確信犯!
「俺は断言する、これは革新であると!」
中庭に集まった聴衆を前に、俺は一席ぶつ。
『………………』
「スキルの更なる可能性への試み! 新たな時代の夜明けとならん!」
俺の背後には高温で焼かれ、熱気を放射する石塊が山積みとなっている。
大気を歪めて立ち昇る陽炎を背に、俺は拳を高々と天に突き上げた。
「それはすなわち、お風呂である!」
リリちゃんも、オオウッと雄叫びをあげて拳を振りかざす。
その他の聴衆、シルビアさんにクリス、フィーはおざなりに拍手した。
さて、詳しい手順をご説明しましょう。
まず、用意した石塊をよく洗います。結構たくさんありますね?
今日この日のために、丘陵地帯から地道に持ち帰ってきたのです。
用途を説明しなかったので、クリスからさんざん冷たい目で見られました。
あの忍従の日も、今日でお仕舞です。事が終われば、きっと絶賛してくるでしょう。
次に、フィーを呼んできます。
洗い終えて積み上げた石塊の山に向かって、魔術スキルを放って頂きます。
引き換えに今度、干し果物を買ってくるようにねだられました。
さあ、ぼんぼんやってください。でも無理をしないように。
発火位置を固定し、炎を持続させる感じで。あと、ご近所迷惑なので音は控えめにね?
おお、いい具合に石が焼けてきましたね。
普通に焼くよりも、熱の浸透具合がよろしい気がします。これは錯覚なのでしょうか。
それともやはり、魔術スキルの炎と自然の燃焼とは根本的な違いがあるのでしょうか?
さて、こちらでは別の準備に取り掛かります。
この大きな酒樽に、井戸の水を注ぐのです。満杯になるまで頑張りましょう!
…………ゼイ、ここまで、ヒウフウ、みずを、ゲホ、いれれば、ゼイゼイ…………
申し訳ありませんでした、もう大丈夫です。
さて、察しの良い方はもうお気づきですね?
おや、お分かりにならない? ふふん?
さて取りい出したるこの木製シャベル、こちらを使ってこちらの熱々に焼けた石を、アツ!? ちょっこれ熱気がシャレに、アツ! ああ焦げる焦げるシャベル燃える!
これをぽいっとタルの中に!
うおっ! すげえ煮えたぎってるよ! ガボガボしてるよ! 大丈夫かコレ!?
さてこうしてタルいっぱいのお湯が出来ました、これをこちらの特注品のタライに注ぎまして、ちょっと熱いので水で薄めましょうか。
さあ、これがタライ風呂です!
さすがに全身浴は無理ですが、普通のタライよりは深く作ってもらいました。
おひとり様ならゆったり座るスペースが、くつろぎの時間をお約束します。
あふれるお湯で沐浴すれば、全身の汗やホコリ、脂や垢などはきれいさっぱり洗い流せるでしょう。
玉のお肌になること請け合いです!
さあ、一番風呂をご所望の方、いらっしゃいませんか!
「屋外で?」 フィーがぽつりと呟いた。
辺りを見回す。
中庭に掘られた井戸の側に酒樽とタライが並び、少し離れた場所にはいまだ熱気を放射する石塊の山。
隣の家との垣根は低い。確かお年寄りのご夫婦が住んでいたはずだ。
裏手には路地が通っている。滅多に人は通らないが皆無ではない。
「さすがに外で沐浴というのは」
クリスは若干申し訳なさそうだ。
「…………衝立で囲えば目隠しに」
「ごめんなさいね、それでもちょっと」
何かの拍子で倒れるのが心配だと、シルビアさんが苦笑する。
俺はがっくりと肩を落とした。せっかく準備したのに。
「タヂカさんがわたし達のために頑張ってくれたんだもの!」
リリちゃんが胸の前でこぶしを握り、決然とした表情で宣言する。
「ちゃんと覗かれないように見張ってくれるなら、わたしが!」
「ほんとリリちゃん!」
なみなみとお湯が張られたタライに、ゆっくりと腰をおろす。
「ふう」 思わずと言った感じで声が漏れる。
