすみ、美紀ちゃん、有美香ちゃん」

 眼鏡を外す琢磨。さすが二メガ疲れたみたいだ。

「おう、今日は良い筋肉夢を見れるぞ」

 あんまり見たくない夢を予言する武士。

「それじゃ、また明日、二人とも」

 もう一度二人が頭を下げると、そのまま女子寮の方へと戻っていく。それを見送ると、僕らも寮へと歩き出す。

「あー、一生分の勉強した気分だぜ」

 うおぉー、と武士が背伸びをする。ただでさえ巨漢のため、背伸びをすると熊が襲い掛かるような感じに見える。

「たった三時間だよ。そんな大げさな」

 武士にしてみれば、三時間もみっちりと勉強したことは未知の領域に足を踏み入れたようなものなのだろう。

「ったく、何で遊ぶために俺まで勉強せにゃいかんのか、良く分からん」

「自分の成績が偏っているせいだからね。バランスも大事なんだよ」

 譲治のぼやきに琢磨がツッコむ。

「でもまぁ、今日は二人とも途中からだけど、ちゃんと勉強したよね」

 美紀のお叱りの後、険しいというか、苦手科目克服の譲治と全教科無知の武士はパンクしそうになりながらも何とか今日の分はこなせた。僕らの中ではリーダーは譲治と認識しているけど、黒幕的なリーダーは美紀なのかもしれない。そう改めて思った。

「さっさと風呂入って筋トレして寝よーぜ」

 武士が首を左右に傾けポキポキと音をさせる。

「俺らをお前と一緒にするな」

 筋トレなんて武士しかしてない。

「お風呂の前に筋トレって、普通逆じゃない?」

 汗を流した後に汗は掻きたくないなぁ。

「んだよぉ、ノリ悪ぃな、てめぇら。俺はいつもしてるぞ。寝る前に運動すっとよく寝れるんだぜ?」

 武士にはそれが当たり前なんだ。

「ちなみにこいつのベッドは、汗臭い。おかげでたまに臭さで俺が目が覚める」

「シーツ洗濯しようよ・・・・・・・」

同室の譲治も苦労してるみたいだ。

「何だよ、譲治。俺の青春汗は臭ぇってのかよ?」

「布団にしみこんだ汗は雑菌が繁殖して悪臭を放つ上に、ダニの死骸や糞なんかで黄ばむからね。臭うのも当然だよ」

 琢磨の博識に僕と譲治、琢磨が武士から数歩離れる。多分心理的距離はもっと離れたと思う。

「おいおい、何だよ、お前ら。何で離れるんだ?」

「いや、なんていうか・・・・・・」

 上手く答えられなかった。近くにいるだけでも何か、臭いそうで近付きがたいかも。

「それじゃ、後で風呂でな」

 僕らの寮には個室シャワーも付いている。でも、僕らは共同の大浴場にいつも入っている。そっちの方が疲れも取れるし、広いお風呂の方がやっぱり気持ち良いから、僕らはよく利用してる。

「あ、ちょっと待った」

「あん? んだよ、琢磨」

 僕と琢磨が譲治と武士の部屋の隣。部屋に入ろうとした譲治と武士を琢磨が呼び止める。

「さっきの勉強の様子を見てて思ったんだけど、あと一週間じゃ、とてもじゃないけど二人とも効果が出るとは思えなくてさ」

「それは何だ? 俺はともかく、武士の脳は過半数を筋肉が占めているから、今更取り返しが勉強会だけじゃ出来ないってことか?」

 何故か譲治が不満そうに言いがかりをつけてくる。武士の代弁者みたいだ。

「まぁ、そういうこと。ついでに譲治、君もだから、自分だけ棚に上げないように」

「あぁん? これ以上勉強しろってのかよ。ふざけんなよ。筋肉が脳みそになっちまうじゃねぇか」

 武士も不満をぶつけてくる。

「脳は元から脳みそだから、筋肉になったんなら脳みそに戻したほうが将来のためだね」

 その不満を冷静に分析し、返してくる琢磨。

「そこで、僕から提案なんだけど、と言うか、もう決めたから却下は認めないけど。明日から、二人とも僕らの部屋で寝るまで勉強するから」

 琢磨の言葉に僕らは首を傾げる。

「はぁ? 意味分かんねぇよ。何でそんなことすんだ?」

「僕らはいつもそうしてるけど、譲治も武士も部屋に戻ってから勉強なんてしてないだろ?」

「おいおい、待てよ。何でそこまですんだよ」

 武士が即時撤回を求めるが、琢磨は聞く耳を持っていない。

「譲治、君はユースウォーカーズを発足させて部活をしたくないのかい?」

「するに決まってるだろ」

 譲治は涼しい顔で答える。自分も問題を抱えているのに。

「武士、君は?」

「譲治のヤローがやるってんなら、俺がいねぇでどうするよ」

 いや、いてもいなくても結局は特に変わらないかもしれない。でも、やっぱり皆で一緒に遊ぶほうが楽しいから、武士の言葉に僕も頷く。

「だったら、この一週間は、僕に従ってもらうよ」

「ったよ。頭固ぇ奴は頑固だからなぁ」

 武士が不服そうに琢磨を見る。

「何で遊ぶために苦労しなきゃならんのだか・・・・・・」

 譲治が嘆くが、自分の言い出したことなんだけどね。

「よしっ! それじゃ、今日は風呂で水泳大会やるぞっ!」

 話が終わると、譲治が突然声を上げる。

「おうっ! 溜まった疲れは運動で解消だぁっ!」

 勉強の鬱憤を晴らさんとばかりに武士が吼える。寮監に聞こえれば叱られるのに元気いっぱいだ。

「入浴時間は後三十分だよ。騒いでると寮監が飛んでくるよ」

「何ぃっ! そりゃやべぇぜっ!」

 男子寮の寮監は結構恐い。と言うか、恐い。規則だと夜間に他の部屋への出入りは禁止だけど、そういうことに対しては多めに見てくれる寛大な精神を持っているけど、あまりやんちゃに過ぎると、力技で断罪してくる。武士でさえ未だに勝てない、学園最強と噂される人だ。

「馬鹿やろう武士っ!」

「うごっ!」

ドムッと譲治が武士の腹部に拳を放つ。

「てんめぇ・・・・・・何しやがる?」

 さすがは武士。ほとんどダメージは受けてない。むしろ譲治のほうが拳を擦っていた。

「寮監が恐くて何が寮生活だっ!」

 譲治が力強く言う。

「俺たちのモットーは何だっ!」

「そんなのあったっけ?」

「さぁ? 僕は聞いたことないね」

 蚊帳の外の僕と琢磨はついていけてない。

「・・・・・・そうだったな、譲治。危うく寮長って奴に呑まれちまうところだったぜ。ありがとよ」

「分かればいいんだ、武士。俺たちは何事も楽しく真剣に遊ぶために、立ちはだかるのがたとえ寮監でも、ぶつかるぞっ!」

「たりめぇだ! やってやるぜぇ――っ!」

「その意気だっ! 武士っ!」

「任せろ譲治っ!」

 二人して、どんどんテンションが上がっていく。もう僕らはついていけないと言うか、ついていく気もしなかった。

「ほぉ? 俺が相手でもぶつかるか。お前ら以外いないぞ。そんなこと抜かすアホは。俺は嬉しいぞ、んん?」

「あちゃぁ、タイミング良いなぁ、あの人」

「いや、きっと角で待ってたに違いないね。見回りの時間も近いからね」

 サーと何かが引いていく音がした気がした。そしてやってくる冷徹で重たい空気に固まる。

「うおっ! 出やがった・・・・・・」

「なぁにが出やがっただと? 熊でも出たか?」

 百八十センチを越える武士が、それよりも少し小柄な寮監に息を呑んでいた。まぁここまでは僕らではよくあることだ。と言うか、結構茶飯事かも。

「おい、一ノ宮。さっき何か面白そうな企画を出してたな。俺にも聞かせてくれるか?」

 ポン、と譲治と武士の肩に手を置く寮監。でも、それだけで二人の表情に若干の苦痛が浮かぶ。手を乗せただけじゃない、じわりとその手が二人の肩にめり込んでいく。いつ見ても恐い。

