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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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初討伐、ちょっと失敗

 それから三日間、宿の自分の部屋に閉じこもった。

 一日目は、二日酔いだということで誤魔化せた。

 だが二日目、三日目となると、さすがに言い訳の種が尽きてくる。

 シルビアさんはもとより、リリちゃんにもだいぶ心配を掛けた。

 十四歳の女の子に心配を掛けるなんて、大人としてどうなんだと、恥じる気持ちはある。

 だがどうしても、部屋から外に出る気力がわかない。

 リリちゃんは、俺がかんぬきを掛けた扉の前で、一日に何度も声を掛けてくれた。

 心配してくれるのがありがたいが同時にわずらわしく、そんな自分が情けなかった。

 そんな三日間を過ごし、気持ちの整理と、スキル取得に関する考察を行った。

 カティアから受けた訓練は、スキル取得という意味では、まったくの無駄だったようだ。

 望めばいつでも、俺は剣術スキルは取得できたのだ。

 しかしなぜ、訓練中にスキルが取得できなかったのか。

 おそらくは明確な意思表示、あるいは強烈な渇望が欠けていたからだ。

 次の疑問は、他の人間も同じような方法でスキルを取得しているのか。

 答えは否だ。カティアにスキル取得の体験を聞かせてもらったことはあるが、それは不意に訪れる、天啓のようなものだ。

 素振りをしているとき、魔物を切り裂いたときなど、時も場所も選ばず身体に宿るらしい。

 俺の場合は、代償を支払うだけで取得できる。

 払う代償がポイントなのだ。店の商品を買うように、スキルを購入できる。

 ポイントは人を殺すことによって得られる。

 殺人で得たポイントで、他人が苦難の末に得ているスキルを、簡単に取得できる。

 こう要約すれば、多少は俺の悩みも理解してもらえるかもしれない。

 他人には絶対に言えることではないが。

 つまり、この悩みを他人に打ち明けることはできず、自分で解決するしかないということだ。

 楽にスキルを得られてラッキーだと、割り切られれば楽なのだが。

 ではなぜ、俺がこんな真似ができるのか。

 考えられる理由のひとつが、異世界の人間だからというものだ。ではなぜ異世界の人間だと可能なのかは、想像さえできない。

 他にも色々と考え付いたことはあるが、あれもこれも全ては仮説に過ぎない。後々検証していく必要があるだろう。

 ともかくも、俺はこっそり閂を外して外に出た。

 足元に食事がのったトレーが床に置いてあった。それを持って、食堂に向かう。

「タヂカさん?」

 調理場から出てきたリリちゃんと、ばったり出くわす。

「や、やあ、リリちゃん」

 それっきり、沈黙が落ちる。

 俺は気まずさから、リリちゃんはうかがうように、互いに言葉が続かない。

「あ、あの、これ、どうもありがとうございます」

「う、うん? どういたしまして?」

 俺がトレーの食事について礼を言うと、リリちゃんはあやふやに答える。

「これ、いまから頂こうと思うんだけど」

「あ、冷めているから温め直すよ」

「い、いいっていいって」

 俺はさっさと席に着くと、スープを飲む。

 冷めているが、美味しい。おいしいのだが、味付けがいつもと違う。

「ひょっとしてこれ、リリちゃんが?」

「あ、え、うん・・・」

 リリちゃんがはにかむ。今日のリリちゃん、普段の五割増しぐらい可愛い。

「ありがとう、とってもおいしいよ」

「あの・・・ごめんなさい!!」

 リリちゃんにいきなり頭を下げられ、びっくりする。

「え、なんのこと!?」

「わたし、よけいなことを言って! タヂカさんが冒険者になったこと、素直にお祝いできなくて、それで・・・」

 言い募るリリちゃんの声が、嗚咽に途切れる。

「いや、ちがうよ!? 誤解だよ!?」

 どうやらリリちゃん、三日も閉じこもっていた原因が、自分の非難がましい言葉のせいだと勘違いしているようだ。

 俺はあわてて立ち上がり、リリちゃんの肩に手を置く。

「ごめん、本当にごめんね、心配かけて。もうすっかり良くなったから、だいじょうぶだよ?」

「ほんと?ほんとに怒ってない?」

「怒ってないよ?! なんで怒るのさ?!」

 罪悪感に胸が痛んだ。こんな少女に無用の心痛を与えたのかと思うと、自分の軟弱さがなおさら情けない。

 彼女の肩に置いた手に力を込め、俺は謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

 ようやくうつむいたリリちゃんが、顔をあげて安堵したように笑った。

 ホっとひと安心して、何気なく調理場の方を見て、ぎょっとした。

 シルビアさんが、戸口の陰からじっとこちらを睨んでいた。

 そっとリリちゃんの肩から手を離し、万歳するように両手を挙げた。

 シルビアさんは、すうっと調理場の奥へと消えていった。

 背中にびっしょりと、冷や汗をかいていた。


 三日ぶりに宿を出た俺は、そのまま真っ直ぐ、冒険者ギルドへと向かった。

「ようやくお出ましか」

 カティアが出迎えてくれた。

 どうでもいいが、カティアはふだん、仕事をしているのだろうか?

 いつギルドに来ても、ここにたむろしているような気がする。

「ちょっと風邪気味でね。今日から本格的に動こうと思う」

 そう言いながら、目を背けてしまう。

 スキルに関して、どうしても後ろめたく感じる。

 スキルを得るため、長々と時間外まで訓練につきあってもらったのだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「そうか。まあ、冒険者は身体が資本だ。無理をせず、体調には十分に気をつけるのが、この稼業を長く続けるコツだからな?」

