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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
王都からきた監察官
79/163

高額所得者?

「ちわーす」

 ノックの返事を待ってからドアを開け、小声で挨拶する。

「失礼しまーす」

 おそるおそる室内に入り、後ろ手でドアを閉める。

「よくもおめおめと来られたものです、びっくりするツラの厚さなのです」

 これ以上はないぐらい不機嫌そうなコザクラが、机に座って待ち構えていた。

 ああこれはたいそう怒っていらっしゃる。

 俺は気付かれぬようにため息をついた。


 夕食を終えて皆が寝静まった頃、俺はこっそり宿を抜け出した。

 巡回中の兵卒などを避けながらたどり着いたのは、コザクラのよろず相談所だ。

 夜更けにもかかわらず、コザクラは俺が来るのを待っていたようだ。

 コザクラは机のへりに腰を掛け、床に座らせた俺を見下している。

「何か言うことは?」

「いや、まあ、すまん」

「それだけなのですかっ!?」

 ぜんぜん悪びれないで謝ったら、彼女は目を瞠って驚愕した。

 いやほんと、申し訳ないとは思っているのですよ?

 ただお互い様だし? いつも迷惑を掛けられているのは俺の方だし。

「予告なしの家宅侵入に」

 コザクラは腕を組み、非難がましい視線を向けてくる。

「監察官を連れてきて、いきなりの犯罪者あつかい」

「いやあつかいと言うかまごう事なき犯罪者」

「黙るのです」

「へい」 仕方なく、こうべを垂れてみせる。

「申し開きがあるのなら聞くのです」

 本当の厄介事なら、彼女は事前に退避していたはずだ、スキル的に。

 あの場で待ち構えていたこと自体が、彼女にとって大した事態ではない証左なのだ。

 とは言え、機嫌を直してもらわないと話が進まない。

「お詫びの品と言ってはなんですが」

 俺は持ってきた皿から、かぶせていた布巾を取り去る。

「シルビアさん特製の揚げ菓子でございます。どうぞご賞味下さい」

「でかしたのです!」

 ずりずりと彼女の足元に膝行して、皿に載せた揚げ菓子をうやうやしく捧げる。

 彼女はわっしと揚げ菓子を掴むと、さっそくむさぼりだした。

「アステルは、他人の嘘を見破るスキルを持っていると告白した」

 俺は揚げ菓子をほおばるコザクラに本題を切り出す。

 アステルと引き合わせた目的は、コザクラの意見を聞きたかったからだ。

 人類として如何なものか? という彼女だが、スキルに関する造詣が深い。

 だから実際にアステルと会わせてみれば、より詳しい情報が得られるのではと期待したのだ。

 相手は嘘を見抜く監察官だが、彼女ならどんな状況でも必ず切り抜ける。

 そう確信していたから、前触れもなしにアステルを連れてきた。

 ……内緒だが、いつもの仕返しにちょっとばかし嫌がらせになるのではとの期待もあった。

 だが結果は案の定と言うか予想を大きく斜行した。

 さすがにその確信犯ぶりが腹に据えかね、目的をすっかり忘れるほどにエキサイトしてしまったが。

「実際に、嘘を見破るスキルってどんなものなんだ?」

「何なのです! なんなのですこの甘さは!」

「…………煮豆に黒砂糖を混ぜて練った、つぶ餡というジャムでございます。塩をちょびっと、加えるのが秘訣です」

「誉めてつかわすのです! さっきのことは水に流してやるのです!」

「恐悦至極に存じます」

 安上がりだなあと思ったが、つまりその程度のことだったのだろう。

 揚げ菓子三個分ぐらいの面倒と思われたアステルが、ちょっぴり不憫だった。


「……彼女自身がそう言ったのですか? ヨシタツはそれを信じたのですか?」

 アステルが自らスキルを明かしたことを聞き、コザクラは眉をひそめた。

 いや俺だって、簡単には信じたわけではなかった。

 だけどアステルの態度は、それこそ嘘をついている感じではなかった。

 しばらく俺のことを凝視していたコザクラは、やがて語りだした。

「真偽判定という系統のスキルに間違いはないのです。とても希少なスキルで、国家規模で一世代に一人、出現すれば多い方なのです」

「そりゃ貴重なスキルだな」

 だが、それぐらいが丁度いいのかもしれない。真偽判定などと言うスキルがぽんぽん出現したら、世の中えらいことになってしまう。

「いえ、希少だけど貴重ではないのです」

 机から降りたコザクラは、椅子に深々と腰を沈めた。

 満足そうにお腹をさすった後、スッと静謐な眼差しで俺を見た。

『公式には真偽判定の効力、スキルの存在自体が認められていません』

「え? どうして?」

『真偽判定の結果を、証明できないからです。真偽判定は、あくまでスキルを使用した当人にしか認識できません。たとえば裁判で、証人は嘘をついていると真偽判定したとします。それが正しいことを、スキル所持者以外の第三者にどうやって証明しますか?』

