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一つ.青春を往くもの

小説と言うよりもライトもライトです。

随分三、四年前に書いた奴なので、ネタは古いですが気にせず、彼らの青春の始まりの目撃者になってください。

「んだよぉ、また一緒かよ」

 掲示板を前に吾妻(あがつま)武士が周囲から頭一つ分、肩二つ分ほど突出して、見上げる。後ろにいる学生は前が見えないだろうけど、武士は動くつもりはないみたいだ。

「これで六年連続だっけ? もう陰謀すら信じられそうだね」

 眼鏡をクイッと中指で上げつつ、光を反射させるのは、妹尾(せお)琢磨。

偶然だろうけど、中学に上がって以来ずっと同じクラスになるとなると、そう思えてくる。

「いいじゃねぇか。なっ、大樹?」

 一人何か嬉しそうに子供のような笑みを浮かべているのは、一ノ宮譲治。何故か僕に相槌を求めてくる。何が、なっ、なのか意味が分からない。

「う、うん。まぁ、皆一緒なら悪くないと思うけど」

 僕の言葉に、譲治が、だよなっ! と肩を組んでくる。良く分からないけど、皆と一緒なのは素直に嬉しかった。

「そう言えば、美紀ちゃんはどうだったんだろうね?」

 琢磨が二年のクラス替えの掲示板に目を向ける。一年から三年まで学園の桜門と呼ばれる校門付近に集まり、自分のクラスを確認する。

「よしっ、行ってみようぜ」

 どかどかと人ごみを掻き分け、いやむしろ、武士が先頭を行けば自ずと道が開いていくんだけど、その後を僕と譲治、琢磨がついていく。三年間いつもそうだけど、武士の後はいつも安全だった。守られている。そう言えばそうだけど、でもそれが安心出来る心地良さがあった。

「おらっ、道開けやがれっ!」

「きゃっ」やら「うおっ」やらの下級生の声が上がるが、武士はその中を堂々と歩いていく。琢磨と譲治は平然としているけど、僕としては少しだけ罪悪感もあった。

「武士さんっ!」

 恐れるように開いた道の先から、武士に勇猛に立ち向かうような一つの叱咤の声が轟く。

「おう、美紀。クラスはどうだったよ?」

 そんな声にも気にかけることのない、武士が片手を上げて声をかける。

「美紀ちゃん、怒ってるよね?」

「怒ってるな。でもいつものことだろ?」

 兄である譲治がしれっと他人事のように言う。

「武士が恐い顔してるからだよ。いきなり後輩を威圧してどうするのさ」

 上級生には喧嘩売ってるのか、とキレられ、下級生からはその図体と威圧的な物言いに恐れられる。それが武士なんだけど、やっぱり申し訳なさも感じる。

「全くです。いつも言っていますよね? 私の同級生たちにまで恐い態度を取らないで下さいと」

 両端の開いた道の先に立つ、全く物怖じしないロングヘアーを風に流している凛々しき少女。一ノ宮美紀。譲治の妹だ。

「お、おう。悪かったよ・・・・・・」

 美紀の鋭い瞳に武士がたじろぐ。女に手を上げない。それが武士のモットーとかで、美紀には逆らわない。

「それはそうと、美紀ちゃんはクラス、どうだった?」

 何事も無いように琢磨が訊ねる。

「あ、はい。ゆみちゃんと一緒でした」

「そうかそうか。そりゃ良かったな。一人じゃないなら兄ちゃん安心だ」

 ぽんぽんと譲治が美紀の頭に手を乗せる。絶対ゆみちゃんが誰かとか分かってない顔だ。もちろん僕らも知らないけど、嬉しそうな美紀の顔を見れば仲の良い友達なんだろうと思えた。それに譲治も何だかんだで美紀のことは気になっていたみたいだし。

「止めて下さい。私は子供じゃないんですから」

 だが、美紀はその手を恥ずかしそうに頭を振って払う。

「そう言う、兄さんたちはどうだったんですか?」

「また一緒だったよ」

 僕が笑って言うと、分かっていたように美紀が苦笑する。

「やっぱり兄さんたちはいつも一緒なんですね」

 だが、その笑みには呆れのほかにも、安心感もあるみたいだった。

「寮でも一緒で、学園でも同じってのは、どうかと思うんだけどね」

 僕らの通う学園は基本的に全寮制になっていた。入学初年は強制的に入寮となっているが、二、三年になると自宅通いも許可されるけど、僕らは寮に残っていた。譲治曰く、その方が遊べるじゃないか、とのことだった。もちろんそれだけが理由じゃないけど。

「いいじゃねぇか。んだよ? それとも大樹は俺たちと一緒じゃ嫌なのかよ?」

 あぁん? と高圧的に武士が僕を見る。脅しじゃないかと思うんだけど。

「寮でも同じ部屋の俺に比べると、お前らは楽だぞ」

「てめぇどうゆーことだよ?」

 譲治が応えると武士が喧嘩腰になる。三年間武士と譲治、僕と琢磨で部屋は隣同士。ほんとにずっと一緒だ。

「はい、そこまでですっ」

 ぴたっと、場に静寂が訪れる。美紀が手を鳴らして会話を断ち切る。

「人前でみっともない真似は止して下さい」

 美紀の一蹴で、武士が舌打ちしながらも、静かになる。

「さすがは我が妹。こいつらを止められるのはお前だけだ。お前には武士係りを任命しよう」

 譲治が美紀に武士係りを任命した。

「お断りします」

 だが、美紀は間髪無く拒否した。

「武士、振られたね?」

 眼鏡をクイッと上げながら、琢磨がポン、と肩に哀れみの手を置いた。

「何ぃ? 告白もしてねぇのに振られたのか、俺はぁぁっ!」

「うるさいよ、武士」

 朝から全く賑やかなんだから。本当に。

「それでは私は教室に行きます。兄さんたちも邪魔にならないうちに行って下さいね?」

 美紀が涼しい顔をして、一人先に校舎内に消えて行った。

「相変わらず愛想の無い妹だな」

「恥ずかしいだけじゃないの?」

 クールに見えるが、美紀は本当はあんなに冷たくはない。現に僕らのことを気遣っていた。ただ、人目が多いのが苦手なだけだ。

「俺らも行くか」

 その証拠に譲治は全く気にした様子もなく、身を翻すと先に歩いていく。

「あ、待ってよ、譲治」

 慌ててその後を追う僕と琢磨。

「あれ? 武士は?」

「あそこでトーテムポールになってる」

 琢磨が振り返った先に、美紀に振られたたことがショックだったのか、燃え尽きた武士が立ち尽くしていて苦笑するしかなかった。

「さて、今年から本格的に受験シーズン突入と言うわけだが・・・・・・」

 一年からもう見慣れた教師が僕らの担任になって、教壇でなにやら話して休み時間になった。

「そう言えば、譲治は卒業後どうするの?」

 今まで遊んでばかりで、卒業後の進路の話とかしたことが無かったと思う。うちの聖生学園は、名門ってほどじゃないからそれほど大したことはないけど、それでもそろそろ本格的に考えなければいけないのだと、教師の言葉に思った。

「俺か? そうだな。ま、ケセラセラだ」

 譲治が涼しい顔で言う。

「またそんな他人事みたいに・・・・・・」

 要するに、何も考えてないってことかな。譲治らしいけど。

「琢磨は?」

「僕かい? そうだね、とりあえずは実家に弟子入りかな」

「いいよなぁ、実家が店やってる奴はよ。将来継げば良いんだし」

 武士が、へっ、と鼻で笑いながら、恐らく寮から持ってきたんだろうけど、ダンベル両手に筋トレをしていた。教室まで持ってこなくても・・・・・・。

「筋肉しか能の無い武士には、分からないかもね。跡継ぎの悩みってのは」

 挑発するように琢磨が眼鏡を上げる。

「てめぇっ! 筋肉馬鹿にすんじゃねぇぞっ」

 ガタッと武士が立ち上がる。後の女子が迷惑そうに僕を見る。僕はただ頭を下げるしかない。

「筋肉だけあっても頭がないと勤まらないんだよ、仕事ってものは」

 使うのはここ、と琢磨が自分の頭をトントンと指す。

「おいおい、お前ら。騒ぐなっての」

 ぶちっと武士の中で何かが切れた音がしたが、それを譲治が宥める。僕には火のついた武士を止めることは出来ないから、譲治が止めてくれなければ、どうなっていたことか。

「頭と筋肉じゃ、ハンデあっても勝負しても結果は見えてるんだ。やめとけ」

 譲治の言う通りいくらハンデがあろうとも、喧嘩じゃ武士、頭脳戦では琢磨が勝つのは目に見えている。

「筋肉が頭に勝てるはずはないけどね」

 煽るように琢磨が武士を挑発する。

「てんめぇ、このヤローっ!」

 ぶんぶんと、ダンベルを勢い良く上下させる武士は、本当に怒っているのかいまいち分からない。

「まぁ待て、武士、琢磨」

 譲治が二人の合間に入る。

「んだよ、譲治。てめぇがやんのか?」

 クラスメイトもすっかり引いているが、譲治は二人の合間に平然として入っていた。

「俺がお前に勝てるはずないだろ。頭でも琢磨には勝てんからな」

 あっさりと白旗を挙げる譲治。僕は嫌な予感がした。物分りのいい譲治ほど、嫌な予感を感じないことはない。

「じゃあ、どうするんだい? このままじゃ武士が収まらないよ」

 琢磨が先を促す。

「そうだな、部活を作るか」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 武士も琢磨も固まった。

「え? 譲治、今何か言った?」

 あまりにも何か突拍子もない言葉が聞こえた気がする。しかも、だからってどこにも脈絡がなかったような。

「部活を作る」

 もう一度、譲治は言い切った。

「な、何で今更なんだい?」

 三年になれば部活は夏に終わる。その後は進学や就職に向けてのシーズンになる。にも拘らず、譲治は言った。部活を作るって。

「意味分かんねぇよ」

 武士も困惑してる。

「そうだよ。今から作ったって何するのさ?」

「青春だ」

 場が凍る。やっぱり嫌な予感がした。その通りになった。譲治が普通にするなんてありえないことなんて分かっていたけど、言葉が出ない。

「考えてもみろよ。無駄に筋肉つけて部活もしない武士に、無駄に頭良いくせに進学しようとしない琢磨。それに無駄に普通な大樹がいるのに、何もしない学生生活なんて、無駄だろ?」

