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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
王都からきた監察官
98/163

プレデター

 どうやら俺は、賞金稼ぎ達の情報収集能力を過小評価していたらしい。

 捜索期限を翌日と告げたが、実際には二、三日は掛かると予想していた。

 ところが彼らは本当に、翌日の昼過ぎ頃に目的の場所を割り出してしまった。


 以前から疑問に思っていたことがある。

 彼らはなぜ、賞金稼ぎなどをしているのだろうかと。

 俺はかつて、看破を使って彼らの身辺調査を行ったことがある。

 賞金稼ぎギルドがある種の、犯罪者集団ではないかと疑ったのだ。

 結果は、シロだった。

 それどころか、賞金稼ぎ達はまっとうな職業に就いているものがほとんどだった。

 宿屋の主人や商家の手代、とあるギルドの職員、街の門を守る兵卒など。

 社会的地位もそれなりだし、最低でも一家を養う収入がある。

 彼らを知る人々の評判も、おおむね良好だ。

 面倒見の良い隣人、頼りがいのある同僚、子煩悩で愛妻家、職務に忠実な部下。

 そんな彼らがなぜ、賞金稼ぎなどという汚れ仕事に手を染めているのだろうか。

 あるいは逆なのか?

 そちらが仮装で、賞金稼ぎの正体を隠すための隠れ蓑に過ぎないのかもしれない。


 素顔を偽り、一般人に擬態する捕食生物。


 そんな得体の知れない連中なのだ、賞金稼ぎというのは。

 俺も人のことを言えた義理ではないのだが。


      ◆


「ふむ」

 二階の窓から外を見下ろしていた老人が、考え深げに顎を撫でた。

 うっすらと白く濁った眼が、街路を歩いてきた強面の男を捉えている。

 こちらの建物から、街路を挟んだ向かい側には空き家がある。

 朽ちた木材やら瓦礫が散乱する敷地に、ぽつりと残された廃屋だ。

 男はさりげなく周囲を一瞥し、瓦礫を踏みながら廃屋の中に入って行った。

「どうですか、≪先生≫?」

 窓枠の陰で一緒に監視していた俺は、隣の老人に問い掛ける。

「ダステンだ、強請と強盗の罪で手配されておる。最近、街の外から来たようだな」

 その答えに、思わず唸ってしまう。

 俺が張り込みを始めてから、あの廃屋に入った男達はこれで四人目。

 その全員を、先生は犯罪者だと断定している。どういうことだ?

「≪黒≫、あの家の中にいる人数は分かるか?」

「俺が最初にあの家を見つけた時、三人組が中に入った」

 部屋の隅、窓の明かりが届かぬ陰に、たたずむ男が答える。

 黒いフードで顔を隠し、全身黒尽くめの男だ。

 通称はそのまま≪黒≫、賞金稼ぎの中でも腕利きだ。

「どんなやつらだった?」

「遠目だったので容姿は不明だ。背格好からすると男二人、年配の女が一人だ」

 最低でも七人。もしヘイメルがあの家にいれば八人、あるいはそれ以上か。

 探査を掛けてみたいが、逆探知のスキル所有者がいないとも限らない。

 下手なことをして、逃げられたら元も子もない。


 ヘイメルとおぼしき人物の目撃情報を基に、賞金稼ぎ達はこの地域を割り出した。

 さらに調査して一軒の廃屋と、そこに出入りする不審な人物達の情報を入手。

 現在は賞金稼ぎ達が周囲に潜み、監視を続けている状況だ。

 どうやらあそこは、廃材置き場らしい。周囲の建物との距離があり、裏手が細い運河に臨んでいる。

 人目を忍ぶには都合がいい場所だろう。

「…………弓使いの殺人者か」

 記憶を探るように、先生が指先でこめかみを突っつく。

「心当たりがありますか?」

「この街の者でないのは確かだが、はて」

 情報通の≪先生≫が知らないとなると、ヘイメルは手配犯ではないのか?

