バレる
予想外の状況に誰もが口を閉ざす中、最初に口を開いたのは、オスクだった。
「そちらもここで食事しに来たのか?」
人間離れした美貌は相変わらずの無表情のままでの問いに、ヴィアが答えた。
「…ええ。そうしようと思っていましたが、先客がいるようなので諦めますわ」
……ヴィアがちょっと嫌そうにしてる。
ヴィアがオスクに対して、あんまり良いイメージをもっていないのは知っていたけど、ちょっともうギスギスしてない?
「別にここで食事をしても構わないが」
「お気遣いありがとうございます。けれど、グリード様のお食事を邪魔にするわけにはいきませんから」
ヴィアの頑なに譲らない様子に、オスクは夕日のように赤い瞳を細める。対するヴィアも藍色の瞳に僅かな敵意を浮かべている。
い、いたたまれない。この空気から帰りてぇ。
ヴィアと睨み合っていたオスクがちらりと、私の方を見た。その視線は「お前がどうにかしろ」と語っていた。
そのため、しょうがなく口を挟んでみた。
「今から違う場所を探すのも大変だし、オ…、グリード様もこうおしゃってくださったことだし、ここで食べようよ、ヴィア!」
それを聞いたヴィアは、私に向かってせっかくの美少女が台無しなぐらい嫌そうな顔をした。……そんなに嫌なのか、ごめん。
それも一瞬のことで、ヴィアはため息を一つついた。
「はぁ。リィがそう言うのなら、ここで食べることにしましょうか」
どうやらここはヴィアが折れてくれたようだ。ヴィアは少し頑固なとこもあるけど、人のことをきちんと考えてくれる人でもあるのだ。いやー、どこかのオスクさんとは大違いだ。
温室にテーブルは二つ用意されていて、私たちはオスクが使っていない方のテーブルを使った。
因みにヴィアと私とオスクのここにいる全員がお弁当派のようだ。この学園には学食と購買があるので、そこのものを食べる生徒も多いそうだ。
…同じお弁当でも、オスクとヴィアは公爵家だけあって、無駄に豪華だった。くっ、格差社会が憎い。
「そういえば、そこの金髪の女子生徒とは初対面だな」
ヴィアと楽しくご飯を食べている時、突然空気の読めないオスクが割り込んできた。
どうやら、私とは初対面ということにするらしい。まぁ、五大公爵であるオスクと私が知り合いなのはおかしいから当然か。
なので、私もオスクの言葉に乗ることにした。
「はい。自己紹介が遅れました、フロレアル子爵家の長女リーチェと申します」
「俺の名はオスクリタ・グリードだ。知っていると思うが、公爵家だ」
私たちのそのやり取りを見たヴィアは、訝しげな表情を浮かべた。
「…どういうことかしら、グリード様?貴方が他人のことを気にするなんて」
あっ、やっべー!あの無表情で唯我独尊なオスクが私を気にするわけないよね!
鋭い指摘に背中から汗をだらだら流す私とは違って、オスクは涼しい顔をしたまま言った。
「ただの気まぐれだ。それとスロース嬢、俺のことを姓の方で呼ばないでくれるか」
「それならいいですけど、グリード様」
おおっとヴィアさん、まさかの煽っていくスタイルだ!対するオスクは変わらぬ無表情だ! 両者一歩も譲らない!!
もう、帰りたいわー。私いなくても、よくね?
けど、このギスギスした2人を残して帰るわけにもいかないので、強制的に話題を変えてみた。
「そ、そういえば、ヴィア! 私、そこのオスー、グリード様とペア組むことにしたんだ!」
私のその不用心な一言で空気が凍りついた。
「……リィ、こいつとペアを組むってどういうこと?」
空色の髪を揺らして振り向いたヴィアの表情は笑顔でしたが、目は笑っていませんでした。対するオスクも思いっきり馬鹿を見る目で睨んできます。
……………やっちまった。
とりあえず笑って誤魔化しましょうっ!