「酷い言われようだな」

 それでも武士はダンベルを動かす手を止めない。

「僕にも色々悩みはあるんだけどね」

 琢磨はインフルエンザで受験失敗して、滑り止めで僕らと同じ学園に来た。

「どうしてかな? 普通って、なんだか一番傷つくよ」

 僕が一番ダメみたい。この中じゃ一番取り柄も無い普通だけど、改めて言われると凹むなぁ。

「だから部活をするぞ」

「ちょっと待て」

 武士が切り込む。

「何だ? 武士君。発言を認めよう」

 いつの間に議長になったのだろう。譲治が武士を指す。

「部活する意味がわからねぇ」

「青春だ」

 武士の問いに間髪なく返答する譲治。即答に武士が二の句が出てこないみたいだ。

「だから、その意味が分からないんだけど?」

 代わりに琢磨が譲治に問う。

「唐突なのはいつものことだけど、さすがに今回は、ちょっと・・・・・・」

 この時期になると進学校ではないこの学園でも、就職活動等に三年は忙しさを増していく。

「学生生活で一番重要なものは何だ? はい、武士君」

 譲治が武士に振る。武士は挙手も何もしていない。筋トレしてるだけだ。

「俺か? そうだなぁ、やっぱハッスルしねぇとな」

 ふんっふんっ、と武士が筋トレを続けている。正直暑苦しいと、武士の後ろの女子が見てくるが、僕には止められない。だが、譲治はその答えに満足げに頷く。

「じゃあ、琢磨君。発言を許可しよう」

 今度は琢磨に振る。

「挙手してないけどね。まぁ、学生の本分はやっぱり勉強じゃない?」

 琢磨の言葉にも、そうだな、と譲治が頷く。

「じゃあ、ついでに大樹」

 僕だけ君付けじゃないんだ。良いけどね、別に。ついででも。

「えっと、やっぱり部活、かな?」

 他に思い浮かぶのは遊びくらいしかなかった。

「それだっ!」

「うおっ! 何だ? いきなり」

 譲治の態度に武士が声をたじろぐ。

「そうだぜ、大樹。お前はやっぱりよく分かってる」

 ばんばんと両肩を叩いてくる。痛い。その上分からないんだけど。

「このまま行けば、俺たちは来年はバラバラになる。大学行く奴、働く奴。それは変なことじゃない。大人に成るにつれて、そうなることが当たり前になる。いつまでも子供じゃないんだ」

 譲治の言葉に、呆気に取られる僕たち。譲治の言葉に感化されているわけじゃない。僕らが感じているのは、もっと別のことだ。

「大人に成って、今のままダラダラと過ごしていつか家庭を持った時、自分の子供に自分の学生生活のことを、何も自慢も出来ないような大人に成りたいか?」

「いや、まぁ、なりたくはねぇけどよ」

「そうだね。さすがにそんな将来は嫌かな」

 そこは武士も琢磨も同じらしい。僕には正直良く分からない。

「だろ? あと一年。そうすれば俺たちは小中高の学生生活に幕を下ろすんだぜ? そんな中で、俺たちは何をしてきた?」

 誰にでもなく譲治が問う。

「遊びに勉強、かな?」

 部活はしてない。それは僕に限らず、三人もそうだ。学校が終われば遊び、寮でも遊んでいた。勉強もしたけど、確かに譲治の言う通り、ダラダラしてるのかもしれない。

「やり残したことのないように卒業するからこそ、俺たちは子供と言う概念の殻を抜け出し、大人へと成長していく。それは俺たちだけじゃない。全ての子供が破らなければならないことだ」

 難しい話をいまいち理解していない武士は呆然と混乱しているけど、琢磨は徐々に感化されつつあるみたいに、何度か頷いてる。

「思い残し、思い悩み、立ち止り、引きこもる。そんなみっともない大人になる人間は、学生生活の中で子供の殻を破ることが出来ず、そのまま閉じ込められたまま大人に成っちまった奴だ。だが、今の俺たちはまだ一年ある。殻に閉じこもろうが、あと一年で殻にヒビを入れればいいんだ」

「だから、部活?」

 意味が繋がらないけど、要は譲治は部活がしたいだけなのだろう。適当に言葉を羅列して、僕らが折れるのがいつものことなんだから。

「そうだ。勉強もした。遊びもした。だが俺たちには足りないものがある。それをしてこそ、俺たちは初めて子供から大人へと成長することが出来るんだ」

 そう言うと、部活をしてない人に失礼な気がしてくるのは、僕だけかな?

「それはそうと、何の部活すんだよ?」

 話を理解してない武士が、核心を突く。

「青春だ」

 また場が凍る。脈絡が無い。と言うか、漠然としすぎ。

「そうじゃなくて、部活の活動は何するの?」

 青春なんて活動は聞いたことないし。

「何度も聞き返すなよ。青春をするんだ」

 理解しろよ、と譲治が見てくるけど、無理だから。

「譲治が部活をしたいって事は分かったけど、青春の意味が分からないんだけど?」

 琢磨の言葉に僕も頷く。

「青春の意味も知らないのか? 頭良いくせに」

 譲治が、おいおい大丈夫か? と琢磨を見る。

「青春は、夢・野心に満ち、疲れを知らない若い時代のことを言うね。主に十代から二十代前半を指すことが多いようだけど」

 琢磨が博識を披露する。

「違うな、琢磨」

 チッチッチ、と譲治が指を振る。

「青春ってのはな、ハッスルすることだっ!」

 バン、と譲治が堂々と言った。クラスメイトの視線が集まる。二年から知っている人はともかく、初めて一緒にクラスになった人は引いてる。

「おぉっ、そうだったのかっ。つまり、譲治もハッスルしたいんだなっ」

 答えが分かった子供のように、武士が正気に戻る。

「そうだっ! 青春しなくて何が学生生活だっ!」

「はぁ、それで、ほんとにやるのかい?」

 琢磨が呆れながらも聞く。

「当然だっ! な、大樹っ?」

 キラッキラに輝いた少年の瞳を向けてくる。眩しいよ、譲治。

「・・・・・・うん、良いよ。付き合うよ」

 そう言うしかないじゃないか。そんな穢れの無い目をして、高校生活最後の年を青春しようって誘われたら、断れない。

「さすがは大樹だ。大好きだぜっ!」

 譲治に告白された。

「俺もだぜ、大樹っ」

 武士にも肩を組まれて、告白された。ちっとも嬉しくない。でも楽しいかもしれない。いつだってそうだったから。

「よしっ! やるぞっ、青春っ!」

「おうっ! ハッスルだぜっ!」

「う、うん」

「こうなれば、やるしかないね。手続きが通るかどうかは分からないけど」

 流されただけかもしれないけど、これが僕らなのだと思える。無茶苦茶に僕らを引張り回して、好き勝手にやる。それに一番に食いつくのが武士で、その過程で必要なことを陰ながら済ませるのが琢磨。そして流されて、その流れに心地良さを感じているのが僕。

 この学生生活最後の年の始まりの日。僕らは最後の足掻きにも似た、青春というものを探すために、堪能するために、部活動を立ち上げることを決意した。


「無駄です」

 僕らのあの決意から三時間。

「お前、兄を萎えさせるのがそんなに楽しいかぁっ?」

 美紀によって、いきなり挫折の壁にぶち当たった。

「違います。兄さんたちは部活動規則をご存知ですか?」

 譲治の妹、美紀が放課後食堂で僕たちが部活動を立ち上げるために作戦を練っている合間に、やって来た。寮生活になると門限もあり、余程のことがない限り僕たちは談話スペースか食堂、各部屋で時間を潰すことが多かった。敷地が学園内だから、学園で遊ぶことも多いけど。

「何だそりゃ? そんなもんがあんのか?」

 おやつ感覚でハンバーグを摘む武士が美紀を見る。夕食まではまだあるけど匂いが空腹にさせる。

「生徒手帳に書いてあるんだっけ?」

「はい。校則の中に部活動に関する規定が記されています」

「生徒手帳か。誰か持ってる?」

 琢磨が僕らを見る。

「ケツ拭く紙もねぇのに、んなもん持ってかよ。つか何だそれ? 俺もらってねぇぞ」

「いやいやいや。入学式の日に配られたじゃん」

 夕食じゃないはずなのに、ご飯までいつの間にか武士は片手にしていた。これはもうお菓子感覚じゃないと思うんだけど。

「俺も無いな。大樹、お前は?」

「え? あ、うん。あるよ」

 確かブレザーのポケットにあったはず。

「優等生のつもりか? いい子ぶりやがってよぉ。いい子だけどよぉ」

「生徒手帳くらいで、そんなわけないじゃん。ってか変に褒めるの止めてよ」

 武士の言葉遣いは慣れないと、ただ威圧しているようにしか聞こえないけど、僕らにとってはそれが普通だから、恐くない。

「第四十七条に規約が載ってるんですよ」

 美紀に言われて開いてみる。

「初めは同好会からなんだ?」

「部活じゃねぇのかよ?」

「一年以上の活動がないと、普通は昇格はないんだろうね」

 琢磨の言葉に頷く。部活動昇格は活動一年以上ないと申請出来ないらしい。

「同好会と部活ってよ、何が違うんだぁ?」

「知らん」

 自分から部活を作ると言いながら、譲治は何も知らないんだ。よくそれで言えるなぁとも思う。

「同好会は予算が出ないんじゃなかったっけ?」

 琢磨の言葉に美紀が頷く。琢磨は本当は全部知ってるんじゃないだろうか?

「じゃあ何だ? 同好会じゃ、予算負担は自腹か?」

 譲治が口を挟む。予算が無いことがそんなに大きいのだろうか。

「そうじゃないです。顧問会に申請して承認が得られれば予算は下ります」

「じゃあ無理だな」

「一体何しようとしてるのさ?」

 美紀の言葉に、即刻予算は無しだなと言う譲治。ほんとに何をしたいのか分からない。

「兄さんが何をしようとしているのかはともかく、同好会発足には他にも規約があるんです」

 活動内容が学園を代表して競技・発表することが前提であること。あるいは活動の成果を他の生徒に還元出来ること。顧問教師がいること。活動場所があること。五人以上の部員がいることが美紀の口から告げられた。

「競技か。筋トレ大会とかあるのか?」

 やる気満々の武士が言う。

「いやいや、そんな大会なんてないでしょ」

 それに大会とか出られる状態でもない。発足もしてないんだから。

「よし。分かった」

 譲治が立ち上がる。全員の視線が集まる。訪れるしばしの沈黙。それを味わうように譲治が息を吸い込んで、言った。

「同好会名はユースウォーカーズだっ!」

 まだ人気は少ない寮の食堂だけど静まり返る。夕食の支度をしているおばちゃんたちの声が遠くに聞こえる。

「へっ、格好良いじゃねぇかよ」

 武士が反応を待って固まってる譲治に鼻を鳴らす。いやいや、乗っちゃダメじゃないかな?

