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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
王都からきた監察官
94/163

墜落

 この街は魔物避けの高い壁に囲まれているので、建造物のスペースが限られている。

 だから中心区では建物が過密状態となり、一枚の壁を両隣で共有する例もある。

 後は上に伸びるしかないが、建築上の安全と税金の関係でほぼ三階建てで揃っている。

 つまり建物の上に登ると、延々と屋根が連なる景色が一望できるのだ。

 橙色のスレート葺きの屋根がうねる大地とすれば、街路の切れ目は谷にあたる。

 陽の光を浴びてオレンジ色に輝く、そこは人工の峡谷地帯だった。


 人が滅多に立ち入らぬその領域で、俺と襲撃者は戦っていた。


 ヘイメルと自称したあの男が長弓を放ちつつ、屋根の上をひた走る。

 俺は接近を試みるが、高速で飛来する矢に牽制されてしまう。

 遠距離からの攻撃を前に、いまのところ防戦一方だ。

 だが相手が腰に下げた筒に入った矢も無限には続かない。

 相手の矢が尽きた時が勝負だ。それまで逃さないように、圧迫していればいい。

 矢羽が風を切る音と、剣が矢じりを弾く金属音が空に響く。

 オレンジ色の屋根を跳び伝いながら、俺達の攻防は続いた。


 俺の弱点はいろいろあるが、特に遠方からの奇襲攻撃に脆かったようだ。

 眉間を狙った矢を、垂直に立てた剣の腹で防ぎながら、そう思う。

 あらかじめ探査スキルと剣術スキルと並列起動していれば、対処は可能である。

 並列起動とは、単に異なるスキルを同時に発動することではない。

 いまも探査と剣術が連携して飛来する矢の射線を予測し、剣で防いでいる。

 レーダーと連動した迎撃システムのようなものだ。

 それは二つのスキルが融合し、ひとつのスキルとして機能するのに等しい。

 しかし、並列起動を加えて三つのスキル発動を長時間は持続できない。

 体内にある、スキル発動に必要な何かが激しく消耗するのだ。

 敵を警戒して常に発動し続けることは不可能である。

 再び奇襲を許すことになったら、今度こそ死傷者がでるかもしれない。

 だから絶対に、ヘイメルを逃すわけにはいかないのだ。


 風切り音と共に、こちらの腹を狙った矢を捌く。続く頭部への矢は、首を傾けて躱す。

 その精密な狙いと俊敏な動きは、明らかにスキルによるものだ。

名称:――――――

年齢:―――

スキル:――――――――――――――

固有スキル:――――

履歴:殺人×八

――――――――

 相変わらず看破を通さないが、二度の対戦を経てその能力が垣間見えてきた。

 自らの情報を隠すスキル。投擲スキル。長弓を扱うスキル。

 なんとなく、かつての自分を思わせるスキル構成だ。

 ヘイメルは隣の屋根に跳ぶと、滞空中に上半身をひねって二本の矢を同時につがえた。

 曲芸じみた射撃だが、その狙いは的確だった。

 胸と左脚を目掛け、矢が迫る。剣で胸をかばえば脚が貫かれる。

 そして両方を避ければ体勢が崩れ、致命的な隙となる。

 ヘイメルが着地と同時に、二射目を構えた。

 だが俺の左手には、既に剣の鞘が握られている。

 胸を狙う矢を剣で、脚を貫こうとした矢を鞘で弾く。

 鞘はその一撃で砕けたが、ヘイメルは追撃を諦めて身を翻す。

 筒の中の矢羽が見えた。残りは三本だ。

 次第に建物の間隔が開いてくる。建物の密集地帯を抜けてきたのだろう。

 跳び移るのに適した建物が少なくなってきている。


 再びヘイメルが跳躍して矢を放ったが、進路上の屋根に突き立った。

 何かの意図を感じて足を止めると、ヘイメルはこちらに向いた格好で降り立った。

 素早く矢をつがえた弓で、俺の心臓を狙う。

 建物の谷間を挟んで、俺達は対峙した。


「怪我はもう大丈夫なのか?」

「おかげさまでな」

 ヘイメルがフードの奥で笑った。

 ここ一〇日あまり、やつが接触してこなかった理由が分かった。

 俺が傷付けた腕が癒えるのを待っていたのだ。

「噂に聞いていたが、さすが九番目の高弟だな。たいした腕前だ」

 ヘイメルの言葉に憮然とする。兄弟子達と同類と思われるのは不本意だ。

「のんびりとお喋りしていて良いのか?」

 時間が過ぎるほど、俺にとって有利となる。

 騎士団本部の前で襲撃したのだ。今頃、街中を騎士と兵卒が捜索しているだろう。

「ああ、それぐらいの時間はあるさ」

 狙いはなんだ? 逃げ出すチャンスをうかがっているのは間違いないのだが。

「一度、じっくりと話してみたかったからな」

「それは望むところだが」

 こいつの目的が知りたい。どう誘導すれば口を滑らせるだろうか。

