SS-06 連続下着盗難事件《解決編》
「あたしのスキルが囁くのです! 真犯人はこの中にいると!」
居間に集まった人々を見回し、コザクラが宣言する。
「連続下着盗難事件の犯人が!」
登場人物
コザクラ:美少女名探偵
ヨシタツ・タヂカ:冒険者。犯人。
クリス:タヂカのパーティーメンバー
フィー:タヂカのパーティーメンバー
リリ:宿屋の看板娘
シルビア:宿屋の女将
タマ:ネコ
しばらく前に、宿の物干し場からクリスとフィーの下着が連続して紛失するという、不可解な事件が頻発した。干した洗濯物を籠に投げ込んで、ちょっと目を放した隙に消え失せてしまったらしい。
一時は外部の者による窃盗も疑われたが、物干し場は中庭にある。隣家との垣根も低く、昼間に不審人物がたびたび侵入して目撃されないのは不自然である。
だとしたら内部の者の犯行か? でも一体誰が?
「すっかり忘れていた本件ですが、このまま迷宮入りにさせないのです。あたしの名誉を守るため、たとえ冤罪をでっち上げても解決してみせるのです!」
「ちっとも解決していないだろ、それは」
居間の真ん中で、椅子に縄で縛り付けられたタヂカが不満を漏らす。
「容疑者その一は黙るのです」
「なんで俺が容疑者なんだよ!」
「人目に触れず、完璧な盗みを働く。そんな存在に心当たりはないのですか?」
びしっと指を突き付けられ、ヨシタツがたじろぐ。
状況的に、隠蔽スキルを持つ自分が一番怪しいという自覚はあるのだ。
「さて、まず被害者の証言を再確認するのです、お姉様、お願いするのです」
指名されたフィーが立ち上がると、後ろめたそうにタヂカを見る。
「ノリでやっちゃったけど、コレってまずくない?」
「ノリでやるなよ」
コザクラの指示で、リリとクリス、フィーが彼を椅子に縛り付けたのだ。
特にリリが楽しそうにはしゃいでいたので、ヨシタツもついつい、為すがままにされてしまった。
そうして気が付いた時には、ひじ掛けに腕を、椅子の脚に足首を縛られ、ちょっとシャレにならない格好にされてしまった。
「些細なことなのです、ささ、証言を」
「なんだか腕がうっ血してきたんだけど…………」
「そう、あれは二週間ほど前の、よく晴れた日だったよ」
片手を胸に添え、舞台俳優のようにフィーは情感たっぷりに語り始めた。
「干した洗濯物を取り込んで、タライを片付けようと目を離した隙に」
「洗濯物の種類と数の説明をお願いするのです」
「え? そんな細かいこと覚えていないよ?」
「では、下ばきの数だけでいいのです。盗まれたのはそれなので」
「え~と? クリスの分と合わせて二十枚ぐらいかな?」
「「「……………」」」
昼下がりの居間に、微妙な空気が流れる。
「え? なに! どうしたの!?」
押し黙る面々の顔を、焦ったように見回すフィー。
相棒のクリスの顔が、恥ずかしそうに赤くなる。
「…………洗濯物、ためすぎだよ」
宿屋の看板娘、リリが呟く。
「仕事で忙しいのなら、わたしの方でやっておくわよ?」
宿屋の女将、シルビアが優しい笑顔で申し出る。
「マメに洗濯することをお勧めするのです! 汗染みは放置すると黄ばむのです!」
コザクラまでもが、主婦の知恵みたいなことを言い出す始末だ。
「なんなら俺が洗濯しようか?」
「ダメです! なにを考えているんですか!」
タヂカに向かって、クリサリスが怒鳴る。
「大丈夫だって。俺は祖母の汚れ物だって洗ってたんだよ?」
ちゃんと生地を傷めずに綺麗に洗うからと、保証するタヂカ。
まったく悪びれない彼の態度に、約二名ほどが敗北感を味わう。
