表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
王都からきた監察官
87/163

SS-03 元筆頭冒険者の長話

「五倍、だな」

「五倍、ですか」

「…………一〇倍かもしれん」

「なるほど、分かる気がします」

「分かるのか?」

「つまり考えれば考えるほど、差が開いてくると?」

「その通りだ」

 その日、俺が街の通りをぶらついていると、偶然ギザールさんと出くわした。

 お小遣いを貰ったばかりの俺は、彼を酒場に誘った。

 ガーブの道場で知己を得て以来、一度はこの元冒険者の話を聞きたかったのだ。

 さすがは元冒険者筆頭だった人物である。

 酌をしている内に聞けた魔物の特性、剣や防具の取扱いなど、豊富な経験に裏打ちされた知識は、どれもためになった。

 そしていよいよ、話がもっとも重要な話題に移った時に、

「さっきからなに訳のわからねえ話をしてやがる!」

 なぜかいきなり双剣ベイルが怒鳴り込んできた、

「なんだ、ベイルの小童か」

 八高弟を捕まえて、コワッパ呼ばわりできる人間はそうはいないだろう。

「二倍だの三倍だの四倍だの、いってえなんの話しだ!」

 どうやら別の席で飲んでいたところ、たまたま俺達の会話が耳に入ったようだ。

 中途半端に聞こえるのに内容が理解できず、苛立ってしまったらしい。

「小童には分からぬ話よ」

「ギザールさん、それでしたら俺も」

「いいや、ベイルの小童とは違い、お前さんは見込みがある」

「なんでえなんでえ、オレがおっさんに劣るっていうのかい」

 ベイルは不機嫌そうに、ドカッと俺の隣の席に座り込んだ。

「魔物と遊んでばかりいるお前とタヂカでは、人生経験が雲泥の差よ」

 ギザールさんはふんと鼻を鳴らし、酒をあおる。

「…………人生経験、ねえ?」

 なんか疑わしそうな目で見られたよ。

「それで、いったいなんの話だよ。金か? 魔物の話か?」

「くだらん、だからお前は浅はかだと言うのだ」

 ギザールさんが切って捨てる。

「決まっておろう。わしの孫、マリアの可愛さ――――」

 ダッシュで立ち上がろうとしたベイルの腕を、俺はがっちり掴んだ。

「は、はなしやがれ!!」

「どうしたんだお兄様、そんなに慌てて?」

 無剣流で強化した握力をフル稼働し、ベイルを拘束する。

 絶対に逃さん、絶対にだ。

「騒々しいぞ。いったいどうした?」

「ジジイの孫自慢はクソ長ムガア!?」

 ベイルの口を塞ぎ、ギザールさんに答える。

「きっとお孫さんの話が聞きたくて、うずうずしているのでしょう」

「そうか? まあ、マリアの可愛さは格別だからな」

 頷くギザールさん。俺の適当な言い訳に、よくも納得できると感心する。 

 孫可愛さのあまり、目と耳が都合よく解釈しているのだろう。

「さて、話を戻すと」

 そう、年配者の話は行ったり戻ったり、話を繰り返すことが多々ある。

 しかもやたらと前置きが長い。俺の祖父の思い出話は、よく時代背景から始まったものだ。

 本旨はだいたい、脱皮した蛇の皮を拾ったとか、牧歌的な内容が多かったが。

「確かに娘も子供の頃は可愛かった。しかしどこで育て方を間違ったのか、年頃になると生意気になりおって、ついには男を連れてきて所帯を持つなどとぬかしおった」

「なるほどなるほど」

「わしは反対した。どこの馬の骨とも知れん男に娘はやれんと」

「ふむふむ、確かにご心配でしたでしょう」

 やがて孫のマリアちゃんが産まれたことを契機に、娘夫婦と和解に至ったそうだ。

 それから娘と孫の可愛さ比較に戻った。ここまでが前置きだったのだ。

 娘一に対し、孫の比率はどのくらいか。マリアちゃんのエピソードが語られるとどんどん上昇し、ついにその日は三〇倍という、驚異的な高値を叩き出した。

 ギザールさんと娘さんとは、かつてどんな確執があったのだろう。

 ところで俺は、年配者の長話にけっこう耐性がある。

 頭を空っぽにするのがコツだ。そのうちコックリコックリ眠気を催してくるが、自分の話に夢中な老人は気にしないものだ。

 ベイルには、そこまでの耐性はなかったらしい。

 俺に腕を掴まれ口を塞がれたまま、グッタリとうなだれていた。

 なにもかも諦めた、虚ろな目をしていた。


 確かに俺と彼とでは、人生経験に違いがあったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