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中心を射て。

作者: 川端 怜汰



包み紙には淡い桃色のハートと 、

尻尾の毒針に身体と同じ縞模様のリボンが付いた蜂が描かれている 。

機械的なデフォルトというよりは 、

幼い少女が慣れない手つきでノートの端に書いた様なそんな絵だった 。


琥珀色の球体は杏味だった 。

添加物を極限まで削り取ったその飴玉は 、

口に入れた瞬間は甘酸っぱさが広がるけれど

後から仄かな甘みと中心に埋め込まれた蜂蜜が口内をまろやかにする 。

先日 、「恋が叶うキャンディ」として発売されたものだ 。

恋愛の切なさや素晴らしさを表現した層作りが

女性からの支持を得たり 、

有名な女優がCMに出ていた事もあって 、売れ行きは好調らしい 。



香澄(かすみ)はあまりテレビを見ない人間だった 。

多忙だとか 、家にテレビを置いていないとかでは無く

ただ単に興味を持っていなかった 。

たった一つ熱中した弓道も肘を痛めて辞めてしまった 。

身を内側から焼く様な熱を持たなくなった高2の夏は 、

ひどく冷えて 、ひどく蒸し暑かった 。

過ぎ行く繰り返しの毎日を流れ作業で進む香澄は 、

その日も母に頼まれた買い物の為に学校の帰り道にある

スーパーに立ち寄った 。

日課の様になった夕食の買出しは最初こそ面倒であったものの

慣れというものはどんな感情も霞ませた 。

そのスーパーは4時から5時にかけて

主婦達で混雑するので 、香澄はいつも下校時間を少し遅らせて買い物に行く 。

暇な時間は教室で音楽を聴いたり 、読書をしたり等で時間を潰すのだが 、

今日は空模様が怪しく 、丁度学校の置き傘を先日借りていて返却がまだだったので 、

なんとなく借りづらい気持ちがあった 。

その結果香澄は混雑時にスーパーに入る羽目になったのだが 、

彼女と同じくいつもは少し時間を遅らせている主婦も

早めに買い物に来た様で何時になく混雑を極めていた 。

一通りの食材をカゴに入れ終えた香澄は

一番短い列の最後尾に並んだ 。

その日は2Lのペットボトルやかさばる物が多く

部活を引退した香澄にとっては手重であった 。

最短列と言っても7、8人が前方に居ることが更に

心の憂鬱を促進させる事となった 。


「 貸して 」


不意に後方から声がした 。

聞き慣れていて 、それでいて懐かしい声色は

香澄の部活の先輩の 瀬人(せと)だった 。

正確には 、元先輩という事になるだろうか 。

振り返りざま 、香澄の腕に掛かっていた重さがふわりと軽くなり 、消えた 。

香澄の脳が気遣いを受けていると判断するには 、

突然の事で少し時間が掛かったが 、

驚き空いた口を閉じると作り笑顔を浮かべ 、香澄は言葉を置いた 。


「 悪いです 、 .... 瀬人 、先輩 。」


ぎこち無く置いた 先輩 という単語に

瀬人も苦く微笑みながら 、

無料(ただ)って訳じゃないから 。」 と 、

カゴに一つの菓子製品を入れた 。

薄黄色の台紙に尾にリボンを付けた蜂とハートが描かれた

キャンディの袋だった 。

それが気遣いに掛かる気遣いを和らげるものだと

香澄はすぐに気付いたが 、

「有難うございます」と一言置いてクスリと笑った 。


レジの近くには入口にがあり 、二重扉になっていて

どちらも開いていた 。

雨の音と 、バーコードを読み取る機械音が響いていた 。

重い沈黙という訳では無かった 。

暖かい静寂で 、瀬人があまり口数の多い男ではないという事を

香澄も良く知っていた 。

先に口を開いたのは 、香澄だった 。


「 部活 ... 休みなんですね 」


「 うん 」


「 部活 順調ですか 」


「 ぼちぼちかな 。」


そんな会話だった 。

有りきたりで 、面白みも 、興味すらない業務連絡の様な 。

ふと 、香澄は目線を上げ 瀬人を見た 。

細い茶糸は耳にかけられ 、整った顔立ちは今日も爽やかだった 。

細めの首筋は広い肩幅へ 、捲られたシャツから見える

腕は細いけれど靱やかで 白い 。

制服をナチュラル着こなせる男はいい男だなんて