 とにかくあの廃屋は、犯罪者集団の巣窟になっているようだ。

「すみません、先生にまで出張ってもらって」

「なんの、おぬしには孫の命を助けてもらった借りがあるからの」

「そんなものは、とっくに返してもらってますよ」

 彼には本当に世話になっているのだ。

 無償で応援に駆けつけてもらい、かえって恐縮してしまう。

「気にするでない、年寄りの暇つぶしだ。それよりもどうするのだ?」

 そうだった、この状況を解決するのが先決だ。

 ヘイメルに仲間がいるとなれば、作戦を練り直さなくてはならない。

 隠蔽で中に侵入するか? 駄目だ、あまりにもリスクが高すぎる。

 屋内で隠蔽が破綻すれば、逃げ場はない。

「中の連中をいぶり出すのに、お前達の手を借りられるか?」

 黒が黙り込む。あまり乗り気ではないようだ。

「手伝ってやれ、黒」

 先生の助け舟に、黒は忌々しげに唾を吐く。

 賞金稼ぎ達の≪代理人≫を務める先生の言葉を、無碍には出来ない。

 先生の機嫌を損ねると、賞金稼ぎの活動に不都合が生じるのだ。

「…………報酬次第だ」

 そう言われても、今は手持ちの金がない

 これ以上の出費はフィーに頼むしかないのだが。

 いまさらだけど、二日もクリス達に連絡をしていないのが気に掛かる。

 気分は朝帰りの亭主どころではない、内心では戦々恐々としている。

 こちらの所在が知れたら、殴り込みを掛けられそうな気がする。

 彼女達を巻き込まないためにも、今日中に決着をつけよう。

「冒険者ギルドに行って、セレスという受付嬢に会ってくれ」

 金貨一〇枚、用立ててくれるように言伝を頼む。

 実際に金を受け取る必要はない。冒険者ギルドの保証があればいいのだ。

 大金だが、たぶん大丈夫だろう。ギルドの倉庫には、鎧蟻の外殻という担保があるのだ。

 俺からの使いである証拠として黒に短刀を渡し、先日彼女と飲みに行った酒場の名を教える。

 短刀には工房の印が刻んであるので、受付嬢なら見覚えているはずだ。

 短刀を受け取った黒は、ちょっと驚いたようだ。

 セレスと会えば当然、俺の素性がばれる。

 身元を神経質なまでに隠す賞金稼ぎにしてみれば、非常識に思えるのだろう。

 だが、別に構わない。俺はもう冒険者なのだ。

「黒よ、分かっているな?」

 そう思ったのだが、先生が釘を刺してくれた。俺の情報を利用するな、という意味だろう。

 黒は神妙に頷いた。なんとなく彼の雰囲気が和らいだ気がする。

 それほど大仰なことじゃないんだが。とにかく言葉を続ける。

「監視している連中に、合図があったらいつでも行動できるように準備させてくれ」

 ヘイメル以外の犯罪者は見逃してもいいのだが、一応全員の捕縛を頼む。

 万が一、ヤツが不在だったり逃げられたら、残った連中を尋問する必要がある。

 簡単に打ち合わせを済ませると、黒は出て行った。

 部屋に残った俺と先生で、さらに監視を続ける。


「…………どうして嫌われているんでしょうね?」

 黒が俺に隔意を抱いているのが、その態度から伝わっている。

 だけどこれまで、ほとんど言葉を交わしたこともない相手なのだ。

 先生はクツクツと喉の奥で笑った。

「≪亡霊≫に対抗意識を持っておるのだよ」

 改めて言われるまで、かつての自分の通称をすっかり忘れていた。

「俺に、ですか?」

「街にふらりと現れたおぬしが、あっという間に一〇人殺しを達成したのだ。その偉業を、他の賞金稼ぎ達が意識するのは当然だ」

 偉業という言葉に顔をしかめると、先生は愉快そうにこちらを見た。

「最近はトンと音沙汰がなかったが、どうしていた?」

「その、別の仕事をちょっと…………」

「九番目の高弟の噂を知っておるか?」

「…………」

「おぬしが顔を見せなくなってしばらくしてから、名を売り出した冒険者らしい」

「えーと、すみません。ご挨拶もしませんで」

 彼に黙って賞金稼ぎから足を洗ったのは、義理を欠いたかもしれない。

