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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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初討伐祝い

「まあ大物ね!」

 甲殻トカゲを進呈するとシルビアさん、踊り出さんばかりに大はしゃぎだ。

 これが一児の母で俺より年上・・・

「今晩の料理は期待して下さいね?」

 ふんふんと鼻歌まじりに甲殻トカゲを奪い取り、軽々と調理場へ担いでいく。

 なんとなく興味を引かれてシルビアさんについていく。

 彼女は調理場の中央にある大きなテーブルの上に、ドンと材料を置く。

 殻の継ぎ目に丈夫そうな包丁を差しこみ、ぞりぞりと刃を走らせる。

 一通り刃を通すと今度は殻をベリベリと剥いでいく。

 正直、気味が悪かった。

 楽しげに鼻歌を鳴らしながら、一メートル以上の甲殻トカゲを食材へと解体していく。

 慣れていない俺にはけっこうショッキングな光景だ。

 俺はジリジリと後ずさりして調理場から逃げ出そうとした。

「最近、ずいぶんとリリと仲良くなったみたいですね」

 ほがらかに問われ、足が硬直する。

「リリもずいぶん、なついているようだし」

 後ろめたいことは何もない。きっぱりと断言できる。

「もう手を出しました?」

「出さないよ! 何を言っているんですかあんたは!」

「あら、そうなの?」

「なんで意外そうなの!? リリちゃん十四歳ですよ!?」

「私があの人と結婚したのは、ちょうどあの娘くらいの歳でしたよ?」

 あんたの旦那さんがおかしいんだよ! とは一概には言えない。

 この世界、早婚の場合がけっこうあるようだ。

「そもそも年齢が違いすぎます!」

「うちの旦那はもっと年上でしたよ?」

「旦那さん! ほんとあんた何やってるんだよ!?」

 俺は思わず地団駄を踏んでしまった。

「・・・俺はもっと年上が好みです」

 平静を装って答える。

 嘘ですが? いや、年齢幅が広いという意味ですけど。

「あら?」

 シルビアさんが、解体の手を休め、ゆらりと振り返る。流し目をくれながら

「どのくらいの年齢が、好みなんですか?」

 その妖艶な眼差しに、ぞくっとくる。

 シルビアさんは若く見える。看破を使わなければ、年下に思えたぐらいだ。

 リリちゃんと、年の離れた姉妹といっても通じるだろう。

 ダン、と包丁を叩く音で我に返る。

「本気でしたらリリとのことは祝福しますけどね?」

 俺はこそこそと調理場から逃げ去った。


「おーいヨシタツ! いい酒を持ってきたぞ!」

「うちは持ち込み禁止です」

 部屋で休んでいると、表からカティアとリリちゃんの声が聞こえた。

 1階にある俺の部屋の窓から首を伸ばすと、カティアとクリサリス、フィフィアが宿の前に立っているのが見えた。

「邪険にするな、客だぞ?」

「お酒はうちのメニューを注文してください」

 そりゃそうだ。

「お前のところの酒は軽くて口に合わん」

「うちは飲み屋じゃありませんから」

 にべもないリリちゃん。

 実はカティアとシルビアさんは古い友人らしい。そもそも俺にこの宿を紹介したのはカティアである。

 リリちゃんとも子供の頃からの顔見知りだそうだ。

「何しにきた」

「ヨシタツ、初討伐の祝いに来てやったぞ」

 俺が声を掛けると、彼女は手にした小さな酒樽を掲げて見せた。

「なんだかんだと飲む理由にするな、おまえ」

「冒険者が酒を飲まないでどうする?」

 それは偏見だと思う。

「酒は俺がもらう。おまえが飲む分は注文しろ」

「悪魔かキサマ!」

「俺の祝いだろ。それに俺は基本的にリリちゃんの味方だ」

「くっ! しょせん男は若い娘のほうが良いと言うのか!」

「タヂカさん」

 リリちゃんがキラキラと目を輝かして俺を見る。

 ふと、シルビアさんの顔を思い出して顔をそむけた。

「その代わり、飯をおごってやるから」

「そうかそうか、話が分かるではないか」

 カティアが偉そうに頷き、今度はリリちゃんがちょっと膨れる。

 人間関係というのは難しい。

「ご馳走になります」

「ありがとうヨシタツさん!」

 クリサリスとフィフィアが、ちゃっかり便乗した。



 結局、カティアの酒は宿の主人のお許しが出た。

 申し訳なかったのでメニューの酒も注文した。

「それでは、主賓は挨拶をするように」

「ええ、いきなりかよ! え~~皆さん、今宵はわたくしめのために」

「それでは乾杯!」

『乾杯!』

「最後まで言わせろよ!!」

 本日のメニューは、甲殻トカゲのオンパレードだった。

「うまッ!」

 甲殻トカゲ、外見を裏切り、身は淡白だった。

 それでいてうま味もしっかりあり、独特の嚙みごたえがあってたいへんおいしい。