「あ、でも、三年だけじゃ発足出来ないみたいだよ?」

「受験生が現を抜かすことは学校側も許可しないだろうねぇ」

 最上級生のみの同好会発足は許可しないと書かれていた。

「なにぃぃぃ―――っ!」

「なんだとっ!?」

 武士と譲治が顔を近づけて生徒手帳を覗き込んでくる。二人して暑苦しい。

「近いって、二人とも」

 それを押し退ける。

「早速行き詰まりだね。どうする? 譲治」

 琢磨が一枚の紙切れをひらひらさせる。それは同好会発足申請要望書だった。

「よしっ! 美紀」

「嫌です」

 何も言ってないのに美紀が拒否する。まぁ、分からないでもないけど。

「私は何も聞いていないんですから、承認出来るわけ無いじゃないですか」

 全く以ってその通り。無茶苦茶な兄を持つと、妹はしっかり者になるんだなぁ。たぶんだけど。

「青春をする。それが俺たち、ユースウォーカーズの活動目標だ」

 譲治が美紀に言う。美紀が意味が分からないと首を捻る。

「ぶっちゃけ譲治は部活動として遊びたいだけなんだよ」

 琢磨が補足、もとい本音を話す。

「やっぱりですか。兄さんの言動は相変わらず突拍子も無いですね」

 テンションの高い兄に比べると、美紀は落ち着きすぎじゃないかと思う。

「兄さん」

 美紀が真剣な眼差しで、譲治を見る。

「何だ? 引き受けてくれるのか?」

「とにかく座って下さい」

 否定しない辺り、内容次第と言った所かもしれない。

「兄さん、良いですか。兄さんは今年でこの学園を卒業するんですよ? 来年からは進学だか就職だかは知りませんが、もう子供じゃないんです。お父さんもお母さんも心配していました。兄さんは大丈夫なのかと。私に聞いてくるんですから、真剣に心配されているんですよ?」

「俺はいつだって元気だろ?」

 譲治が何言ってるんだ? と美紀を見る。

「譲治、そういう事を聞きたいんじゃないよ」

「何? そうなのか?」

 僕の言葉に、譲治が首を傾げる。

「兄さんが元気なのは良いことだと思います。ですが、高校三年生にもなって、いつまでも遊びに真剣になり、将来のことや勉学に気を緩めているのは私としてもどうかと思います。そう言う意味で兄さんを心配しているんです」

「はい、すみません。反省してます」

 譲治に真っ向から説教出来るのは美紀くらいだ。僕らが諭したところで、譲治に言いくるめられてしまう。でも、今の譲治は反省の心はない。今までは親というものの目の届く範囲で僕らは遊んでいた。現を抜かしていようが、どれだけ馬鹿をしていようが、僕らが楽しければそれで良かった。

「・・・・・・お前は俺を置いて大人に成っちまったんだな・・・・・・」

 譲治が嘆くように遠い目で美紀を見る。

「昔のお前はもっと、俺たちと一緒に馬鹿やって騒ぐの大好きな妹だったのによ」

 それでも、人は歳を取り大人に成る。そうすると、これまでは守られていた責任を自分たちで追わなくてはならなくなる。その重さに耐えうるだけの力を身に付けるのが、僕らには今年が最後になるのかもしれない。

「兄さんが子供過ぎるだけです。大樹さんも、琢磨さんも現実をきちんと見ています」

「あれ? 俺呼ばれたか?」

 美紀の言葉に、武士が俺は? と見てくる。

「武士はそのままが良いんだよ、きっと」

 どちらかと言うと、武士も譲治寄りな気がする。

「おう、そっかそっか」

 褒めてるわけじゃないのに、武士は満足げだ。

「でも、兄さんはどうですか? 将来のことを真剣に考えたことはありますか?」

「ないな」

「即答しやがったこいつ・・・・・・」

 はぁ、と何度目かのため息を吐く。

「でもな美紀」

 泣き落としが失敗したのか、譲治が攻めに転じる。美紀も言い分を聞く余裕はあるようだ。

「俺は確かに子供だ。高三になってまで、まだ馬鹿をしようとしてるんだからな」

「自覚はあるんだ。ちょっとビックリしたよ」

 琢磨がそう言いながら、先ほど翳していた紙にペンを走らせていた。

「だけどな、これからはもう昔のように俺たちは馬鹿をやることも出来なくなるんだ」

 その言葉に、少しだけハッとした。初めて知ったわけじゃない。思い返したくなかったことを、一番聞きたくなかった人間から聞かされて、ショックだった。分かっているから、それを一番否定しているような人に言われると、その背中を追ってきた僕には、鋭い刃のように突き刺さる。

「俺はな、両親に心配掛けてることは知ってる。お前にも余計な気遣いさせていることもな。その点は申し訳なく思っている。これは一応マジな話だからな」

 いつになく神妙な表情の譲治に場が静まる。ただその横で、武士のハンバーグを食べる匂いだけが空腹を加速させる。場の雰囲気と空気は大事だと心から思った。

「私に関しては気にしないで下さい。私は私がしたいようにしているだけですので」

 攻めの美紀が、譲治が攻めに回るとフォローを入れるようになっていた。

「でも心配は要らない。俺は俺なりにちゃんと考えてるんだ」

「嘘だな」

「だね」

「外野、うるさいぞ」

 譲治の言葉を武士と琢磨が即刻否定する。仲間なのに信用が無いのは痛いな。

「別に多くを望むつもりはない。サラリーマンになってあくせくと働こうが構わない。だけどな、周囲に流されるみたいに就活をして、何の意味がある?」

「卒業後に仕事に就くためですね」

 僕らならきっと、そこで言葉が詰まる。でも美紀は、意義を即刻応える。

「皆がしているから俺もする。そんなただ流されるだけじゃ、そこに自分がいるか? いや、いないな。流れる水はそこに氷が流れてもいずれは水に呑まれるんだ」

 譲治が比喩を持ち出す。そう言われると、何となく言いたいことが分かる。

「でも、仕事が見つかれば、事は良いわけですよね」

 だが、決して流されず、切り込む美紀。さすがの譲治も苦戦しているようだ。

「やりたい仕事をものに出来るのは、ごく一部の方だけです。初めから楽しくて楽な仕事なんてありえません。仕事とは好きだからやるのではなく、やるから好きになるものじゃないですか? 長い年月をかけて、挫折の痛みを知り、乗り越えていくからこそ、立派なものを成し遂げられる仕事が出来るんです。違いますか?」

「いや、全く以ってその通りだな、うん。お前は実によく出来た妹だ」

「認めやがった・・・・・・」

 武士が唖然とする。琢磨も顔を上げる。

「攻めてるのか攻められてるのか良く分からないね・・・・・・」

 譲治はそれでも負けるつもりはないみたいだ。美紀と対峙する目に負けということを感じさせない。きっと、まだ何か秘策があるんだ。

「分かっていただけるのなら変なことを考えず、無事に卒業出来るように学生生活を送って下さい」

「美紀・・・・・・」

 冷たい言葉だが、兄を思うからこそ止めに入るのだろう。美紀は何だかんだで譲治を認めているし、譲治もそうだ。だから、譲治は美紀の言葉に感銘を受けたように美紀を見ているんだ。

「お願いしますっ!」

「・・・・・・はい?」

「は?」

「え?」

 諭し終わった美紀の言葉に、そう声が返る。やたらと大きな声だった。でも、僕らはその声には気が回らなかった。

「同好会をやらせて下さいっ! お願いしますっ! 部活やってみたいんですっ!」

「ええぇぇ―――っ!」

 つい叫んでしまった。何か仕出かすと思っていた譲治が仕出かした。

「に、兄さん・・・・・・?」

 突然のことに美紀も動揺している。

「ど、土下座っ!?」

「マジかよっ!? 譲治が土下座しやがった。初めて見たぜ・・・・・・」

 琢磨と武士もたまげている。

「学生最後なんだっ! 頼むっ! 兄ちゃんの一生のお願いだっ!」

 最後に仕出かした。譲治が、美紀に土下座した。下手な手を使ってくるよりも驚いた。と言うより、こんなことに一生のお願いを使うなんて・・・・・・。

「ちょっ、に、兄さんっ、分かりましたから、顔を上げてくださいっ!」

 思わぬことに、美紀が思わず口走る。周囲で何事かと視線が向けられるのに配慮したのだろう。

「あ〜、言っちゃった」

 琢磨が苦笑いを浮かべる。

「よしっ! 聞いたぞッ! 琢磨っ!」

「へっ? あ・・・・・・」

 美紀の言葉を聞いた途端、譲治が飛び上がる。ガチャンといくつかの椅子を蹴り上げたが、気にすることなく、琢磨を呼ぶ。

「書いてるよ。後は部長の承認だけ」

 琢磨が紙をひらひらを見せると、譲治がひったくる。

「さぁ、美紀。後はお前の署名だっ!」

「・・・・・・兄さんっ、私を騙しましたね?」

「おい、大樹、やべぇんじゃねぇのか?」

 騙しとしか取れない、譲治の行動に騙された美紀の周囲の空気が凍りつく。

 武士でも空気を読めたみたいだ。

「み、美紀、お、落ち着いて」

「大樹さん、私は落ち着いています」

 うん、凄く落ち着いている。恐いくらいに。

「ほら、美紀。ここにサインしろ。これでユースウォーカーズ発足だっ!」

 そんなことに気づかない譲治は、要望申請書を差し出す。

「別に譲治は悪気はないんだよ。ただ最後の年だから皆で後悔しないように思い出を残したいんだよ。ねっ、武士?」

「お、おうっ。美紀も堅苦しい生活よりも、ハッスルした方が絶対楽しいぞ」

 僕の意図を読み取ってくれたか、いまいち微妙な応えだけど、悪くはない。

「譲治の馬鹿に付き合うのも、きっとこれが最後になるだろうから、美紀ちゃんも巻かれようよ」

 琢磨が諦めを諭す。

「・・・・・・はぁ。仕方ないですね。兄さんは皆さんに囲まれて果報者ですよ」

 僕らに諭され、盛大なため息をつきながらも部員欄に代表者として、一ノ宮美紀の名前が記された。本当に譲治には甘いんだから。家族だからなんだろうけど。

「よしっ! これで後はどうするんだ?」

 よし、と意気込んだ割には、手続きの仕方も知らないとは。

「とりあえずこの活動目的の《青春を求める》と言うのは、却下です。活動場所も顧問教師も決まってないんですから、まだ提出は出来ません」

 何だかんだで、美紀は部長らしいかも。譲治に比べると比にならないと思う。

「そうだね、活動目的はより学生らしい生活を目指す。なんてのはどう?」

 琢磨が提案してくる。

「何だそれ?」

 武士が腕組みしている。

「文武士両道において、より学生らしさの向上を目指し、そのために活動するという名目にしておけば、譲治の言う青春とやらに繋がるんじゃない? 馬鹿をしても正当性は主張出来るかもよ」

「そうだな。じゃ、それで良いや」

 ものすっごい他人任せだ。

「譲治、言いだしっぺが何もしないのはどうかと思うよ?」

「目的はそれで良いとして、活動場所と、顧問教師が残ってますね」

「ちょっと待ってろ」

「譲治?」

 不意に譲治が席を立ち、食堂のおばちゃんたちの方へと行く。

「顧問教師はとりあえず、名前さえあれば良いんじゃねぇのか?」

「そうかもしれませんが、今の時期はもう大方の先生方は部活動の割り振りも済んでますから、引き受けて下さる先生が居るかどうかは、微妙ですね」

 小さく美紀が息を吐く。

「そんときゃ、俺が一発言わせりゃ問題ねぇだろ」

 武士がふんっ、と力こぶを披露する。

「だめだって。そんなことしたら、発足なんて出来ないよ」

「おう、待たせたな」

 譲治が戻ってくる。

「何しに行っていたんですか?」

「活動場所の許可を取ってきた。活動場所はここだ」

 譲治が食堂を指差す。

「え? マジか?」

「マジだ。この席はいつの間にか俺たちの指定席になってるからな。おばちゃんも許可してくれた」

 確かに譲治の言う通り、僕らの座っている端の席はどんなに混雑していようが、席が空いている。それは単に武士が恐れられていて、誰も近寄らないだけで、僕らは一度としてここを指定席にした覚えはない。けど、空いている以上は使わせてもらうのが、いつものこと。