「ああ、ありがとう」

「分かっていると思うが、狩りをするなら、受付に届けてからにしろよ」

「うん、それじゃあ」

 俺は礼を言って、そそくさと受付に向かう。狩りに行くときには、予定の狩場を受付に告げていくのがルールだ。

 未帰還者が出た場合、捜索隊を出すため、ではない。

 そちらに何らかの脅威があるという情報になるからだ。随分とシビアな警戒システムである。

 俺は草原に行くと告げて、ギルドを出た。

 先ずは武器防具を新調しよう。

 買い物は、簡単に済んだ。武器も防具もそんなに詳しくないので、新人冒険者向きの装備を、店員さんが薦めるままに購入したからだ。

 革の鎧に脛あて手甲、剣はいま使っているものを下取りにして、もう少し軽めの長剣を購入した。

 短刀と、剥ぎ取りようのナイフ、リュックサック、救急用品一式。後は追々、必要なものを考えて購入しよう。

 今日はあくまで肩ならしだ。

 とりあえず一人でどの程度、魔物に対処できるのか、実地試験を行う。

 試験とは言え、油断は禁物だ。先日とは違い一人きりなので、危地に陥ってもフォローしてくれる仲間がいない。

 一頭だけだ。どんなに簡単に狩ることが出来ても、一頭だけしか狙わない。

 そう自らを戒め、東門から街を出た。

 東門からは平原が望める。ここに出没するのは野生動物とさほど違わない、下級未満の魔物ぐらいのものだ。

 街を出てすぐ、俺は探査を展開した。

 脳内に出来た立体像に触れ、地形を把握する。

 なだらかな起伏があるが、ほとんどが平坦な地面だ。ところどころ草むらが茂っているが、大型生物の隠れられるような場所は少ない。

 俺はゆっくりと地形を確認しながら、慎重に歩を進める。

 小型の魔物が探査に引っかかった。数は一匹、大きさは中型犬よりも少し小さい程度。

 俺は息を吸い込み、スキルを発動する。

「隠蔽」

 言葉を発したのは気分だ。

 特に変化はなかった。本当に発動しているのか疑問だが、身をかがめて進む。

 前方の草むらの陰で、一匹の魔物が地面の臭いを嗅いでいる。


 名称:甲殻トカゲ

 年齢:一歳

 種族スキル:索敵


 スキル持ちの種族だ。語感から察するに、探査と似たスキルだろう。

 厄介だが、実験にはちょうどいい。

 俺は這いつくばるような格好で接近する。どんどん近づくが、勘付かれる様子がない。

 しかも相手はスキル持ちだというのに、地面に鼻をこすりつけるばかりだ。

 やはり隠蔽のスキルが効いているようだ。

 こちらの臭いや気配を遮断しているのか、あるいは相手の感覚に干渉しているのか。

 あと5メートルというところで急に魔物が立ち上がった。

 外観は、海老のような殻に覆われたコモドオオトカゲだ。

 俺の姿を認めると、さっと身をひるがえして逃げ出そうとする。

 俺は剣を抜き払いつつダッシュする。

 剣術スキルの補正ですぐに最高速度まで上がる。かつての俺の自己記録より明らかに速い。

 追い抜きざま、甲殻トカゲの殻の隙間を狙い、首筋を切り裂いた。

 足を止め、大きく息を吐く。どうやら無意識に、呼吸を止めていたようだ。

 仕留めた獲物の元に戻る。

 甲殻トカゲは心臓の鼓動に合わせて首筋から血を断続的に噴き出し、投げ出した脚を痙攣させていた。

