SS-05 クリスの減量作戦
「装備を新調しよう」
耳の痛い話題を蒸し返され、クリスは不機嫌な態度を装う。
先日もヨシタツから、自分の装備が体型に合わなくなっていることを指摘された。
彼女自身、最近になって太股やお腹まわりに違和感があった。
しかしあらためて異性、ヨシタツに指摘されて恥ずかしさを覚えたのだ。
その時は、怒ってみせることで誤魔化しはしたが、
(太った? 鍛錬は欠かしていないのにどうして?)
思い当たる節が、ないわけではない。それはシルビアとリリが作る食事だ。
彼女達の作る料理の美味しさに、二度、三度とお代わりしていたが…………
「とにかく、新しい装備を買うのは決定だから」
「ま、待ってください!」
クリスがいくら拗ねようがごねようが、ヨシタツは引き下がらない。
いつものヨシタツは、ちょっとしたワガママ程度なら苦笑して受け入れてくれる。
しかし今回は断固とした態度なので、クリスは焦ってしまった。太ったからといって装備を新調していては、お金がいくらあっても足りはしない。
「じ、時間を下さい!」
こうしてクリスの減量作戦が始まった。
「それがなんで魔物討伐になるの?」
「運動のために決まっているでしょう?」
フィーの問いに、クリスはさも当然と答えた。
「普通、減量っていたら食事を減らすんでしょう?」
「無理」
クリスはきっぱりと断言した。そこに一切の迷いはない。
「食事を減らして体力が落ちたら本末転倒よ」
しごくもっともな理由だ。乙女心に迷って、冒険者としての自覚を失ってはいないらしい。
「本音は?」
「食事を減らすなんて我慢できない」
だから魔物討伐で身体を動かす。そうすれば自然と余分な肉は落ちる。
魔物にとっては、とんだ災難だ。
討伐の狩り場は、比較的安全な東の平原にする。
この辺りの魔物は一時期、疾剣ガーブによって全滅したが、ぼちぼちと戻ってきている。
「獲物は甲殻トカゲ!」
クリスは力強く宣告する。
警戒心の高い甲殻トカゲは、近寄るのも容易ではない。
遠距離から敵の気配を察知し、すぐに逃げ出してしまう。
クリスは鋭い目で平原を見渡した。
その視線の遥か先には、灰色の染みにしか見えない甲殻トカゲの姿があった。
「どうやって狩るのよ」
フィーが問うと、照準をロックしたクリスの瞳に殺気が宿る。
獲物に狙いを定めた、獰猛な肉食獣の目だ。
甲殻トカゲはびくりと身体を震わせると、一目散に逃げ出した。
「追いかける!」
剣を片手に駆け出すクリスを、フィーは呆れた眼差しで見送った。
甲殻トカゲは、逃走に特化した魔物だ。索敵スキルで自分を狙う敵を察知すると、脇目も振らずに逃げ出す。足が早く、持久力もある。
案の定、両者の距離は一向に縮まらない。甲殻トカゲも逃げ切る自信があっただろう。
それは誤りだった。確かにクリスは追いつくことができない。
だが、彼女は走り続ける。ひたすら走り続ける。甲殻トカゲだけを目指し、走り止むことがない。
どれほどの時間が過ぎたであろうか。
体力が尽き、息も絶え絶えになった甲殻トカゲは、地面に這いつくばった。
クリスが近付いてきても、あがくことさえできない。
さんざん追い回され、疲れ果てた甲殻トカゲ。
その感情のうかがえない爬虫類の目が、切実に訴えていた。
もういっそ、殺してくれと。
慈悲を乞う魔物の目を見て、クリスは頷いた。
「うん、また明日、よろしく」
そう言い残し、クリスは別の甲殻トカゲを探すために立ち去った。
獲物を追うとモチベーションが上がるが、まだこの辺りには魔物が少ない。
逃げられなくなった甲殻トカゲは、体力が戻ってからまた追い掛け回せばいい。そうすれば何度も再利用できる。
平原中の甲殻トカゲ達にとって、悪夢の日々は始まったばかりだった。
「なんでっ!?」
クリスの絶望まみれの叫びがあがった。
「なんでって言われても、減ってないよ?」
巻尺でクリスのお腹まわりを計ったヨシタツは、無慈悲に告げた。
「そ、そんな、そんなはずは…………」
甲殻トカゲ達の協力を得て、減量に努めたのになぜ?
クリスはさめざめと泣いた。必死の努力が水泡に帰したのだ。
ヨシタツは、そっとクリスの肩を抱いて、励ました。
「クリス、元気を出して。きみは太ってなんかいないよ?」
「だって、だって!」
泣きじゃくるクリスの頭を撫でながら、ヨシタツは慰める。
「もし仮に太――その、ふくよかになったとしても、女性らしくて魅力的だから」
「…………ほんとう、ですか?」
「ほんとうだよ、それにクリスは思い違いをしている」
目を真っ赤に泣き腫らしたクリスが、上目遣いにヨシタツをうかがう。
「きみのお腹と太股についたのは脂肪じゃない、筋肉だ」
ぽんぽんと頭を叩き、ヨシタツは微笑んだ。
「太ったんじゃなくて、たくましくなったんだよ」
それは別の意味で、禁句だったらしい。
「おーい、クリス」
「クリスお姉ちゃん出てきてよ」
「クリス! さっさとここを開けなさい!」
空き部屋に駆け込んだクリスが篭城した。誰が声を掛けても、返答もしない。
そしてついに日も暮れた頃、
「晩御飯のおかずは、川魚の香草揚げよ」
シルビアの一声で、彼女はあっさりと部屋から出てきた。