「そうですか。では、顧問教師はどうしますか?」

 美紀が活動場所の欄に食堂と書きながら、最後の問題を持ち出す。

「しょうがない。後は僕に任せてくれるかい?」

 僕らは教師にはあまり面識はない。むしろ目をつけられることが多いくらいだ。

「良いんですか?」

「こう言う時の、ここがあるからね」

 琢磨が眼鏡を上げながら、武士を挑発するように頭を差す。

「んだてめぇっ、筋肉しか能の無い俺は目をつけられて、頭しか能の無いてめぇは先公に可愛がられてるってのか?」

「その通りだよ、武士。筋肉は使う用途が少ない分、こういう時は頭が役に立つんだよ」

「このヤローっ、やんのかっ、あぁっ?」

「二人とも落ち着いて。琢磨もいちいち挑発的にならないでよ」

 このままじゃ、発足も出来ない。

「大樹に言われたら仕方ないね。とりあえず、僕が話しに行くよ」

「私も一応部長ですから同行します」

「それじゃ、他は解散だっ!」

 最後だけ譲治が、いかにも自分の同好会のように振舞うが、名目上は美紀が部長だ。

「うっしっ! じゃあ、いつもの筋トレ行くかっ! 大樹」

「いや、いつもしてるみたいに言わないでよ。僕行かないし」

 筋トレなんてしたことない。いつものって武士はどんな筋トレしてるんだろう? 少し気になる。

「そか。じゃあ、気が向いたら来いよ。待ってんぜ」

「待たなくていいよ・・・・・・」

 話が終わると武士が先に立ち上がり、寮と学園の合間にある部活動生専用のトレーニングセンターに向かう。帰宅部の武士は普通は使用禁止なんだけど、

『帰宅部だって立派な部活だろうがよっ! 帰るのに頑張ってんだよっ!』

 のキレた一言で、今は誰も何も言わない。呆れられたんだろうけど、武士の筋肉を見て誰も口出し出来なかったんだろうなぁ。最上級生になった今は、恐いものなしになっちゃったし。

「それじゃ、俺はやることあるから、先帰るな」

 帰ると言っても、食堂は寮の一階にある。階段上がれば部屋になっているから、もう帰ってきてるのも同然。

「やること?」

「ま、色々とな」

 意味深な言葉を残し、譲治を見送る。もう部活のことでも考えているのかな?

「美紀は良かったの?」

 何だかんだで引き受けてくれはしたけど、本当の所はどうなんだろうか気になる。

「いつものことですよ。もう慣れてますから」

 美紀が笑う。その笑みは作り物じゃない。僕らが知っている美紀の笑みだった。

「もしかして、初めからその気だった?」

「どうでしょう?」

 また笑う。初めからそのつもりだったのかもしれない。

「でも、兄さんの言うことも確かですよね」

 コップの水を揺らしながら美紀が呟く。

「人見知りだった私を外に連れ出して、琢磨さん、大樹さん、武士さんと出会って、遊ぶようになって、無茶ばかりしてもう何年になるんでしょうね」

「十一年位になるんじゃないかな?」

 僕が譲治たちと出会ったのが、六歳くらいだった。

「そんなになりますかね。でも、あっという間ですよね、時間って」

「そうだね。子供だったのに、もうすぐ成人だもんね」

 十年なんて長いようであっという間だ。子供が大人になる。子犬も老犬になる。過ごしている間はとても長くとも、終わってしまえば短く感じる。時間は流れても感じ方は全然違う。

「だからなのかもしれません」

 美紀が僕を見る。大人しかった美紀が今はもうすっかり女性らしくなって、昔のようなあどけなさでもなく、凛々しい大人へと変貌していく姿に、年下なのにドキッとしてしまう。

「兄さんの言う通り、私たちが一緒に居られる時間は本当に今年が最後なのかもしれません。だから、きっと私も終わらせたくないんだと思います。今の私がここに居るのは、皆さんと過ごした思い出がおかげですから」

 そう言って美紀が懐かしい笑みを浮かべた。

「そっか。それを聞いたら譲治は喜ぶんじゃない?」

「良いんです。人を振り回してばかりの兄さんには、一生内緒にします」

 そう言って笑う美紀に僕は嬉しかった。このまま続けば良い。でも、そうなりはしない。それが分かっているから、最後だと心に決めている。僕にはまだ決心が出来ないけど、今はまだそれでも良いと思った。まだ一年あるから。

「でも、五人ギリギリで大丈夫かなぁ?」

「それなら、私に心当たりがあるんです」

 最低人数しかいなくても、条件を満たせば問題はないけど、五人だけの同好会は少しだけ物寂しい気もした。

「心当たり?」

「はいっ、夕食の時に連れてきても良いですよね?」

 美紀から誘いたいという子がいるのは意外だった。今までは美紀は後からついて来るって感じだったから、積極的に誘うということは、それだけ仲が良い子なのかもしれない。

「良いんじゃない? 部長は美紀だしね」

「あ、そう言えばそうでしたね」

 あはは、と美紀が笑う。普段は人との壁を感じさせるような、クールに振舞っているから、なかなか学園では見られない笑顔。やっぱり笑ってるほうが良いと思った。

「それじゃあ、私も話しに行ってきます」

 食堂のところで待つ琢磨の所へ美紀も歩いていった。


「と言うわけで、我らがユースウォーカーズ発足記念の夕食会を始めるっ!」

「乾杯だぁっ!」

「ふぁぁぁ〜っ、乾杯ですかぁ〜、楽しそうですぅ〜」

 夕食時、学食に再び集った僕ら。

「いや、普通の夕食だけどさ」

 何もおかしいことのない、普通の寮の夕食。譲治と武士のテンションが高いのは、今は致し方ないかもしれない。

「これだから馬鹿は。夕食くらい静かに出来ないのかい?」

 二人で盛り上がる譲治と武士に息を吐きながらも、満更でもない様子の琢磨。

「でも何とかなりそうだから良いんじゃない?」

「仮申請が通っただけですけどね」

 実の所はまだ発足していない。明日の顧問会に回されるという仮申請が通っただけだけど、部長の美紀と琢磨が上手くやってくれるだろうと言うことで、譲治はすっかり発足した気になっていた。

「これも普段の行いの賜物って奴だよ。頭は使いようだしね」

 自慢げに琢磨が言うが、今は大したことないように聞こえた。

「おい、お前らノッて来いよっ!」

 三人だけで盛り上がり、覚めた僕らに譲治が誘ってくる。

「そうだぜっ! これで筋肉部活が出来るんだからよっ!」

「ふぁ〜、意味分かりませんけど、楽しそうですぅっ!」

 ハイテンションな三人をさておき、僕と美紀と琢磨はいつも通りに夕食を摂っていた。

「ところで、お前、誰だ?」

「ふぁっ!? 今気づかれましたっ!?」

 ピタッと騒ぎが収まり、譲治が隣で一緒に騒いでいたツインテールの小柄な女の子を見る。

「どうりで大樹がいねぇのに盛り上がると思ったぜ」

「僕は盛り上げ担当じゃないよ・・・・・・」

 僕がいるのといないのでも、あんまり雰囲気は変わらないと思うけど。

「美紀、もしかして・・・・・・?」

「はい。私と同じクラスで同室のゆみちゃんです」

 やっぱり。美紀の言っていたのは、この子のことだったのか。妙にノリが良い子だ。あの譲治と武士のテンションについていってるなんて。

「何だ? このおチビが大樹の言ってた奴か?」

「僕じゃなくて、美紀だけどね」

「それで君、名前は?」

「はいっ! 安部有美香と申しますっ! 去年アメリカから帰ってきましたですですっ」

 そこまでは聞いてないけど、何となく背丈とテンションからどういう子なのか分かる気がする。

「なにっ!? あのアメリカだとっ!?」

 譲治が異様なほどに反応する。どのアメリカだろう。

「ふぁっ!? なんなんなんでしょうっ!?」

 ガシっと譲治が有美香の手を取る。

「俺はジョージ。俺のことはヘイ、ジョージと呼んでくれ」

「ジョージッ!? 外人なのですですかっ!?」

 アメリカ出身の有美香がバリバリ日本人の譲治に驚く。

「何なんだ? さっぱり意味が分からねぇ」

「奇遇だね。僕も状況が把握出来ないよ」

 武士と琢磨が呆気に取られる。

「どうせ、自分の名前がそれっぽいから、そう呼ばせたいだけでしょ?」

「ですね。ゆみちゃんは一応帰国子女ですから」

 外人相手ならまだしも、日本人相手にジョージと呼ばれて、譲治は嬉しいのかな?

「まぁ、これで部員は六人ってことか?」

「かもね。部長?」

 譲治と有美香は意味の分からない名前の呼び合いをしているから無視して、部長の美紀を見る。

「ゆみちゃんも楽しそうですから、良いですよね?」

「俺は構わねぇぜ。何か楽しそうだしな」

 武士はノリがいい奴なら誰でも良いんだろうな。

「あの譲治についていけるくらいだから、僕も構わないよ」

「そうだね。マスコットみたいで可愛げがあるし」

 僕らが頷くと、美紀も嬉しそうだった。発足する前にメンバーが一人増えたな。

「よしっ! 有美香っ!」

「はい、なんでしょうかっ!?」

「お前はユースウォーカーズのマスコットだっ!」

 ノリノリでテンションの高かった譲治が、ビシッと有美香に告げる。

「ふぁぁっ! マスコットですですかっ!? が、頑張りますですぅっ!」

 有美香と譲治が熱い握手を交わしていた。ちっこい体とツインテールが譲治と盛り上がっていると揺れて、犬が尻尾を大きく振っているようにも見えた。

「それはそうと、譲治。僕らはどんな活動するの?」

 同好会を立ち上げるのは良いけど、活動が青春なんて意味が分からない。

「そうだな、考えてなかった」

 ズダン、と譲治の隣に座っていた武士が椅子からこけた。

「何やってるのさ、武士。行儀悪いなぁ」

「だ、大丈夫ですですかっ!?」

 ふぁっ! と有美香の小さな体が驚いたのか跳ねる。

「兄さん、思いつきだけで同好会を立ち上げないで下さい」

 思いつきで立ち上げた同好会の部長にさせられた美紀が息を吐く。なんだか可哀想にも見える。

「なら、そういうお前らは何がしたいんだ?」

 巻き込んでおきながらどこか不機嫌に僕らに聞いてくる。どうして僕らが責められるんだろう?

