九つ.密偵大作戦 中編
一日早く更新です。
前後編で完結するはずでしたが、上条那美を事前に盛り込むことを後回しにしていたので、そのツケが回って、前後編では終わらないことが明確になったので、予定を変更して中編を盛り込みました。
ある意味予想外?
まぁ、急ぐ物語ではないので、ゆっくり行きましょう(笑
次に後編を持ってきて、終われば良いなぁと思い、後編の執筆を続けてますが、中編2が出てきそうなくらいに長くなりそう……(文才なくてスミマセン……)
とにかく、長くて後二編。短ければ後編を置いて、ユースウォーカーズが結成されるか否かがようやく決断されます(長っ!)
女子寮から男子寮に捜索範囲を変更する。二百人近くの男子が生活してる場所を一人で探すのは到底終わりが見えない。でも、大丈夫だと言った以上は、一人で探すしかない。まずは始めにいた学食を見てみる。―――誰も居なかった。学食のおばちゃんたちが夕飯の支度をしてくれているだけ。
すぐに後にして、今度は僕らの部屋に向かう。
《ねぇ、大和さん、何か大槻先生と話してるんだけど、何か紙を見てるみたいよ?》
部屋に向かって階段を歩いていると湊川さんの通信が入る。
《あん? あの爺だとぉ? 何でだよ?》
《見てる紙ってのが気になるね。どんな紙か分かるかい?》
大槻先生は最初に顧問を引き受けてくれた先生だ。大和さんが代行になってからは、そういえば何も言われてないかも。
《ごめんなさい。ここからじゃ紙ってしか分からないわ。それにしても随分な枚数よ》
《おい麗香。適当な理由ついて職員室入ってみろ》
譲治の指示が飛んでくる。今はどこに居るんだろう?
《え? 適当な理由って何よ? 私、別にそこまで気にならないんだけど?》
《理由か? んなもんこう言や、良いじゃねぇか》
「武士、何か良い理由が浮かんだの?」
思わぬ所からの言葉に反応してしまう。
《おうよ。すいませーん、さっき筋肉落としちゃったんですけどぉ、ちょぉーと落し物入れ見せてくださぁーいって言や、自然と職員室の連中は、そうか、見つかると良いな、お前の筋肉。ってな具合にだな……》
三文芝居が始まる。全然湊川さんに似てないよ、武士。
《不在教師を探して、勉強で教えて欲しいところがあるとか言えば通じるだろ? お前なら疑われねぇ。行け、麗香》
《はぁ……分かったわよ。行けば良いんでしょ》
諦めの入ったため息が、ちょっと耳を済ませてたスピーカーから艶かしく聞こえた。
《っておいっ! 俺の見事な理由はどうしやがんだよっ! 大樹っ!》
「えぇっ!? 何で僕なのっ!?」
僕は何も言ってないのに、僕が指示したみたいに言わないでよ。
《じゃあ入るわよ……》
失礼します。と、湊川さんの声が入る。ずっと通信ボタンを押してるのは律儀だと思うけど、職員室内で不審に思われないのかな?
《大樹、君の方はどうだい?》
琢磨が聞いてくる。ちょうど僕と琢磨の部屋の前だった。
「うん。今、僕らの部屋を見てまわ……あ、れ?」
ドアノブに手を掛けて、ドアを開けようとした時に違和感を覚えた。いつもならガチャって簡単に開くドアノブが回らない。
「琢磨、部屋の鍵、掛けた?」
《鍵? そんなはずはないよ。鍵なんて掛けないからね》
うん、確かにそう。僕らはほとんど部屋の鍵なんて掛けない。鍵を掛けるのは大体は一年生くらい。三年もここにいると三階まで来る下級生は居ないし、寮に残ってる三年もそんなに多くない。だから、かなり開放されてる。盗られて困るものもないし。
「そうだよね。誰か居るの?」
ドアをノックする。―――静けさだけが返ってきた。鍵を開けようにも、生憎部屋の鍵は部屋の中の机の中だ。
《開かないかい?》
「うん。誰も居るようには思えないんだけど……」
《なら後で僕が開けに戻るよ。合鍵は一応持ってるから》
「分かった。じゃあ、譲治、譲治たちの部屋も見せてもらうよ?」
《了解だ》
《良いぜ。散らかってるけど、気にすんなよ》
気にして欲しいな、それは。
とりあえず、許可を受けたから、自分の部屋は諦めて譲治と武士の部屋のドアを開ける。
「うっ……」