 僕らの目の前に現れたのは、通称、男子寮の兄貴。僕らの寮の中では、女には優しい、神をも恐れぬ元総長の称号を持つ、大和武蔵、二十七歳。僕らの学園の卒業生で暴走族元総長。だと自分で言っているけど、その纏う空気から誰もが信じて疑わない。

「え? 俺が? ああ、あの企画ですか?」

「おう、そうだ。その企画だ」

 楽しげに笑う大和さん。怒ると恐いけど、普段は僕らの兄貴分として結構慕われてるし、女子には結構人気がある。悪い人じゃないんだよね。

「あれですよ、あれ、長風呂耐久チキチキチキンレース」

 譲治が今思いついた企画を言う。

「ほぉ? 入浴時間はあと三十分だ。そんだけで長風呂も出来るのか?」

 絶対全部聞いてた表情だ。

「そうか。おい片桐」

「は、はい?」

 大和さんが僕を見てくる。その視線に緊張が走る。

「一ノ宮はそう言ってるが、正直なお前なら分かるよな?」

 問答無用な目で僕を見てくる。そして、その左右からは譲治と武士も僕を見てくる。

 隣に目を向けるけど、琢磨は、好きにすれば良いんじゃないか? 的な眼を返してくる。

「あの、譲治の言っていたことは・・・・・・」

 答えに悩む。僕が違うと正直に言えば、きっと嘘をついた譲治が武士と共にお説教を受けるかもしれない。かといって、このまま嘘を通しても大和さんのことだから、絶対に全部もう知ってる。友達をとるか、寮長をとるか。道は二つに一つ。