友人が言っていたのを思い出した 。

けれど香澄は脳内でそれを否定した 。

瀬人が最も引き立ち 、着こなすのは

こんな単調でつまらない制服等では無い 。

白地に紅い線が映え 、背筋の美しさ 、白さ 、

髪の一片まで光り輝く様な立ち筋 。

袴は彼を特別な存在にするのだと 、香澄は確信していた 。

瞼の裏で彼が何度も何度も的の中心を射った 。

弓道場と己の心に響き渡る 、空気を切り裂く矢の音。

射った音。歓声と 、嬉しそうな貴方の笑顔 。


「 香澄 」


ハッとした香澄の顔を見て 、瀬人が笑う 。

「 列 、進んでる 。」

笑いながら空いた前方を指差して 。

淡い世界から現実に引き戻されたと思いながら 、

香澄は足を進めると 、笑う彼の肩を叩いた 。

自然と上がる口角に違和感も無かった。

ふと香澄の視界に入ったのは 、

ある商品のオススメボード だった 。

店員から商品についてベタ褒めの言葉が並べられていた 。

そこには 、もちろん 〝 恋が叶う〟との売り文句もあった 。

胸の奥を細い針で貫く様な痛みが襲った 。


「 先 、輩 」


それは意識の外側から漏れた様な呟きだった 。

瀬人は香澄を見ずに 、なに 、と答えた 。

香澄は喉の奥に詰まる言葉を言い出せずにいた 。

その言葉が何の意味を持って

何の為に発されるものなのかもわからなかった 。

俯いた女を見て 、男は少し考えると 、

見えたつむじをわしゃわしゃと撫でた 。

顔を上げた香澄が 、口を開いたのが先か後か 、

レジの店員が大声で二人を呼んだ 。


「 次の方 ___ ? 」


言葉を遮られた香澄は 、口を噤んだ 。

レジ台にカゴを置いた瀬人の背中に続いて 、

鞄から財布を取り出し 、早々に支払いを済ませた 。

カゴから商品を移され 、受け取ったレジ袋は先程よりもずっと重く感じられた 。

袋の中からひとつの菓子を取り出し 、

それを瀬人に渡すと 、早足に出入口へと足を進めた。

店と外の境界は目に見えた 。

降り注ぐ雨の粒がカーテンの様だった 。


「 香澄 」


声の主はもちろん瀬人だった 。

香澄は振り向かなかった 。返事もしなかった 。

瀬人はドアの際に立ち 、「止みそうにないな」と言うと 、

持っていた傘を香澄に差し出した 。


「要りません」


「馬鹿かよ。濡れるだろ」


「瀬人先輩だって、濡れます」


「 ... 」


流石に諦めるだろうと香澄は思った 。

返事は素っ気なく、自分の顔も見ようとしない女に

優しくする理由も義理も無いのだから 。


「あのさあ」


瀬人が声を荒らげるのは珍しい事だった 。

けれど 、返事をするつもりは無かった 。

瀬人はそんな相手の意思を読み取ったのか ひとつ溜息を付き 、

次に目の前の女の頬を手で鷲掴んだ 。

相手が抵抗や言葉を述べる前に 、口を開く 。


「 ずっと思ってたけど 、その敬語にあわねえから 。やめたら?」


驚いた顔をしていた 、香澄の顔がカァッと赤くなった。

香澄自身も 、自分の顔面が熱くなるのを感じた 。

奥歯を噛み締め 、キッと相手を睨むと

香澄は頬の拘束を無理矢理手で解いた 。

降り注ぐ雨の中に走り出していた 。


「 何なのよ!」


考えるよりも先に言葉が出ていた 。


「 何で 、優しくするわけ!?」


瀬人は答えなかった 。

女が言い切るまで 、答える意志も持っていなかった 。

ただ女と同じく傘をささずに雨に打たれた 。


「 押し付けがましくて 、ウザいのよ!こんなこと 頼んでない 」


思って居なくても 、

言葉は勝手に口から出ていった 。

止め方が香澄にはわからなかった 。


「 いつまでもいつまでも 自分を振った女に 、... 女々しいのよ!」


荒くなった息の音が 、

雨の音にかき消されて行った 。

同時に熱くなった熱も溶かしてくれる様な気がした 。


香澄と瀬人は 、恋人同士だった 。

たった四ヶ月間の事だったけど 、

少なくとも香澄は瀬人と居ると幸せな気持ちになれた 。

入部した頃から誰にでも優しかった瀬人を

香澄は嫌な奴だと思っていた 。気に食わなかった 。

皆に向ける笑顔が嫌いだった 。