「ア、アハハ。早くご飯を食べよう「質問に答えなさい」
駄目でしたー。こんなんで誤魔化されるわけないですよねー、はい。
ヴィアにこんな風に睨まれることなんてなかなか無いもんだから、物凄い動揺しちゃってます。こんな状態じゃまた墓穴を掘りかねないので、オスクに「ヘルプ!」という意味を込めた視線を送る。
それに気づいたのか、オスクはめんどくさそうにフォローしてくれた。
「俺から事情を話すから少し落ち着け、ヴィアベル・スロース」
ヴィアはかなり不満げであったが、オスクの方に視線を向け素直に聞く体勢をとった。それを見てからオスクは静かに話し始めた。
「さっきそいつと初対面と言ったが、それは嘘だ。実は少し前から交流があった」
「…いつ知り合ったのかが気になるけど、それがどうペアを組むことに繋がるの?」
「俺は騎士科に知り合いがあまりいない。それで昨日、偶然会った知り合いのこいつにペアになることを頼んだからだ」
ヴィアはそれを聞き、思案するためか黙った。その表情はあまり浮かないもので、私とオスクがペアを組むことをよく思ってないに違いない。
少し経ってから、ヴィアが真剣な表情で私に向かって話しかけた。
「リィはそれでいいの…?」
「え、まあ、いいと思うけ、ど」
まぁ、平凡ライフが遠ざかってしまうのは嫌だけど、私にも利はあるし、一度約束しちゃったしね。
難しい顔をしていたヴィアだったけど、最後にまた大きなため息をついて、眉を下げて笑ってくれた。
「納得がいかないとこが少々ーいや、多大にあるけど、リィが納得してるならそれでいいわ」
納得してくれたみたいだ。なんだかんだ言っても、ヴィアはいつだって私に甘い。私はヴィアのそういうとこが大好きだと実感するなぁ。
ヴィアは改めてオスクに向き直って言う。
「リィはかなりズレているし、変な行動するし、貧乳だし、馬鹿だしーーー」
「ちょっと待って、それ悪口!あと、貧乳は関係なくない!?」
思わず口を挟んだ私を無視して、ヴィアは話し続ける。
「それに鈍感だし、魔法も下手な奴だけど、私が会った中で最も良い奴でもあるの。だから、リィのことをよろしく頼むわよ、オスクリタ君」
それを受けて、オスクはいつもの無表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「ああ、リーチェ・フロレアルを守りきることをオスクリタ・グリードの名において誓おう」
それを聞いたヴィアは満足そうな表情をする。
私はというと、とてつもなく気まずいです。本人をおいて、どんどん話が進んでいるですけど!しかも、なんかオスクとヴィアが友情を分かち合っている風になっているのは何で!?
オスクとヴィアは今の会話で友情を感じたのか、それ以降の会話は打ち解けていた。…仲良くなるの早くない?とも思ったが、ぼっちだったオスクにせっかく友人ができたので、そんな野暮なことはいわないでおいた。
今度は三人で仲良くお昼をとっていると、唐突にオスクが話しかけてきた。
「そうだ、リーチェ。今日の放課後にペアの申請書を出しに行くぞ」
「え、もう出すの?早くない?」
確かペアの申請は、2学期までが締め切りだったような…。
ヴィアも私と同じように疑問に思ったようで、オスクに質問する。
「締め切りまでまだ時間があると思うけど、そんなに急ぐ必要があるの?」
「俺の方にペアの申し込みが多くて面倒だから、既にペアを組んだことを理由に断りたいし、どうせ組むんだから今やっても同じだろ」
オスクの言い分もわかるが、私的にはなるべくギリギリまで組みたくないのだ。
「オスクにはちょっと悪いけど、私はギリギリまで組むのは待って欲しいなー。ほら、オスクとペアになりたい人たちからの嫉妬があるかもだから、なるべく隠しておきたいなー、なんて」
「いや、それは大丈夫だ」
あっさりとオスクは言い放った。
「誰とペアを組んだまでは言わないし、教師たちも守秘義務があるから、ペアの活動がある時まではバレることはないだろ。
………お前が口を滑らさない限り」
…ごめんなさい。さっきヴィアにうっかりバラしちゃったから、否定ができない。
そんな私たちに対し、ヴィアは軽く笑う。
「まあ、リィの方は私が最大限フォローしとくから」
オスクはかなり真剣に「頼む」と言った。
そんなに信用ないかな、私…。
大波乱のお昼は、授業10分前のチャイムによって終わった。
その後は5・6限目の授業をやって、放課後になった。私は約束通り、オスクと一緒にペアの申請書を出しに行った。この時オスクと私が並んで歩いているのを見られないように気をつけて、少し遅い時間に行くようにした。
オスクが私とペアを組むことに先生は驚いていたようだが、「このことは生徒には明かさない」と言ってくれた。
この時から私とオスクは正式にペアとなった。
そして、5日後にはもうオスクのペアが私だとバレていた。
…………バレるの、早くないッスか?
ヴィアとオスクはリーチェが思っているほど、仲良くなっていません。
ヴィアの方は「リィを守ると誓ったから前よりは見直したけど、もし傷つけでもしたらただじゃおかねぇぞ」という感じで、
オスクの方は「リーチェの友人で大切に思っているようだから、ある程度の態度で接しよう」ぐらいの感じです。
次回は別視点(おそらくムスケル先生)の閑話を挟みます。