「そ、それは偉いです、孝行で立派なことだと思うのですが!!」
クリスはワナワナと唇を震わせて叫び、フィーがガックリと膝をついて床を叩き出す。
「事件の動機を根底から覆されたのです」
コザクラがボソリと呟き、よく分かっていないリリは小首を傾げた。
「お祖母様と若い女性の下着を同列視する人を犯人扱いするのは、ねえ?」
シルビアの苦笑まじりの突っ込みに、フィーが憤然と立ち上がる。
「いいわよ! だったら洗ってもらおうじゃない! 洗いなさいよ、さあ!!」
「フィー、ヤケをおこしたらダメ! それは負けだから!」
プライドを傷付けられ、タヂカに食って掛かる彼女を、クリスが抱き止めた。
「ねえ、タヂカさん? みんなどうして騒いでいるの?」
「うん、俺がクリスとフィーの下着を盗んだと疑われているんだ」
「下着を? どうしてタヂカさんが?」
「そんなものを欲しがる男も、世間にはいるんだよ」
憮然としたタヂカの説明を聞いても、リリにはやはりピンとこないようだ。
なにやら考え込んでいたリリは、すくっと立ち上がると居間を出て行った。
と思ったらすぐに戻り、手にした白い布切れをタヂカの膝に置いた。
「はい、これ」
「いやリリちゃん? 本気で意味が分からないんだけど」
ほんのりと頬を染めるリリに、タヂカが情けなさそうな顔で困惑する。
「リリ、そんなことではダメよ」
娘の行為を、シルビアも苦笑してたしなめる。
「洗濯したものでは意味がないの」
「シルビアさん! あんた実の娘になに教えてんだよ!」
タヂカが吠えてガタガタと椅子を揺らし、シルビアの教育方針に猛抗議する。
「大丈夫なのです! ヨシタツならきっと、脳内で補完できるのです!」
「なにを補うんだ!?」
絶叫するタヂカを、クリスとフィーが蔑んだ目で見つめた。
タヂカが暴れたせいで、彼の膝の上に載った布切れがハラリと床に落ちた。
それまで退屈そうにソファーに寝そべって人間達を眺めていたタマが、欠伸と共に起き上がる。
彼は床に降り立つと、落ちていた布切れを咥え、そのまま立ち去った。
居間を静寂が満たした。
クリスがタヂカの縄を解くと、タヂカが先導してタマの後を追う。
到着したのは、中庭にある薪の貯蔵場所だ。
雨をしのぐ簡単な屋根が掛けてあるが、壁はない。積み上げた薪のその陰に、タマがいた。
「…………うわあ!」
リリが押し殺した歓声をあげ、他の者も目を丸くする。
母ネコと、生まれたばかりの子ネコが五匹、仲良く眠っていた。
タマは母子の下に、咥えた布切れを押し込んだ。
子ネコ達の下には何枚もの下着が敷いてある。寒さからネコの母子を守る、極上の寝床となっていた。
うっすらと目を開けた母ネコが、ニャアと鳴いた。
タマがその額を舐めると、不躾な野次馬どもを睨んだ。
もう気が済んだだろう、タマの目がそう語っているようにタヂカには思えた。
「…………おい」
「なんなのです?」
「どういうことだ、これは?」
「あたしはちゃんと確認したのですよ? 人目に触れず、完璧な盗イタタタタ」
コザクラの頭を、拳でグリグリとえぐりながら、ふとタヂカは疑念を覚えた。
タマが自分達を、この場所にワザと案内したように感じたのだ。
今まで決して気取らせなかったのに、なぜこのタイミングで?
なんとなく看破を発動して、彼は宿の居候を見詰めなおした。
名称:ネコ
年齢:五年
種族スキル:読心
驚くタヂカを一瞥したタマは、ぐふんと鼻を鳴らした。
彼はなによりも、温かい寝床と静かな環境を愛していた。
騒々しい人間達も、これで大人しくなるだろう。
ネコのタマは満足げに欠伸をすると、子ネコ達の隣に寝そべった。