 その上、素材の風味を活かした料理から手間を掛けた料理までレパートリーが様々で、同じ肉なのに最後まで飽きさせない。

「さすが天然ものね! 味が段違いだわ!」

 シルビアさんが自ら手掛けた香草蒸しを賞味し、素材の良さを絶賛する。

 今日は他の宿泊客もいないとかで、食堂は貸し切りだった。

 せっかくなので、シルビアさんとリリちゃんにも参加してもらっている。

 そう言えばこの宿は、いつも宿泊客が少ない。

 日中は食堂として近所の人もけっこう利用しているが、日暮れ前には店じまいしている。

 裕福な農家のような佇まいなので、外見で宿とは分からない。

 1階建てで宿泊用の部屋数は五部屋しかなく、しかも今日現在、宿泊客は俺一人というありさまだ。

 なんでも紹介された客しか取らないらしい。

 この宿、経営状態は大丈夫なのだろうか。

「そんなに違いますか?」

「ええ、農家で育てたのは肉が水っぽくて締まりがないの。これはもはや別物ね!」

 クリサリスとシルビアさんの問答を耳にして、アイディアが閃く。

「食材ハンター、というのはどうだろう?」

「ひょくふぁいふぁんふぁー?」

 フィフィアがもぐもぐしながら訊き返す。

「そう、魔物を食肉として採取して、魔物料理を作って提供するんだ。あと行儀が悪いから食べてから喋りなさい」

「だが、冒険者だって依頼があれば高級食材として特定の魔物を狩っているぞ。それに魔物の肉に忌避感を抱く者は多い。それほど売れるだろうか?」

「欲しがる人を作るんだ。欲しがる人がいるから狩るんじゃない」

 俺の世界の偉人の言葉をパクって使う。

「たとえばこれだ」

 俺はテーブルに並べられた料理の数々に手を差し伸べる。

「こんなに美味しい料理を食べれば、たとえ魔物の肉だろうと忌避感が薄れていくだろう。

 魔物の肉を使った料理を開発し、食べさせる食堂を開くんだ。最初は物珍しさからでも、美味しければまた食べにくるだろう。

 そうして人口に膾炙すれば、魔物の霊礫と加工用素材に加えて食肉の需要が増え、冒険者の利益にもなる。

 やがて街の名物になれば外からの訪問客も増え、街の発展につながるに違いない」

 俺は酒を含み、口を湿らす。

「シルビアさん! リリちゃん!」

『は、はい!』

「俺は今後、食材になりそうな魔物の肉を持って帰ります。

 中には使い物にならないものや、扱いの難しい食材もあるかもしれません。

 それらの無数の素材から美味しい料理を創造して下さい。

 一からの試みだから、幾多の困難が待ち受けているでしょう。たくさんの失敗をするかもしれません。

 だけどあなた達なら魔物料理を完成させてくれると信じています!」

 料理スキル1と2の二人が揃えば、きっとできる。

「わかったわ! 魔物料理、必ず完成させてみせましょう!」

「わ、わたしもがんばる!」

 俺とシルビアさん、リリちゃんが、がっしりと手を合わせる。

「我ら三人、生まれし日、時は違えども」

 俺は二人の手を取って天井に向け、高らかに宣言する。

「魔物料理の完成を誓いしは、心を同じくして助け合い、新たな料理を人々に与えん。

 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん!」

『タヂカさん!?』

 興奮は最高潮に達し、頬を紅潮させて見つめ合う俺と彼女たち。

 世界は遠のき、互いにつないだ手の温もりだけが永遠の真実だった。

「・・・いや、もうそろそろ帰ってこい」

 カティアが醒めた口調で呟く。

 我に返った俺達は、手を放して席につく。おほんとわざとらしく咳払いをして

「・・・まあ、最初はでゲスねえ、ぼつぼつ魔物の肉をもってまいりますんで、

 いやほんと、姐さんとお嬢さん方にはお忙しいところまことに申し訳ないんでゲスが、

 なんとかここはひとつ、あっしのきたねえツラを立てると思って、

 ちょいちょいと料理してやってくれませんかねえ、へい。

 もちろん、お代はあっしが払いますし、魔物の肉が身体に害がないか確かめるため、

 試食はあっしがやらせてもらいますんで、へい」

「なぜ卑屈になる?」

「なんとなく?」


 そんなホラ話やうわさ話、たわいもない会話に興じて夜が更けた。

 やがて料理の皿が片づけられ、シルビアさんとリリちゃんが調理場で洗い物を始める。

 残りのメンバーが、カティアが持ってきた酒をちびりちびりと飲み始めた。

「・・・昼間はすまなかった」

 カティアがぽつりと謝る。

「なんのことだ?」

「ギルドで余計な詮索をして、言わなくてもいいことを言った」

『すみませんでした』

 なぜかクリサリスとフィフィアまで頭を下げる。

「いいっていいって、気にするなよ? どうせそのうち不審に思うやつも増えるから」

 冒険者たちは競争相手たちの情報収集に熱心である。

 所持スキルを秘匿するのは冒険者の心得だが、同時に完全に秘密にすることなど不可能でもある。