―――静かに戸を閉めた。身体は冷静だけど、頭はパニックを起こした。
何? 今の臭い? 鼻を突くような、生暖かいのに鋭くて、いきなりのストレートが飛んできたみたいな強烈さ。部屋の様子を見る時間すらなかった。
「あ、あのさ、譲治、武士」
何か鼻の下に臭いがこびりついたみたいに、ドアを閉めたのに、臭う。ちょっと咳き込んだ。
「ちゃんと、窓開けたり、掃除、してる?」
鼻の中がむずむずして、痒い。
《窓開けようにもよ、譲治の野郎が本棚置いてるから開かねぇんだよ》
《おい待て、武士。お前のダンベルやらバーベルが邪魔でお前が移動させたんだろ。俺のせいにするんじゃねぇ》
うん。どうやら換気はほとんどしてないってことが分かった。つまり、この悪臭の正体も理解した。
「ちゃんと掃除してよ……」
《掃除だとぉ? んなもん先月したっつーの》
《先月って……。譲治、君もよく普通に生活できるね?》
《鼻栓は欠かさないからな。ちなみに部屋の匂いは俺じゃないぞ》
どっちでも良いよ、そんなこと。見栄を張る前に、掃除をして欲しい。
「とにかくこの部屋には居ないと思うから、次を探すよ」
ここに美紀がいれば、間違いなく譲治は美紀に叱られながら掃除をしてるはずだもん。
《ああ、分かった。それから麗香。分かったか? 俺も職員室前に着いたぞ》
譲治が湊川さんを呼ぶ。そう言えば、いつの間にか譲治たちの会話で湊川さんの通信の声が消えてた。
《応答、ないね……》
琢磨の声が先に帰ってきた。その間に僕は、三年棟から今度は屋上に向かう。有美香や美紀が一、二階の一、二年生の寮部屋に行くことなんかないから、可能性は消した。
《ちょっと待て。麗香は職員室に入ったんだよな?》
譲治の声に変化があった。不快そうな、怪訝そうな低い声。
《あぁ? そうじゃねぇのかよ?》
そして、武士、君は今どこにいるの?
《そうだと思うよ。先生と話している声は確かに聞こえていたからね》
僕はちゃんと聞いてなかったからよく分からないけど。
《いないぞ》
「え?」
屋上の階段を上がる足が止まった。
《ついでに、大和も大槻の爺さんもだ》
譲治の声に、僕らの返事はなかった。皆、立ち止まったのかもしれない。湊川産だけじゃなくて、大和さんと大槻先生も居ない。その一言は意外で衝撃的だった。
《あ、常時を見つけたよ。合流するね》
琢磨が戻ってきたみたいだ。それでも僕は少し状況を待つことにした。
《見てみろ。いねぇだろ?》
《……本当だね。いつの間にか出て行ったとかはないのかい?》
ほんとにいないんだ。いつの間に? というよりも、湊川さんまでもしかして消えちゃった? これで三人目。僕らの仲間が三人も消えた。何の手がかりも残すことなく。少し、気持ちが乱れてきた。
《いや、俺が来た方からなら、職員室に出入りする奴は全員見える。誰も出てなかったぞ》
《……ふむ。謎だね》
ほんとに謎だ。どうやって消えたのか。そしてどこへ消えたのか。
《よし、琢磨。この辺りを二手に分かれて捜索するぞ》
《分かったよ。じゃあ、僕はこっちに行こう》
譲治と琢磨が二手に分かれて捜索に向かったみたいだ。なら僕も早く居なくなった有美香と美紀、それから湊川さんを探さないと。あ、でも、湊川さんがいなくなったのは職員室だし、譲治たちが見つけてくれるかも。
僕は屋上に向かった。出入り自由の屋上は後輩たちのたまり場だった。その中で大和さんの洗濯物とか誰かのシーツが風に靡いてる。それ以外は、後輩が角の方で駄弁っていたり、知ってる顔の同学年生も女子寮の方を覗いてるのか、双眼鏡の奪い合いをしてたりしてる。大和さんに見つかればただじゃ済まないことだけど、肝心の大和さんがいない。そして、有美香も美紀もいなかった。
「あれ?」
フェンスから下を見ていると、上条さんが何かを抱えながら走ってた。何故かそのまま男子寮の中に入った。
「あ、出てきた」
と思った瞬間に、上条さんが足早に周囲を警戒してるみたいに、と言うか、何故かそれがダンスを踊るみたいに回っていて、そのまま女子寮に走ってた。また何か悪さを考えてるのか知らないけど、相変わらず落ち着きがないのが遠目からでもはっきり見えた。―――って、そうじゃなくて、探さないと。見回しても居ないし、見下ろしても居ない。知ってる顔ぶれに一応聞くことにした。
