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あるオークの審美眼

作者: 足立かおる




 1日目。


 その日、地下世界より1匹のオークが地上へと這い出た。

 どこまでも醜く、壊す事しか出来ず、知性の欠片もない。それがオークである。


「・・・おう、おおう。おう。おおおっ!」


 そのオークは太陽の光を浴びて、涙を流した。

 それどころか天を仰ぐように両手を広げ、膝を落として泣き続けている。


 やがてオークは拳で涙を拭き、地上に出ると同時に放り捨てたツルハシを担いで、真っ直ぐに歩き出した。

 名もなき荒野である。

 オークの選んだ方向に10日も歩き続ければ『世界の果て』と呼ばれる大森林地帯に辿り着くのだが、徒歩で行くとなるとどのくらいかかるのだろうか。

 地平線を見据えるオークの瞳には、何かしらの決意の色が浮かんでいるように見えた。




 31日目。


 トゲが付いたままのサボテンをもしゃもしゃと食べながら、オークは歩き続ける。

 地上に出てからすでに、30もの夜と朝を経験した。

 だがそれでも、オークは朝陽を浴びながら涙を流すのだ。今でも。


「・・・がう?」


 オークが見たのは、蜃気楼のような緑。

 眉根を寄せながら鼻をヒクつかせると、オークは何かに気がついたようだ。


「がーっ!」


 歓喜の雄叫びだろうか。

 叫んだオークはサボテンを捨て、馬より速く走った。


「あう・・・」


 駈け出したオークは情けない声を上げ、今度は小走りで戻る。

 キョロキョロと何かを探していたオークは、己が捨てたサボテンを拾い上げて土を払うと、不格好な革製の背負い袋に入れて顔を歪めた。

 どうやら、笑ったらしい。

 長いコト神なんてものをしているが、笑うオークなんてものは初めて見た。




 35日目。


 オークは夕方まで用心深く大森林地帯で獲物を探し、夜には荒野に戻って寝るという生活を続けていた。

 今日の獲物は、ダリュという小さな鳥が1羽。

 これだけでは腹が膨れないとわかっているオークは、意を決したようにそれまで歩を進めなかった森の奥に足を向ける。


「がるぅ・・・」


 大森林地帯に辿り着いてから、オークは明らかに独り言が多くなった。

 おかげで闇の神の眷属である彼らの言葉も、少しは理解できるようになっている。

 今のは「油断するな」もしくは「気を引き締めろ」という己への戒めであろう。

 まったく、面白いオークもいたものだ。




 52日目。


「がーっがっがっ!」


 オークはごきげんである。


「ほっはー! はっ! はっ! はあっ!」


 ついには、踊り出してしまった。

 大森林地帯にぽっかりとできた広場で、唯一の武器であるツルハシを捨てて踊るオーク。

 意味がわからない。

 そんなに気に入ったのだろうか。

 この季節の大森林地帯にならどこにでも咲いている、フェシートの花を。




 60日目。


 オークは睨み合っている。


「があっ!」


 牽制は功を奏した。

 怯えを見せたゴブリンが後ずさる。


「がっ!」


 オークがツルハシで指し示した方向へ、ゴブリンは一目散に駈け出した。

 野生の獣がよくやる水場争い。

 それに勝利したオークは喉を鳴らして水を飲む、のではなく、周囲を窺いながら背負い袋とツルハシを河原に置き、川に入って体中の土や泥を流し始めた。


「あうーん。はっが、んがんが、おんぬ・・・」


 情けない響きの独り言を訳すと、「えー。俺もあんな汚いの・・・」でいいだろう。

 それからなんとオークは、唯一身に付けている腰ミノを外し、川の石に叩きつけるようにして洗濯を始めてしまった。

 これは認めるしかないのかもしれない。

 このオークは汚濁よりも清浄を、闇よりも光を好む。




 131日目。


「がーっがっがっ!」


 またもやオークはごきげんである。


「ほっはー! はっ! はっ! はあっ!」


 そしてまた歓喜の踊りだ。

 前回とは違い、フェシートの花は大地で咲いている。あの時は数日で枯れてしまったフェシートの花を見て、オークは酷く落ち込んでいた。驚いた事に、学習したらしい。

 学ぶ。

 そんな簡単な事がどうした、という者もいるかもしれないが、闇の神の眷属であるオークが『花は摘めば枯れるから大地で咲いている方がいい』と学んだという事実に、私は心を揺らされた。

