陽動
騎士団での事情聴取後、アステル達はシルビアさんの宿へと戻った。
対策を協議した結果、ヨシタツ・タヂカ捜索を冒険者ギルドに働きかける。
そのように決まり、彼女達は翌朝一番に宿を出た。
その途中で、アステル達は襲撃を受けた。
一〇名あまりの無頼に前後から襲われ、包囲されてしまった。
先を急ぐあまり、人通りの少ない街路を選んだのが誤りだったのかもしれない。
しかしアステルをかばいながらの不利にも関わらず、ベリトとクリス、フィーは奮戦した。
そして撤退に転じた襲撃者を捕らえようとした時、アステルの姿がないことに気がつく。
驚いたクリス達の隙をついて、襲撃者達は逃げ出してしまった。
クリスの証言によれば、アステルが身を隠していた場所の安全は確認したそうだ。
しかし結果として、アステルの姿は忽然と消えてしまった。
アステル誘拐の概略を聞き終えた俺は、天井を睨む。
一番厄介なのは、何らかのスキルが使用された可能性だ。
クリスとベリト、二人の猛者の警戒を掻い潜り、誘拐を成功させる。
そんなスキルとなれば、ほとんど認識阻害レベルの脅威だ。
むしろクリス達が無事だったのは僥倖に近い。
◆
賞金稼ぎ達による犯罪者集団の強襲後、俺は密かに冒険者ギルドへ赴いた。
街は、物々しい雰囲気が漂っていた。夜の巡回が三倍以上にも増えている。
騎士と兵卒達が持つ松明がさかんに周囲へ向けられた。
路地の奥やわずかな物陰まで照らし、そこに潜む者をあぶり出してゆく。
少しでも不審だと判断した連中を次々と捕らえ、騎士団本部に連行した。
もはや戒厳令と呼んでも差し支えない状況になっていた。
そんな殺伐とした夜の闇の中を、俺は探査と隠蔽で潜行する。
暗がりから暗がりへと、万が一を考えて用心深く突き進む。
かつて先生は言っていた。騎士を侮るなと。
一旦動き始めた騎士団と言う組織は、犯罪者を蹂躙する巨獣だと語った。
だから自らのスキルを過信することなく、細心の注意を払って走る。
巡回する騎士達を避けて路地を抜け、松明の明かりが見えない位置を取る。
その甲斐あって、俺は無事に冒険者ギルドに到着した。
そして今、テーブルを挟んで向かい合う俺とセレスは、情報を交換し合う。
「いま三人は、あなたと監察官を捜索中です。連絡はまだありません」
俺が遭遇した事態を説明したら、セレスが現在の状況を教えてくれた。
クリス達は誘拐現場の周辺を捜索したが、手掛かりがつかめなかった。
これ以上の捜索は無駄だと判断すると、彼女達は冒険者ギルドに一報を入れた。
冒険者ギルドから人数を出すと共に、騎士団へも捜索を依頼する。
騒然とした状況の中で、クリスが独自に俺とアステルの捜索に掛かると宣言。
セレスの制止を振り切り、ベリトとフィーを引き連れて出て行ったそうだ。
以来、彼女達とは音信不通らしい。
クリス達に連絡を入れなかったのは、あきらかに失敗だった。
もし俺の無事を知っていれば、まずこちらと合流しようとしたはずだ。
どこでこんな迷路のような状況に陥ってしまったのか。
「あの三人なら、大丈夫です」
テーブルで握り締めた俺の拳を、セレスがそっと触れる。
「朝になれば、冒険者に監察官の捜索依頼を大々的に発注します。街中での活動に適したパーティーが何組もありますし、あの三人もすぐに見つかります」
「騎士団に連絡してくれ。監察官誘拐と、霊礫の窃盗犯達とはつながりがある」
焦っても仕方がない。今は取れる手段を全て実行するべきだ。
俺は彼女に、賞金稼ぎ達が捕縛した犯罪者達の監禁場所を教えた。
◆
「監察官誘拐は、陽動だと思われる」
開口一番、ギリアムさんが主張した。
「霊礫盗難事件の犯人達は、分散して潜伏している」
騎士団との会合の場は、冒険者ギルドに設けられた。
騎士団からはギリアムさんが、冒険者ギルドからはジントスさんセレスが出席している。
そしてギルドマスターの非常召集により、八高弟も顔を出していた。
シルビアさんの宿を護衛しているはずのマリウスまでいた。
慌てて彼に詰め寄ったが、シルビアさんとリリちゃんは神殿に預けてきたそうだ。
「あそこなら安全ですから」
マリウスが自信満々に保証するので、それを信じることにした。
他の兄弟子達が俺に向ける視線は、未だに冷ややかだ。
カティアは不在みたいだ。彼女はいま、街の外にいるらしい。
肝心なときにフラフラと、どこをほっつき歩いているんだ。
会合はまず、騎士団からの使者であるギリアムさんが主導した。
「かの盗賊団は捜査を混乱させ、街の外への脱出の機会をうかがっているのだろう」
ギリアムさんの論旨は、十分に納得できる。
「よって捜査は、盗賊団の一点に絞る」
「待ってください! 監察官の捜索はどうするんです!」
だが、その結論には異議がある!