 今日みたいに、警戒心が強いとされる魔物を狩れば、何らかのスキルを疑われるのは必然なのだ。

 だからあの場合、カティアが沈黙していたとしても、目端の利くヤツを誤魔化すのは不可能だった。

「俺が迂闊だったんだよ」

 だから気に病むなと、笑ってやった。

 ちなみに契約パーティーではどうか。

 一緒に戦っていれば自ずから、互いの能力を察してしまう。

 だからメンバーは、なるべく手の内をさらさない戦い方をする。

 討伐に失敗すれば己の首を絞めることになるから、他人に知られても不利益にならない範囲で能力を発揮する。

 契約パーティーの欠点のひとつだ。

 その点、縁故パーティーは自らのスキルを積極的に開示して、スキルを有効に活用した戦術を極めようとする。

 傾向として、個々の能力は優秀だが十全の力を発揮しない契約パーティー。

 能力よりも信頼関係を尊び、チームとして能力を評価される縁故パーティ。

 主人の経営能力によって戦力に雲泥の差が出る奴隷パーティー、となる。

「あの、うかがってもいいですか? もし答えたくなければけっこうなのですが」

「なんだい、クリサリス?」

 彼女の顔も、だいぶ赤い。かなり酔っているようだ。

「もしかして、あの時言っていた切り札と関係しているのですか」

「え、何のこと?」

「ですから、魔物の群れを突破する前に、いざとなったら切り札があると」

「え?」

「え?」

 俺とクリサリスは、互いに首を傾げる。

「・・・・ああ、あれか!? うん、まあ、何と言うかね?」

 そう言えば、あの時は隠蔽スキルを取得していたが、自分では気が付いていなかった。

 もし自覚していれば、ほんとうに切り札になっていたのに惜しいことをした。

「・・・・・・・・・嘘だったんですね!!」

 クリサリスが怒鳴る。

「いや、まあ、あれだよ? 嘘も方便と言うか、話をスムーズに進める潤滑油というか?」

「ざれ言を言って、誤魔化さないで!」

 クリサリスが、ドンとカップをテーブルに叩き付けた。

 びしゃっとはねた酒を浴び、フィフィアがひゃあと悲鳴をあげる。

「あなたは! わたし達を! 子供扱いしたのですね!」

「いや、まあ、すまん?」

 憤慨したクリサリスは、カティアから奪った酒樽をひっくり返し、カップに注ぐ。

「お、おい?」

 止めようとしたカティアの手を払い、クリサリスは一気に酒をあおる。

 ぷはと酒臭い息を吐く。

「高い酒なんだが・・・」

「わたしも! フィーも! 危険を! 承知で! 冒険者となったのです!」

 一言ずつ区切って強調し、上目遣いでこちらをねめつける。

「若いからと! 女だからと! 侮らないでください!」

「仰るとおりでございます・・・」

 反論の余地もない。俺は身を縮め、クリサリスの罵倒を甘んじて受ける。

 さらに酒を注ぎ、一気に飲み干すクリサリス。頭がグラグラと揺れている。

「だいたいなんですか! 女の子にチヤホヤされたいなどと! そんなことのために命をかけるバカがいますか!」

 室内の気温が一気に下がった。

 振り返ると、いつのまにか背後にシルビアさんとリリちゃんが、右脇からカティアが、それぞれ冷ややかな視線を送ってくる。

 フィフィアはうんうん頷きながら、酒をなめている。

「ハジを知りなさいハジを!」

 ダンと勢いよく立ち上がり、ふらりと倒れ掛かるクリサリスを、フィフィアが鬱陶しそうに押し戻した。

「あの、そろそろお休みになられたほうが」

「そんなことがうれしいのなら、ほら!」

 クリサリスが俺の胸倉をつるし上げ、反対の手で後ろ髪をつかんだ。

 ぶちぶちと音を立て、髪が毛根から引き抜かれる。

 キスをぶちかまされた。

 唇で食いちぎるような勢いだ。

 ふがふがと鼻息荒く、酒臭さい息と唾液と舌が押し込まれる。

 一分ほど経っただろうか。

 彼女は唇を離し、ぷはあっと息を吐く。

「これでマンゾクですか!!」

 勝ち誇ったように叫び、後ろにひっくり返る。

 慌てて手をつかんだので、頭は打っていない。

 そのまま気絶するように眠ってしまった。

「さて、お開きにしようか?」

 カティアは立ち上がり、クリサリスの右足を掴む。

 左足はシルビアさんだ。

 そのまま引きずり出した。

 食堂を出るとき、曲がりきれなかったクリサリスの頭が、戸口の角をゴツンと打つ。

 しかし二人とも、まったく躊躇することなく出て行った。

 リリちゃんは、いつの間にかいなくなっていった。

 フィフィアも立ち上がり、クリサリスを追う。

 俺の傍らを通り過ぎるとき、さりげなく俺の頬にキスをして去った。

 俺ひとり、ぽつねんと置き去りにされた。


「うん、おやすみなさい」

 返事をする相手がいなかったが、とりあえず口にしてみた。

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