 カティアが冒険者としての師匠だとすれば、彼は文字通り俺の≪先生≫なのだ。

 獲物の見つけ方から殺し方まで、色々と教えてもらった。

「おぬし、変わったな?」

 ペコペコ頭を下げていると、彼は小首を傾げて言った。

「そうですか?」

「ああ。出会った頃は本当に亡霊のようだったが、今のおぬしは人間に見える」

「…………仲間が、出来たんです」

 俺の言葉に、先生は優しい顔になった

 かつて、≪殺人鬼≫と畏れられた人物とは信じられないほど、慈愛に満ちた眼差しだ。

 しかし再び窓の外に向けた表情が、ひどく厳しいものになった。

「最近、街の空気が不穏だ。外から来る不逞の輩が明らかに増えた。おまけに霊礫の盗難、騎士団本部前での襲撃事件」

 その冷徹な視線が、じっと廃屋に向けられる。

「この街は以前と比べ、どこか変わってしまった気がする」


      ◆


 辺りが薄暗くなってから、黒は戻ってきた。

 予想以上に遅かった上に、ひどく憔悴した様子である。

 彼は恨みがましい目でこちらを睨む。

「俺に何か恨みでもあるのか?」

 しかも身に覚えのない非難までする始末だ。

「何なんだ、あのセレスっていう女は!」

 ああ、そういうことか。

「お前の居場所を吐けと散々脅された挙句――――おい、何がおかしい!」

 セレスを前にすくみあがる黒を想像したら、つい口元が緩んでしまったようだ。

「尾行はあったか?」

「撒くのにえらく手間取ったぞ。おかげでこんな時間になった」

 セレスなら、当然そうするだろうと予測していた。

 騎士団の本部前で襲撃を受け、行方をくらましたのだ。

 ギルドとしても放置できないだろう。事情説明では骨が折れそうだ。

「お疲れ様。それで首尾はどうだったんだ」

「金貨一〇枚、確かに請け負うと言っていた」

「そうか。なら問題はないな?」

「いいだろう、こちらの手はずは整っている」

 よし、後は突入のタイミングだ。廃屋の連中が寝静まる夜か、あるいは明け方か。

 先生に相談しようと思ったところで、黒に一通の封書を手渡された。

「あの受付嬢から預かってきた」

 封を切って、書状を広げる。お叱りの言葉だろうが、看破を掛けた。


 監察官 誘拐:至急連絡 乞う


 誤解の余地も無い、明白な内容。なのに思考が上滑りして、意味が呑み込めない。

 そしてふと、黒が言っていたセリフを思い出した。

「黒、お前は確か、年配の女があの空き家に入ったと言っていたな?」

「…………ああ、あの三人か。遠目で容貌ははっきりとしなかったが」

 俺はゆっくりと、慎重に言葉を紡ぐ。

「それなのにどうして、その女が年配だと分かったんだ?」

 黒は鼻を鳴らした。

「それぐらいは分かる。なにしろ真っ白な髪の――――」


 ぐしゃりと、書状を握りつぶした。

 思考が 沸騰する 理性が 蒸発する


「全員に、合図をしろ」

 自分のものとは思えないほど、しゃがれた声が漏れた。

「いますぐ、あの家に踏み込ませるんだ」

 またしても俺は、取り返しのつかない失敗をしてしまった。

 何度も何度も、繰り返し繰り返し、自分の愚かさを思い知らされる。

 俺が見詰めると、黒は二、三歩後ずさりながら窓際に寄った。


 彼の吹いた口笛が、薄く茜色が残る、宵闇の街に響いた。

 周辺の物陰から短い口笛が次々と応える。

 廃材置き場を取り囲み、ぽつぽつと赤い火が灯る。

 一つ、二つ、三つと、小さな灯火の数がどんどん増える。

 やがて二〇余りの赤い光点が現れ、廃屋に忍び寄った。

 俺も剣を抜き、二階の窓から飛び降りる。着地と同時に、地面を蹴って走る。

 賞金稼ぎたちが廃屋に群がり、窓と壁を手にした手斧で叩き割る。

 そして灯芯に点火した小瓶を、破れ目から次々に投げ込む。

 ガシャンガシャンと、瓶が割れる音が聞こえた。

 間をおかず、廃屋のあらゆる隙間から白い煙が漏れてきた。