「霊礫奪還は、何事にも優先されなければならない」
ギリアムさんは無表情に答える。
「この件に関しては、冒険者ギルドにも協力してもらう。これは領主の意向でもある」
「それは命令か、ギリアム?」
「そう受け取ってもらっても構いません」
ジントスさんはしばらく考え込んでいたが、頷いてしまった。
「いいだろう、協力しよう」
「ジントスさん!」
俺の抗議の叫びを、ギルドマスターは手を上げて抑えた。
「落ち着け。要点は一緒だ。盗賊団を押さえれば、自然と監察官も見つかる。手掛かりがない以上、それがもっとも有効な手段だ」
力が抜けた俺は、ドシンと椅子に腰を落した…………思わず立ち上がっていたらしい。
「そう言いたかったんだろう、ギリアム?」
ギリアムさんの視線が、一瞬だけ泳いだ。それを見て、彼に喚いたことを後悔した。
「…………俺達は抜けさせてもらうぜ」
八高弟の次兄、ベイルがうそぶいた。
見れば、兄弟子達の表情は硬い。いまだアステルへの確執が解けてないようだ。
「ここへ来ただけでも、義理は果たした」
長兄ラウロスも拒絶の意を表す。
「それは許さん。たとえ八高弟といえど、この街のギルドに属している以上、領主の意向には従ってもらう」
ラヴィが挑発的な笑みを浮かべる。
「イヤだって言ったら、どうするんだい?」
ピリピリと、空気が緊張する。
もとより権威に従わぬ無頼の集まりが、八高弟なのだ。
それがカティアの下で結束しているに過ぎないのだ。
カティアという楔がなければ、彼らはたやすく本性をむき出しにする。
だが、アステルの捜索に八高弟の協力が欲しい。
盗賊団捕縛の際、たとえアステルが人質にされても、八高弟なら無傷で彼女を奪還できる。
「兄者達、どうかお願いします」
俺は机の上に額を叩きつけ、両手をついて懇願した。
部屋に静寂が満ち、誰も口を開かない。
「よしなよオッサン、そんなマネをしてもムダだぜ」
ベイルの冷酷な声が頭上に降る。
自分でも分かっているのだ。
彼らを説得するのに、これが拙いやり方だということは。
だけどもう、こうして頭を下げて頼むほか、何も思い浮かばない。
小細工も、手札もない。根回しの時間もなかった。
クリスとフィー、二人の心強い仲間も側にいない。
「まあ、僕は手伝いますけどね?」
諦めかけた時、末弟マリウスが救いの手を差し伸べてくれた。
「テメエ、どういうつもりだ!!」
弟弟子の裏切りに、ベイルが怒号する。
「いえね、リリちゃんがアステルさんのこと、とても慕っていたんですよ」
兄弟子の怒りにもどこ吹く風とばかりに、軽い調子で説明する。
「誘拐のことを知って、すごく心配してましてね。さっき別れる時、アステルさんを助けてほしいと頼まれまして。だからまあ、そういう訳です」
「…………うむ」「…………くふ」
七兄ガレスと六兄フルが戸惑ったような声を漏らす。
実はこの二人、意外とリリちゃんを気に入っているのだ。
この二人は他人とのコミュニケーションが苦手と言うか、誤解されやすいところがある。
そんな二人にもリリちゃんは、人懐っこく接していたのを目にしたことがある。
そのため、マリウスの言葉に傾いている気配が感じられる。
「…………仕方あるまい、わしも手伝おう」
次に発言したのは、五兄グラスだった。
「監察官の護衛をしていたのはわしの弟子だ。弟子の不始末は師匠がつけねばなるまい」
ちょっぴり顔を上げると、ラヴィと目が合った。
「はいはい、愛弟子のためだからね」
「…………それがしも、リックの件ではタヂカに借りがある」
四兄ガーブもしぶしぶ頷く。
「てめえら! それでいいのかよ!」
ベイルにしてみれば、アステルは気に入らない相手だ。
カティアとの確執がある相手を助けるのは、どうしても抵抗があるらしい。
吼えるベイルを、マリウスがまあまあと抑える。
「リリちゃんが落ち込んでいるから、お母さんのシルビアさんも心配してましたよ」