「俺は筋トレ部活だな」

 武士が座りなおし、そう言う。

「却下。暑苦しい上に、そんなものするだけ無駄だ。役に立たん。一人でやってろ」

「なんで提案しただけでそこまで言われにゃならん――っ!」

「武士さん」

 頭を抱えている武士に小さな手が肩に添えられる。

「何だ? ゆみ公? 励ましてくれんのか?」

 ニコッと有美香が笑みを浮かべる。

「ドンマイ、ですですよっ!」

「うおぉぉっ! 俺はそこまで落ちぶれたのかぁぁ――っ!」

「何だかんだで、相性良いのかな?」

 いつもなら武士が一人叫んで終わりだけど、有美香が居るとさらに武士が叫んでる。

「ゆみちゃんも楽しそうですから、問題はないでしょう」

 確かに美紀の言う通り、もうすっかり馴染んでいるみたいだから、これで良いか。見てるこっちも何だかんだで楽しいし飽きない。

「はいはい、話が脱線してるよ」

「そうだったな。まぁとにかく、青春するぞ」

「兄さん、具体性が無さ過ぎます」

 夕食を摂りながら、僕らはまだ発足もしていないにも拘らず、最初の活動内容を話し合った。

「じゃあ、美紀、お前は何がしたい?」

「私ですか? 正直考えてませんでしたから、特にないですね」

 譲治の問いにあっさりと答える美紀。美紀の場合は僕らのお目付け役みたいなものだし、自分からそういう意見は言わないもんね。

「ん〜、じゃあアメリカン、お前は何がしたい?」

 譲治の問いに、誰も答えない。むしろ僕らは顔を見合わせた。

「おい、アメリカン?」

 誰か分からず、自分の夕食に箸を伸ばしている。

「無視か? 無視なのか? いきなり無視はないだろう? アメリカン」

 譲治が一人で喋っている。

「おい、有美香」

「ふぇぇっ!? 私ですですかぁっ!?」

 有美香が噴出す。

「わ、わたし、アメリカンですですかぁ?」

「マスコットには名前ありきだろ? だから、お前はアメリカン有美香だ。有美香アメリカンでも良いぞ。好きなのを選べ」

 譲治がさも当然のことのように言う。選択肢が少ないと思うんだけど。

「センスの欠片もねぇな」

「まんまだしね」

「兄さんですから」

 美紀の一言で全員が頷く。それもどうかと思うけど。

「何だ? アメリカンは嫌なのか?」

「女の子なんだからそんなあだ名は無しじゃない?」

 有美香を見ると、特に気にした様子はない。え、もしかして気に入った?

「ゆみちゃんに変なあだ名をつけないで下さい」

 有美香が言わないから美紀が代わりに言うと、譲治が腕を組む。

「よし。じゃあ担当を決めよう」

 場が凍る。

「悪ぃ、譲治。良く聞こえなかったぜ。もう一回言ってくれ」

 武士が自分の耳を穿る。

「担当を決める。それがユースウォーカーズ最初の青春だ」

 譲治以外が呆然と固まる。

「担当、ですですかぁ?」

 いつもの突拍子の無い譲治の発言に固まる僕らを他所に、それを理解していない有美香が小首を傾げる。

「お前はマスコット担当だ。アメリカン有美香」

「あいあいさーっ!」

 有美香はノリノリだ。良いのかな? 

「それさっき言ったよな?」

「本人も納得しているし良いんじゃない?」

 武士と琢磨は賛成しているみたいだ。本人が一番ノリノリだから、僕から言うことはないかな。

「次に武士」

「おう」

 譲治に呼ばれ、武士が腕を組んで構える。無駄に格好良さを出してるけど、正直暑苦しいだけな気がする。

「愛される馬鹿担当だ。筋馬鹿武士」

 なにか愛称みたいなのも付けられてる。何だろ、一体。

「馬鹿だとぅ?」

 筋肉を馬鹿にすんじゃねぇぞ、と譲治を睨む。突っ込み所が間違ってると思うんだけど。

「いいか、世の中には三種類の人間がいる。愛される馬鹿と愛されない馬鹿、そして普通だ」

 格好良い台詞でも言ったように、譲治がポーズを取る。全然格好良くないんだけど。

「どれだけ馬鹿をやっても相手にされる。それは愛される証だ。でもな、そうじゃない馬鹿もいる。そいつはどれだけ馬鹿をやっても、ただ馬鹿にされるだけの馬鹿だ」

 僕らは揃って首を捻る。所詮は馬鹿だって言っているようにしか聞こえない。

「結局馬鹿なんじゃねぇかよ」

 それが良いんじゃないか。と譲治が言う。理解に苦しむ。

「お前の馬鹿は周りを幸せにする。相手にされないよりマシだろ?」

 武士が唸ってる。理解しかねているみたいだ。

「それにお前は筋肉もある」

「お? これか?」

 グッと腕を曲げ力瘤を見せる。

「ああ。筋肉は素晴らしい。無駄に役に立つし、荷物運びにはもってこいだ」

「ただのパシリじゃねぇかっ!」

 嘆いても反論はしない武士。それで良いんだ?

「次に琢磨」

「うん?」

 味噌汁を啜って、眼鏡が白く曇っている琢磨が顔を上げる。

「お前は眼鏡っ子担当だ。愛称は眼鏡イン琢磨だ」

 何それっ? メイドインジャパンみたいだし。

「ぶっ!」

 口に含んだ味噌汁を噴出す琢磨。

「うをっ、汚ぇぞっ! こらっ」 

 正面に座っていた武士に味噌汁がかかって琢磨が咽てる。

 琢磨の言いたいことは分かる。美紀も頷いてる。

「武士は筋肉で、僕は頭脳とかじゃないわけ?」

「ツッコム所間違ってない?」

 そこにつっこむんだ? もっと別のことを気にするべきじゃないかな。

「大体考えてみろよ。俺たちの中に眼鏡はお前だけだ。お前が眼鏡担当にならないで誰がなる? 頭脳なら美紀も悪くないだろ? お前にしかない特徴だろ、それ」

「うっ・・・・・・」

 琢磨が詰まる。詰まる必要あるのかな。

「眼鏡は良いぞ。眼鏡を外した顔に、普段とは違う表情にときめく腐女子もいる。それに光を反射させて、無駄に頭が良いように見えるだろ? お前にしか出来ないんだぞ?」

 妙な説得に琢磨が聞き入る。でも腐女子って限定してる時点でおかしな話だよね?

「・・・・・・そうだね、ここは僕しかいないね」

 懐柔されたっ!?

「よしっ、琢磨は眼鏡っ子担当だな。それで次は、美紀、お前だな」

「必要ありません」

 きっぱりと美紀が拒否する。まぁ普通はそうだよね。まんまの担当なんて欲しくないし。

「遠慮するなって。お前も担当があったほうが良いだろ?」

「私は部長にさせられたんですから、担当は部長だけで十分です」

「それもそうだね。無理やり部長させちゃったんだし」

「いや、ダメだっ!」 

「っ!」

 譲治の力強い言葉に、美紀がビクッとなる。

「お前は分かってない。部長なんてものは得てして誰でもなれるものだ。けどな、担当は自分にしか出来ない特別な役割なんだぞ」

 らしいことを力説する譲治。きっと僕ならそのまま流される。

「では、そう言う兄さんは何担当なんですか?」

 だが、美紀は流されない。それに加え、攻撃に転じてくるやり手だ。

「まぁ譲治は無茶苦茶担当じゃねぇか?」

 武士が譲治を見ながら言う。

「だね。リーダー気質もあるけど、ユースウォーカーズの部長は美紀ちゃんだし」

「ヘイ、ジョージっ! 無茶苦茶ですですかっ?」

「覚えてたんだ、そう呼べって言われてること」

 有美香が律儀に譲治を英語読みで呼ぶ。

「兄さんには相応しいかもしれませんね」

 美紀が涼しい顔で、それが良いと頷く。

「よし分かった。俺は無茶苦茶担当で良いだろう。愛称は譲治無茶苦茶だ。だから美紀、お前にも担当の称号を授ける」

 譲治無茶苦茶って、掛詞なのかな?

「うっ・・・・・・・」

 覚えてたんですね・・・・・・、と美紀の表情が曇る。

「お前は、クーデレ担当だっ! 美紀クーデレだ」

 ビシィッと譲治が美紀を指差す。ミス・クーデレって一瞬聞こえた。

 美紀が固まる。というか、反応に困ってる。その言葉の意味を理解してないみたいだ。

「ねぇ、琢磨。クーデレって何?」

 僕も知らない。僕が聞くと、譲治以外全員も琢磨を見る。言うだけ言った譲治は何事も無かったのように席に座って夕食の続きをする。何かシュールだ。

「クーデレって言うのは、俗説は多々あるけど、一般的には素直クールの意味が浸透してきてるね」

「素直クールって何だよ?」

 武士が?を浮かばせている。もちろん僕らも同じだった。

「簡単に言うと普段はクールに振舞っていても、好きな人や親しい人の前では素直に甘えるって事だよ。元々は素直って言うよりも普段は人前では冷たい態度を取っていて、好きな人といる時は甘えん坊、つまりはデレデレになるってことだよ」

 一人語りをする琢磨に、場が引いた。若干僕らの心の距離が遠くなった気もしないでもない。

「・・・・・・琢磨、良く知ってるね、そんなこと」

「ん? まぁ、雑学の一般として知識に入れてるだけだよ」

 美紀が一番引いてる。分からないでもないかも。

「美紀ちゃんはクーデレさんなのですですかぁ?」

 何も不思議にも変にも感じていない有美香が美紀を見る。

「兄さんが勝手に言ってるだけだから、ゆみちゃんは気にしないで」

「いや、やっぱりお前はクーデレの素質があるな。な、大樹?」

「僕に同意を求めないでよ」

 答えづらいじゃん、本人の前じゃ。と言うか分からないよ。

「それじゃあ、最後は大樹だね?」

「そういや、お前にはまだついてねぇな」

 琢磨と武士が僕を見てくる。

「え? 僕も?」

「大樹さん、私も付けられたんです。諦めましょう」

 譲治がじっと僕を見ている。真剣な表情は男から見ても格好良さがある。

「そうだな、大樹には格好良い称号が良いな」

「いや、そんな心遣いいらないから・・・・・・」

 譲治がじっと僕を見る。皆も譲治の言葉を待ってる。

「大樹、お前は普通ツッコミ担当だ。大樹平凡」

「格好良くも何もないじゃんっ」

 どこが格好良いのさっ。大樹平凡って何? 何か四字熟語みたいだし。

「大樹はたいした取り柄もないし、俺たちの馬鹿騒ぎにツッコミを入れることくらいしかすることないからな。うん、それでいい」

 譲治が一人で何かに納得して頷いている。

「・・・・・・まぁ、大樹には似合ってんじゃねぇ?」

 武士が微妙な表情で頷く。って言うか、僕を見て言ってよ。

「普通が一番なんだよ、大樹」

「ドンマイ、ですよ。大樹さん」

「はは・・・・・・もう、良いよ。分かったよ・・・・・・」

 皆に言われると、普通がとてもみっともなく感じるのはどうしてだろう? 何故か哀しいよ。

「よしっ! これでユースウォーカーズのそれぞれの担当が決まったわけだなっ、うん」

 譲治が一人満足げに頷いている。

「てめぇが勝手に決めただけだろうがよ」

 結局は譲治が満足するために、僕らが振り回されるための部活動もとい同好会が、僕らユースウォーカーズなのだろう。そうはっきりと認識できた夕食になった。


「それにしても有美香ちゃんって、ノリがいいね。あの譲治と渡り合える女子がいるとはね」

 知ってる限り、一人だけだと思ってたけど、まさか他にもいたなんて。

「そうだね。でも美紀が楽しそうにしていたから、悪い子じゃないんじゃない?」

 夕食後、僕らは部屋に戻った。僕の部屋は二人部屋で、琢磨と同室。譲治が武士と同室で、僕らは学園でも寮でもあまり離れてはいなかった。

「何だかんだで有美香ちゃんも楽しんでるし」

 部屋に戻ると、僕らはそれぞれの机で宿題をしていた。両端に二段ベッドと机が分かれて置かれていて、部屋の中央にはコタツテーブルがあるけど、結構質素。でも落ち着く部屋だ。