それが独占欲だと気付くのに三ヶ月かかった 。

初めての試合で緊張する香澄の背筋を伸ばしてくれた瀬人の手の暖かさが

導火線に一気に火を付けた 。

そこからはトントン拍子に話が進んだ 。

2人は恋人同士となった 。

けれど 、肘を痛め 部活をやめた香澄は 、

瀬人の顔を真っ直ぐ見れなくなった 。

今でこそ普通に話せるものの 、当時は顔も見たくない程だった。

彼の優しさが 、その時は辛かった 。

何もなくなった自分が惨めに見えて仕方が無かった 。

その痛みは2人を別れへと導いた 。

「さよなら」の四文字を送ったメールに返信が来る前に 、

香澄は瀬人のアドレスを消去した 。


「 香澄は俺のことどんな人間だと思ってんの 」


瀬人が傘を開き 、香澄へと向けた。

香澄はそれを押し返す 。

それまで保っていた優しい微笑みはもう無かった 。

怠げに傘を地べたに置き 、瀬人は香澄を見つめた 。

彼女の額に張り付いた前髪を整えながら 、

「素直じゃないよなあ」と呟く。

雨は 、止まない 。

雨音に紛れる様な声が 、香澄の鼓膜を震わせた 。


「 死ねって思ったよ 」


掻き消える様 。

けれど 、香澄はその声を一音たりとも聞き逃さなかった。

驚きもしなかった 。

そう思われて当たり前だと思った 。

だから 、真っ直ぐ目の前の男の目を見た 。


「 何で話し合おうとしねーんだとか 、

俺達が過ごしてきた時間なんてそんなもんなのかとか 、

あのメールが来て数日はずっとそんな事ばっかり考えてた 。

お前の顔を見ても 、負の感情しか出てこなかった 。」


熱くて強い言葉遣いだったけれど 、

それは昔話を語るような物言いだった 。


でも 、と続けて 。


「 自分の事を過剰評価するわけじゃねえけど 、

人の気持ちは汲み取れるつもり。

お前が俺に会いたくない ... 会いにくい気持ちはわかる 。

わからねえけど 、自分が同じ事になったら俺だってお前に会いにくいと思った。

そう思っても 、完全に吹っ切れるわけじゃねえけどな 。」


少しの沈黙を置いて 。


「 すきだったんだ 」


香澄は目元が熱くなる感覚がした 。

けれどそれを雨のせいにしたいと思った 。

泣いてはいけないと思った。


「 それでも 、どんだけムカついて 許せなくても 好きだった 。

矢を射る時に靡く髪とか 、いつも切なそうに俺を見る目とか 、

付き合ってた時何もちゃんと伝えられなかったけど 、好きだったんだよ 。」


香澄は 、瀬人を無口な男だと思っていた 。

それでも 、口数が少なくとも〝量産型ではない優しさ〟が

自分だけに注がれる愛情だと感じていたのは確かだった 。

忘れていたものがかえってきた様な気がした 。


「 嫌いになれるはずねえだろ 。優しくして何が悪いんだよ。好きだった女に 、辛く当たるよーなこと出来るわけねーだろ 。」


香澄の頬を伝う大粒の雫を 、濡れた手で拭いながら 、

最後の言葉を置いた 。


「 お前の気持ち 、.... さよならの続き 、ちゃんと言えよ 。」


香澄は 、口を開いた 。

全て溶けてしまえばいいのにと思った 。

彼の気持ちがもう自分に無い事はわかっていた 。

けれど身を持ってそれを知った今

涙を流す自分が無様だと思った 。

けれど 、今 、伝えなければいけないと思った 。


「 ... もう 、好き ... じゃ 、無いの 」


あのキャンディの広告を見た時 、

全部わかっていた 。

逃げようとした自分の腕を掴んだ 、彼は後方ではなく前方にいると 。

彼はもう前へ進もうとしていると 。

引き留めているのは 、自分なのだと 。


「 わたしと 、別れてください .... 」


瀬人はもう 、素直じゃないなとは 言わなかった 。

ゆっくりと傘を拾い上げ 、香澄の手の内へと握らせた。

香澄ももう 、押し返したりはしなかった 。

傘を打ち付ける雨が少しずつ弱くなっていった 。

香澄は下を向いた 。

耳元で「じゃあな」と聞こえた 。

見えていたつま先がゆっくりと動き出し、視界から消えた 。


香澄が上を向くと 、

いつの間にか 、暗かった世界には光が差し込んでいた 。

まだ小雨は降っていたが 、