 …………不可能とは言わないが、証拠もなしには難しい気もする。嘘だと見抜いても、事実関係が分かるわけではないのだ。仮に殺人現場を目撃したという偽証を、客観的にどうやって暴けばいい?

『そういう建前でとなっています』

 俺が一生懸命こじらせていた思考を、スパッとひっくり返された。


『真偽判定は政治的に、とても危険な武器となります』

 虚実入り乱れる権力争い。その中で真偽判定を手にすれば、相手に対して圧倒的優位に立つことができる。しかし逆に、敵対者が持てば致命的な脅威となる。

 だから真偽判定を手に入れた権力者がいれば、他の勢力は全力で潰しに掛かる。

 また過去に所持者自身がスキルを恣意的に乱用したため、国全体が混乱した例もあったそうだ。

 政治の武器としての真偽判定は諸刃の刃、あまりにもリスクが高すぎると言う。

『ならば建前どおり、真偽判定など存在しないことにすればいい。その証言はいかなる場合にも公式には認めない、長い歴史の中でそういう結論に至ったのです。ちなみに真偽判定を外交で用いることは、明確な敵対行為と見なされます』

 嘘を暴くというのは本質的には正しい行為のはずだが……もちろん道理はわきまえているけど。

「存在しないスキル、か」

 そんなスキルを所持しているアステルは、どんな風に考えているのだろうか。

『でも、認知こそされていませんが真偽判定は無力なスキルではありません。適切な質問を伴った真偽判定は、沈黙でしか回避不可能です』

 この事務所に突入したとき、俺はアステルが全ての嘘を見破ると警告した。

 そのセリフだけで、コザクラは事態を掌握した。

 会話の主導権を握り、アステルの質問を封じてしまった。

 コザクラの本性を知らない者にとって、彼女の弁舌は堂々として、気高くさえ見えたはずだ。

 そして真偽判定の持ち主だからこそ、アステルはコザクラの身の潔白を信じてしまった。普通の人間なら嘘を見抜けないがゆえに、一抹の疑いが残ったかもしれない。

 コザクラの主張は、一切の良心の呵責がないから、虚偽にはならなかった。

 悪事という認識さえなく犯罪を起こす人間など、想定外だったのだろう。

 おかげ様で、俺にも真偽判定への対処法の目安もついた。

 当たり前だが、嘘さえつかなければいいのだ。

 客観的な事実に基づかない、あくまで主観的な感想ならば、真偽判定を誤魔化せるはずだ。

 口下手な俺がどの程度、実践できるかははなはだ疑問だが。

『…………仮にも所持者が、自分のスキルの欠点に気が付いていないなど、果たしてそんなことがあるのでしょうか?』

 コザクラの呟きに一瞬だけ疑念がわいたが、すぐに否定する。

 アステルは、わざと追及の手を緩めてなどいなかった。

 彼女の態度で、心の底からコザクラの証言に納得していたのは明らかだ。

 あれが演技だとしたら、アステルはもう少し社交能力があるだろう。

 だけどどこか、喉に刺さった小骨のような違和感を覚えた。

『ですが驚きました。まさか生存する真偽判定系統を目にするとは』

 まるで珍獣を目にした研究者のように、コザクラは興味深げに語る。

『真偽判定系統のスキルは淘汰され、絶滅寸前ですから』

「淘汰?」 その単語に、何か不吉な響きを感じた。


「所持者の大半がスキルに適合できず、自滅してしまうのです」


      ◆


 翌日の朝、日課の鍛錬を休んで俺とクリス、フィーは緊急会議を設けた。


 もともと心配ではあったのだ、シルビアさんの宿の経営状態は。

 宿代は相場より若干高めだな、と思う。繁華街から離れた、閑静な住宅地の中にあるのは、地理的な面の不便がある。しかも新規客は、身元の確かな人物の紹介が必要なのだ。まあこれは、母娘二人で営んでいるので、用心のために仕方がない。