「あれ? 片桐じゃん。どうした?」
「あのさ、美紀……譲治の妹を見なかった?」
美紀って呼び方は僕らの中では浸透してるけど、それ以外では譲治の妹って方がしっくりきてることを忘れてた。
「一ノ宮の妹? あぁ、あの子か」
「いや、俺らずっとここに居っけど、見てないよ」
四人居たけど、皆が首を振った。
「そっか。ありがとう」
やっぱりここには来てないみたい。行く当てがどんどん消えていく。少しずつ不安な気持ちも募るし、焦りも出てきた。急いでるつもりなんてないのに、階段を二段飛ばしで下りて、玄関に着く。いつの間にか少しだけ息が切れてた。
《琢磨、どうだ?》
《う〜ん。いないね》
聞こえてくる通信からも、朗報はない。
「こっちもだよ。どこにも居ないよ、皆」
若干の沈黙が続く。次はどこを探せば良いのか。思った以上に学園の敷地の広さに、当てが浮かばない。
《そう言えば、武士、君は何をしているんだい?》
《おぉ、そういや忘れてたな》
「そうだね。武士、今、どこ?」
すっかり頭になかったけど、武士はどうなんだろう?
―――シーン。
「あれ? 武士?」
武士の返答はない。また消えた? そんな疑問が過ぎる。
《……くそっ、あいつもか》
珍しく譲治が憤慨したように漏らす。
《というよりも、何の連絡もなしに途絶えるなんて、気づかないわけだよ》
忘れられたままどこかへ姿を消した武士。ちょっとだけ美紀たちとは違って、哀れに思った。
《全員何かしらの前触れを残したってのに、武士は何をしてたんだ?》
《さぁね。僕には武士の思考回路は理解出来そうもないよ》
「いつの間にかって、何だか可哀想だよね」
ちょっと不安だったことに、少しだけ安堵感が持てた。武士だったら心配しなくても、もし仮に危ない状況だったとしても、きっと武士をそう貶めようとする相手を心配するかもしれない。武士は最強だから。
《って、待て待て待てっ! 誰が哀れだこのヤほぼぉっ!?》
《……ちょっ! 何してるのっ!? だ、ダメダメなんだからぁ》
―――シーン。
何かが聞こえた。三秒もしない間に切れたみたいだけど。
「ねぇ、今の何?」
《さぁ? 何だと思うかい?》
《武士のアホだろ、今の。つーか、もう一人聞こえなかったか?》
僕らは一瞬の会話に混じって消えていった謎の叫びとそれを止める声に首を傾げた。
「うん。女の子の声じゃなかったかな?」
《確かに。特定するには一瞬過ぎたね》
《まぁ、とりあえず、仮説は立つな》
譲治の言葉に理解した。武士も誰かに連れ去られたみたいだけど、危害はない。そう考えると、有美香に美紀、湊川さんの三人も恐らくその人物にさらわれた。きっと無事で居ると思う。もし危ない目に遭っていて、そこに武士が居れば絶対に美紀たちを助けるはず。わざわざこっちの通信に突っ込んできたくらいだから、余裕があるはずだ。
《でも、こっちの情報が筒抜けって点は改善する必要があるね》
確かに。皆がフリートーカーを持ってる。向こうにもこっちが話をしていれば、自然と通じる。今まで話していたことの全てがこの事件の犯人にも届いているに違いない。
《よし、通信チャンネルを変更するぞ。チャンネルは携帯で送る。口には出すな》
《了解》
「分かった」
それから十秒ほど。譲治からメールでチャンネルが来た。それに合わせてチャンネルを変えると、譲治が呼んでいた。
《大樹、聞こえるか?》
「うん。大丈夫だよ。でも、これからどうする? 大和さん、いないんでしょ?」
本来の目的は大和さんの内偵。でも、その対象者が行方不明になった。僕に課された美紀たちの捜索も難航してる。何から手をつけるべきか、指示を待つ。
《美紀たちに限っては恐らく学園内のどこかに居るのは確実だろう。大和たちもだ。ただ、連中の狙いが分からん。琢磨、何か思い当たることは?》
《僕にはありすぎるくらいだと思うんだけど? ユースウォーカーズを好ましく思わない人は少ないくはないだろうね。でも、発足していない以上、それを邪魔しようとする一部の生徒の仕業か、それ以前に僕らのことを煩く思っていた人とか、上げれば結構出てくると思うけど?》