やっぱり無理ごめんなさいと、リリちゃんに謝られた。
女性達が辞退したので、俺一人だけ入浴することにした。
衝立で囲まれた臨時の浴場で、足をタライのフチから出して寝そべる。
たしかに視線を遮る壁がないのは問題だ。そこは盲点だったと認めよう。
夏の暑い日、田舎の庭でやった行水の感覚だった。
女性が青天井で沐浴とか、デリカシーに欠けていた。
だけど、風呂自体を諦めるのはまだ早い。
大量の水を沸かす風呂は、薪などのコストを考えれば贅沢の類だ。
それがフィーのお陰であっさりクリアした。
ここで諦めるのは、逆にもったいなさ過ぎる。
掘立小屋でも建てるか? ようは壁と屋根があれば良いのだ。
そんなに頑丈な造りである必要はないし、たぶん俺にも出来るだろう。
後は排水、脱衣所、その他諸々あるが、おいおい検討しよう。
努力の方向性は、間違っていないと思う。
フィーのスキルは、この世界では活躍の場が多いはずだ。
正直なところ、魔物討伐などやっている場合か、とさえ思う。
なにしろ燃料無しで、高温の熱エネルギーを産み出すのだ。
大量の石塊を加熱・保温する窯を作れば、多くの人に恩恵をもたらせるだろう。
お湯、暖房、調理など、用途は様々で想像が膨らむ。
だけど目先の目標は、宿の家事の改善だ。離れを格安で貸してもらうなど、シルビアさんには世話になっている。フィーの協力のもと、少しでも恩返しがしたい。
そして色々とアイディアを出して試行錯誤し、ノウハウを蓄積しよう。
将来的には、他国で風呂屋を開店したらどうだろうか。
クリスとフィーが商売するための店を作るのだ。
いつの日か彼女達が自由を取り戻し、幸福な家庭を築けるように。
バシャっと、すくった湯を顔に叩きつける。
さて、身体でも洗おうか。身体をねじって手ぬぐいに手を伸ばしたとき
衝立の陰から顔を出しているセレスと、バッチリ目が合った。
その後ろにはアステルが堂々と佇んでいる。
隣のベリトは、申し訳なさそうに頭を掻いている。
「沐浴か。こんな辺境の地に住みながら、文明を心得ているな」
アステルから寛大なお褒めのお言葉を頂いた。
宿の食堂を借り、セレス達とテーブルをはさんで対応した。
「わたし言いましたよね? この女には手を出さないようにって」
「…………」
「なのにその日のうちにちょっかいを掛けるなんて信じられません!」
「…………」
「な、なんですかその目は!?」
「…………」
「だ、だって仕方ないじゃないですか! ヨシタツさんが裏にいると宿の娘さんに聞いたので行ってみれば! まさか沐浴の最中だなんて思うわけありません!」
「…………」
「そもそもスキルを湯沸しに使う発想が信じられませんよ!」
セレスの言葉が途切れる。どうやら言いたいことは終わったらしい。
「…………見たね?」
「見てません! ぜんぜん! ちっとも!」
動揺しまくって否定するセレスに、アステルは一言告げる。
「それは、嘘だ」
「どうして余計な事を言うのよ!?」
「ていうか、アステルお嬢さんもしっかり見てましたよね?」
ベリトの言葉に、アステルは何の恥じらいもなく頷く。
「見た、だが肝心な部分はセレス嬢の頭が邪魔だった。見えたか?」
「ああもうこいつヤダっ!!」
頭を抱えてわめくセレス。それは俺のセリフだからね?
「案内役?」
俺が問い返すと、アステルが頷いた。
「うむ、監察官は現地の住民を、協力者として雇うことができる」
「だから関わるなと忠告したんです。ちなみに監察官の案内役を引き受けると、他の冒険者の評判が悪くなりますよ?」
ふくれっ面のセレスが補足追加する。
「それは事実だ。監察官は職務上、嫌われることが多い。協力者は裏切り者扱いされることが多々ある」
勧誘にしては馬鹿正直すぎる。本気で雇うつもりがあるのか?
