ペア
「俺と手を組まないか?"ソル"」
「お断りさせていただきます!では、さようならっ!」
「待て。話は最後まで聞けって」
オスクリタ・グリードにそう言って、帰ろうとする私の腕を掴まれた。なんだよ、こっちは話すことなんてないというのに。
「今世でもまたお前と会えるなんて、神様に感謝感激だね!でも、生まれ変わったのだから、お互い新しい人生を歩もうじゃないか!
じゃっ、そういうことで」
「だから話を聞け。お前そういうとこ、ほんと変わってないな」
オスクリタは今まで無表情だったのを少し崩して、苦笑した。
それは些細な変化だったけど、前世の頃のこいつを彷彿させる笑い方で、思わず立ち止まって見入ってしまった。
「やっと話を聞く気になったか…」
私のその動作を肯定と受け取ったのか、オスクリタは掴んでいた腕をそっと離した。
この隙に逃げよう、とちょっとだけ考えたのに気づいたのか、また無表情に戻って瞳を細められた。…さすが前世からの付き合い、私の行動はお見通しかぁ。
さすがに逃げるのを諦めた私は、改めて目の前の男の顔を見た。それは前世の時と同じ黒髪と赤い瞳をもつ美形だ。顔つきも前世の頃によく似ている。それに身長は高く、170cm以上ある私よりもあと10cmほど高そうだ。
前世の頃からの完璧すぎる美貌をしっかりと引き継いでいるようで、羨ましい限りだ。
ふいにオスクリタが指をパチンと鳴らすと、私たちを覆うようにして、魔力が発生するのが分かった。
「これは…、防音結界? 」
「ああ。あと、結界の外からは姿も見えないようにしている」
確かに今からする話を誰かに聞かれてしまうのもこの状況を見られるのも、拙いのでこれは正しい判断だ。
…それにしても、二つの魔法を同時に使うとは。しかも、魔道具なしの無詠唱とはーー。
こいつ、もしかしなくても前世よりも強くなっていないか?
そんな私の疑問を無視して、こいつは話を進める。
「俺はお前と"ペア"になりたい」
こいつの言う"ペア"というのは、ヴァクストゥーム学園で行動するために組ませられる二人組のことだろう。
このペアは、同学年の騎士科と魔法科の生徒二人で組まなければならない。そして、実技の際にこの二人組で行動することが多いそうだ。
なぜこのような仕組みがあるのかというと、近距離の騎士と遠距離の魔法士という組み合わせでお互いの弱点をフォローすることができることと、自分たちとは違う戦闘スタイルを見ることができるからだ。
それに、騎士と魔法士が組んで戦うというのは、実際の戦闘の際にあることのため、その時にお互いの事を考えながら、動けるようにするという狙いもあるだろう。
確かにオスクリタと私はペアの条件に当てはまっている。そして悲しい事に魔法科に仲の良い人がいなく、ちゃんとした人とペアを作れるか不安だった私にはまたとないチャンスだ。
だけど、
「無理!」
両腕を交差させて×印を作って、きっぱりと断らせてもらった。
その反応をある程度予想していたのか、オスクリタは慌てることなく言う。
「一応理由を聞かせてもらうが、何故だ?」
相変わらずの無表情だけど付き合いの長い私には、怒ってないというのが分かるため、安心して自分の胸の内を打ち明ける。
「私はもうあんな風に死にたくない」
「………」
「だからもう騎士になんて絶対にならないし、実力も出さないつもりなんだよね」
「………」
「えーっと、つまり、本気で戦わない私は、お前のペアになっても邪魔なだ「それで構わない」
黙って話を聞いていたオスクリタが突然口を開いた。その発言とこいつが人の言葉に遮ったということに思わず驚いてしまう。
てっきり、私の前世の頃からの剣の腕を求めて、ペアになろうとしているのだと思っていたんだけど。
オスクリタの真意が分からず、奴が続きを話すのをじっと待った。
「俺はお前の実力を求めているわけではない。
お前は俺が英雄の魔導士であったことを知っているだろ。だから、俺の実力がどれだけのものか知っている筈だ。
つまり俺がどんなに本気を出したとしても、驚かないだろ?」
「…まぁ、そうだけど」
「俺が本気を出す度にいちいち驚くような奴がペアになると、非常に面倒なんだよ。それに、お前とは付き合いが長いから、気楽にやっていけるからな」
要するに、自分が本気を出しても驚かない私だからこそペアになりたいということ?
「でもそれなら、私の友人のヴィアベルや今回の騎士科の新入生代表の生徒でもいいんじゃないの?」
ヴィアの家は"剣聖"と呼ばれる程に凄い家系で、彼女自身かなりの実力者だ。オスクリタが本気を出したとしても、きっも大して驚くことはないだろう。
あと、今回の騎士科の新入生代表は入学試験で満点を出したそうなので、その人でもいいと思うんだが…。
「その二人ではまだ駄目だ。
それに、俺はヴィアベル・スロースには軽く嫌われているようだし、今回の騎士科の代表"カーミラ・エンヴィ"は個人的に余り関わりたくないんでな」
ああ、確かにヴィアはこいつの事を苦手って言っていたなぁ…。
もう一人の"カーミラ・エンヴィ"という人は知らないけど、"エンヴィ家"は有名だ。オスクリタのグリード家、ヴィアのスロース家と勝るとも劣らない名家だ。
オスクリタとエンヴィ家とは前世の頃に、ちょっといざこざがあったのを知っているので、これ以上は強く勧めれなかった。
やばい、どんどん私とこいつがペアを組む流れになってる。
こいつとペアを組みたくないという訳ではないが、特別組みたくもないんだ!
「いや、私だってそこまで実力ないんだけど…」
「お前なら大丈夫だ」
「でも、お前と組んでも私にはメリットないよね?」
「いや、ある」
私の精一杯の反論をいとも簡単に返しやがった。やだもー、イケメン滅びろ。
「ヴァクストゥーム学園の授業はかなりレベルが高い。実戦形式の授業だってある。そんな中、お前がうっかり本来の実力を出してしまうかもしれない」
うーん、こいつの言うことは一理ある。いくら気をつけていても、ちょっとしたことで本気を出してしまうことが、今までに何回かあったのだ。頑張って、誤魔化したけど。
「お前は本来の実力がバレると嫌なんだろ?でも、俺とペアを組めばバレることはない」
「何で?」
「お前が本気出して、何かやらかしても、それはお前がやったように見せれる筈だ。
なんだって俺は、学園創立以来の天才と呼ばれているからな。お前ではなく、俺がやったと他の人は思うだろ」
なるほど、それは頭に無かった。
確かに私がやらかしても、オスクリタと一緒にいれば、こいつがやったんだと思われるだろう。
……これは、組むしかないかなぁ。でも、こいつと組んだら、絶対目立つだろうな。それは、嫌なんだよな…。
腕を組んで唸っている私を見かねたのか、オスクリタは駄目押しの一言を言う。
「課題やテスト勉強などを手伝うぞ」
「よし、手を組もうじゃないか!」
前世からの友人が困っているのに助けないなんてことは、英雄にまでなった私がするわけがないだろう!!私の心に宿る熱い正義がそんなことは許さない!
… 決して、課題を手伝ってもらえるからとかではないですよ。
すみません。嘘です。
リーチェは割とちょろいというか流されやすいです。前世からの知り合いのオスクリタは勿論それを知っているので、それを利用して誘ってます。