SS-02 リリの取り越し苦労
「ねえ、キアラちゃん?」
「なあにリリちゃん」
「キアラちゃんって好きな人、いる?」
パン屋の看板娘、キアラはいままさに口を付けたばかりの香茶を吹き出した。
「おねーちゃんだいじょうぶ?」
元冒険者の孫娘、マリアがケホケホ咳き込むキアラの背中をさする。
「コホ…………あ、ありがとうマリアちゃん、い、いきなりどうしたの?」
宿屋の看板娘リリは、むせて涙目になった幼馴染をつくづく眺めた。
「だってキアラちゃん、すっごくモテるんだもの」
リリの家である宿屋には、屋根裏部屋がある。
そこでは月に一度、秘密のお茶会が開かれる。
今日の参加者はリリとキアラ、それに年はちょっと離れているがマリアである。
彼女達は遊び仲間であり、日用生活殺法の同門でもある。
「だから恋人の二人や三人、いるのかなあ~~って」
「そ、そんなにたくさんいません!」
「じゃあ一人?」
「そういう意味じゃないったら!」
拗ねたキアラちゃんも可愛いなあと、リリは思う。
銀の髪はとてもツヤツヤしているし、なにより優しくて大人しい性格だ。
彼女みたいな女の子が男の人にもてるのだと、リリは最近思うようになった。
「あのねあのね!」
ハイハイと、マリアが挙手する。
「マリアはね! おじいちゃんが大好き!」
「そうなんだ、おじいちゃん強いもんね?」
「うん!」
よしよしと、リリがマリアの頭を撫でる。
「それじゃあ気になる人とかいないの?」
「いないったら! どうしてそんなことばっかり聞くの!」
「う~ん、そうだ! ほら、ケイン君なんてどうなの?」
ケインは武術大会でキアラと対戦した相手だ。
「なんでケインさんが出てくるの?」
キアラは小首を傾げる。話の流れが理解できないようだ。
「だってキアラちゃんちに、よくパンを買いに来るんでしょ?」
「え? うん、あの時からかな?」
試合の時に転んでしまったキアラを案じ、ケインがわざわざ見舞いに来たのをリリは目撃している。
以来、ちょくちょくパンを買いに来るようになったそうだ。
「それでケイン君をどう思ってるの!」
「どうって、うちのパンが美味しいって言ってくれる、良いお客さんだよ?」
リリは唸る。うーむ、確かにキアラちゃんちのパンは美味しい。それもあるけど、男の客の大半はキアラちゃんが目当てなのに。
それを知らないのはキアラ一人だけだ。どうやらケインも、キアラの無垢なる毒牙にやられたらしいと、リリは確信した。
「やっぱりキアラちゃんはモテるなあ」
「だから違うって…………リリちゃんの方が…………」
「え、なに?」
小声で呟いたキアラの言葉が聞こえず、リリは問い返す。
キアラは知っている。リリが昔から、男の子達にとても人気があるのを。
泣き虫の自分とは違って、明るく元気なリリは、男の子達相手に喧嘩もした。
だけど仲直りすると可愛らしい笑顔を向けてくれるリリを、男の子達はみんな好きになった。
幼馴染でその様子を見てきたキアラには、それがよく分かった。
たぶん本人は気が付いていないんだろうな~~と、キアラはいつも呆れている。
「ねえねえ、おねえちゃんたち! おそとであそぼうよ!」
お喋りに飽きたのか、マリアが提案した。
「そうね、庭で遊ぼうか!」
リリが賛成し、三人は屋根裏部屋から下に降りた。
◆
「お邪魔しました」
「またね、リリおねえちゃん!」
キアラとマリアの帰宅時間になった。
帰り道が一緒なので、マリアはキアラが送ることになっている。
リリが門まで見送ろうとしたとき、ちょうどヨシタツが帰って来た。
「ただいま、リリちゃん。あ、お友達?」
「た、タヂカさん! なんでこんなに早く!」
リリのうろたえぶりを、キアラはちょっとだけ訝しく思った。
「ちょっと部屋に――――きみ達は確か、マリアちゃんに、キアラちゃんだっけ?」
どこかで見た顔だと記憶を探ったヨシタツは、彼女達が武術大会に出場していたことを思い出した。
「あ、あの時のおじちゃん!」
「は、はい。リリちゃんの友達で、キアラです」
「俺はこの宿でお世話になっている、ヨシタツ・タヂカです。よろしくね、キアラちゃん、マリアちゃん」
冒険者なのに、ずいぶん丁寧な人だなあと、キアラは思った。
「キアラちゃん! お店の手伝いがあるんでしょう! 早く帰らないと!」
「え、あ、あの、リリちゃん?」
ぐいぐいとリリに背中を押され、キアラ達は帰っていった。
ふーとため息をつくリリに、ヨシタツはおそるおそる声を掛ける。
「…………なんか邪魔しちゃった?」
「そんなことないよ!? なんでそう思うのかな!」
明らかに挙動不審だったが、触れない方が良さそうだとヨシタツは判断した。
「同じ道場だったのは知っていたけど、友達だったんだね?」
「え! キアラちゃん達? そ、そうだよ!?」
「ふーん? 二人とも可愛い――――え、なに!」
いきなり目を据えて睨んできたリリに、ヨシタツはたじろいだ。
別に下心を疑ったわけではない。ヨシタツは花が綺麗だとか、そんな感じで女の子を誉めるだけだ。
良くも悪くも、素直な性格だと知っている――――だとしても、リリは面白くない。
「別になんでもない」
キアラは自分の友達なのだ。自然とヨシタツに出会う危険性は高いだろうと、リリは不安になる。
(やっぱりキアラちゃんには、さっさと彼氏を見つけてあげよう)
さっき探りを入れてみたが、ケイン君はどうだろうか。
キアラだけではない。友達の女の子には、全員彼氏を斡旋しておこう。
ヨシタツを睨みながら、リリは密かに決意した。




