オスクリタ・グリードとは
衝撃な出来事があったせいで、その後の式の内容が全く頭に入ってこず、式が終わり、自分の新しいクラスに移動する時ですら心ここに在らずの状態だ。
明らかに様子がおかしい私を心配してか、隣を歩いていたヴィアが顔を覗きこんできた。
「リィ、顔が真っ青だけど大丈夫なの?」
「だ、大丈夫!……かな?」
せっかくヴィアが心配してくれたというのに、頭が働かず疑問系で返してしまった。大馬鹿者め(自分に対して)。
そんな様を見て、「駄目だこりゃ」と言わんばかりに肩を竦めたヴィアは、珍しく優しく話してくれた。
「全然大丈夫じゃないでしょーが。新入生代表の挨拶からリィの態度が変になってることぐらいわかるわ。なんせリィとは長い付き合いだからね。
何を悩んでいるのか、このヴィアベルお姉さんに相談してみなさいって」
冗談を挟んでいるが、ヴィアの瞳は真剣だ。それ程までに私を心配してくれているのだろう。
やばい、嬉しすぎて涙が出てきた。
この喜びと感謝の気持ちを伝えるためにも、すぐさまヴィアに抱きついた。
「ヴィアぁ…、あんたっておひとは…!もしかして、この荒れた地に舞い降りた女神なのかい!それとも天使かい!」
「ちょ、いきなり抱きつかないでよ!あと、私は人間よ」
「なっ⁉︎ このような素晴らしい人間がまだいるなんて、神はまだこの地を見捨てていないというこ「さっさと、悩み言いなさいよ」
私のセリフを遮ったヴィアの瞳には、もう真剣さが消えていて、呆れ果てたものになっていた。
まだまだ言い足りなかったが、これ以上言うとブリザード級の視線がくる予感して、自重し、本題を進めることにした。
ヴィアには、新入生代表となった黒髪の男子生徒が見たことあるような気がして、それで悩んでいたという嘘七割の悩みを打ち明けた。親友に隠し事をするのは、とても心苦しいが、さすがに前世の記憶があるなんてことを言うことはできない。
けれど、頭の良いヴィアは私が何かを隠しているのは、気づいているだろう。そして、気づいた上で何も聞かないでいてくれるのだ。
「へー、リィがあの男にねぇ…。
…彼ーー"オスクリタ・グリード"について教えてあげよっか?」
"オスクリタ・グリード"ーそれが今世のあいつの名前か。
しかも"グリード"とは、あいつもなかなか厄介な所で生まれ変わってしまったみたいだな。
グリード家というのは、貴族社会に疎い私でさえ知っている程の有名な家系だ。
ヴィアの家と同じように公爵であるため、同じ爵位同士、ヴィアは"オスクリタ・グリード"接点があるのかもしれない。
私の今後の平凡ライフのためにも、オスクリタ・グリードとの接触は、なるべく避けたいところだ。そのため、少しでも今世でのあいつのことを知ることが必要であろう。なのでヴィアのこの申し出はありがたく、「ぜひ、教えて」と勢いよく頼み込んだ。
「いいわよ。あの男の名前はさっきも言ったように"オスクリタ・グリード"といって、あの有名な"グリード家"の次男なの。入学試験の実技と筆記の両方で満点をとった天才よ。それに加えて、あの顔だからかなりモテているわ」
なるほど。 あいつも一応英雄となった前世の実力を受け継いでいるようだ。
…それにしても、"あの"グリード家に産まれるなんて、あいつもついてないな。
「それと、ものすごくモテるのに今まで誰とも付き合ったなんて噂は聞いたことないわ。
とゆーか、彼女どころか友人ですらいないそうだけどね」
「寂しい奴だね」
「…リィも人のこと言える程、友達いないでしょーが」
ゔっ、傷ついた。傷ついたよ、今。
反論したかったが、墓穴を掘るを掘りそうなので、ヴィアに続きを促す。
「私は小さい頃に彼と会って、話をしたことがあるんだけど…。同じ年齢だとは思えない程に大人びていて、冷たい瞳だったから、幼い時にはそれがちょっと怖くて、今でも少し苦手ね。
まぁあれ以来、話したことはないけど」
ふむふむ。子供でも大人びていて、冷めてるとは、もしかしてあいつも前世の記憶を受け継いでいる可能性が高いな…。
…なんか、フラグがどんどん立っている気がする。
そうこうしているうちに、自分のクラスであるG組に行き、これからのことの説明と配布物を貰った。自己紹介などは明日やるそうなので、今日はこの場で解散となった。
ヴィアはこれから用事があるようなので、私は一人で母様の待つ校門に向かった。
そんな時でも、会いたくもないあいつのことばかり考えてしまう。
私が生まれ変わっていたんだから、あいつが生まれ変わっているという可能性は頭に浮かんでいた。けれど、実際に見つけてしまうと、やはり混乱してしまう。
あぁ、早く家に帰って、天使に癒されたい。
この学校での一番の目標は、とりあえずあいつに出会わないようにすることにしよう。
とはいってもあいつは、かなりの名家に産まれ、魔法科に所属していて、成績優秀で容姿端麗などと私とはかけ離れた存在であるので当面は大丈夫だろう。……きっと。
校門に着いて、待っていてくれた母様と合流した。
「ねぇ、新しいクラスはどうだった?」
「うーんと、同じクラスにヴィアがいたから、これからも楽しくやっていけそうだよ」
そんな他愛もない話をして、母様と二人で家に向かった。
私の家は割と学校に近いところにあるので、歩いて帰ることにしている。この辺は治安も良く、真夜中でもない限り女子生徒が一人で帰っても安全なのだ。
それでも不安な者や爵位の高い者たちは護衛をつけたり、送り迎えをしてもらったりするそうだ。
私の家がある住宅地に入った時、突然頭の中に声が響いた。
『そこの近くの裏路地で待っている、"ソル・オネスト"』
それは、今世で最も聞きたくないあいつの声だった。
ハハハ、私を前世の名前で呼ぶとはやっぱ入学式の時にバレてたか…。あいつが待ってる裏路地になんて行きたくないけど、無視すると後が怖いし、また別の日に会うことになりそうなので、仕方なく行くことにした。
「あっ」
「どうかしたの?」
「えーと、学校に忘れ物をしちゃったみたいなので、今からとって来ます」
「あら、一人で大丈夫なの?」
「すぐ近くですし、この時間ならば誰かしらいる筈だから平気です!」
母様と一緒に行く訳にもいかないため、こんな嘘をついて、引き返した。
裏路地は少し治安が悪いため、そこには誰もいなかった。
「わざわざ出向いてやったんだから、とっとと出てこい"セレン"」
敢えて前世の時の名前で呼ぶと、暗闇の中から一人の青年がゆっくりと此方に向かって歩いてくる。
そして暗闇から出てきたのは、完璧すぎる美貌をもつオスクリタ・グリードだった。
オスクリタは前世の時と同じ真っ赤な瞳で、私を見て淡々と言い放った。
「久し振りだな。
単刀直入に言うが、俺と手を組まないか?"ソル"」
こいつと今世では関わらないって決めたのに、早速その願いは儚く散ってしまった…。