琢磨の指摘に、思い当たる節が様々に出てきて、ちょっとだけ胸が痛い。
《その路線はない》
でも譲治は間髪なく否定した。
《おや? どうしてだい?》
何となく、琢磨が眼鏡を上げたように思った。僕は会話に入っているようで疎外されているような気がして、寮の外に出た。
《そんな連中なら、武士がのすだけだ。けどな、武士が平然と突っ込む余裕があるってことは、別だな》
「じゃあ、どんな理由で?」
僕らを拉致して特になることなんてあるのかな? ―――ないと思うんだけど。
《さぁな。俺は知らん》
《また無責任な発言を君は……》
琢磨のため息に同調した。
《とにかく、こっちから通信を遮断したんだ。敵から接触があるかもしれん。周囲には気をつけろ。それから、こっちが得た情報は連中には気づかせるな、良いな?》
相手にとって武士が叫んだことは想定外だったのは記憶に残ってる。それで僕らがどこまで気づいているかを知られれば、また誰かが被害に遭う。僕らはもう三人だけだ。四人も誰かも分からない犯人にさらわれた。安心が出来るわけじゃないけど、本当に誰が一体こんなことをしているんだろう。
《そうだね。大樹、君は今外だろう? 一人だから、何かあったらすぐに連絡するんだ》
「うん。分かったよ」
《大樹、お前は一応学園の方に戻って来い。俺たちはこのまま大和と麗香の捜索を続行する。三十分後にクラスに集合だ》
譲治の指示に従って、僕は周囲に注意しながら学園の方に向かう。
かくして、僕は有美香、美紀、湊川さんも一応捜索に向かい、譲治と琢磨は湊川さん兼大和さんの行方を捜索に散らばる。
「最初の目的、どうなるんだろう……?」
あぁ、内偵捜査からどんどんかけ離れていく。一体僕らはどこに向かうんだろう。そんなことを思いながら校舎に向かう。有美香と美紀が消えてから二十分くらいかな。湊川さんもいつの間にか消えて十分くらいが経ってる。武士に至っては、いつ拉致されたのか、全然分からないからとりあえず置いておくとして、いっこうに相手からの要求とか接触がない。だから、美紀は人見知りするから大丈夫かな? とか、有美香は逆に打ち解けてたりしてるんじゃないか? とかいろんな意味で不安がある。もし、これが単なる悪戯なら、湊川さんの時みたいに、やっぱり誰かの恨みなのかな? 嫉みとか買うようなことを僕らはしてないし。
「美紀ぃーっ、有美香ぁーっ、湊川さぁーんっ!」
構内でこんなに大きな声を出すのは久しぶりだ。知らない顔の生徒に見られるけど、気にしても仕方が無い。とにかく探さないと。
一つ。面白いことは皆ですべし。
一つ。楽しいことも皆ですべし。
一つ。恐れては何も始まらない。
一つ。やるならとことんやるべし。
一つ。ハチャメチャだろうとメチャクチャだろうと、それで楽しくなる人がいるなら、止めるべからず。
一つ。お馬鹿で何が悪い! 天才よりも馬鹿が良い!
六ヶ条の制約。それは絶対にして遵守すべきこと。この腐敗した世界を明るく楽しく、より面白くする為の法則。それは―――馬鹿になること。叱られてもへこたれないこと。
「うっしっし。可愛いお尻だねぇ……」
そんなある日、それはもう遠い日。うん、二年前だけどね。―――そう、その日、あたしはハリケーンと遭遇した。あ、別に台風とか気象的なことじゃないからね。
それはたった一人を中心にして巻き上がる竜巻―――じゃなかった。ハリケーン。そう、ハリケーン。中心は静かなのに、その周囲は荒れ狂う。軸がしっかりしてるから、周囲を吹く者たちも、安心してその周囲を戯れ、その軸を守る。それは一人じゃない。皆がいるから。そして、それは愉快で爽快で痛快で、快・感。
「大和しゃん、居ないですですよぉ……」
小さな背丈に、可愛いツインテール。後姿とか見てるとスカート捲りたくなるよね。後ろから抱き着いて、おっぱい揉むのもありカナ。
「そーと、そーと……」
奴は気づいてない。可愛いお尻であたしを挑発してる? してる? バッチコーイッ?