「一ノ宮の言っていたことは、何だ?」

「あの・・・・・・本当、です」

 僕の答えに、大和さんが意外そうな顔して譲治と武士が逃げられないのに何故か笑みを浮かべている。絶対に全部聞いてた顔してる。

「・・・・・・そうか。正直者のお前が言うなら、そうなんだろうな」

「えっ?」

 大和さんが譲治と武士から手を離す。

「片桐、お前もちったぁ、男になったか?」

 笑いながら大和さんが僕を見てくる。

「泳ごうが自由だが時間は守れよ、お前ら。後で掃除するこっちの身にもなれ」

 後で見回り行くからな、その時いなけりゃ全員極刑、と言い残すと大和さんは一年生の部屋の見回りに階段を降りていった。

「やっぱり見透かされてたね」

 琢磨が小さく笑いながら眼鏡を上げる。

「はぁ、緊張したよ・・・・・・」 

 一気に力が抜けた気分だ。

「大樹」

 肩を擦りながら譲治が僕を呼ぶ。

「お前はやっぱり最高だなっ!」

「え? な、何が?」

 いきなりそんなことを言われても脈絡がないから意味が分からない。

「ったく、いってぇな。あの戦艦ヤロー、容赦ねぇぜ」

 武士が肩を回している。やっぱり痛かったんだ。ちなみに武士は陰では大和さんのことを、戦艦大和と武蔵からとって、そう呼んでいる。

「おい、吾妻。誰が戦艦ヤローだ? あぁん? やんなら相手してやんぞ、こらぁ」

「うおっ!? まだいたのかよっ!?」

 階段の角から顔だけを出す。その目は寮長の目じゃなかった。総長の目だ。

「武蔵さん、地が出てますよ、地が」

 琢磨が苦笑して見送る。

「ったく、なんちゅー地獄耳だ。恐ぇぜ」

 さすがの武士も恐れる大和さん。寮の平和はあの人に守られてるんだなぁと思うと、ちょっと不安を感じた。

「片桐ぃ、何が不安だって?」

「人の心を読まないで下さい、大和さん」

 まだ去ってなかった。お茶目な人なのかもしれない。

「さて、それじゃ、今日はどうするんだい?」

 大和さんが本当に去ると、琢磨が譲治を見る。

「あん? 何のことだ? さっさと風呂の支度してとっとと入って上がるぞ」

 譲治が部屋に戻っていく。

「おいおい、てめぇで言っておいて、逃げんのかよ」

 武士がそう言いながら部屋に戻った。

「じゃ、僕らも準備しようか、大樹」

「そうだね」

 結局僕らは水泳大会をすることなく、普通に入って、見回りが来る前にそそくさと部屋に戻った。

「お前ら・・・・・・男だったら、ちったぁ根性見せてみやがれよ。つまんねぇなぁ」

 その後、見回りに来た大和さんに僕らは呆笑いされた。いや、極刑はさすがに何されるか分かったものじゃないから恐いし。


 翌朝、いつものように僕ら男集四人と、美紀、有美香の六人でもはや予約席と化した席で朝食をとり、学園に向かった。

「では兄さん、私たちはここで」

 各学年毎に昇降口が異なるため、途中で美紀たちと別れる。

「ああ、頑張ってこいよ」

「遅刻しないで下さいよ。間に合う時間なんですから」

 譲治が激を飛ばしても、逆に注意される。分からないでもないけど。

「ではでは、皆さん、またお会いしましょーっ!」

 有美香が元気良く僕らに手を振っていた。

「ゆみ公はほんと元気だなぁ」

 武士が感心したように言う。

「あれだけ元気なら、美紀ちゃんも一人にはならないでしょ」

 琢磨も満足そうに歩いていく。

「そうだね。有美香もなんだか美紀に懐いているみたいだし、去年からの付き合いだから心配はいらないだろうし」

 僕ら以外にはなかなか社交的になりきれず、壁を作りやすい美紀には有美香くらいの元気な子がいるほうが良いのかもしれない。

「ツンデレが欲しいな」

 和やかな登校時間が、突然止まった。

「・・・・・・」

 武士が隣を見下ろし、固まっている。

「・・・・・・は?」

 琢磨が怪訝そうに譲治を見る。

「脈絡なさ過ぎだよ、譲治」

 何をいきなり言い出すんだか、まるで予想がつかない。

「考えてもみろよ。クーデレ、マスコット、筋肉、眼鏡、普通、無茶苦茶担当がいるんだぞ」

 譲治が力説するように語り始める。朝からついていけない。そもそも美紀はクーデレとかじゃないと思うんだけどなぁ。

「へっ、筋肉なら誰にも負けないぜっ」

 武士が一人ふん、とポーズを取る。朝から暑苦しいよ。

「やっぱり次はツンデレが必要だよな。ってか順番的にツンデレが初めにいるべきだ。そうだろ?」

 譲治が同意を求めてくる。僕ら三年は正門に一番近い昇降口。でも、寮生にとっては一番遠い場所になっている。校門なんて寮から近道すれば通らない。

「いや、別に」

「意味がよく分からないから、同意しにくいかも」

 武士と僕は譲治の言葉の真意が読めない。武士は考える気もないみたいだけど。

 校門に真黒なリムジンが止まる。

「確かに。僕は賛成だね」

 きらん、と朝陽を眼鏡に反射させる琢磨。ちょっと不気味。

「では、放課後お迎えにあがります、お嬢様」

 紳士らしい男が、金髪ウェーブ髪の女の子に頭を下げて見送る。

「ええ」

 涼しい顔をした女の子が、周囲に気高く高貴な空気を纏いながら校門を潜っていく。。

「え? 琢磨?」

 琢磨が賛同するとは思わなかった。

「さすがは琢磨。分かってるな」

 譲治が満足げに頷く。

「何でだよ。別にんなもんいらねぇだろ?」

 武士はわけが分からないようで、首を捻る。

「これだから馬鹿は困る」

 譲治がわざとらしく息を吐く。

「んだとっ! 筋肉を馬鹿にすんじゃねぇぞっ」

「お前を馬鹿にしただけだ」

「なんだ、そか。ならいい」

 毎回自分を馬鹿にされることを赦すのは理解しがたい。

「大樹だってツンデレが欲しいって言ってたろ?」

「いや、前に行ったことがあるみたいに言わないで欲しいな。一回も言ったことないし」

 大体ツンデレって何?

「あ、湊川先輩。おはようございます」

「あら、おはよう」

 ニコッと、輝いた笑みで後輩に微笑むと、周囲から次々と声が上がり、その声に全て応える。

「よっ、湊川。相変わらずの人気だな」

 クラスメイトだろうか。気軽に声をかけている。

「ふふっ、ありがと」

 誰に対しても優雅に振舞う姿は、周囲をうっとりさせている。

「よし。じゃあ、ツンデレを探すか」

「いや、意味わかんねぇよ」

 琢磨が僕らを眼鏡を光らせてみてくる。

「ツンデレと言うのは、普段はツンツン、つまり、刺々しく他人に接しているけれど、特定の人間、つまりは好きな人だね。その人との二人きりの時はしおらしくなって甘える子のことを差すんだ。言葉自体は元々は某匿名掲示板で生まれ、気の強い女の子やボーイッシュな女の子などと類似していたために、一度は過疎化したんだ。でもその後、お嬢様でツンデレと言う、通称ツンデレラが出現し、ツンデレは再び世に姿を現してきたんだ一応初めは嫌いだった相手に対する嫌悪な態度をツンとしたり、本当は好きだけど、素直になれなくて邪険にするツンとの二つがあるよ」

 琢磨が急に饒舌に語りだす。武士は既に聞いているのか分からない顔をしている。僕もちょっと反応に困る。譲治だけは、ウンウン、と頷いている。分かってるんだっ!?

「きゃっ」

 周囲に挨拶をしていて気を取られたのか、武士の背中にぶつかる。

「まぁ、その頃にはツンデレの定義は、悪友、素直になれない、主人公・人間嫌悪、厭世、女王気質に別れ、さらに規律重視・堅物タイプなどと言うものも現れて、人間嫌悪が孤立・孤高と変化を遂げて、今のツンデレと言うものの大まかな定義と化しているんだ」

 そんな武士にも気を止めることなく、琢磨が言い切った。心なしか凄く満足げな顔をしている。

「さすがは琢磨だな」

「まぁね」

 譲治に褒められ、眼鏡を光らせる。

「ちょっとっ! どこ見て歩いてるのよっ!」

 武士の背後から、声がした。

「つーか、お前、何なんだ? キショいぞ」

 武士が真っ向から質問を投げかける。

「うん、でも確かに良く知ってるよね、琢磨」

 ちょっと僕と武士は引いた。

「んなっ!? 無視っ!? 私を無視っ!?」

 後方で何やら声が聞こえている。

「確かに気持ち悪いな。琢磨、お前ちょっと離れろ」

 譲治までこっちに寄る。あれぇ、さっきまで琢磨寄りだったのに。

「酷いな。僕はただ、下らないことでも知識として留めておきたいだけだよ」

 琢磨が寄る。僕らが横にずれる。また琢磨が僕らによる。僕らもさらにずれる。

「これだから頭の良い奴は気持ち悪ぃぜ。その分、筋肉は良いだろっ」

「いや、暑苦しいな。武士、お前も寄るな」

 譲治が僕の手を引いて、二人から距離を取る。

「俺もウザイのかぁぁっ!」

 自分は大丈夫だと思っていたみたいだ。

「その叫びがなければ良いんだけどね・・・・・・」

 さすがに武士のことは譲治に僕は寄るかも。

「そんなことよりも、早く行かないとまた遅刻するよ」

 少し距離をとられていることも気にしていない琢磨が諭す。

「そうだな。これだけ遊べば、朝は満足だな」

 やっぱり遊びだったんだ。

「結局、また遊ばれただけかよ」

 譲治が歩き出すと僕らも後を追うように昇降口に向かう。寮から徒歩二分もないのに、僕らはたまに遅刻する。理由は、まぁ今日みたいな感じで。

「うっし。今日もバリバリ筋肉鍛えるかっ!」

「勉強しようよ、武士。試験近いんだから」

 今日も賑やかな朝だ。

「ちょっと待ちなさいっ!」

 背後からの怒声に僕らは振り返る。ほとんどの生徒は校内にいるから疎らだ。

「あなたっ! 私にぶつかっておいて無視とはいい度胸ねっ!」

 僕らを見つめる女の子。誰だろう?