 こうして列挙してみると、この宿はとても流行りそうにない条件が揃っている。

 だからアステルとベリト、この二人が宿泊客になるのは歓迎すべき事態なのだ。

 身元はギルドの保証付きという、これ以上はない上客だ。

 もとより宿泊客に過ぎない俺達が、どうこう言える立場にはない。

 ならば彼女達が宿泊するという現実を受け入れた上で、対応を協議すべきだろう。


「彼女は俺達にとって脅威になりかねない」

 俺はこれまでのなりゆきを説明し、今後の方針を訴える。

「君たち二人を、その、形式的にでも俺の奴隷にした経緯は」

 口ごもりそうになるのをこらえ、懸命に言葉を連ねる。

「多分に違法性が含まれている。アステルがこの事情を突き止めたら、厄介なことになるかもしれない」

 それが唯一の懸念事項だ。普通であれば、そんな心配はいらない。関係者は口が堅く、あちこちに根回しも済んでいる。

「だが、真偽判定のスキルは厄介だ」

 それらの条件を、全てひっくり返す危険性を、真偽判定は秘めているのだ。

 誰かが下手なことを言い、端緒でも綻びれば、全貌が暴かれる可能性がある。

「だったらどうして、案内役を引き受けたのですか?」

 クリスにしてみれば、わざわざ危地に踏み込んだように見えるのだろう。

「案内役を引き受けた時点では、彼女のスキルを知らなかった」

 こうなってしまった以上、状況を有効に活かすしかない。

「彼女の側にいればいち早く動向を知ることができるし、対応策も練りやすい」

 但し、こちらの思い通りに調査を誘導するのは難しいだろう。

 何か思惑があると感づかれたら、やぶ蛇になる。

「ともかく、君たちの境遇に関しては、口を閉ざしてほしい」

 沈黙こそが、真偽判定スキルへのもっとも有効な対抗策である。

 下手に誤魔化そうとしたら、どこで地雷を踏むか分からない。


 俺達が打ち合わせを終えたちょうどその時、ドアがノックされた。

 シルビアさんが朝食を持ってきてくれたのだろう。

 この離れを借りる時、他の宿泊客がいれば食事をここで摂ると明言してある。

 こういう事態を想定していた訳ではないが、いまにしてみれば先見の明があった。

 夕べは突然の宿泊だったので用意が整わず、アステル達は外食をしてきた。

 だから今朝からはこちらの離れで食事を摂るのが無難だろう。

「失礼するぞ」

 声と共に扉が開くと、予想外の人物が顔を出した。

「女将からの伝言だ。朝食の用意が出来たからすぐ来るようにとのことだ」

 俺達は呆然としてアステルを見詰めた。

「い、いや、俺達はこちらで食事をするから」

「ああ、そのことか」

 アステルは肩をすくめ、クリスとフィーを眺めた。

「宿を取るとき、女将から言われた。そちらの奴隷殿と一緒の食事を渋るなら、宿泊は断ると言われた」

 シルビアさん! せっかくの上客になに言っているんですか!

「女将が呼びに来ても遠慮されるから私が呼んで来いといわれた、のだ、が!?」

 アステルがギョッとして目をむいた。

「お、おい、どうしたのだ、いったい!」

 え? 言われて気が付いた。慌てて目元を拭い、鼻をすする。

「いや、なんでも」

 言い掛けて、言葉を改める。

「……シルビアさんの心遣いが嬉しくて、つい」

 俺は昨夜のコザクラの会話を思い出し、アステルとは可能な場合に限り正直に、誠実に言葉を交わそうと決めていた。

「そ、そうか? よくは分からんが急いでくるのだぞ」

「ちょっと待ってくれ」

 せかせかと立ち去ろうとしたアステルを呼び止める。

「なんだいったい!」

 アステルが苛立たしげに小刻みに足を踏み鳴らす。その様子を見て、やはりと思う。

 この世界の奴隷は、俺が考えていたよりは差別待遇が少ない。家族同様に扱い、共に食事を摂る家庭の方が一般的なぐらいだ。

 それでもやはり、こだわる人間はいる。

 社会的な身分がある者の中には、奴隷と同じ席を喜ばない者もいる。

「ひょっとして不愉快なんじゃないのか、その、奴隷と」

 口をへの字に結んだアステルを見て、彼女もその類の人間かと思った。

 正直、いくらシルビアさんの心遣いとは言え、無理押しでは意味がない。

 そういう人間と一緒に食事をしたら、かえってクリス達につらい思いをさせてしまうだろう。

「下らんことを言っている場合か!」

 そんな俺の懸念を、彼女は一蹴した。その凛とした面差しに、俺は

「わたしは腹が減っているのだ!」

 …………うん?