そして、あの日、あたしの目の前に現れた、世界を変えうる力を持った少年少女。あ、最初は少年だけだっけ? 美紀たん去年入学してたし。
《有美香、今どこに居るの?》
おっ? 何か聞こえなかったカナ? まっ、良いや。抜き足差し足忍び足っと。ま〜ず〜はぁ〜、お〜ま〜え〜だぁ〜。―――なんちゃってね。
「えっ、と、ここはですですね……ふぁぁっ!」
ビックーンッ! 後ろから抱きついて、なおかつ目隠しするのも忘れない。
「……騒ぐな。殺されたいのか?」
一度言ってみたかったんだよねぇ、この台詞。ナイフないけど。
「ふぁ……ふ」
カッチンコッチンになったゆみっち。あたしの腕の中に可愛い体が―――やっちゃおっか?
「いい子だ。大人しくしてるんだ。大人の階段を駆け上がりたいか、ゆみっち?」
ちょっと今のあたしの声って渋くない? 声優とか目指しちゃう? ちゃう?
「ふぁ? あ、あの、も、もも、もしかして、貴女は……?」
「おぉっと、おしゃべりはここで終いだ。悪いが、こっちに来てもらおうか」
「ふぁっ? あ、あの、あののの、そ、そこは……ふぁんっ!」
ちょっぴり堪能。ぽにぽにぷにぷにのおなかと、おっぱい。柔らかっ! ってか気持ち良いっ! ゆみっちを抱き枕にしたら三日は寝れるよ、これ。
―――とと、目的を忘れるところでしたヨ。あたしはやるべきことを事早急にしなくては。
「とりあえず、さっきなんか面白そうなことしてた、これはあたしに贈呈」
「ふぁっ! そ、それは……」
「だいじょびじょび。妹尾君のでしょ? 壊さないから、借りるね」
「あ、あの、貴女はやっぱり……」
「ハイッ、ド―――ンッ!」
「ふぁぁぁっ!?」
危ない危ない。しょっぱなからしくじってちゃ、ダメダメだからね。とにかく、コッチに連れてかないと。
「そこで大人しくしてな。可愛いワンコろべぇ」
「あのぉ……ここは、どこなのでしょう?」
その疑問に答えることなく、あたしは再び戦場に身を投じる。さて、次のターゲットはっと……。
「ふっふ〜ん。みぃ〜つけた」
ゆみっちを早速嗅ぎつけてきたかな? にしても早い。やっぱりこれか? このヘンテコリンな時計が原因っぽいぞ?
「は、はい……」
う〜ん、やっぱり心配なんだネ。ちょっぴり罪悪感を覚えてるぞ、と。でもでも、これはあたしに課せられた任務。任務遂行の為には時に仲間を裏切ることも必要。痛む良心を押さえ込んで背後に近づく。ゆみっちに比べて美紀たんはなかなかすばしっこい。ここは確実に一手で押さえるしかない。この時計から情報は筒抜けなのですよ。おかげで裏をかくことは簡単すぎて、弛緩する頬を押さえる方がちょっと力いるかも。
「いえ、どなたも見当た……え? きゃっ」
その瞬間、美紀たんが振り返ろうとした。やばっ。そう思った瞬間―――抱きついてみた。
「え? あ、あの……?」
「んふふ〜、美紀たぁん。何してるのかな? こんなとこで」
知名度ってのは良いね。騒がれないのですよ。
「あ……先輩でしたか。あ、あの、ゆみちゃんを、見ませんでしたか?」
おっと、通話を聞かれてる? そう思ってたけど、何やら聞こえてくる音声からして、こっちからの通話は聞こえてないみたい。シメタッ!