「あん? 俺か?」

 武士が僕らを見る。

「いや、武士は止まってただろ」

 譲治の言う通り、僕らは立ち止っていた。

「んなぁっ!? 私が悪いとでも言うわけっ!?」

 きぃーっ! と女の子が憤慨しているみたいだ。むしろこっちが憤慨しても良いと思うんだけど。

「あっ・・・・・・」

 琢磨が目の前の女の子を見て、声を漏らす。

「ん? おっ」

 譲治が琢磨を見て、その視線を辿り、声を漏らす。

「あぁ? どうしたお前ら」

 二人が何か見つけたように女の子を見て、武士が首を捻る。

「な、何よっ?」

 僕らの視線に女の子がたじろいだ。

「琢磨」

 譲治が声だけを琢磨に向ける。

「うん、彼女は四組の湊川麗香。ここ最近急成長を続けている不動産デザイン会社、ル・パッシオネの創設者一族の現社長のご息女だよ」

「なっ!?」

 湊川さんが驚いている。琢磨の説明に僕も何となくだけど聞いたことがあるのを思い出した。

「しかもツンデレだろ?」

 譲治が湊川さんを吟味するように目を向ける。

「な、何よっ!?」

 微かに頬を染めて湊川さんが譲治を見返す。真剣な表情をしている譲治はぼくから見ても格好いいからなぁ。

「その辺は詮索不足だけど、その言動からして可能性は高いよ」

「琢磨、相変わらずよく知ってるよね・・・・・・」

 ちょっと退くくらいに。

 琢磨の言葉に、そうか、と譲治が渋く頷くと、湊川さんに手を差し伸べる。

「何だ? 譲治のヤロー、何してんだ?」

 後方で呆然としている僕らには、譲治が何をしているのか分からない。

「な、何よ、その手は・・・・・・」

 湊川さんが不意に差し出される手に警戒するように後ずさる。多少の照れに、僕は何となくツンデレと言うものが分かったような気がした、かもしれない。

 譲治が何をしようとしているのかは分からないけど、嫌な予感だけはした。

「ようこそ、ユースウォーカーズヘ」

 ああ、やっぱりだ。爽やかな笑みを浮かべて譲治がそう言った。

「は?」

 湊川さんが怪訝そうに首を傾げている。

「いきなり迎えやがったぜ、あいつ」

 さすがに武士も驚いてる。

「な、何なのよ、いきなり」

 さっきまで怒っていた湊川さんが、今度は怪訝そうに譲治から距離を取る。

「お前はツンデレ担当だ」

 会話にすらなっていない。

「何言ってるのよ、あんた?」

 湊川さんが表情を濁している。いや、引いてるんだ。

「これでユースウォーカーズ七人目だな。よしっ! 行くぞっ、麗香っ!」

 湊川さんの話を聞くことなく、無理やりその手を譲治が取る。

「いきなり呼び方がランクアップしやがった」

「さすがは譲治。人の話を聞いてないね」

 武士と譲治がもはや一観客のように見つめている。

「二人とも感心してないで止めようよ。湊川さん嫌がってるよ?」

 捕まれた腕を湊川さんが振り払う。

「離しなさいっ! 汚らわしい手で触れないでっ!」

「ふむ、さすがはツンデレ。見事なツンだな」

 譲治にはその怒りもその一言で片付けられてしまうみたいだ。さすがに美紀や大和さんに叱られているからか、慣れてるみたいだ。

「何なのよ、あんたたちっ」

 湊川さんから突っかかってきたのに、立場が逆転している。これも譲治の人を引き込んでいく魔力だと僕は思う。

「俺たちはユースウォーカーズッ! 青春を謳歌する集団だっ。なっ、お前らっ!」

 譲治がキラキラ子供心のように輝く目を僕らに向けてくる。

「ふあぁーあ。早朝筋トレしたせいで眠いぜ」

 武士が大きな欠伸をする。もう話に興味はないみたいだ。

「授業中寝ないでよ。いびきうるさいんだよ、武士って」

 武士が寝ると、僕が監督責任を問われて怒られる。席が隣だからっておかしいと思う。

「あ、そういえば今日は真相科学読本の発売日だったっけ。売店に売ってたかなぁ」

 琢磨は既に湊川さんのことを譲治に任せたのか、携帯で何かを見ていた。

「・・・・・・どうだっ! これが俺たちだっ!」

 一瞬譲治が僕らを恨めしそうに見たけど、すぐに湊川さんに振り返る。

「どうだって言われても、どう反応すれば良いのよ・・・・・・」

 てんでバラバラの僕らに、湊川さんが呆れていた。

「悪いけど、あんたたちに付き合うほど暇じゃないの私は。もう二度と近付かないで」

 譲治に言い残すと、湊川さんはそそくさと校舎へと僕らを追い抜いていった。小さく吹きぬける風は、僕の鼻腔をくすぐり、少しだけドキッとした。

「振られたな」

 何故か面白そうに武士がニッと笑っている。譲治を仲間だと思ったみたいだ。

「あんな強引な手に乗る子はそういないだろうしね」

 琢磨が冷静に分析していた。

「というか、僕らから声かけたわけじゃないんだけどね・・・・・・」

 湊川さんから僕らに声をかけてきたような気がするし。

 湊川さんが去った後、譲治は僕らに背を向けたまま静かに立っていた。

「・・・・・・譲治?」

 もしかして、傷ついたのかな。相手にもされてなかったのがショックだったのかも。

「だ、大丈夫? 譲治」

 ちょっと心配になって声をかけると、武士が僕の肩を掴む。

「あの馬鹿がが凹むわけないだろ」

 自分も馬鹿なのに、譲治を馬鹿呼ばわりしている。

「そうそう。どうせ笑い始めるよ」

 琢磨に言われると、そう思えてきた。

「・・・・・・おぉ」

 遅刻しそうなこともあり、僕らは譲治に近付く。

「おい、いつまで黄昏てんだ。さっさと行こうぜ」

「笑わないね。もしかして、本当に傷心した?」

 微かに譲治の方が震えている。

「譲治?」

 僕が声をかけた瞬間、

「これがツンデレか・・・・・・。すげぇぜ。ゾクゾクきやがった。やべぇよ。目覚めそうだぜ・・・・・・」

 傷心も何もしていなかった。むしろ喜んでいるっぽい?

「なんだこいつ、恍惚とした顔してやがる・・・・・・」

 武士が引いたっ!?

「ちょっと気持ち悪いかな・・・・・・」

 琢磨も引いてるっ!?

「うおっし、決めたぞっ!」

 だが、譲治は全く気にすることなく、声を上げる。

「麗香は俺たちの仲間だっ!」

 呆然と僕らは見るしかない。

「いや、なってねぇし」

 武士の言葉に僕らは頷く。湊川さんはあっさりと振って行ったし。

「お前らっ、次の青春だっ!」

 バッ、と譲治が僕らを指差す。僕は内心でため息をついた。さすがに今回は何をするのか分かってしまった。

「湊川麗香を勧誘作戦だ」

「まんまだね」

「懲りねぇ奴だな、ったく・・・・・・」

 呆れるしかなかった。

 ―――キーンコーン・・・・・・。

「あっ」

 チャイムが鳴り響く。はぁ、また遅刻だ・・・・・・。


「よしっ、揃ったな」

 昼休み、僕らは学園の学食に集まった。寮の学食とは違い、規模も大きくシェフの数も多い。僕らが授業中の午後は一般にも開放されレストランとして活用もされているから、内装はお洒落だ。さすがは私立。こう言う所は入学してから良かったと思うことばかりで飽きない。

「また遅刻しましたね、兄さんたち」

 早速冷たい視線が浴びせられる。どうやら教師の話でも耳にしたようだ。

「今朝も釘を刺したのに、懲りませんね・・・・・・」

「遅刻はだめだめですですよぉ」

 うーい、と有美香の効力の感じられない叱咤に、武士が豚カツを頬張りながら頷く。絶対聞いてない。

「それで、今度は何ですか?」

 さすがは美紀。譲治の目が生き生きとしているのを見て、感じ取ったみたいだ。

「ツンデレが仲間になった」

 美紀が呆然としている。いや、困惑かもしれない。

「だからなってねぇだろ」

 今朝と同じやりとりだ。

「つんでれって何ですですかぁ?」

 有美香が興味津々そうに見てくる。

「それはだね・・・・・・」

琢磨が朝僕らに言っていたことを簡潔に話す。

「ふぁぁ〜、そんな人がいるですですかぁ」

 感心するようなことは言ってないけど何故か感心している。有美香もやっぱりどこか変なのかも。

「また勝手に決めたんですか」

 やっぱり美紀も呆れてる。

「良いだろ、別に。青春するにはツンデレが必要不可欠なんだよ」

 譲治が言い切る。誰もついていっていない。

「それで、どなたですか? ご迷惑をおかけしてしまった方は?」

 興味はあるのか、それとも譲治が迷惑を掛けたことを詫びようと思っているのか美紀が聞く。

「三年四組の湊川麗香だよ。美紀ちゃんも有美香ちゃんも噂くらいは知ってるんじゃない?」

 琢磨の言葉に、二人が声を漏らす。

 湊川麗香。朝琢磨の言っていた説明は僕ら生徒ならそれくらいの噂は聞いたことのあることだ。

「おっ、あいつじゃね?」

 武士が学食の大きな窓の向こう側にある中庭に眼を向けると、僕らも見る。

「噂をすれば、だな」

 譲治が何か思いついたような顔をしている。

「噂じゃなく、普通に話してるけどね」

 さりげなくツッコミを入れておく。一応僕の担当みたいだし。

「ふぁ〜、綺麗な人ですですぅ」

 中庭のベンチで一人で昼食を取っている。絵になる人だな。有美香の言うことが何となく分かる。

「でも、どうしてお一人で昼食を取っているんでしょうね?」

 美紀が呟く。確かに湊川さんなら友達とか沢山いそうだけど。

「お前らは何も分かってないな」

 譲治が僕らを見て息を吐く。

「あん? どういうことだよ?」

「良いか、金持ちの家の娘ってのはな、学園じゃ勉強。家に帰れば習事、勉強の勉強馬鹿なんだよ。だから友達はいない」

「何、そのいかにも的なのは」

 今のご時勢、そんな人はそうそういないと思う。

「それにだな、俺らみたいな遊びを知らねぇんだよ。付き合う奴はどこぞの金持ちの子供ばかりで、そういう連中とじゃないとつるまないんだよ。高飛車って奴だな」

 一人でそれが真実みたいに言う。どっちかと言うと高嶺の花じゃないかな?

