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二話

――1――


迷宮の入口は巨大な階段であった。

階段を数段下ったところからは黒い靄のようなものが掛かっており、光をすべて吸い込んでいるかのように靄から先は一切の情報が得られない。

吹き上げる冷たい風が首筋をなでて、鳥肌が立つ。

ほんの数時間前まではリクルートスーツを着て就活をしていたのに、今は自分の命をチップに、生きるための金を稼ごうとしてる。

思いっきりのよさも、切り替えの早さも持ち合わせていると思っていたが、この階段に飛び込むには少し勇気が必要だった。

迷宮には一人でのぞまなければいけないからだ。


階段の前で立ち止まっていると、横からスッと俺と同じ探索者のグループが階段を下り、靄の中に入っていった。

俺もいかねば。


(地図は持った、携帯食料は持った、ランタンも持った、武器はある、大丈夫だ問題ない。行ける。行ける。よし行ける大丈夫だ。ここに来るまでは順調だったんだ。ここで動かなきゃひもじい思いをするだけだ。大丈夫、魔石を拾ってすぐ帰ってくればいいさ)


迷宮の3層までは一人でも大丈夫だと言われた。

しかし、頼る人もなく、殺し合いなんぞしたことないただの学生が生きて戻ってこれるかなんて、分かるはずもなかった。


一歩ずつ前へ踏み出す。

硬い感触が足に響いてくる。

一歩、また一歩、ついに体が黒い霧に触れた。更に進む。何となく靄が体を侵食してくるような気がしたので、息を止めて一気に潜り抜けた。


そして俺は迷宮に踏み出した。


迷宮の中は意外と明るかった。一層の壁は一枚岩のようなもので出来ているのだが、壁の一部が等間隔で削られ、そこに明かりが埋め込まれているためだ。これは3層まで続く。

ひとまず暗闇でない事にほっとした。


見渡すと、周囲には自分以外の探索者はいないようだ。

背後には自分が降りてきた階段もなくなっている。とりあえず、光源の近くに寄って地図を出し、現在位置を確認する。

幸か不幸か、地上出口からはだいぶ離れていた。出口を目指しながら魔石を集めていこう。


魔石は迷宮の怪物から取れる、魔力の結晶の事だ。

稀に鉱石として発掘されることもあるが、市場に流通している魔石のほとんどは迷宮産らしい。迷宮から得られた魔石は各家庭に配られ照明やコンロになったり、街道の電灯に使われたりするという。つまり、魔石は人々の生活に欠かせないものであり、常に一定の需要がある。

国からも魔石収集用の兵士が派遣される事もあるが、基本は探索者に委ねられている。


周囲を警戒しながら歩いていると、耳が妙な鳴き声を捉えた。恐らく、第一層によく出現する怪物「迷宮犬」だろう。後ろからだ。警戒を強める。

鳴き声は一匹分しか聞こえない。

心臓の鼓動が早まる。緊張で喉が渇き、手足が冷たくなってきた。


(……一匹だけならどうしよう、逃げるか、闘うか…。そもそも一匹だけじゃないかもしれない…)


迷いながらも、近づいて様子を見ることにした。

一匹だけなら闘おう。


――2――


 迷宮犬との戦いは緊張した割には苦戦しなかった。

 というのも、迷宮犬は大きな牙と爪を持ってはいるものの、中型犬くらいの大きさでしかなかったからだ。

 それで、突っ込んできた所を避けて蹴り飛ばし、怯んだ隙に短剣を突きたてたら勝てた。負傷も、急に重いもの(犬)を蹴ったせいで股関節が痛むがそれを除けば傷一つない。


 戦いが終われば、命を奪ったことに対する罪悪感と不快感がこみ上げてきた。

 戦闘の過程がつらく厳しいものであったならば、多少なりとも勝利の余韻に浸れたであろうが、なまじ快勝であったばっかりにそれも無し。


 迷宮犬の額から豆粒ほどの大きさの魔石を取った。少し歩いて迷宮の壁面に近づき、スーツのズボンが汚れるのも構わず壁に背を預けて座り込む。そして、水筒を取り出して水を少し口に含んだ。

 何気なく天井を見上げる。高い天井が真っ暗だ。周りも非常に静かで、自分の息遣いと偶に小さく響いてくる剣戟の音しか聞こえない。


 ぼんやり座り込んでからどのくらいの時間がっただろうか。静寂の中で敏感になった耳が再び迷宮犬の鳴き声を捉えた。

 音がだんだん大きくなってくることから、どうやらこちらに向かってきているらしい。

 立ち上がり、短剣を引き抜いく。どうやってこの世界に来てしまったのかは知らないが、何はともあれ今はお金を稼いで今日を生きねば。


 そして迷宮犬が3匹やってきた。

 先ずは一匹、走ってきた勢いをそのままに飛びかかってきたので、斜め後方に下がりながら蹴り上げる。

次いで足に噛みつこうとしてきた一匹に短剣を突き刺し、残りの一匹は捕まえて地面に叩き付けて首を折った。

 我ながら良い立ち回りだと思う。逆に、手際が良すぎる。碌に剣も握った事のない学生にしては動作に躊躇いがない。例え中型犬三匹だとしても、1対3なのだから通常であればもっと手こずるのではないだろうか。

 さあれど、今は考えても仕方がない。

 俺は気持ちを切り替えて、それからも犬を狩り続けた。

 そして、腰に下げた魔石入れの小袋の底が見えなくなった頃、地上に引き上げていった。


――3――


 地上に戻ってみれば夜になっていた。

 冷えた風が汗でぬれたYシャツのと蒸れたズボンの中に入ってきて涼しい。同時に食べ物の匂いを運んできて、空腹を刺激する。

 だが、いくら腹が減っても金が無ければ食べられない。俺は換金所へ向かった。


 魔石の換金所は「迷宮の入口」のすぐ近くにあった。というか上だ。見やすい字で案内が書かれていたので、迷う事は無かった。


 迷宮で集めてきた魔石を換金所の職員に渡す。

「これは……犬の石ばっかり一杯拾ってきたねえ。もしかして初心者? だよね。君の事見たことないし」


 俺の換金を担当してくれてる、いかにもエルフと言った若い男が話しかけてくる。

「ええまあ。街に来たのも今日が初めてです」


「へえ……それでこの量を摂ってきたんだ。頑張ったねえ――はい。これが今回の分。手数料と税金と迷宮使用料を差し引いて全部で537リンね。」


「どうも」


ここの通貨はリンというのか。受け取った金額が安いのか高いのか分からない。


「そいじゃ、お疲れ様」

「あ、すいません。ちょっと聞きたいんですけど、この辺りで安宿ってありません?」


これで泊れるところを探してるんです、と渡されたばかりの537リンを指さす。


「あー、なら斡旋所行くといいよ。二階部分が6等級向けの宿になってるから。ご飯もそこで食べられると思うよ」


 なるほど。お礼を言って換金所から離れる


 とりあえず今は汗でべた付いて臭い服と、空腹を早くどうにかしたい。職員は斡旋所に行けば飯にありつけると言っていた。この服も洗えるだろうか。

 靴擦れで痛む足をせかして、俺は斡旋所に戻るのだった。

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