 考え込んでいる間に、ヘイメルが先に口を開いた。

「英雄になるっていうのは、どんな気持ちだ?」

 唐突な質問に、思考が停止する。

「はあ?」 思わず、間抜けな声が出た。

「だからさ、英雄になった人間の感想を聞きたいんだよ」

 ヘイメルが同じ意味の言葉を繰り返す。

「さあ? 俺が知るわけないだろう」

 そんなこと、俺みたいな平凡な人間に分かるはずがない。

 意味不明なたわ言で煙に巻いて、油断を誘っているのか。

「とぼけなくてもいいじゃないか。街の危機を二度も救った英雄さん?」

 だが、口元に笑みを浮かべながら、ヘイメルの口調は真剣だった。

「冒険者どもをかき集め、陣頭に立って上級魔物を討伐。そして八高弟を率いて街に迫る鎧蟻の大群を全滅させた、この街の英雄だろ、あんたは」

 まじめに言っているのか、こいつは?

「俺が英雄のわけないだろ、頭はだいじょうぶか?」

 いや、噂だけを耳にして、実態を知らなければ、そんな誤解もありうるのか?

「英雄っていうのは、カティアのことだよ」

 どちらの件も、彼女がいなければろくな結末にならなかったことだ。

 俺が死なずにすんだのも、彼女の援けがあればこそだ。

 そのカリスマと、尋常でない戦闘能力。いずれも英雄と呼ばれるのに相応しい。

「いいや、違うな。《女帝》は力をもてあました、化け物に過ぎない」

 ヘイメルは嘲笑を込めて否定する。

「なぜならあいつには、信念がないからだ」

 …………信念なんて大層なもの、俺にだってない。

 リリちゃんやシルビアさん、それに女子供までも住んでいる。

 街を守ろうとした理由は、それだけだ。

「御託は結構だ」

 そんなことより、こいつはカティアを化け物呼ばわりして嘲った。

 こいつを殺す理由が、また一つ増えた。

「そうだな。言葉は不要か」

 ローブで翳った双眸に、不気味な光が宿った。

「堕ちろ、英雄」

 ヘイメルは、スッと弓を下ろした。

 その矢の向けた先を確認し、ざわっと肌が粟立つ。

 血流が一気に、足元へ下がる感覚があった。

 精度を上げるため、探査の範囲を狭めたのが裏目に出た。

 弓の射線の方向には、路上で遊ぶ子供達がいた。

 ハッタリだ。そう自分に言い聞かせる。

 考えてみろ、そんな手が俺に通じると、どうしてやつに分かる。

 逆に狙いが逸れた今がチャンスだ。

 跳躍しながら短刀を投擲し、やつを斬り伏せるのだ。


 ヘイメルが弓を引き絞ると、俺は屋根から飛び降りた。

 自殺行為だと分かっていた。回避できない落下中は、弓のいい的だ。

 残り二射、なんとしても致命傷だけは防ぐ。

 しかし、たとえ生き延びても、やつには逃げられる。

 悔しさに歯噛みするが、仕方がない――――


 遠ざかるやつの姿は、まだ子供達を狙っていた。


 バカな! なんの意味がある!!

 パニックのまま壁を蹴り、軌道を修正する。

 地面に落ちた瞬間、転がって受け身を取る。

 すかさず跳ねるように起き上がり、子供達に向かって駆け出した。

 頭上で、弓の弦の鳴る音がした。

 輪になってしゃがみ、なにやら地面に落書きをしている三人の子供。

 その中の一人に狙い定め、矢が頭上から飛来する。

 わずかな距離で、間に合わないと悟った。


 瞬息を発動すると、世界は灰色に染まった。


 鼓動も呼吸も置き去りにして、重い空気を踏みしめながら走る。

 三歩の距離を縮めたが、まだ足りない。

 剣を突き出し、死の射線を遮る。

 矢を弾いた瞬間、灰色の世界が解けた。

 全身が痺れて手足に感覚がなく、動きが鈍る。


 なす術もなく、俺の背中を二の矢が貫いた。

 のろのろと見下ろせば、血に濡れた矢じりが肋骨の隙間から突き出ている。

 

 呼吸をすると泣くほど痛むし、息苦しさを覚える。

 子供達がようやく俺に気がついたようだ。

 血に染まった俺の胸を、怯えた眼差しで見詰めている。

 激痛に意識が朦朧としながら、どうにか口元を吊り上げる。

 ちゃんと笑顔に見えるだろうか。

 胸に生えた矢を掴むと、頭上を見上げる。

 もはや怒りさえ通り越し、自分でも驚くほど心が冷たい。

 ただひたすら、純粋な殺意をやつに放つ。

 ヘイメルは、矢を放った格好のまま硬直していた。

 やがて正気を取り戻し、悔しさと暗い憎悪を込めてこちらを睨む。


 どれほどそうしていたか。痛みでふと、意識が遠のいた。

 覚めた時には、ヘイメルの姿は消えていた。

 ようやく警戒を解き、痛みに身をよじって膝を折る。


 路上にうずくまった俺は、子供達の泣き声を遙か遠くに感じた。

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