「では何故、あの方は一人なんですか? この学園には他にもそういう方はいますよ」

 うん、確かに。僕ら普通の人間から、お金持ちの人まで色々と幅広い人がこの学園にはいる。

「美紀、お前も分かってない。俺たちは今何をしている?」

「昼飯食ってる」

 武士が言う。その通りだけど、意味合いが違う。

「そうじゃない。俺たちは学園で何をしている? それはな、遊びだ」

 皆に聞いておきながら、先に答えを言った。

「勉強もです」

 美紀が付け加える。

「そうだな。でもな、ああいう人間ってのは、子供の頃から将来を期待され、エリートな英才教育の元で育ち、楽しいことなんか知らないんだよ」

「いや、楽しい事はあるでしょ」

 僕らとは感じ方は違っても。そこまで籠の鳥みたいな生き方をしている人はいないと思う。

「ないな」

「お前、言い切るの好きだな」

「バシッと言うのは男らしいのですですよぉ」

 有美香はそう言うタイプが好きみたいだ。だから武士や譲治とは馬が合うのかな。

「俺はな、あいつにも本物の青春を味合わせてやりたいんだよ。堅物世界に囚われて、将来のために勉強付けの毎日を送ってそこに自分はいるのか? いや、いない。だからあいつは、本物の友情を知らない」

「始まったね、譲治の引き込み話術」

「僕らに話しても、あんまり意味ないよね・・・・・・」

 琢磨がいつものことに小さく息を吐く。その隣で美紀も同じようにため息をつく。僕らはもう集っているから、その話は湊川さんに言うべきものだろうし。

「ああいうタイプに人間は、上辺だけで他人と接し、素顔を見せない。つまり仮面を被った少女だ。現に今朝、あいつは俺たち以外には良い顔して挨拶していたが、俺たちには怒っていた。あれがあいつのツンだ」

 有美香は何に感心しているのか、頷いてる。ほんとに分かってるのかなぁ。

「怒らせたんですか・・・・・・」

「いや、向こうからぶつかってきたんだよ。僕らは何もしてないよ」

「その後、譲治が妙なことほざいて結局振られてたけどな」

 琢磨のフォローを、武士が無碍にして、美紀が呆れる。

「聞けよっ、お前ら。あいつにも友達と呼べる奴の一人や二人はいるだろう。でもな、それは本当の友達じゃない。権力と金に目の眩んだ友達だ。つまりは仮面舞踏会だ。あいつの周りは」

「いや、意味分からないよ、譲治」

 舞踏会なんて開催されてない。

「と言うわけで、俺たちの次の青春は、麗香を仲間に入れるぞ作戦だっ!」

「譲治、作戦名くらい統一しようよ・・・・・・」

 毎回毎回変わり過ぎだって。

「おーっですですっ!」

 有美香が半ば、譲治のテンションに乗っただけなんだろうけど、グッと空に手を伸ばす。

「よしっ、さすがはアメリカン。ノリが違うぜ」

 譲治が僕らを見てくる。

「今回は流されないね、みんな」

 さすがに今回は、ちょっと意味が理解出来ない。

「おしっ! 俺はやるぜっ。ゆみ公だけに良い格好させられるかよ」

 武士が乗る。そんなに意気込まなくても。

「でも、一体どうするんだい? 一度振られた相手にもう一度と言うのは難しいよ?」

 琢磨が癖になっているのか、眼鏡を上げる。

「つーかよ、お前。眼鏡ズレるなら買い直せよ」

 武士が直球に聞く。確かに琢磨は何度も眼鏡の位置を直す。今までつっこまれなかったことがおかしいくらいなのかもしれない。

「武士。それは違うぞ。眼鏡担当はな、クイッとすることで、より知的に見える演出方法を持っている。琢磨はそれを敢えて俺たちの前でもやっているんだ」

 譲治が応える。言われて見るとそうなのかもしれない。

「へー、そうなのか」

 武士が感心している。

「ただズレるだけなんだけどね」

 違っていた!

「兄さん、話が脱線しすぎです」

 美紀がいい加減にしてください、と飽き飽きしている表情で話を打ち切る。

「よし。では諸君に任務を言い渡す」

「何、その喋り方」

 上官にでもなったつもりなのかな。

「全員で声をかけるのもありだが、恐らく引かれるだろう」

 譲治が説明を始めると、僕らは聞き耳を立てる。こういう時は結構結束力があるように思える。

「順番は、そうだな。まずは武士、その次に琢磨、んでもって次がアメリカン、そして、俺がいく」

 勝手に決められる。

「え? 僕らは?」

 僕と美紀の名前が呼ばれなかった。美紀はあまり気にすることなく、むしろ安堵したように涼やかな顔で昼食を食べている。

「美紀はいきなり知らない人間と話せないだろ?」

 譲治が美紀を見る。美紀は何も言わない。僕らの知る美紀だと言うことで良いのだろう。譲治が美紀を見て、頷く。

「んで大樹、お前は待機だ」

「ぶっ!」

 琢磨が噴出した。

「ご、ごめんっ」

 そう言いながら、琢磨は咳き込みながらも笑いを堪えている。

「何だいきなり。汚ぇな」

 譲治以外は怪訝そうに琢磨を見る。何かおかしなことあったっけ?

「琢磨」

 譲治が琢磨を呼び、琢磨が顔を上げる。

「大樹、お前は待機だ」

「え? 何で二回も言うの?」 

ちゃんと聞こえたけど。

「ぶっ・・・くくっ・・・・・・」

 でも、琢磨は笑っている。

「あぁ? 今の何がおもしれぇんだ?」

 もしかして、譲治が僕に言ったことがギャグだと思った?