「譲治はどうしていまさら部活なんてしようと思ったんだろ? やるなら去年だって出来たのに」

 青春をするとは言っていたけど、譲治のことだ。きっと去年も思ったことがあったはず。いきなり言い出すには少し僕の中では不思議だった。

「何かある。そう大樹は思うのかい?」

「別に疑うわけじゃないけど、譲治にしては突発過ぎる気がしてさ」

 僕の言葉に、琢磨がふ〜ん、鼻を鳴らす。

「きっと、譲治も感じてるんだよ」

 琢磨が机に向かったまま、声だけを僕に向ける。

「譲治だって、僕らがいるからああやって馬鹿やってるんだ。大樹は僕らと出会う前のことは知らないだろ?」

 琢磨の言葉に首を傾げる。僕が譲治に出会った頃には、まだ美紀はいなかった。いたのは譲治と琢磨の二人だった。

「譲治は今でもそうだけど、元々は美紀ちゃんを外に連れ出すために、騒ぎを起こしてたんだ。それは知ってるだろ?」

「うん、昔の美紀は今以上に人見知りだったけど」

 昔のことは覚えてる。僕が譲治と琢磨と遊んでいると、ある日譲治の後ろに隠れてなかなか口を開こうとしない女の子がいた。それが美紀で、その後時間をかけて仲良くなって、美紀も笑ってくれるようになって、その後に引越しをしてきた武士が仲間になった。

「でも、それは少しばかり違うんだよ」

「え?」

 僕を横目に無ながら眼鏡を上げる琢磨。その仕草も眼鏡担当の定めなのかもしれない。

「あいつが馬鹿をするようになったのは、僕がそう仕向けたからなんだ」

「そうなの?」

 意外な事実に少し驚いた。

「僕が譲治に引き込まれたんじゃなくて、僕が譲治を引き込んだんだ」

 懐かしそうに琢磨が顔を上げる。

「今じゃ譲治の方が上にいるけど、出会った当初は美紀ちゃんみたいに、と言うよりももっと酷かったからね」

 琢磨の口から出てくる言葉は、初耳ばかりで意外だった。

「大樹は、一ノ宮兄妹の家のことは大体知ってるだろ?」

「うん、まぁ・・・・・・」

 今は里親に引き取られ満足に生活してるけど、譲治と美紀には本当の両親がいない。いや、いた。

「僕が出会った頃の譲治は、美紀ちゃんを守るために虐待を受けてたんだよ。初めて会った時の譲治の顔には驚いたね。青あざにたんこぶ、擦り傷は見るに耐えなかったからね」

 今だから琢磨は僕に笑いかけながら話しているけど、僕は笑えなかった。

「美紀ちゃんが今もどこか他人と距離を作ってるのは、その時の影響なんだろう。だから譲治は自分が馬鹿をして、美紀ちゃんが笑っていられるように振舞ってる。僕がそうすれば良いんじゃないかって、提案して、今の状態になってるんだよ。元々二人とも恐がりな兄妹なんだよ」

 結果としては僕が引き起こしたもんだよね、と琢磨が笑う。でも、譲治がそんなことを考えていたのは初耳だった。少しだけ、僕と似た境遇だったんだ。

「大樹」

「へ? 何?」

 少し沈んでいたのか、琢磨に呼ばれてハッとした。

「もう昔のことだ。今は譲治も美紀ちゃんも幸せに暮らしてる。思い悩む顔をするものじゃないよ」

「あ、うん・・・・・・」

 僕が譲治と琢磨と出会う前にそんなことがあったなんて思いもしなかったから、驚いた。

「大樹はいつも無茶苦茶な譲治しか知らないしから、いつもの振り回され役のままでいれば良いんだよ。それを譲治も望んでるんだから、さ」

「それはそれで、なんか嫌だなぁ」

 ははは、と二人して笑う。

「でも、譲治が美紀ちゃんの為に始めたことが、未だにこうして僕らを繋いでいる。美紀ちゃんもすっかり大人になったけど、こうして部長を引き受けてくれる。それだけ美紀ちゃんにとっても、譲治の仕出かしたことは心を占めてるんだよ。不思議なものだね、友情って言うのは」

 飽きもせず、高校に上がっても誰一人として離れることなく、一緒にいる。確かに考えれば不思議なものだ。

「でも、それだけ僕らの絆が強いってことじゃないかな?」

「・・・・・・・・・」

 僕の言葉に、琢磨が呆気に取られる。

「琢磨?」

「あははははっ」

「え? た、琢磨?」

 しばらく僕を見つめていた琢磨が、いきなり笑い出した。

「はははっ・・・・・・、ごめんごめん。大樹の言う通りかも。僕らがこうしてつるんでいられるのも」

 眼鏡を外し、レンズを拭き始める琢磨。その顔は笑っていた。おかしそうに。

「でもね、大樹。少しだけ違うこともあるんだよ」

 少しだけ真面目な顔で琢磨が見る。

「僕らがこうして未だに一緒にいるのは、大樹がいるからってのもあるんだよ」

「僕?」

 そう言うと、琢磨が頷く。

「何で?」

 僕がいるから、皆が一緒にいるってこと? 意味がよく分からない。

「譲治は美紀ちゃんのため、僕は譲二のために動いた。でも今は違う。武士だってきっとそうだよ」

 一人で笑う琢磨。全く意味が分からない。

「まぁ、今は分からないままでも良いんじゃないかな。大樹は大樹のままでいるから、僕らはいつだって馬鹿をやるんだよ。単に楽しいからってのもあるんだろうけどね」

 言ってる意味が全く分からない。

「要は、僕らは一人じゃないってことさ」

 レンズを拭き終えた琢磨が再び眼鏡をかける。

「おーい、邪魔するぜぇ」

「よっ、遊びに来たぞ、大樹、琢磨」

 その瞬間ドアが開かれ、武士と譲治が入ってきた。

「ほら、こうして二人とも来るだろ?」

 琢磨がおかしそうに笑う。

「なんだぁ? 何か楽しいことでもしてやがったのかよ?」

「何っ!? 俺を差し置いて遊んでたのか、お前ら」

 そんなことをまるで知らない武士と譲治が、俺たちも混ぜろと言ってくる。その様子に琢磨が笑っていた。

「宿題の途中だっただけだよ。武士もやるかい?」

「宿題? んなもんあったか?」

「俺はとっくに済ませたけどな」

「何っ!? 譲治、てめぇいつの間にっ! おいっ、大樹、俺にもいつものをっ」

「何その常連っぷり。宿題くらい自分でやりなよ」

「うおぉ―――っ! 宿題なんてくそ喰らえだぁっ」

 いつしか、僕らは集まっていた。そして、その中で僕が笑い、武士が笑い、譲治が笑う。そして琢磨も笑う。琢磨の言っていたことは良く分からないけど、こうして集まれる親友がいることが嬉しかった。そして、はっきりしないものが僕の中に燻ってもいた。


翌日、僕らはいつものように学食で美紀と合流し、ユースウォーカーズ新メンバーである有美香と合流した。

「さて、今日はいよいよ顧問会だけど、美紀ちゃんは大丈夫かい?」

 琢磨がトーストをかじりながら美紀を見る。

「はい。私は問題ありません」

「ん? なんか引っかかる言い方じゃねぇか?」

 ガッツリと大盛りご飯で、見ているこっちがお腹いっぱいになる朝食を摂っている武士。

「ふぇ? 問題ありありなのですですか?」

 ツインテールを揺らし有美香が美紀を見る。

「あー、そう言えば、問題はあるかもね」

 思い当たることがあった。僕が何を考えてるのか分かっているように美紀が小さく頷く。

「何だ? 大樹、思い当たるのがあるのか?」

 譲治も気づいてないみたいだ。

「兄さんは、ご自分がこの学園でどういう風に見られているのか知らないんですか?」

 呆れ気味に美紀が言い放つ。

「譲治に限らず、武士も有名だからね・・・・・・」

 悪い意味でも、良い意味でも。

「お? 俺ってば有名なのか?」

 気づいていないんだ。ある意味凄いな武士って。

「譲治は無茶苦茶し過ぎ。武士はまぁ言わなくても分かるか」

 琢磨の言葉に、僕と美紀が呆笑する。

 入学式だったかな。今思えば、それが原因で僕らは目をつけられやすくなったんだよね。

「ふぁ? 何かあったんですですか?」

 何も知らない有美香が首を傾げる。

「そう言えば、有美香ちゃんも美紀ちゃんも入学してなかったんだね」

「あー・・・・・・、あぁ、あの時か、なるほどな」

 その反応、絶対分かってないね、武士。

「何だ? もしかして入学式のあれがきっかけだったか?」

 譲治が不思議そうに言うけど、僕らにはあれだけ刺激的な入学式は忘れられないけどね。あのおかげで、僕らは今だに目をつけられることもあるし。


『えー、新入生の皆さん。この度はご入学おめでとうございます。中学校を卒業した皆さんには、これからの三年間を我が聖生学園で過ごしてもらうわけですが・・・・・・』

 長い学園長の祝辞。どこに言っても変わらない春の風物詩のようなもの。もう慣れてきた。

『ったく、私立だってのに、校長の話は長いんだな、飽きてきた』

 これも何かの縁なのか、腐れ縁なのか僕の前には譲治がいる。苗字が一ノ宮だけに譲治は幼稚園から常に先頭に立つ。そして、その後に僕。いつもは四番とかが多いけど、今年は二番。ア行が譲治一人で、片桐大樹、つまり僕が次になった。

『ダメだって譲治。もっとシャンとしないと』

 目の前の壇上で学園長が祝辞を述べているのに、譲治は面倒臭そうに耳を穿る。

『それより、武士はどこいるんだ?』

 先頭に立ちながら平然と振り返り僕を見る譲治。高校生にまでなってその子供らしさは問題ありかもしれない。担任が遠くから鋭い視線を僕らに向けている。

『まだ来てないみたいだけど・・・・・・』

 入学式初日に遅刻って、何考えてるんだろう武士は。クラス掲示の時は同じクラスだったけど、今朝からずっと姿を見てない。同寮室の譲治も知らないみたいだし。

『我が校は生徒の自主性を重んじており、これからの君たちの成長に期待しています』

 うんたらと学園長が祝辞を述べている最中でも、譲治は耳を穿ったり欠伸をしたりと好き勝手だ。担任の視線が痛いのに、全く気にかけてない。

『生徒の自主性だとよ。どうせ、何をするにも教師の確認が要るんじゃ、自主性もあったもんじゃねぇよな? な、大樹?』

 聞いてないようで、一応聞いてるんだ。ちょっと驚いた。

『声が大きいって。聞こえちゃうってば』

 学園長が咳き払いした。多分聞こえたんだろうなぁ。横目を向けると担任が物凄く怒ってる。

 ―――バンッ!