 やがて痙攣が止み、血の噴出も止む。

 俺はそっと手を合わせる。甲殻トカゲの肉は食べられたはずだ。

 とりあえずギルドに持ち込んでみようと、甲殻トカゲの首を下にして担いだ。

 そのまま街に戻り、俺の初討伐は完了した。


 ギルドでは甲殻トカゲは買い取ってもらえなかった。

 食肉店に持ち込んで下さいと、丁寧に断られた。

 なんでも甲殻トカゲを狩る冒険者はいないらしい。市中に出回っている甲殻トカゲの肉はほとんどが養殖物だそうだ。

 天然物は美味らしいからきっと買い取ってもらえるでしょう、とのこと。

 ギルドの買取担当者はちょっと呆れていた。冒険者に登録して、養殖されている魔物をわざわざ狩ってくるなんて、そんな感じだ。

 がっかりした俺は、ギルドを出ようとして、カティアとクリサリス、フィフィアに出くわした。

「なんだカティア、まだいたのか?」

「なんだとはなんだ、せっかく待っていたのに」

「いいから仕事しろよ?」

「甲殻トカゲ、ですか?」

 クリサリスが、俺が背負った荷物に気がついたようだ。

「わあ、大きいですね!」

 フィフィアが感嘆の声を漏らす。

「でも、甲殻トカゲって」

「言うな」

 クリサリスも呆れたようだ。俺は気まずげに目を背ける。

 周囲の冒険者たちも、そのほとんどが嘲笑していた。

 だが一部の冒険者たちが鋭い目でこちらを睨んでいる。

 カティアも、その一人だ。

「その甲殻トカゲ、お前が狩ったのか」

「そうだよ、悪いか?」

「・・・剣を使ったのか? 甲殻トカゲを相手に?」

「あの、カティアさん、どうかしたんですか?」

 カティアの不審な態度に、クリサリスが首を傾げる。

「そうだな。ギルドでは甲殻トカゲは買い取っていない」

「そうですね? 農家で育てるものらしいですから」

 そうなのか。あれか、家畜の鶏がいるのに、わざわざ野生の鶏を狩って来たようなものなのか。

 俺はさらに気分が落ち込む。まあ、天然物はそれだけでプレミアが付く、場合もある。

 宿に戻ってシルビアさんに提供しよう。料理スキル2の彼女なら、きっと美味な料理に仕上げてくれるだろう。

「甲殻トカゲは誰も狩ってこない。いや普通の冒険者では狩れない。腕の良い猟師でも滅多に狩れない」

「え? でも、聞いた話だと、ほとんど危険のない、臆病な魔物だって」

 フィフィアが疑問の声をあげる。

「そうだ、野生の甲殻トカゲはとても臆病で警戒心が強く、弓が届く距離に近づくことさえ容易ではない」

 カティアがすうっと目を細める。

「それを剣で?」

 失敗した! 甲殻トカゲの索敵スキルのことを忘れていた!

 隠蔽スキルで簡単に狩れたので、あまり重要視していなかったのだ。

「まあ、今日が冒険者初日だから! 明日からもっとばりばり狩ってくるよ!」

 俺は大声をあげて誤魔化し、そそくさとギルドを出た。

 立ち去り際、こっそり後ろを振り返る。

 きょとんとしたクリサリスとフィフィア。

 興味を失い、仲間との会話に戻る冒険者たち。

 推し量るような眼差しでこちらを見るカティアと一部の冒険者たち。


 俺は逃げるようにギルドを後にした。

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