内心の疑問が顔に出たのか、アステルが言葉を続ける。
「もちろん拒否できるが、ギルドの内部査定に著しく響く。引退後の職探しでギルドの斡旋を期待するのなら、疎かにしないほうが良い」
「誰かに引き受けさせなければいけないので。すみません」
謝罪するセレスだが、ぜんぜん悪いとは思っていないようだ。ほらみろと、彼女の顔がそう語っている。
「どうして俺なんだ?」
もっと適切な人間がいくらでもいると思うのだが。
「セレス嬢?」
「はいはい、分りました。それではタヂカさん、失礼します」
そう言って彼女は食堂から出て行った。たぶんギルドに戻るのだろう。
「ここからは現地職員に聞かれたくないのでな」
セレスに席を外させた訳を、アステル悪びれずに白状した。
「いくつか理由がある。まず冒険者登録が一年未満だという点を考慮した。短期間であれば、まだここのギルドの悪弊に馴染んでいないと思った。次に、そなたは監督処置中だと聞いた。ならば冒険者ギルドに好感を抱くとは思えん」
癖なのか、アステルは指先に白い髪を巻きつける。
「あと、筆頭冒険者と親交がある点も捨てがたい。他にもあるが、そなたを選んだ主な理由は以上だ」
なるほど、確かに組織としての冒険者ギルドに格別の思い入れはない。
部外者からすれば、自分の側に引き込んで手駒にできそうに見えるだろう。
ただし、うわっつらの情報だけで判断している観も否めないが。
「さて、そなたに頼みたい仕事だが」
「待て、引き受けるとは言ってないぞ?」
「断るのか?」
「…………内部査定をダシにされたら仕方がないな」
彼女が街で八高弟と出くわしたら、もめ事になるかもしれない。カティアが兄弟子たちに釘を差したが、アステルがまた怒らせたらどうなるか分らない。
彼女は導火線をむき出しにした、ダイナマイトみたいな危なっかしさがある。
「ひとつ、忠告しておく」
アステルは不機嫌そうな顔になった。
「わたしは他人の言葉の真偽を判定するスキルを所持している」
「…………へ?」
「先ほどの言葉も明らかに嘘だった。そなたは内部査定など歯牙にもかけていない」
彼女の言葉にギョっとした。俺はいつか、クリスとフィーを連れてこの国を離れるつもりだ。
この街での引退後のことなど考えていない。
アステルは俺を観察するように目を細める。
「だとすると、なぜそなたはわたしの要請を引き受けた?」
言葉に詰まる。そして改めて自らに問いかける。
なぜ俺は引き受けたのだろう。彼女が心配だからか?
それにしてもまずい事になった。そんな危険なスキルの持ち主だとは思わなかった。
案内役をうかつに引き受けたことを後悔し始める。
「まあまあお嬢さん、そこらへんで」
いつまでも続きそうな沈黙を、今まで会話に加わらなかったベリトが遮る。
「せっかく手伝ってくれると言っているんです。理由なんてどうでもいいじゃないですか」
しばらくアステルは口を開かなかったが、やがて根負けしたようにため息をついた。
「まあいい。嘘をつくなとは言わないが、わたしを欺くと相応の報いがあるぞ?」
一切の感情を込めず、アステルは脅した。
「紹介しておこう。この者はベリト。わたしの護衛兼助手ということになっている」
「どうぞよろしく!」
「…………ああ、よろしく」
「早速だが、本題に入りたい」
アステルはテーブルに肘をのせると、手を組み合わせた。
「監察官の主な役目は、各ギルド支部、および所属する冒険者の不祥事や犯罪を暴くことだ」
「漠然とした話だな。何か根拠があるのか?」
「本部からの統制がきかない辺境のギルド支部は不正の温床だ。程度の差こそあれ、何らかの悪事が蔓延しているのは常識だ」
随分と偏見に満ちた見解だが、ありえない話ではない。でも
「当てがあるわけじゃないんだな?」
「噂程度なら王都に届いているが、どれも実態は定かではない。地道に調査して、尻尾をつかむ」
なんだか雲をつかむような話で、段々と不安になってくる。
「ずいぶんと悠長だな? 成果を出すのに時間が掛かりそうだし」
「まあ、ひと月、ふた月は心積もりするように」
冗談じゃないと思った。冒険者活動にも支障が出るぞ。
俺が愕然としていると、ベリトが俺の背後にまわってポンと肩を叩いた。
「諦めましょう、旦那。お嬢さんに目を付けられたのが運の尽きですよ」
「なあ、俺に良い考えがあるんだが」
俺はぐるぐると考えを巡らせ、藁にもすがる思いで提案した。
◆
「御用改めである、神妙にしろ!」
俺はノックもせずに突入した。
「監察官様のお出ましだ! おとなしくお縄につけ!」
「監察官様がこんなところにいるはずがないのです!」
コザクラはちゃんと机の上に立って待ち構えていた。