「先ほどからパンの良い匂いが胃袋を蹂躙しているのだぞ! わたしは焼き立てが食べたいのだ!」

「あ、ああ?」

「ぐずぐずしているのなら、そなた達の分まで食べてしまうからな!」

 そう言い捨てると、アステルはバタンと扉を閉めて立ち去った。

 俺達は一瞬顔を見合わせてから、慌てて後を追った。

 アステルが俺達の分まで食べると言うのなら、それは本気なのだろう。


      ◆


「まずギルドに行って、野暮用を片付けよう」

 朝食後、宣言したアステルは颯爽と宿を出た。

 お供は俺にクリスとフィー、それにベリトである。

 途中見知った顔に出くわすことなくギルドに到着すると、受付へと向かう。

 セレスの姿が見えないので、珍しくカウンターにいたデインさんに挨拶した。

「おはようございます、デインさん。セレスはお休みですか?」

「おはようございます。申し訳ありません、セレスは休暇でして」

 生き字引と言われるこのご老体は、ギルドの実質的なナンバーツーらしい。

 穏やかな気性の持ち主で、冒険者に登録する前から世話になっている。

 いつもは事務所の奥にいて滅多に顔を出さないが、今朝はセレスの代打なのだろう。

「クリサリスさんもフィフィアさんも、おはようございます」

『おはようございます、デインさん!』

 彼女たちが奴隷の境遇になってからも、デインさんの慇懃な態度は変わらない。

 そんな彼に対し、クリス達は敬愛の念が込められた笑顔を向ける。

「アステル殿、ベリト殿、おはようございます」

「おはよう、デイン殿。さっそくだが、今日は事務方の監察を行わせて頂く」

「ええ、いつでもどうぞ」

「ではベリト、頼んだぞ?」

 アステルはポンと、隣に立つ助手の肩を叩いた。

「へ? 俺、ですか?」

「そなた以外の、誰がいるのだ?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 事前に打ち合わせてなかったのか、ベリトは慌てて抗議する。

「じゃあお嬢さんはどうするんですか!」

「わたしは街中を視察して、ギルドの風評を収集してくる」

 アステルはシレッと答えた。

「護衛もなしで一人歩きなんて、ダメに決まっているじゃないですか!?」

「護衛なら、ここにいるぞ?」

 アステルの視線が俺に向けられる。しばらく呆然としていたベリトが絶叫した。

「はめましたね!!」

「なんのことだか?」

 アステルはそううそぶいて明後日の方を向く。

 ……よく分からないが、企みが上手くいったらしい。アステルの表情は満足げだ。

「それでは、後はよろしく頼んだぞ」

「少々お待ちください」

 ベリト君を置き捨てて、立ち去ろうとしたアステルを呼び止める声があった。

 デインさんだ。笑顔は穏やかだが、ちょっと雰囲気がいつもと違う。

「セレスの話によると、こちらのタヂカさんを案内役として雇われたとか?」

「ああ、その通りだ」

「では契約の方はお済みですか?」

「その件だが、私は個人的に彼を雇うつもりだ」

 デインさんの眉が、ピクリと動く。

「個人的に、ですか?」

「ああ、そちらのヒモ付きでは具合が悪いことがあるかもしれないからな」

「…………なるほど。ですが個人的であっても、いえ個人契約だからこそ、ギルドを介して契約していただかないと困ります。彼は当ギルドの所属員なのです。彼の利益がちゃんと保証されているか、確認する必要があります」

「…………どういう意味かな、それは?」

「ギルド本部の権威で下部構成員に不当な報酬で労役が強いられていないか、当人が所属するギルド支部が関心を持つのは当然ではありませんか?」

「彼には正当な報酬を支払う。こちらの手助けで損害を出させるつもりはない」

「つまり、彼が案内役を務めることによって生じる、冒険者としての収入の損害を補填すると言われるのですか?」

「むろん、そのつもりだ」

「ですから、そのことを書面にして頂きたいと申しているのです。規律正しいギルド運営を旨とする監察官として、それぐらいは当然の配慮では?」

 デインさん、手厳しい! アステルが言葉に詰まっている。

「ベリト殿、あなたも助手としてアステル殿に忠告するのが義務なのですよ?」

「は、はい! すいません!」

 アステルがやり込められるのを、ニヤニヤ見ていたベリトにも矛先が向けられる。

 口調は丁寧なんだが、さすが年の功だなあ。いざとなると貫禄が違うよ。

「タヂカさん、あなたもあなたです」

 とか思っていたら、今度はこっちにとばっちりが!