「今のはぁ、大樹さんのたいきと、待つ待機をかけたはいれべるなギャグなのですですね」

 有美香が解説する。あぁ、そういうことか。でもハイレベルじゃないと思う。

「お前、下らねぇのに弱ぇのか?」

 武士の言葉に、琢磨が小さく頷く。

「初めて知りました。琢磨さんがこういうものに弱いなんて」

 僕もだ。今はじめて気がついた。

「おい、琢磨」

 武士が呼ぶ。真剣な顔だ。

「百円食ってみろ。ひゃー食えん」

「ぷっ・・・あはははっ」

 琢磨が馬鹿受けしてる。ものすごい親父ギャグだと思うんだけど。

「おぉっ、受けたぜ」

 武士も驚いている。他のみんなは白けきってるのに。

「ワイキキのことはワイに聞き」

「ぶっははははっ」

「琢磨さん、めちゃうけしてますっ!?」

 有美香なら笑うかと思っていたけど、それ以上に琢磨がお腹を抱えている。

「おい、このままオヤジギャグ言ってたら、こいつ笑い死すんじゃねぇ?」

 武士がやってみようぜ、と誰にでもなく持ちかけてくる。

「かわいそうですよ。そのくらいにしてあげましょう」

 美紀が苦笑いを浮かべて止めに入る。

「台風を威嚇してやる。どうやって? 台風のメッ!」

 武士が一人芝居を交えたっ。

「あっはははははっ・・・・・・」

「ワイドショーでプレゼントが当たった。わーいどうしようっ!」

「ははははははははははっひひひひぃひぃひぃ・・・・・・」

あーあ、琢磨泣きながら引き笑い始めた。ちょっと恐い。って言うか気持ち悪いよ。

「意外だな。琢磨がこういうのに弱いとは」

 さすがの譲治もちょっと引いてる。

 それからしばらく、琢磨は一人で笑い続けて、僕らは周囲から変な目で見られた。

「あはっ・・・ははは・・・・はぁ・・・・・・はぁ」

「琢磨、大丈夫?」

「あ、ああ。ごめんごめん。つい・・・・・・」

「頭良いくせして、結構馬鹿だな、こいつも」

 どうでも良いことに時間を取られた気もするけど、琢磨の意外な一面を見られたのはちょっと面白かった。というより、武士に親父ギャグのセンスがあったのもビックリだ。

「よし、あまり時間もない。武士、お前の出番だ」

「おうっ、任せてやがれ。筋肉でメロメロにしてくるぜっ」

 食べ終わった武士が席を立って、中庭に力強く歩いていく。

「大丈夫でしょうか?」

「無理だろ」

 美紀の問いに譲治が即答する。

「じゃあ何で行かせたのさ?」

 結果が分かっていて行かせるなんて。

「面白いからに決まってるだろ」

 結局湊川さんのことも、遊びの一つなんだ。巻き込まれる湊川さんが少しだけ哀れに思えた。


「おっ? 湊川じゃねぇか」

 武士が声をかける。何故かうさぎ跳びしながら。しかも偶然を装っている。

「きゃっ! な、何よ・・・・・・って、あんた朝のっ!」

 急に声をかけられ麗香は驚くが、すぐに武士を見て表情が変わる。

「よくも朝は私に恥を掛かせてくれたわねっ」

「何だ? 機嫌悪ぃのか。だったら俺と一緒に筋トレしようぜっ! 筋トレは良いぞ。ストレスなんか吹き飛んじまうからな。一緒に部活でハッスルしようぜっ!」

 麗香の前でスクワットしながら爽やかに汗をかきながら声をかけている。

「しないわよっ! 気持ち悪いわね。昼食が美味しくなくなるでしょっ、どっか行きなさいよねっ、あんたみたいな暑苦しいの大っ嫌いなのよっ」

 ふんっ、と麗香がそっぽを向く。

「うおぉぉ――っ! また告白もしてねぇのに振られたのか俺はぁぁっ!」

 武士が物凄い勢いで腿上げをしながら走り去った。

「な、何なのよ、今の・・・・・・」

 わけが分からないようで、麗香が目を白黒させていた。

「ま、そうなるな」

 譲治が走り去る武士に呟く。

「いや、会話は分からなくてもあれだと引くよね・・・・・・」

「確かに。何言ったのかも予想がつくよ」

 絶対筋トレしようぜ、とか言ったんだろうな。湊川さんが不機嫌になってるし。

「それじゃあ、次は僕の番だね」

 眼鏡を上げながら琢磨が席を立つ。今の眼鏡上げはズレたのかな?

「大丈夫でしょうか?」

「ま、武士よりは何とかなるだろ」

 僕らは見送った。


「湊川麗香さん?」

「ん? 呼んだかしら?」

 先ほどとは異なり、紳士的に声をかけた琢磨に、淑女的に同様に返す。

「って、あんたも今朝あの変な奴といたわよね?」

 だが、すぐに琢磨だと分かると、怪訝そうな顔になる。

「ああ、武士のことか。あいつは馬鹿だから。今朝は申し訳ないことをしたね。僕から謝るよ」

 クイッと眼鏡を上げる。太陽光を反射して、目が光る。

「少し、時間良いかな?」

「お断りよ」

 きっぱりと断られ、うっ、と琢磨が口ごもる。

「機嫌、悪いみたいだね?」

 それでもめげずに声をかける。

「どっかの馬鹿が私の時間を邪魔してくれたのよ」

 まだ武士のことが後を引いてるようだ。琢磨を睨んでいる。

「僕なら大丈夫。武士みたいなことはしないから」

 琢磨の言葉に、じーっと麗香が疑う目線を送る。

「はぁ、良いわよ。それで何よ?」

 忌み嫌っているわけではないようだが、疑いの眼差しは変わらない。

「今所属している部活とかはあるのかい?」

「ないわよ。そんな時間ないもの。部活の誘いならお断りよ。大体、あんたも三年でしょ? 三年にもなってまだ部活してるわけ? と言うか、あんた知ってるわよ。学年首席よね? 部活なんてものに現を抜かしている暇があるなら、勉強すれば? 遊んでばかりいて、成績落ちるなんてこと、みっともないわよ。それとも何? あんたも吾妻とか言う奴と同類? それなら私に近付かないで頂戴。大体眼鏡をいちいち上げるなら買いなおしなさいよ。格好つけてるつもりなら止めたほうが良いわね。気持ち悪いわよ」

 ズバズバと言いたい事を遠慮なしに言う麗香。今までそこまで言われたことがないのだろう。琢磨が言葉を失っていた。

「そ、そうだね・・・・・・勉強、しないといけないよね・・・・・・」

「ええ、そうよ。あなたはただでさえ出来てるんだから、ちゃんとやりなさいよ」

 そっけない一言に、琢磨が肩を落としながらどこかへと歩いていった。

「どうしたんでしょう? 琢磨さん元気ないように見えますね」

 武士とは違って、何を言われたのか想像が出来ないから、僕も分からない。

「どうせあいつのことだ。気持ち悪いとか言われたんだろ。あいつで懐柔できるとは思ってなかったからな」

 譲治にはもしかして、結果が見えてるのかな?

「どうするんですか? まだ続けるつもりですか?」

「当然だ」

 譲治が有美香の肩に手を置く。

「有美香、やってくれるな?」

「ヘイッジョージッ、あいあむ・ガッテンですっ!」

武士にも琢磨にも、そんなこと言ってない。と言うか、有美香もほんとに帰国子女なのか疑いたくなるなぁ、その言葉遣い。

「あの二人は前座?」

「ああ、そうだ」

 うわっ、あっさり認めたよ。話しかけただけで嫌われた二人が哀れで仕方がない。

「兄さん、そのうち友達を無くしますよ?」

 美紀も呆れているようだ。

「よしっ、行って来いっ。我らがマスコットッアメリカン!」

「あいる・びー・ばっくですっ!」

 有美香が僕らに敬礼すると、トコトコと学食を出て行く。

「大丈夫かなぁ、ゆみちゃん・・・・・・」

 美紀が心配そうに見送る。

「心配するな。有美香なら、上手くやる」

「どこから来る自信なのさ、それ・・・・・・」

 譲治の考えていることがさっぱり分からない。


「湊川しゃん、湊川しゃん・・・・・・」

 中庭に出た有美香が、麗香の名前を連呼している。名前を忘れないようにでもしているのだろうか。それでも、緊張しているのか、歩き方もたどたどしく?さん?が上手く言えていない。