 ゆえに、風を吹かせる。


「・・・がうっ!」


 オークは気がついたようだ。

 ツルハシに飛びつく。

 そのまま体を回転させ、背負い袋を盾にするようにしてツルハシを構える。

 片膝立ちで木立を睨むオークの瞳には、決意が見えた。

 守ろうというのだろう。

 あと数日もすれば暑さで枯れてしまう春の花。フェシートの花を。


「んがーっ!」


 その誰何に答えは返らない。

 いや、答えは発せられた。

 鋭い弓勢の一矢が、背負い袋に突き立つ。

 それでも、オークは動かない。


「がーっが!」


 粗鉄のツルハシが矢を弾く。

 1つ。2つ。3つ。


「がっががー!」


 風の精霊達の力が集まる。

 精霊は我が眷属ではあるが、気に入った者をとことん甘やかすので困るのだ。

 オークのかばうフェシートの花にも気づかず、風の刃は放たれた。


「があっ!」


 血を撒き散らしながらオークが吹っ飛ぶ。


「ああっ・・・」


 それは、ひどく人間臭い嘆きの声だった。

 走り寄ってフェシートの花が無事なのを確認すると、オークは血だらけの腕をいっぱいに広げながらまたフェシートの花をかばう。


「ぎゃっ!」


 無防備な胸板に、風の刃が叩きつけられる。

 少しよろけたがオークは、いや、彼は大地を踏みしめて耐えた。


 なんと愚かなのだ。

 数日でフェシートの花の季節は終わる。

 かばってどうする。

 来年になれば、また花は咲くのだ。

 己が来年まで生き延びれば良いではないか。


 だが、私は気づいている。

 彼は、目の前にあるから守るのだ。

 美しいから。

 ただそれだけの理由。

 愚かな命の落とし方だ。

 それでも私は、どんなに愚かでもそんな生き方、つまりは死に方を選ぶ者が嫌いではない。


「オークよ」


 突然の声に、彼は驚いている。

 風の精霊とそのお気に入りもだ。


「オーク語を理解した私だから、意味は通じているはずだが?」

「あいー・・・」

「うむ。不思議は不思議のままで良い。いずれ学べば私の事も理解できよう。大森林地帯に咲く、この春最後のフェシートの花。それをかばってくれた礼に、贈り物をしたい」

「うが?」

「それも、学べばいい。贈り物は言語と、名前だ」

「な、ま、え・・・」

「やはり覚えが良いな。オルクスのサース」

「さーす。ひ、かり・・・」

「そうだ。光を好む者よ。地上世界は、オルクスのサースを歓迎する。さらば・・・」


 呆然とするサースは、やがて己の体にあった傷が消えているのを知って驚いていた。

 下草を踏む音がする。

 樹上のエルフが姿を現したようだ。


「オークが神の祝福を? 信じられん・・・」

「カミサマ、カミサマ。オルクスノサース、オキニイリ。カゼノセイレイ、エルフノミナスオキニイリ!」


 精霊が舞う。

 サースが伏せていた顔を上げると、精霊にミナスと呼ばれていた女エルフが口をパクパクさせながらサースを指差した。


「な、なに?」

「か・・・」

「顔が美形になってるーッ! 誰得? ねえ神様、これって誰得なんですかっ!?」


 知らんがな。


「びけい、は、きれい。さーす、ちがう。きみ、あなた、きれい」


 照れながら言うサースだが、股間を怒張させながら言っては逆効果だ・・・


「ひいっ!」

「あうっ。ち、ちがう!」


 怯えて逃げ出そうとするミナスを見て、サースは大いに慌てる。

 とりあえず地に伏せる事でナニを隠したサースは、しばらく「違う違う」と繰り返していた。




 248日目。


「サース、何度も言わせないで。私はエルフの村になんか帰らないの!」

「・・・でも、この村にはゴブリンとワーウルフ。それにオークのサースしかいない。みんな、エルフの嫌いな種族。見つかると、ミナスが危険」

「サースはオークじゃなくてオルクス! オルクスのサースって神様に言われたでしょ!」

「けど・・・」

「いいから狩りに行くわよ!」


 そう言って、ミナスは粗末な防壁の外に出て行ってしまう。

 急いでツルハシを担ぎ、サースはその後を追った。

 2人が獲物を見つけたのは、土砂が剥き出しになっている崩れた斜面だ。

 木々の間から顔を出すと、斜面に作った巣から出て日光浴をする土リスが何匹も見える。


「風魔法で半分だけ狩るわよ?」

「ミナス、近い!」

「うるさいわね。逃げられたらどうするのよ」

「だって・・・」


 オルクスという種族になって醜い顔は美しくなったが、その性欲は衰えていない。

 鼻息を荒くして前屈みになるサースを見て、ミナスは勝ち誇るような笑顔を見せた。


 ミナス! ドエス! エロス! エロフ!


 私が心の中でそんな言葉遊びをしていると、ミナスはキッ! と空を睨んだ。

 私の直属の部下である精霊王にまで気に入られたミナスは最近、勘が良くなり過ぎたようで困りものだ。




 3650日目。


 国と言えるほどに大きくなった村の自宅で、ミナスはサースに怒りをぶつけている。

 ハルピュイアの偵察兵が、1人で泣きながら森を走る人間の少女を発見したためだ。

 連れ帰って話を聞くと、少女は大森林地帯に国境を接する国の王族で王女だと言う。まだ5歳のかわいらしい女の子だった。

 その女の子を連れた従者達が命からがらエルフの村に辿り着くと、話も聞かずに従者達は射殺されてしまったらしい。

 ミナスはエルフの村を滅ぼし、政変で少女を大森林地帯に追放した国まで滅ぼしてしまうべきだと言ってきかない。


「ミスティアは復讐なんて望んではいない」

「それでも、エルフと人間の所業は許せないわ!」

「ちょ、静かに。ミスティアが起きてしまう」

「じゃあ、サースはどうするべきだって言うの!?」

「成人までここで心穏やかに暮らせばいい。それでミスティアが人間の世界に帰る事を望んだら、いつでも帰って来いと言って送り出そう」

「甘いわ!」


 ミナスの頬にサースが触れる。

 その手は、頬から喉までを撫でるように動いた。

 ミナスの頬は真っ赤に染まっている。


「いつか生まれる俺達の子の、いい姉になる」

「・・・エルフ、子供が出来にくいのよね」

「いいさ。その分たっぷり楽しめる」

「もう、バカ・・・」


 ミスティアは寝ているのでくちづけくらいはいいが、いつもの「らめええええっ!」とかは勘弁してもらいたい。情操教育的な意味で。

 寝室で眠るあの子は、十数年後には世界を救う存在なのだから。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ですか? タイトルで、ちょっと引いてしまいました(≧▽≦) でも、楽しかったです!! もしかして、巨乳エロフの○レスの両親では、、、。 [気になる点] 楽しそうなのに、短編だなんて。 …
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