「うん。知ってる知ってる。こっちこっち」
膳は急げ。―――チガッタチガッタ。善は急げ。おなかも空いてるけど、悪事が優先。何しろ、ハリケーンに挑んでいるのですよ、あたしは。
「え? あ、その前に、兄さんたちに……」
「良いから良いから、急いで、ほらっ」
時計に手を掛けようとする美紀たんの手をとり、連絡手段を封じる。ゆみっちから奪ったあたしの時計にも騒いでる声がする。順調順調。美紀たんもそのまま連れて行った。
「ここにいるよ」
「え? でも、ここは……」
「入る入るぅ〜」
有無を言わさずに部屋に押し込んでみた。そのまま、きゃっと可愛い声を残す美紀たんの背中に声をかけて、戸を閉めた。あ、そうそう。―――あたしの任務はね、ハリケーンの風を集めること。まだまだ序の口。これからが本番だね。負けないよ、あたしだって。事情は後で説明に来るとして、次のターゲットを探さないと。あ、その前に許可も取っとかないとね。まずは職員室へゴーッと。
「お、来たか。遅いぞ」
「スミマセンスミマセン。いやぁ、辺りに気を取りながらだと、なかなか慎重になっちゃうんですョ」
まだ来てないかと思ったら、もう寮監大和さんがいた。ちょっと意外。この人結構適当なはずなのにさ。ま、いいけど。
「で、気づかれてねぇだろうな?」
「無論当然モチのロンッ!」
職員室って嫌いなんだけど、今は格好の談議場。
「よし。こっちも許可は取った。後は支度だけだ。有美香と美紀には説明したか?」
「いえっ! 大樹君の部屋に拉致しときやしたぜ、親びん」
「……まぁ、いい。とにかくお前は先に紗枝ちゃんのとこから、ブツを受け取って持って行け。俺はとりあえず確認してから戻る」
「あいあいっ」
敬礼してそっとその場を離れる。
「ふむ。お前さんがこんなことを目論むとは思わなんざ。ほれ、これがそうじゃ」
「さて、拝ませてもらうかね」
後ろでお爺ちゃん先生と何かのチェックをしてる寮監大和さん。まっ、別にあたしはそれに興味はない。でも、机に隠れて呼ぶ。まさかの事態の発生。すっかり腕時計のスピーカーのことを忘れてたョ。どんまいどんまい。
「寮監、寮監っ、麗たんですョ。どうしやすか?」
「麗香が? 何の用だかは知らんが、ヤレ」
「あいあい」
敬礼して身を隠す。
「失礼します」
うーん、相変わらず硬いなぁ、麗たんは。あたし、職員室入るのに挨拶した記憶―――ないね、うん。
「あの、渡辺先生はいらっしゃいますか?」
およ? 麗たんにしては、意外な先生の名前が出てきたね? あぁ、そう言えば、譲ぴょんが言ってたような気がしてきたぞ? これは罠。とっさに寮監大和さんにアイコンタクト。
(麗たんが、こちらの情報を探りに来た)
返事を待つ。
(…………)
何かが返ってくる。熱い視線。とても、とても情熱的な。
「……ぽ」
「って違ぇだろ!」
寮監のツッコミが来たっ!? あたしにそんな特殊能力はないってばぁ。んもぉ、とにかくやっちゃえってことだね? オッケーオッケー。あいあい。じゃあ、ちょっくらやりますかっ!
こっちに先生を探すフリをしながら寄って来る麗たんの背後に、背を低くして回る。
案外気づかれないもんだね、びっくりびっくり。まぁそれは置いといて、どうやって麗たんを連れ出そうカナ?
と、そこで六カ条、其の一。面白いことは皆ですべし。を思い出しちゃう。大体麗たんは頭が良いんだし、別に麗たんには余計なことはしなくても、良いんじゃない?
時間的にこっちに引き込んじゃえば、楽じゃん。麗たんはあちしのおともだちだもんね。むしろ友親? 外には譲ぴょんと妹尾君がいるっぽいから、気づかれないようにしないといけないね。うむ、閃いちゃったぞ。
そっと麗ぴょんの前に回りこむ。
「きゃっ!? ……何、してるのよ?」
ばぁ。手を振ってたら麗ぴょんが気づいてくれた。ここは職員室。大きな声は出せない。つまりは、あたしが有利。これまでの経験であたしは学んだのだ。この時計。何やらトークボタンを押さないと会話に参加出来ないっぽいけど、聞くだけなら何もしなくても筒抜け。麗たんがボタンから手を離した今がチャ―ンスッ!