「あ、あのっ! ふぁわぷぅっ!」

「え? あっ・・・・・・」

 中庭の芝生を歩いていた有美香が、芝生とコンクリートの境目の小さな柵に、緊張からだろう(つまづ)いてこけた。前を見ていなかったせいでド派手に顔面から芝生に突っ込んでいた。

「ちょっ、あなた、大丈夫?」

 周囲には麗香しかいないため、麗香が駆け寄る。

「うぅ〜、痛いですですぅ〜、くすん・・・・・・」

 声をかけることに気を取られ、有美香は頭からコンクリートに打ちつけたようだ。今にも泣きそうな涙目だ。

「あー、ほら、高校生でしょ? これくらいで泣かないの」

 麗香が苦笑しながら有美香の手を引き、立ち上がらせる。

「うぅ〜、お手数おかけしましゅぅ〜」

 痛いのだろう。額と鼻が赤くなっている。涙目も潤いが途絶えない。

「ほら、こっち来なさい」

 麗香がベンチの隣に有美香を座らせる。

「おでこは大したこと無さそうだけど、痛みが引かなければ、保健室に行きなさい」

 母親のように優しく言いながら、柵に躓いた時についたであろう、膝の擦り傷に麗香が持っていた絆創膏を取り出す。

「ひうっ!」

 有美香がビクンと跳ねる。

「我慢しなさい。・・・・・・はい、これで大丈夫でしょ?」

 麗香が有美香の膝に傷薬と絆創膏を貼る。

「さ、さんくすですぅ」

 まだ痛いようで額を押さえながら礼を言う。

「あなた、一年生?」

「いえ、二年になりましたですです」

 有美香の言葉に意外なことを聞いたように、麗香の目が大きく開いた。

「随分、小さいわね。てっきり一年生かと思っちゃったわよ」

「はうっ! ・・・・・・やっぱり、ミニマムサイズなのですですね、良いのです。私は成長が遅いんです。身長も伸びませんし、おっぱいもペッちゃんこなのですですよぉ・・・・・・」

 自分が一年に見間違えられるほど小さいことがコンプレックスなようで、どんどん自虐的に小さくなっていく。

「あ、別に悪く言うつもりじゃないのよ? あなたは可愛いわよ」

「ふぇぇ? ほんとですですか・・・・・・?」

 一光の希望でも見つけたように麗香を見上げる。うるうると潤んだ眼が陽光で光っている。

「本当よ。今時珍しいくらいじゃない? 二年生で、そんなに子供っぽいなんて」

「はぁうっ!? やっぱり子供なのなのですねっ!」

 ブワッと一気に涙が溢れる。それを見た麗香が、やっちゃった的な表情になる。

「ごめんなさいね。悪気があったわけじゃないのよ。私もダメね・・・・・・」

 小さく息を吐く麗香。ふぇ? と、有美香が表情を戻す。

「どうかしたのですですか? 具合ばっどですですかぁ?」

 有美香が、不意に沈んだ表情になった麗香を心配そうに見上げる。意外と切り替えは早いようだ。

「何でもないわ。私の悪い癖なの」

「くせ、ですですか?」

 有美香が首を傾げる。

「たまに思ったことをつい口走っちゃうのよ。普段は気をつけているんだけど。気を抜くとダメね」

 どこか自嘲的に小さく笑う。

「そうなのですかぁ」

「でも、さっき言ったことは本当に悪気があったわけじゃないのよ。傷つけたのならごめんなさい」

「いえっ、かまいませんっ! 分かってることですからっ!」

 有美香が笑う。どうやら、コンプレックスではあっても、相手に悪気があったわけじゃないと分かると、あまり気にはしないようだ。

「あなたは、楽天的なのね」

「はいっ! えぶりわん・どぅ・はぴぃーですっ!」

 有美香が笑顔で言う。一瞬呆気にとられた麗香だが、すぐに小さく噴出した。

「それを言うなら、anything do happy じゃないの? それじゃ意味がおかしいわよ」

「ふぇっ!? そうでしたかっ」

 帰国子女の割りにはあまり英語力はないようだ。

「あなた、名前は何て言うの?」

「わたしですですか?  安部有美香と申しますっ!」

「そう。有美香、で良いかしら?」

 呼び方を聞いているようだ。

「はいっ! お好きに呼んでくださいっ」

「それで、有美香。あなた、さっきから良くちょっと変な英語を使っているけど、好きなの?」

「いえ、好きかどうかと聞かれると好きでもあって苦手でもあって、でも好きと言えば好きですけど、向こうでは日本語学校でしたのであまり喋ることがなかったので苦手でもあるかもないかもあるかも、です?」

 自分で言っていて良く分からなくなったのか、何故か訊ねる。

「向こうって、有美香は帰国子女か何か?」

 麗香が有美香の言葉に疑問が浮かんだようだ。

「はいっ! アメリカ帰りなのですっ!」

 誇らしげに有美香が言う。

「でもでも、九歳からは日本にいるので、幼き思い出なのですです」

 へぇ、と麗香が頷く。

「私も、ここに入学するまではワシントンにいたのよ」

「ふぇぇっ! そうなのですですかっ?」

「父様の仕事の都合で、小さい頃からあちこちを転々としてたんだけどね」

 武士や琢磨相手とは全く違う、落ち着いた様子で麗香は接する。

 その後もしばらく麗香と有美香は、お互いの今までのことなど、他愛ないことを話していた。

「ではでは、麗香さん、しーゆーあげいんですっ!」

「今度はちゃんと下も見て歩きなさいよ」

「はいですっ、ありがとでしたですっ」

 満足したのか、有美香が麗香に見送られ、学食のほうへと戻っていった。

「ただいま戻りましたですっ!」

 ビシッとまた敬礼する有美香。見てる限りは和やかに見えたから、もしかして譲治の言う通り、上手くいったのかな。

「有美香、どうだった?」

「ふぇ?」

 譲治が有美香の様子に満足げにしていたけど、有美香が首を傾げた。

「ふぇ? じゃなくて、麗香だ」

「麗香さんは、良い人ですっ! 転んだわたしを介抱してくれたですっ!」

 これですっ! と、自慢げに日に焼けていない白い足を僕らに見せる。絆創膏が貼られている。さっき転んだ時に擦り剥いたみたいだ。

「おでこは大丈夫? まだ赤いけど」

 美紀が心配そうに見る。

「のーぷろぶれむですっ! ひりひりするだけですっ!」

「問題ない割にはひりひりするんだ?」

 痛いってことじゃないかな?