雲の隙間から降り注ぐ光が雫に反射してキラキラと綺麗だった 。

何だか色んなものが洗い流された気がした 。

手の中の細い傘の柄を握り締め 、吐き出した 。


「 瀬人 ーーーー ! 」


振り向いた彼は 、何も言わなかった 。

香澄は 、胸いっぱいに空気を吸い込んだ 。

必ず届く様に 。遅くなったけれど 、届く様に 。


「 私も 、私も 好きだった ーーーーー !」


言葉よ 、届け 。思いよ 届け 。

優しい人へ 届け 。


瀬人は 、笑った 。

屈託の無い笑顔を浮かべながら 、

「風邪ひくなよ」と手を振った 。

香澄は自分に背を向け 、歩いていく男の背中を

見えなくなるまでずっと見つめていた 。

見えなくてもずっと 、ずっと 見つめていた 。

少ししてその場にしゃがみこみ 、

周りを気にすることもせずに泣いた 。


香澄の頭上には 、大きな虹がかかっていた 。

香澄がそれに気付くのはもう少し後だった 。


全てを洗い流した 、雨は 、止んでいた 。

もう二度と降ることのない 、雨だった 。







「 ... 馬鹿じゃん 」


「 お前こそ目ぇ腫れてるわ。女なら冷やしてこいよな 」


眩い太陽の光は黄色いカーテンに遮られていても 、

室内を暖かく照らす役割は果たせていた 。

保険医が連絡のために部屋を出る 。

白いシーツに腰掛けた香澄は 、

隣のベッドに寝そべり顔を赤くした瀬人を見下ろし 、

「今日は腫れたままでいいんだよ」と言った 。

瀬人は返事をしなかったけれど 、やはりそれは暖かい静寂だった。


「 瀬人 」


「 ... ん? 」


「 あの飴 、頂戴よ 」


「 ... 」


瀬人は腕を重たそうに動かすと 、

制服のポケットから例の飴玉を取り出した 。

渡す為に触れ合った肌が熱かった 。

ガラリと音がした 。

視線の集まったドア元には 、一人の女生徒と保険医がいた 。

その女生徒が 、瀬人のキャンディの相手だと香澄は直ぐに悟った。

長い黒髪が艶やかで姿勢の綺麗な人だった 。

女は瀬人の荷物らしき学生鞄と部活の鞄を重そうに持ちながら 、

心配そうな顔を浮かべ 瀬人の名を呼んだ 。

それから瀬人と彼女は「大丈夫?」等と話した後 、

保険医に幾つかの注意と用紙を受け取った 。


瀬人は彼女から鞄を受け取ると 、

ふらついた足取りでドアへと歩いた 。

彼女は 私が持つよ と言っていたけど 、

勿論の事瀬人は何も言わずに鞄を背負い直した 。

そしてドアの際で立ち止まると 、振り向き 、

香澄の手の中のものへ指を指しながら 、

「 それ 、お前みたいなんだよね 」と呟いた 。

香澄の不思議そうな顔を見て 、微笑んだ後 、

2人は保健室を後にした 。


香澄が飴玉の包み紙を見つめていると 、

書類をまとめていた保険医がそれを見て口を開いた 。


「 ああ それ 、こないだ発売されたやつよね 。

女の子たちが 恋が叶うーって騒いでたわ 」


「 ... 私みたいってどういうことだと思います?」


「 さあねえ 。食べてみたらわかるんじゃない?」


「 ... 」


「 若いうちに沢山恋愛しなさいね 。

貴方の場合は彼以上に好きな人を作ることからかしら?」


「 ... 大人の女の人って怖いなあ 。何でもわかっちゃうの?」


「 見てればね 」


ペリ、ペリと紙の擦れる音がした 。


「 せんせい 」


「 ん?」


「 ...酸っぱい」


保険医は笑った 。

そんなもんよ 、と呟いて 、

「目の腫れ取れたら授業出なさいね」と冷蔵庫から氷を取り出した 。

ひつじのアイピローに氷を仕込むと 、

震える女生徒にそれを渡し 、ベッドのカーテンを閉めた 。


そして保健室を出ると 、

ドアの前のボードに「ただいま外出中です。御用の方は職員室へ」と書き 、

蒸し暑い廊下を歩いていった 。

誤字脱字が激しくて申しわけありません 。

暖かい目で見守って 、

欲を言えば指摘が欲しい所存です←

新生川場のなろう初投稿です(´・_・`)

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