「しっ。今、あたしは任務中なのです。麗たん。ちょっとだけ手を貸してくださいのですョ」
「え? いえ、でも、今は、あのね……」
あたしは確信した。麗たんは意外とM。引張っちゃえばこっちのもんだね、この子は。
「静かにっ! そして、すばやくゴーッ!」
実は職員室の扉は廊下側と校庭側にあるのだ。廊下側には譲ぴょんたちがいるから、危険。となれば、もう一つからズラかるぜ、親びん。
「ちょっ、えぇ?」
麗たんの混乱に乗じて身を隠しながら出て行く。へっへーん。あたしってばやるぅー。まんまと麗たん拉致に成功。あとは、こっちに引き込めば、な、なな、なんとっ!
あたし一人で三人も拉致っちゃった! びっくりびっくりびっらこいた。ちょっと、あたしってば、才能アリアリ?
「ちょっとっ! 何なのよ、いきなり?」
外に出ると、麗たんに腕を解かれた。でも良いのサ。ここまでくれば作戦成功。誰か褒めて褒めて。
「にははっ……ごめんなさいナノデスヨ。でも、麗たんに折り入ってお話がございまする」
ついこの前。あたしは見た。―――あれほど頑なだった麗たんが、譲ぴょん率いる軍団に引き入れられたのを。あたしは感じた。
―――ハリケーンが吹き荒れる。何としてでもそれをあたしは―――……。
とか言っちゃうとサ、え? 何何? どうするつもりだ? とか気になっちゃう感じ? ん〜、でも、どうしよっかなぁ? 教えて欲しい? んふふ〜、まだダァ〜メ。
「とにかく、よろしくお願いするですョ、姉様」
「……はぁ、そう言うことなら……。で、結局あの子達もいるわけ?」
「無論でっす。まぁちょっと拉致ってパニくり気味かなぁとか思ったり思わなかったり?」
まだ事情説明してないし、そろそろ一旦戻ってあげよカナ?
「全く。突然だったから驚いたじゃないのよ。じゃあ、あいつらにも伝えたほうが良いのかしら?」
麗たんが通信しようとする。あたしはそれを止めた。
「平気平気。これも全て、シナリオナノデス。姉様には別のお仕事が待ってるので、そちらをってわけです」
「シナリオ? ……まぁ、平気ならそれは良いけど、何で私が姉様なのよ?」
「いやぁ〜、見た目?」
「貴女ね……」
よし。麗たん攻略完了。
「じゃあ、一旦戻ろっかな。ささ、姉様、こちらへこちらへ」
あたしはこのまま麗たんと某所に向かう。―――はずだった。
「ふっ、ほっ、ふぅっ、ほぉっ、ふっ、ほっ……」
何か見た。見ちゃいけないものを見ちゃった感じ?
「ささ、姉様。もうじき着きますぜ」
敢えての無視。だって気持ち悪いんだもん。デカイ筋肉引っさげて、うさぎ跳びだよ? 目に入れちゃダメダメだよ。
「え、ええ。あれは、何してるのかしら?」
「……姉様。そう怪訝に見てやっちゃだめなんですョ」
「え? 何よ、急に哀しそうになって」
あたしは表情を改める。それはそれは哀しげな眼差しを向けて。
「筋肉ゴリラ……じゃなくて、武士君の家はとてもとても貧しくて、明日のごはんもままならないくらいなのですョ」
「え? そうなの? そうは、見えないけど……」
「……本人が隠してるんですョ。筋肉馬鹿……じゃなくて、武士君は、ああやって、道端に生えてる野草に自販機の下の硬貨を探してるんですョ。普通に探してると人目が哀しいから、運動する素振りを見せて、地道に明日のコッペパン代を集めているのです……」
「っておい待てぇっ! 勝手に人のことを適当ぶっこいてんじゃねぇよっ!」
ありゃ、気付かれちった。見ないようにしてたんだけどナァ。まぁ見られちまったもんは仕方ねぇ。やっちまうか?