『ここかああぁぁぁ―――っ!』

 学園長が再び放そうとした瞬間、後方の講堂のドアが大きな音を立てて開かれ、聞き慣れた声が大きく響き、一瞬ざわついたがすぐに教師が静める。

『ってうおっ! 何だこりゃっ!? めちゃめちゃでけぇな、おい』

 学園町の祝辞が止まった。代わりにざわつきガ講堂に響き始めた。

『武士っ!?』

 振り返ると、講堂の広さに驚いている武士がいた。

『って、俺ぁどこ行きゃ良いんだ?』

 ポツンと、武士が扇状になっている講堂の出入り口で周囲を見下ろす。学園長以上に目立ってる。

『うぉぉいっ、譲治っ! 大樹っ! どこいんだよっ?』

『ぶっ!』 

 噴出してしまった。全く場の空気を呼んでいない武士が、大声で僕と譲治の名前を連呼する。

『こらっ! そこのお前っ、静かにしないかっ!』

『うおっ!? 何だてめぇ。やんのかこらぁ?』

 駆けつけた教員が沈めようとするが、武士が掴んできた教員の腕を払う。講堂内が、ざわつく。

『おーいっ! 武士っ! こっちだ、こっちっ!』

『な、何だね君はっ!?』

 学園長の戸惑いの声が構内に響く。

『じょ、譲治っ?』

 ざわつく中で僕は壇上に目を取られた。ほんの数秒前まで僕の前に立っていた譲治が、いつのまに壇上で祝辞を述べていた学園長の隣にいた。しかも武士に向かってマイク越しに呼んでるし。

『おうっ。そこにいたのかよっ、ったく、探したぜ』

 教員の手を振り払うと、ドカドカと武士がこっちに向かってくる。

『いや〜、見晴らし良いなぁ、ここ。気分良いぜ。おいっ、大樹、お前も来いよ』

『ちょっと待て譲治っ! 大樹は呼んで俺はガン無視かぁ!』

 僕を呼ぶ譲治に、後方から武士が声を上げる。

『お前は十分に目立っただろ? 大樹を目立たせないでどうするんだ?』

『おっ、そりゃそうだな。おいっ大樹っ、壇上上がって顔見せろよっ! 今ならモテモテだぜ? って、モテるんなら俺も上がりてぇぇ―――っ!』

『お前はダメだ。暑苦しいからな。そこで大人しく見上げるんだな』

『うああぁぁ・・・・・・・』

 もう、どうしようもない。担任は駆けてくるし、学園長は入学式を乱されて、呆然としているし、譲治も武士も無茶苦茶だし、僕まで巻き込もうとしてるよ。

『こらっ! お前たちっ!』

 教師の怒声に、生徒のざわつきや囃し立てる声もある。

『二人とも、無茶苦茶だよ・・・・・・』

 頭を抱えるしか僕には出来なかった。

『あーぁ、いきなりやってくれたなぁ、あの二人は』

 大樹の数人後ろで静かに眼鏡を上げる琢磨が呟いて、他人のフリをしていた。

 

「ふぇぇ、そんなことがあったのですですかぁ〜」

 有美香が感嘆にも似た声を漏らす。

「いやぁ、あの時ばかりは他人のフリしか出来なかったねぇ」

「僕もそうしたかったよ・・・・・・」

 呑気に笑う琢磨が羨ましい。何もしてないのに巻き込まれた僕の立場って一体何だったんだろう。

「でもよぉ、このくそ広い学園内で場所くらいちゃんと教えとけってんだよな。筋トレして戻ってきたら、だ〜れもいねぇんだもんな。ワープリープした気分だったぜ」

「ワープもリープも似た意味だから、ドッチか一つにしときなよ。ちなみに講堂までの道のりはちゃんと表示されてたよ」

 ボケなのか天然なのか、武士の言葉にきちんと反応する琢磨。一人害を受けてないからこの話も笑い話だ。僕にしてみれば笑い話じゃ済まなかったんだけど。

「その後は、大丈夫だったですですか?」

 有美香が興味津々に聞いてくる。

「入学当初なのに、一週間の自宅謹慎処分だったの。大樹さんにはとんだ迷惑をおかけしました」

 美紀が事情を知ってからぺこぺこと頭を下げてに来たけど、また下げてくる。

「いやいや、もう済んだことだし、気にしないで」

 何もしてない僕まで謹慎だったのは、今じゃ思い出の一つだ。初めてそんな厳罰を受けたのは、ある意味良い経験だったかもしれないし。

「そうだぞ。過去ばかり見ても前は見えないからな」

 自分の責任でもあるのに、譲治はまた他人事のように言う。

「兄さんは前を向き過ぎです。無関係な人を巻き込まないで下さい」

 美紀が冷たく言い放つが、譲治には日常のことなのか全く堪えていない。

「ふぁぁ、皆さん面白い人ばかりなのですですねぇ」

 今の話が面白い、か。聞く人にはそう聞こえるんだろうな。

「何言ってる、有美香。お前ももうその一因になったんだからな。何かあったら、お前もこうなるんだぞ」

「ふぇぇぇっ!? そうなのですですかっ!?」

 こっちがびっくりするくらい有美香驚く。

「たりめぇだ。騒いでなんぼが俺たちだからなっ!」

 口端にご飯粒をつけながら武士が有美香に言う。

「ユースウォーカーズ万歳だっ!」

「おうっ! 俺たち最高だぜっ!」

 譲治と武士が朝からハイテンションに盛り上がる。他の寮生たちは見慣れた光景に、風景の一部をしているようだ。僕もその中に混ざらせて欲しいかも。

「はいですっ! ゆーすうをーかーず万歳ですぅっ!」

 有美香までノリノリになっている。

「やれやれ。朝から元気だね、三人とも」

 僕らがうるさいとか騒がしいとか言われているのは知ってる。美紀も琢磨もそれを知っているから、余計な騒ぎには加わらず、傍らで見守っている。でも、僕はそれが結構心地良かった。こんな年になっても無茶苦茶出来る友達がいるのは僕の心を支えてくれるから。恥ずかしいけど。

「今日は頑張ってね、美紀、琢磨」

 でもまだ僕らの部活は始まってない。今日の顧問会次第だから。

 放課後僕らは集まり、美紀と琢磨が出てくるのを今か今かと待っていた。

「すみません。ダメでした」

「なんだとっ!? 何が悪ぃってんだっ!」

「琢磨。お前もついていてダメってどういうことだ?」

 職員室の隣の会議室から出てきた美紀と琢磨を見て、武士と譲治が詰め寄る。すっかり乗り気だった有美香も、ショックなのかツインテールが下がって見える。

「僕と美紀の話は完璧だったよ。初めは部会担当の先生たちも全員乗り気じゃなかったんだよ」

「はい、何とか半数の先生方には了承を受けたのですが・・・・・・」

「普段が普段だからね、なかなか信用を得るのは難しいってことさ」

 さすがの美紀も若干憔悴して見える。頑張ったんだろうなとは素直に思う。何だかんだで楽しみにしたからショックなんだろうな。

「うっし。俺が言ってきてやる」

 武士がふん、と腕巻きをしつつ意気込みながら会議室の扉に手をかける。

「だ、ダメだよ武士」

 慌てて止める。

「離せ、大樹。口でもダメなら後は筋肉しかねぇだろうが」

「力じゃ何も解決出来ないって」

「そうです。大樹さんの言う通りですよ、武士さん」

 乗り込もうとするのを僕と美紀で止める。

「美紀ぃ、どうしてダメダメだったのでしょう・・・・・・?」

 有美香が美紀を見る。楽しみにしてたんだろうな。有美香がシュンとしてる。

「結果としては認められないってことだけど、はっきりと却下されたわけじゃないの」

「お? どういう意味だ?」

 譲治が美紀を見る。

「部員に武士がいなければ、すんなり認められた可能性が高いって事だよ」

 琢磨が一歩前に出る。

「あん? てめぇ、何が言いてぇんだよ?」

 不服そうに武士が琢磨を見る。

「そのまんまの意味だよ。武士、この三年間で何回問題起こした?」

「問題だとぉ? んなもん数えてねぇよ」

「威張って言うことじゃないってば」

「あ? 違うのか?」

 やっぱり天然なんだね、武士は。

「問題ですですかぁ?」

 有美香は知らないのかな。武士のこと。それも珍しいけど。ここに入学して、武士は何度も謹慎処分を受けた。単に譲治と騒いだこともあるけど、大概は他校生や上級生との喧嘩があった。

「それだけではありませんし、武士さんが原因全てではないです」

 武士をフォローするように美紀が言い、譲治を見る。

「ん、何だよ美紀?」

 鋭い視線に譲治が気づく。

「兄さん。私が入学してからは、たまにしか兄さんの部屋には行きませんでしたが、今思えばよく見ておくべきでした」

 はぁ、と美紀が後悔のため息を吐く。

「兄さん、去年までの考査の結果、きちんと保管してますか?」

「ああ、あれか。こないだ牧場行った時に、餌に困ってたヤギに恵んでやった」

 さも平然と譲治が言い切った。

「どんな言い訳だよ、それ」

「とぼけないで下さい。兄さんは父さんと母さんにも知らせてないのではないですか?」

 冗談を流し、美紀が言い寄る。

「仕方ないだろ。寮の便所は紙不足で、拭くのに使っちまったんだ」

「言い訳が変わってやがるぜ、こいつ」

「さっきよりはありな言い訳だね」

「武士さん、兄さん、考査用紙はどこに隠してますか?」

 譲治に聞いても埒が明かないと判断したのか、武士を見る。

「こいつのか? 引き出しはバレるからって、枕の中の綿抜き出して、詰めてたな」

「武士っ! てめっ」

「もがっ、ううぅ、もががっ」

 譲治が武士の口を押さえる。

「枕に隠してるんだ・・・・・・」

「さすがは譲治。人とは考える場所が違うね」

 琢磨が感心していた。

「そうですか。では、後ほど確認しに行きます。武士さん、私が行くまでに兄さんが隠さないように見張っていてください」

「お、おう」

 物言わせぬ美紀に、武士は素直に頷く。

「ちょっと待て美紀。何でいきなり考査を持ち出す?」

 譲治が美紀を見返す。

「僕が説明するよ。いいかい? 僕と大樹、美紀ちゃんは中間、実力、期末なんかの定期考査で大方は上位にいるだろ?」

「私は結構ぎりぎりですぅ」

 有美香が小声で自己申告している。僕も上位じゃなくて普通。あぁ、これも普通なんだ、僕って。

「それでも、武士や譲治に比べるときっとマシだよ」

 有美香のことを琢磨が知っているようには思えないけど、顧問会の後に何か言われたのかもしれない。予想がつかないわけじゃないんだけど。

「んだ? てめぇ、自分は上位だからって、筋肉を馬鹿にしてんのか? あぁん?」

「筋肉は馬鹿にしてないよ。武士の頭が問題なんだよ」

「そか。ならいい」

「頷いちゃダメじゃん、それって」

 武士が分からない。

「話を戻すけど、武士は毎回のことだから良いけど、譲治、君も何教科かは危ないし、何度か赤点を取っているだろう?」

「まぁな」

「威張ることじゃねぇだろうがよ」

「二人共でしょ、それ」

 自慢にもならないし。

「それで、今年卒業予定の僕らが半数を占める同好会は、勉強に支障が出る可能性があるからと言う理由で一旦却下されたんだ」

 美紀が呆れた表情で息を吐く。

「じゃあ、何だよ。俺たちのせいだってのか?」

「俺はたまにしか赤点はないぞ。武士よりは良い点取ってる」

 確かに譲治は武士に比べると赤点を取ることは少ないけど、卒業年になってまで部活で現を抜かして留年、などと言う結果になれば、学園としても汚点になってしまうのだろう。僕らの普段の行いが裏目に出たとしか言えないし。