「魔物避けだ。人間にも効く」

 追いついて来た黒の言葉通り、廃屋から激しく咳き込む音や罵り声が聞こえてくる。

 扉や窓から、数人の男達が慌てふためいて跳び出した。


 真っ先に逃げ出した男の顔面に、金属の塊がめり込んだ。


 男はひっくり返り、気絶したのか動かなくなった。

 賞金稼ぎ達が、錘のついた紐をヒュンヒュンと振り回しながら待ち構えていた。

 回転する紐によって勢いのついた金属の錘が、次々と放たれる。

 逃げ惑う男達を、容赦なく狩る賞金稼ぎ達。

 相手が剣を抜けば紐を絡めて封じ、足に巻き付けて引き摺り倒す。

 身動きができなくなった獲物に、賞金稼ぎ達が錘を投げつける。

 抵抗する気力を奪うまで、全身を打ち据える。

 男たちの悲鳴と、肉を打ち骨を砕く音の合唱が辺りに響く。

 これが賞金稼ぎのやり口だ。獲物と対等に戦うつもりなど、端からない。

 どれだけ効率よく、安全に目標を無力化するか、その一点に特化している。

 淡々と効率よく、肉を調理する作業に過ぎない。


 そんな凄惨な光景を、俺は無感動に眺めていた。

 探査―並列起動―看破

 発動したスキルに没頭し、周辺地域を丹念に調べる。

 一人の男が額から血を流し、賞金稼ぎの包囲網からフラフラと逃げ出してきた。

 駆け寄った黒に取り押さえられ、抵抗もできずに紐で拘束された。

 名前は確か、ダステンと言ったか? 丁度いい、コイツに訊いてみよう。

 俺は短刀を引き抜くと、地面に転がされたダステンに近寄った。

「何をする気だ?」

 後ろから声を掛けられた。先生だ。

「尋問です。彼女の居場所を聞き出さないと」

 探査を掛けたが、廃屋の中にアステルの反応はいない。ヘイメルもいない。

 鼻孔から垂れる血を指で拭った。探査と看破を並列起動した副作用だ。

 どれほど範囲を広げても、彼女は見つからない。

 ダステンを尋問すれば分かるかもしれない。

「そうか…………ところでその短刀をどうするつもりだ?」

 俺は顔をしかめた。どうして分かりきったことを訊くのだろう?

「尋問に使うんですよ」

 背後から正面に回った先生が、ジッと俺の顔を見詰めた。

「≪亡霊≫、尋問なら任せておけ。おぬしの聞きたいことは全て訊き出してやる」

「でも…………」

「いいから、な?」

 子供でもなだめるように言われた。

 まるで俺が我が儘を言っているみたいじゃないか。

「…………じゃあ、俺はちょっと家の中を見てきます」

「うむ、そうしろそうしろ。黒、付き添ってやれ」

「…………ああ、分かった」

 黒に付き添われ、俺は廃屋の中に入った。


      ◆


 俺は廃屋の裏手に流れる、水路を眺めた。

 陽はすっかり沈んだが、夜目に馴れてうっすらと様子が判別できる。

 水路に張り出した板と、突き立てられた杭。

 簡素な造りだが、船着き場になっていた。

 ここからアステルは、小舟で連れ去られたそうだ。


 先生が廃屋にいた連中を取り調べ、情報を絞り出してくれた。

 やはり先生に任せて正解だったようだ。俺には尋問に適したスキルはない。

 黒が目撃した女性はやはり、アステルに間違いなかった。

 この廃屋に到着するとすぐに、小舟でどこかに連れ去られたようだ。

 賞金稼ぎの包囲網が完成したのは、事後だったことになる。

 だが、もう少し早く知っていれば、手の打ちようがあったはずなのだ。

 廃屋に残された連中は、彼女の行方について知らないらしい。


 俺は手にした小袋を握り締めた。先ほど、先生に渡されたものだ。

 男達から押収したものの一つだ。中身は、霊礫だ。

 先生によれば、例の盗難事件で奪われた、霊礫の一部らしい。


 誘拐されたアステルと、霊礫の盗難事件。

 最後に暗い水面を一瞥してから、俺は廃屋の中に戻った。


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