「イヤイヤ、使い所のない筋肉を上手く説明するには、あれくらいのネタがちょうどかなぁって思っただけですョ?」
「んなネタの方が哀れじゃねぇかっ! もっと運動してる俺の格好良さを広めろよっ!」
えー。だって、運動してるって、食べ過ぎて飛べなくなった鳥にしか見えないってばぁ。
「つーか、湊川、てめぇ、ここに居やがったのかよ。てめぇの連絡がねぇって、あいつらが言ってんぞ」
ふっふーん。既に麗たんは陥落済みなのですョ。
「ああ、そのことね。それが実は……」
あー、事情話しちゃうんだ、麗たん。まぁ聞いちゃったんなら、しょうがない。武士君もいっそのことだし、連れてっちゃうか。
「―――ってことなのよ」
「おうっ、んなもん忘れる訳がねぇぜ。俺もとっておきを用意してっからよ」
「それにですネ。それにあわせて、もう一つあるのデスヨ」
「あ? もう一つだ?」
「ああ、そうね。じつは―――」
「わぁーっ! ストップ姉様ぁっ!」
―――さく。
麗たんがとっさに漏らそうとしたから慌てて耳を塞がせる。
「あぎゃあああぁぁ―――っ! 耳ぃぃぃ―――っ!」
武士君が転がりまわる。耳を塞ごうと思わず耳に指を突っ込んじゃった。
「いやあぁぁっ―――っ! ばっちぃぃぃ―――っ!」
抜けた指に耳クソが爪に挟まってた。爪、切ってくるの忘れちゃってたの忘れてたョォ。うぅ〜、武士君、耳掃除はちゃんとしてヨネ。んもぉ、ばっちいなぁ。
「……何してるのよ、あんたたち」
あう。麗たんに冷静に突っ込まれたぁ。こっちは爪と指の間を犯されたのにぃ。
「……くそ、耳の穴を奪われちまった……」
ひぃにゃっ!? 気持ち悪いこと言われた。
「はいはい。で、これからどうするのよ?」
「あ、そでしたそでした。で、武士君。聞いたからにはもちろん、こっちに着くよね?」
あたし得意の七変化。その一、にんまり笑顔。男の子はこの笑顔に弱いのだ。ちょっと八重歯を見せるのがポイントだよ。あとは顔は右上を斜め四十五度で見ること。これ鉄則ね。でも、残念。一番似合っちゃうのは、あたしでしたぁ〜。
「くそっ。てめぇに屈服するのか、俺は……この、最強の俺が、てめぇみてぇな脳楽馬鹿によ……」
むっ。聞き捨てなりませんな、それは。
「脳が筋肉よりはお馬鹿でお気楽の方が良いと思うんだけどなぁ。楽しい方が、燃えるでしょ?」
「楽しいだと? てめぇについてこれ以上に楽しいことがあんのかよ?」
楽しいことがこれ以上ない? そんなわけがないじゃん。面白いことは次から次にやってくるもの。でもね、でもそれは間違い。次から次にやってくる面白いことの下には、それに付随する地道な活動があってこそなのですョ。ハリケーンにそれを教えるのが、このあたし―――上条那美っ!
「それは、その無駄についた筋肉を活かしてもらわないと。どぉ? こっちからハリケーンに風を送ってみない?」
あたしの計画は完璧。
「……つまんねぇことしやがったら、筋トレ付き合えよな?」
「オケオケー。これで四人っと。さぁ、どうするどうなる? 後二人だよ……にっひっひ」
順調順調。これも全ては、君のためなんだから。覚悟しておいてよ。
「気持ち悪い悪いだな、おい」
「多少同意。でも、とりあえず、行きましょう。有美香も美紀も無事だそうよ」
「そっかよ。なら良かったぜ。おい、上条、さっさと案内しろよ」
「ひっひっひ。あ、ごめんごめん。ささ、こっちこっち」
これで役者が四人もこっちについた。まぁ二人は拉致ったまんまなんだけどサ。とにかく、このままで行けば、あたしに風は向いてくる。さぁ、始めようっ! 那美ちゃんの青春ストーリーの幕開けだよっ!
拝読、ありがとうございました。
なお、現在いくらか感想&評価を頂いていて、返信しないといけないことは理解しているのですが、想像以上に多くの方に評価を頂いて、返信することをすっかり忘れていたという、こちらの落ち度もあるのですが、徐々に返信は致しますので、今しばらくはお待ち下さい。
月末まで、アルファポリスのファンタジー賞の作品に力を込めたいので、ご理解の程をよろしくお願いします。
なお、次回更新作は、「ハウンと犬の解消記」です。予定日は19日。
ついでに、更新予定を書いておきます。(あくまで予定です)
22日「Full Cast Even」
26日「sai〜セントパールアカデミー〜」
30日「ライブラリアン」
で9月更新をしていきたいと思います。
まぁ、気分次第で別の作品を更新したり、連載開始したりするかもしれませんが、愛嬌ということで(笑