「それを五十歩百歩と言うんですよ、兄さん」

「でも、ここは僕と美紀に感謝して欲しいくらいだよ、二人とも」

 琢磨が眼鏡を上げる。

「琢磨、どういうこと?」

「来週の今日からは、実力考査があるだろ?」

「ふぁっ! そうでしたっ! 忘れてましたぁっ」

「ゆみちゃん・・・・・・」

 意外な所から反応があり、美紀が苦笑する。

「ああ、あれか。成績には無関係だから頭になかったな」

「俺もだ」

 ニッと武士が譲治の言葉に笑みを浮かべる。

「確かに成績には影響は出ないよ。でも、今の二人には部活をするかの死活問題なんだけどね」

 笑い合う譲治と武士に琢磨が言う。それってつまり・・・・・・。

「この実力考査で赤点を一人でも取れば、同好会発足は不可能です」

「何だとっ!?」

「なにぃぃっ!?」

「ふぇぇぇっ!?」

 大げさに見えるけど、きっと譲治も武士も素の反応なんだろうなぁ。でも、有美香がそこまで反応するとなると、幸先ちょっと不安だなぁ。

「と言うわけで、ユースウォーカーズを発足させたければ、今日から勉強しないとまず無理」

 琢磨がきっぱりと言う。

「不服だ。抗議してくる」

「俺も行くぜ。筋トレが出来なくなっちまうじゃねぇか」

 二人が何故か毅然たる態度で、会議室へ入ろうとする。

「待たんか、馬鹿もんが」

「いてっ」

「うおっ!? 何だ?」

 だが、僕らが止める前に、会議室のドアが開き、初老の教師が出てくる。

「じじぃ、てめぇなにしやがる? やんのかこらぁっ」

 拳骨を喰らった武士が睨みを利かせる。生徒なら怯みそうだが、教師、特に目の前にいる教師には通用しない。

「教師相手に啖呵を切ってどうするのじゃ。退学になりたいのか?」

 今年定年を迎えると生徒の中で噂されている初老の教師。

「あ、大槻先生。この度はご迷惑をおかけします」

 美紀が頭を下げる。

「うむ。気にするでない」

 それを片手で宥めると、譲治と武士を見る。

「お前たちが何を考えてこんなこと仕出かすかは知らん。じゃがの、やることをしてからやるくらいのけじめをつけんか」

 それだけを言い残すと、大槻先生はふむ、と何かに頷き背を向けて歩いていった。

「んだよ、あのヤロー。先公ぶりやがってよ」

 ケッ、とつまらなそうに武士が舌を打つ。

「いや、先生だよ。しかも去年まで生活指導だったじゃん」

 武士は随分とお世話になった人だ。

「あれ? もしかしてさ・・・・・・」

 美紀を見る。会議室から出てきて去っていた、今は何も部会にも顧問会にも所属していない大槻先生。ここには、顧問に指名された教師と顧問会担当教師が会議をしているはず。そうなると、もしかして。

「はい、大槻先生が引き受けてくれました。ただ、先生も色々とお仕事があるらしくて、顔を出す時間はあまり取れないそうで、名義貸しのような形になってしまうそうです」

 美紀が僕を見てくる。それでも引き受けてくれるなんて、思いもしなかった。

「マジかよっ!? あのじじぃが顧問だとっ!?」

「ふぁっ!」

 武士の大声に有美香がびっくりしていた。

「こりゃ、手厳しいな」

 さすがの譲治も表情を濁していた。まぁ、何か騒ぎがある毎に武士と譲治の二人がほとんどだけど、呼び出しを受けて絞られてた教師が大槻先生だ。弱みを知られているだけに、譲治も武士も妙な手が使えないと知っているのかもしれない。

「そう言うわけで、二人は今日から考査終了まで僕らと勉強会だよ。同好会を発足させたいならね」

「ちっ、しゃーねぇな。やりゃいいんだろうがよ、やりゃあよ」

 武士が全くやる気がないみたいだけど、同好会のためにも、と考えたんだろうな。頷いていた。

「あのあの、わ、わわわたしはどうすれば良いんでしょうか?」

 有美香が不安そうに美紀を見る。

「有美香ちゃん、自信ない?」

 琢磨が有美香を見る。

「あの、あのあの、その、あの・・・・・・」

 モジモジと小さくなる有美香。そんな仕草じゃ自信無いのが誰にでも分かるじゃん。

「んだぁ? ゆみ公頭悪ぃのか?」

 武士が直球を投げてくる。

「ふぁあっ!? 言われてしまいましたですぅっ」

 ガーンっ! とショックを有美香が後ずさる。妙に可愛さがあるなぁ。

「武士、君が言えることじゃないよ」

 琢磨が苦笑する。

「私も兄さんの勉強を見るつもりだから、ゆみちゃんも一緒に勉強しよう?」

 美紀が小さくなっている有美香に微笑む。

「良いんですか? みきぃ」

 何故そこで泣きそうになるのか分からないけど、迷惑かけているとか思ってるのかな?

「うん。私に出来ることは何でも協力するから、一緒に頑張ろうね?」

 美紀の微笑みに、女神が光臨したようにキラキラと目を輝かせる有美香。

「はいっ! よろしくお願いするですっ、美紀」

 さっきまで小さくなっていたのに、すっかり元に戻った。現金な子だなぁ。

「それじゃあ、譲治。そう言うわけだけど良いね?」

「断る」

「えぇっ!」

 琢磨の言葉に、譲治も渋々でも頷くと思っていたら、堂々と拒否してきた。

「ちょっ、譲治っ!?」

「同好会のためにやるだと? 冗談じゃねぇ」

 場が凍った。もう何度目だろう、譲治の言葉に皆で絶句するのは。

「おいおい、譲治てめぇ、今更何言ってやがる」

 武士もびっくりしたみたいだ。

「ヘイ、ジョージっ! 勉強会しないですですかぁ?」

 また律儀に有美香が譲治をそう呼ぶ。いい加減普通に呼べば良いのに。

「俺はな、遊ぶためにここへ来た。なのになんで今更勉強しなけりゃならないっ! 不服だっ。断として抗議するっ!」

 譲治がグッと拳を突き上げると、また会議室へ行こうとする。

「やっぱり譲治は譲治だね」

「確かに。まともな時ってないのかな・・・・・・」

 あはは、と苦笑するしかない。と言うか、譲治は根本的なことに気づいてないのかな?

「はぁ、仕方ありませんね」

 僕らが呆然としているのを他所に、美紀が譲治に歩み寄る。

「兄さん」

「うおっ! いて、いててててっ・・・・・・」

 ドアノブに手をかけた譲治に、美紀が手を伸ばし譲治の耳を思いっきり引張っていく。

「美紀がキレた・・・・・・」

「久しぶりに見たね。美紀ちゃんが本気になったの」

「いつ以来だろうね、懐かしいのかどうか分からないけど・・・・・・」

「ふぇ? 美紀はキレたのですですかぁ?」

 有美香は幹がキレたことを見たことないんだろうけど、僕らにとっては何度か目にした光景が脳裏に甦る。そしてこの後に起こることがどんなことなのかも。

「有美香、耳塞いでたほうがいいよ」

「ふぇ? 何故なぜですか?」

 既に武士と琢磨は自分の耳を塞いでいる。ずるずると引張られていく譲治を哀れむような目で見送りながら。

「にいさんっ!」

 二人の姿が角に消えた瞬間、僕もとっさに耳を塞いだ。

「ふぇぇぇっ!?」

 結局耳を塞がなかった有美香は、その声に小さな体とツインテールが大きく跳ねた。ズドンと重みのある美紀の声に、分かっていてもビックリするなぁ。

「自分がどれほど他の方に迷惑かけているのか分かってるんですかっ!」

「おぉ、耳塞いでも普通に聞こえるぜ・・・・・・」

「今まで溜め込んだ分が溢れてるんだろうね・・・・・・」

「あは、あははは・・・・・・」

 もう笑うしかない。まさか学園で美紀がキレるとは思いもしなかった。窓の外に目を向けると、何事かと生徒が辺りをきょろきょろしている。教師もびっくりして飛び出てきたし。

「ふぇ? ふぇぇ? な、何が、何が起きたのですですかぁっ!?」

 有美香が混乱に陥ったのか、右往左往している。

「いつもいつも巻き込まれるこっちの立場も考えてくれないと困るんですっ!」

 今回は長いなぁ。久しぶりな分、美紀も言いたいこと溜まってただろうけど。いつもは美紀に同情するけど、今回は譲治も少し可哀想な気もする。

「自業自得だから、しばらく止むまで待つしかないね」

「窓ガラスが揺れてるぜ。すげぇな今回は」

 大声に窓ガラスが振動していた。流石に武士もちょっと引いていた。

「ふぇ? ふぇぇぇ、美紀が恐いですぅ〜〜」

 すっかり有美香も恐縮してる。分からないでもないから、ここは見守るしかないか。

 それからしばらくの間、学園に美紀の怒声と不満が轟いた。

「あ、戻ってきたね」

「お? なんか美紀の奴、随分すっきりとした顔してやがるな」

「あれだけ発散すれば、すっきりもするよね。後ろの譲治が随分静かになってるし」

 角から出てきた美紀は、譲治を引っ張っていった時よりも何倍も涼しげで凛々しい顔をしていた。その反面で後からついてきている譲治は、随分と憔悴しきっていた。あんな譲治みたことないかも。

「み、美紀・・・・・・?」

 有美香が戻ってきた美紀に恐る恐る上目遣いで見る。

「ん? どうしたの、ゆみちゃん?」

 いつもより美紀が優しい笑みを浮かべる。すっきりもすればそうなるのかな。

「み、美紀は、いつもこうなのなのですですか?」

「ん? 何のこと?」

 首を傾げる美紀を見る有美香を武士が引張る。有美香の体が軽々と引き寄せられる。

「ふぁ? な、な、なんでしょう?」

「いいか、ゆみ公。今のことを美紀に触れちゃいけねぇ。あいつはああなってることに、自覚がねぇんだ。死にたくなけりゃ、美紀にこのことを聞くんじゃねぇ。良いな?」

 武士が身を屈め、有美香に耳打つ。

「そ、そうなのですですか?」

 有美香も小声で応える。律儀だなぁ。

「そうだよ。美紀ちゃんは本当に怒ると、本人は普通に怒っているつもりでも、異常なほど声量が上がるんだ。ちなみに今のはまだまだ序の口だよ。今以上にキレた時は武士でも止められないくらいになるから」

「っ!?」

 声を出すのを我慢したのだろう。代わりに目とツインテールが大きく見開かれ揺れる。

「え、えっと、それじゃあ、譲治。今日から勉強会って事で良いよ、ね?」

「良いですよね、兄さん?」

 僕が譲治を見ると、美紀もニッコリ笑顔で譲治を見る。一瞬譲治が睨まれた蛙に見えた。

「あ、ああ。当然だろ。ユースウォーカーズ発足のためなら、勉強なんて大したことねぇよ」

 声を震わせながら、譲治が先ほどの意見から一転する。

「な? 見てみろ。あの譲治の声が震えてる。ああなりたくなけりゃ、ゆみ公も気ぃつけろ」

 武士の助言に、有美香が必死にコクコクと何度も頷いていた。結局僕らはこのまま寮に戻った。夕食後に主に譲治と武士の考査対策の勉強会を開くことにして。


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