「ひょっとして、報酬金額を決められていないのでは?」

「え!? いやその、だいたいのところは」

 アステルが、こちらをジッと見詰めているのに気が付いた。

「すみません! 忘れてました!」

 デインさんが呆れたようにため息をつく。

「わたしは以前、申し上げましたよね? 冒険者が仕事を引き受ける際には、何よりも条件と報酬はきちんと事前に決めておきなさいと。その点をおろそかにすれば必ずトラブルの元になると、口をすっぱくして教えて差し上げたはずです」

「おっしゃるとおりです! 申し訳ありませんでした!」

 床に頭をつけんばかりの最敬礼で謝罪する。

 背後でクリスとフィーのクスクス笑いが聞こえてくる。人事だと思っているね?

「クリサリスさん、フィフィアさん、貴女達も同罪です。タヂカさんの人柄を考えれば、貴女達は奴隷である前に冒険者、パーティーメンバーであるべきです。リーダーに過ちがあれば、これを正すのが仲間と言うものです」

『は、はい! すみませんでした!』

 ほーらみろ。俺がニヤリと笑うと、デインさんに睨まれた。

 もうなんか、当たるを幸いなぎ倒す勢いで説教しまくるデインさん。

 でも、デインさんがクリス達を俺の仲間と呼んでくれたことが、嬉しかった。


 少々お待ち下さいと、デインさんが契約書の準備を始めた。

 その隙に俺は、アステルに耳打ちをする。

「個人的に支払うって、どういう意味だ? 本部から予算は下りないのか?」

「本部の規定報酬は安いからな。そなたには無理を言って手伝ってもらうのだ、わたしの財布から出させてもらう」

「それは助かるが、大丈夫なのか?」

「任せておけ。貴族年金を支給されているのだ。新人冒険者の収入ぐらい賄える」

「貴族年金?」

「こう見えても、お嬢さんはいちおう貴族位なんですよ」

「貴族様ッ!?」

 俺達は絶句し、アステルをまじまじと見詰めた。

「待て、なぜそこまで驚く。言葉遣いと言い、気品と言い、どう見ても貴族令嬢ではないか」

 アステルは実に心外そうだ。焼き立てのパンを食べたいと騒ぐのが令嬢?

「まあ、貴族とは言っても領地はなくて、一代限りなんですよ。そんな大した身分じゃありませんから、かしこまる必要なんてありませんよ?」

「ベリト、なぜそなたが謙遜する」

「ですからまあ、報酬の方は気にしないで下さい。貴族年金も大した額ではないですが、新人冒険者の報酬ぐらい痛くも痒くもないんで」

「いやだからなぜそなたが」

「お待たせしました、皆さん」

 デインさんの声に、内輪話を切り上げる。

「こちらが冒険者雇用の一般的な契約書です。必要な項目を埋めて頂ければ、問題はないかと思います」

 それからデインさんはさらに一枚の書面をアステルに差し出した。

「そしてこちらが、タヂカさんの収入状況の書付です。こちらをご覧になれば、妥当な報酬額の参考になるでしょう。よろしいですね、タヂカさん?」

 許可を求めるデインさんに、俺はもちろんと頷く。

「ありがとう、拝見しよう」

 アステルは書付を受け取ると、目を落した。


 そのまま彼女は、固まってしまった。


 不審に思って横顔を覗き込むと、アステルの白い額に薄く汗がにじんでいる。

「ご存じでしょうが、タヂカさんは当ギルドの序列持ちです。当然ながらその収入も、一般的な新人冒険者の比ではありません」

「…………聞いていない」

「おや、セレスが伝え忘れたのでしょうか?」

 うめくアステルに、デインさんはニコリと笑いかけた。


「うちの自慢の新人は、なかなかの稼ぎでしょう、監察官殿?」

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