マリウスの言葉に、ベイルがしかめっ面をする。
シルビアさんは、カティアの親友だ。なるほど、こういう搦め手もあるのか。
チッと舌打ちをしたベイルは、腕を組んでそっぽを向く。どうやら陥落したようだ。
そして長兄ラウロスに、視線が集まる。
彼は表情も変えずに、考え込む。
「…………姐御の不在中、お前達の手綱をとる者が必要か」
やがて諦めたように、そう呟いた。
捕縛した廃屋の犯罪者達を、あらためて騎士団が尋問したが、他の仲間の潜伏場所は明確には分からなかったらしい。だが、お互いに連絡は取り合っていたので、ある程度の区域は割り出せた。
彼らは合図と共に、街の外へ脱出する算段を整えているらしい。
事は急を要する。判明した五つの区域を封鎖し、一斉に捜索を開始する。
集められるだけの要員を投入する、人海戦術だ。
時間がないので、ぎりぎり夕暮れと共に作戦を決行する予定だ。
八高弟や冒険者、騎士団や兵卒を割り当て、全ての家屋を徹底的に家捜しする。
ある意味、もっとも確実な戦法だろう。
さて、俺はどの区域に派遣されるのかと思ったら、待機を命じられた。
「ここに残れ。予備戦力だ」
ジントスさんはそう説明したが、おそらくクリス達の件があるからだろう。
いまだ彼女達からの連絡はない、来るとしたらここ冒険者ギルドだろう。
その配慮に感謝して、大人しく待っていることにした。
みんなが出払った冒険者ギルドは閑散としていた。
セレスは奥に引っ込んで、ジントスさんと会議中だ。
ひとり、ぽつんと待っていると、色々と嫌な想像が掻き立てられる。
アステル、クリス、フィー。
今ごろ彼女達はどうしているのだろうか。
特にアステルに関しては、最悪の予想が止められない。
アステルに関わってからの俺は、どうにも空回り気味だ。
やることがないので過去を振り返り、自分の過ちを反省する。
どうして彼女達から離れてしまったのか。そもそもそれが最大の失敗だ。
みんなを巻き込みたくないから、一人で突っ走ってしまった。
結局はそれが原因で、アステルが誘拐され、俺達はバラバラになってしまった。
…………何か、おかしくないか?
霊礫の盗難騒ぎの前に、ヘイメルと接触した。時系列がおかしくないか?
ヘイメルの目的は本当に俺だったのか? どうしてそう思ったのだ?
ちょっと待て。アステルが誘拐されたのは、本当に陽動のためなのか?
閑散とした周囲を見回す。いまギルドは全力を挙げ、盗賊団を追っている。
盗賊団を追えば、いずれアステルの線にたどり着く。
そういう期待もあって冒険者ギルドは騎士団と協力体制を敷いている。
もしも前提条件が逆だとしたら?
騎士団は、冒険者ギルドの監察官より、霊礫盗難の事件を追うのは間違いない。
霊礫に関わる事態は、何よりも優先されるとギリアムさんは言った。
アステルの身の安全よりもだ。
だとしたら、アステルの誘拐は下手に足がついてしまうリスクがある。
だが、霊礫盗難事件の方が陽動だとしたら?
いや、それも意味が通らない。
そこまで大げさな仕掛けをして誘拐する価値が、果たして彼女に――――
真偽判定のスキルだ。
コザクラは、公式には真偽判定のスキルが無価値であると強調していた。
だが彼女は、真偽判定そのものではないと、白状している。
彼女はあきらかに俺を騙していた。
いや、違う。彼女は彼女なりの理由やロジックで、動いているだけだ。
公式には価値がないというのなら、非公式ならどうか?
そうだ、おかしいのだ。真偽判定というのはどう考えても、有用なスキルだ。
欲しがるものは、たとえリスクがあろうと手に入れたいスキルだ。
いま、冒険者ギルドと騎士団の目は盗賊団に向いている。
全ての監視の目が、あらゆる戦力が街壁の内側に集中している今、
街の外側は、ほとんど無警戒だ!
俺は立ち上がると、冒険者ギルドを飛び出した。