「痛かったら保健室行く?」

 美紀が有美香の額を心配そうに見る。

「大丈夫ですですよ、美紀。すぐに良くなると思うです」

 本人が言うなら、そうなのだろう。

「で、麗香を誘えたのか?」

「・・・・・・?」

 譲治が目的の答えを聞く。なのに有美香は首を傾げている。

「仲良く話してたみたいだが?」

「ふぁぁっ!? そうでしたっ! すっかりふぁーごっとでしたっ」

 じゃあ、何しに行ったんだろ、今まで。

「やれやれ。まぁ良いか」

 予想はしていたように譲治が息を吐く。

「すみませんですですぅ〜」

 目的を忘れ、まったりしていたことに反省しているみたいだ。ちょっと目が潤んでる。

「気にするな。武士と琢磨に比べれば、十分な出来だ。これで声を掛けやすくなったしな」

「え? 結局、今までは自分が行き易くするためにしてたの?」

「ああ」

 あっさりと認める譲治。そんなあっさり言われると、次の言葉が浮かんでこない。

「それじゃ、俺が行くか」

 譲治がようやく立ち上がる。

「大樹」

「うん?」

 自信満々な顔で僕を呼ぶ。

「俺の背中は、お前に任せる」

 言い残すと、僕の言葉を流して譲治は出ていった。

「え? 何? どういうこと?」

「また変なことでも仕出かそうとしているのかもしれませんね」

 美紀が毎度のことに、呆れる。

「今のジョージ、クゥールですです」

 有美香にはまだ譲治のことが良く分かっていないみたいだから、ただ格好良く見えるみたいだけど、僕と美紀は、どことなく不安を感じていた。


「よっ、麗香。俺は一ノ宮譲治だ」

 聞かれてもいないが、譲治が名乗る。

「・・・・・・はぁ」

「いきなりため息とは失礼だな。落ち込むぞ?」

 爽やかに声をかけると、麗香が譲治を見てため息を吐く。

「今日は何よ? あんたたち。良く見るんだけど?」

 朝近付かないで、と言ったにも拘わらず、次々とやってくる面々にうんざりしているようだ。

「俺の差し金だ」

 だが、譲治はあっさりそれを認める。麗香が言葉を失っている。

「私に関わらないでって言ったわよね?」

 有美香の時とは明らかに態度が異なる。

「お前が俺たちの仲間に入ったからには、関わらないわけにはいかない」

「誰が入るって言ったのよっ! って言うか、何よそれ?」

 譲治の言葉に、麗香がつっこむ。

「なぁ、そういつまでも頑なになるなって」

 譲治が隣に腰を下ろすと、麗香が横にずれ距離をとる。

「初めから懐柔されるつもりなんてないんだけど?」

 麗香は全くユースウォーカーズに加わるつもりはないらしい。

「さっきは有美香と良い感じだっただろ?」

 譲治の言葉に、麗香がハッとする。

「まさかとは思うけど、今までのって・・・・・・」

 麗香が勘付く。

「察しも良いか。ますます気に入ったな」

 譲治が麗香を見て笑う。完全に仲間に引き入れる気だ。

「・・・・・・最低ね」

 だが、瞬時に麗香の表情が冷たくなる。

「あんなに良い子までダシに使うわけ? あんたは」

「ああ」

 それでも譲治は澄ました表情だ。

「呆れた。人を使ってそんなことするなんて、あんた最低よ」

「そうだな。でも、それが面白い。だから全員の賛同は得た」

 爽やかに認めるが、一言を忘れない譲治。麗香が呆れている。

「友達無くすわよ」

 そう言い残して、相手にするのも面倒になったのだろう。麗香が立ち上がる。

「それでも良いさ。初めから友達なんていない奴に比べればな」

 見透かしたような譲治の言葉に、背を向けた麗香の足が止まる。

「俺のことを馬鹿にするのは良い。でもな、そうやって本質をひた隠し、孤独になって楽しいか?」

「・・・・・・あんたには関係ないわ」

 麗香が歩き出す。振り返る気配はない。

「俺の他にもう一人、お前を懐柔しに来る奴がいる。本当に一人きりで、上辺だけ笑って過ごせる友達で良いなら、そいつを思いっきり振ってみな」

「どういうことよ?」

 ふわっと髪が靡き、顔だけ譲治に振り返る。

「お前、いつも一人でここで昼飯食ってるだろ。昼食も共に出来ない友人ってのはな、友達とは呼ばないってことだ」

 譲治も立ち上がる。

「お前、今自信を持って友達だと言える奴がいるか?」

 じゃあな、と譲治が麗香とは反対のほうへと歩いていく。

「何よ。好きで一人になってるわけじゃないんだから」

 麗香の小声は譲治には届かなかった。


「すまんっ! ダメだった」

 学食に戻ってきた譲治が爽やかな顔して、土下座した。

「いや、そんな清々しい顔で謝られても・・・・・・」

 思わずこっちが謝りそうになるし。

「さらに怒られたみたいですね」

「ドンマイ、ですです、ジョージっ!」  

 有美香は空気を読んでないみたいだ。

「そこでだ、大樹。明日、お前麗香と昼食しろ」

「ええぇっ!」

 何でそうなるのっ? どうして僕が湊川さんと昼食を一緒にしないといけないんだろ?

「唐突もないですね。どういうことですか、兄さん?」

 美紀はどこか不機嫌だ。湊川さんに迷惑かけてることが見苦しく思えてきたのかな?

「それはだな、同じだからだ」

「何が?」

 何が同じなのか分からないよ。 

「同じですですかぁ?」

「そうだ。有美香のことはよく知らんが、大樹、お前は同じだ」

「だから、何が?」

 何が同じなのかわけが分からないって。

「行けば分かる。お前ならやってくれる」

「いや、本人を前にそんなこと言われても・・・・・・」

「どこからそのような自信が来るのか、私には分かりません。本人が拒否しているのであれば、それまでということではないんですか?」

 美紀が譲治のすることの意味が理解出来ないようで、表情を崩す。

「違うな。ここは大樹じゃないとダメだ」

「どうしてですですかぁ?」

 有美香の問いかけに僕らは頷く。

「明日の昼、大樹が行くと約束してきたからだ」

「えぇーっ! 何勝手に約束してるのさっ!?」

 そんな本人未承認で約束とか取り付けないでよ。

「だから、なっ?」

 譲治が肩を組んでくる。

 うぅ、頼まれると断れない悪い癖を知っているから、譲治が僕を見て確信している目をしてる。

「・・・・・・分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

「さっすがは大樹っ!」

 バンバンと背中を叩いてくる。痛いくらいだというか、痛い。

「でしたら私もご一緒します。これまでのことを謝罪しないといけませんし」

「いや、ダメだ」

 美紀が同行してくれると申し出たのに、譲治がきっぱり却下する。

「これは男の問題だ。大樹一人じゃないといけない」

 何故か強く言う譲治。男の問題って何さ? 

 輝いた目を向けてくる。その目は、やれよって脅しを含んでるよね、明らかに。ある意味いじめじゃないかなぁ、これって。

「・・・・・・う、うん。僕一人でやってみるよ」

「そうですか・・・・・・」

 美紀の表情が少しだけ沈んだように見えた。何か悪いことしちゃったかな?

「ふぁっ! もう時間ですですよぉ。早くごーとぅーばっくですですっ!」

 有美香が学食の時計を見て声を上げると、既に昼休みが五分を切っていて、僕らは急いで片付けてそれぞれ教室に戻った。

「おっ、戻って来やがったか。遅かったな」

「うわっ! 武士、何でそんなに汗びっしょりなの?」

 教室に戻ると、汗びっしょりで爽やかに笑う武士がいた。

「どうせ、振られた勢いで筋トレでもしてたんだろ?」

 譲治が言う。

「くあぁっ、それを言うなあぁっ」

 武士が叫んだ。そんなに振られたことがショックなのかな? 美紀とかにはいつも言われてると思うけどなぁ。

「にしても、何でお前は勉強してるんだ?」

 譲治には武士のことよりも、その近くで机の上に参考書と英和やら古語辞典を広げて、恐いくらいに集中している琢磨の方が意外みたいだ。

「静かにしてくれないかな? 僕はもっと勉強しないといけないんだよ」

 進学しないって言ってたのに?

「一体二人とも、何言われたんだろ?」

「相手はツンデレだ。容赦なかったんだろ。耐性の一つくらい身につけとけよな」

 譲治の一言で、その場は片付いた。


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