「狼藉者なのです! 者ども出あうのです!」
コザクラのよろず相談所は、今日も閑古鳥が鳴いていた。
「なあ、タヂカよ」
「へい、なんでしょう、お嬢様?」
「ここはいったい? それに彼女は誰だ?」
アステルはひどく困惑している様子だ。脇に控えるベリトも微妙な顔だ。
訳も話さず引っ張ってきたのだから、当然の反応である。
「へい、こいつが街の諸悪の根源です。捜査とか面倒なんで、手っ取り早くこいつをひっ捕らえましょう」
「てっとり早くで逮捕されたら迷惑なのです!」
「こいつは以前、ギルドに在職していました。数々の汚職で、クビになりました」
「裏切り者なのです!? 証拠があるのですか!」
「全ての嘘を見破る監察官様だ! 今日こそ年貢の納め時だぞ!」
「…………まあ、いちおう尋問してみるか」
「いちおうで尋問はあんまりなのです!」
「さて、名前と年齢は?」
「コザクラ、十六歳、ただの美少女なのです!」
キリッとした顔を決め、コザクラは答える。
「余計なことは言わんでよろしい」
「ハイなのですお嬢様!」
切り替えが早いというか外面が良いというか、実に殊勝な態度だ。
と言うより、こいつは俺にだけ扱いが酷すぎる。
「タヂカから、そなたの悪事について告発があったが、身に覚えがあるか?」
「まったくないのです!」
「うむ、潔白だな」
「ちょっと待てえっ!」
あまりにもあっけない幕切れに、抗議の叫びをあげる。
「そんなはずはない! おかしいだろぜったい!」
「何を騒いでいるんだ、そなたは?」
「そうなのです、静かにするのです」
シレっとするコザクラ。いくらなんでも、これはない。
「こいつはおよそ、ありとあらゆる悪行をたしなむ極悪人だぞ!」
「ひどすぎるのです! どういう目であたしを見ているのです!」
「ありのままのおまえだ!」
「え? ありのままのあたしを…………」
ポッと頬を赤らめるコザクラ。
「いや待てありのまま違う! あれ? 合っているのか? いや待てよ!?」
考えるほどに訳が分からなくなる。
ありのままの自分を見られることに、照れる要素があるのか?
「…………ふっ他愛もないのです」
混乱する俺を、コザクラは鼻で笑いやがった。
「お嬢様、あたしはこの街を訪れて以来」
コザクラは背筋を伸ばし、堂々と胸を張る。
心臓に左手を当て、宣誓するように右手を掲げる。
彼女は真剣な眼差しで、アステルをひたりと見据えた。
「天に恥じる行ないは、一度もしたことがないのです!」
「恥じろよ! おまえは! 自らの所業の数々を!」
「自らの良心を裏切らず、世間様に顔向けできないような真似は絶対にしていないのです!」
「うむ」 アステルは深々と頷き、称賛さえ込めてコザクラを見詰める。
「これほど一点の曇りもなく、我が身の証を立てたのはそなたが初めてだ」
「お褒めに預かり恐悦至極なのです! お嬢様!」
「今後とも精進するがよい、期待しているぞ」
「アステル! こいつを増長させるな!」
俺は握手を交わす二人に向かって怒鳴る。
「うるさいな、そなたは」
「裏切り者の負け犬は、尻尾を巻いて退散するのです」
「コンチクショウ! おぼえてやがれ!」
俺は、謎の意気投合を遂げた二人に悪態を浴びせた。
◆
コザクラの事務所を出た後、本格的な調査は明日からにしようと言われた。
「そうしょげるな。失敗など誰にでもあることだ」
「うわあすげえ不本意な慰めの言葉」
まんまとコザクラに丸め込まれたアステルを横目で睨む。
「今日の失敗を活かし、明日からまた励んでくれ」
「どう活かしたら良いのかさっぱりだが善処する」
ぜんぜん自覚のない彼女に、投げやりな言葉を返す。
宿への分かれ道に来た時、俺はアステルに手を振った。
「それじゃあ今日はこれで」
「うん? ああ、明日な?」
挨拶を済ませると、俺は背を向けて立ち去る。
しかし厄介なことになった。
アステルに関する情報を集めてみよう。
彼女の経歴やギルド本部での評判などを集め、何とか解決の糸口を探らねば。
下手をすると本当に危機的なことになりかねないぞ。
そこまで考えてから、くるりと振り返る。
「何でついて来るんだよ!」
背後には、別れたはずのアステルとベリトがいた。
俺の問いに、アステルは目をぱちくりさせる。
「何でと言われても、同じ道だからな」
「昨日の宿はあっちの方向だろ!」
「ああ、宿を変えたのだ」
「あ、そうなのか。ここから遠いのか?」
自分の早とちりに、ちょっと顔が熱くなるのを誤魔化して尋ねる。
「うむ、あそこだ」
彼女が指差した方向に、見覚えのある屋根が見えた。
「そなたと同じ宿だ。しばらくの間、よろしく頼むぞ」
かんべんしてくれ。俺は頭を抱え、しゃがみ込んだ。




