来訪者
「わたしの格好、おかしくないでしょうか?」
その日、モーリーとは街の中央広場、花壇の前で待ち合わせていた。
心配そうな彼女の声で我に返る。
彼女の普段着姿が新鮮で、つい見惚れてしまったらしい。
彼女の服装はいつもの神殿務め用のローブではなく、くるぶしまで達する白のワンピースと、裾の長い青のベスト、だと思う。ファッションに関する知識は壊滅的なので、たぶんとしか言えないが。
そんな俺に、モーリーは自分の服装がおかしくないか、判定しろと言うのだ。
あまりに無謀な要求だったが、掛けがえのない友人のために全力で挑む。
彼女の服装の素材を吟味し、縫製技術を評価し、染色の均一性をチェックする。
これまで出会った全ての女性達の服装を網羅し、服飾文化の社会的背景を考察する。
看破の解析能力までも駆使して加速させた思考は、やがて一つの結論へと集束する。
「大丈夫、ぜんぜんおかしくない」
良かったと、胸をなでおろして安堵するモーリー。友人の役に立てて、俺も満足である。
俺とモーリーは、お互いニコニコと笑顔をかわした。
「違うでしょ!」「それはないと思います」
両脇からダメ出しを食らった。クリスとフィーが呆れ顔でこちらを見ている。
「あの、やっぱり変ですか?」
モーリーは表情を曇らせる。やはり同性の意見の方が気になるようだ。
「そうじゃない、そうじゃないのよ!」
「おかしいのはタツですから!」
フィーは慌てて手を振って否定、クリスは矛先を俺に向ける。
「なんでだよ、普通の格好じゃないか?」
そう反論したら二人は怒り出し、両腕をとられてモーリーから引き離された。
花壇の反対側に回ると、二人は声をひそめて俺をなじり始めた。
「頭に虫でもわいたの!」
「岩をも溶かすと評判の、悪魔の舌が腐ってしまったのですか!」
なんの妖怪だよそれは! どこでそんな悪評が流れている!
クリスはびしりと俺の鼻に指を突きつける。
「女性が自分の服装のことを尋ねたのなら、それはつまり」
「誉めろっていう命令に決まっているじゃないの!」
「…………ぇえ?」 催促ですらないのか。
「ほら、最初からやり直してください、早く!」
クリス達に押され、内心で疑問に思いながらモーリーの元に戻る。
「あの、どうかしました?」
小首を傾げるモーリーに、俺は咳払いで調子を整えてから声を掛ける。
「こんにちは、待たせた?」
「そこまで戻らなくていいわよ!」
背後から指導が飛んでくる。なんだか下手な芸人になった気分だ。
「今日の服装、とても可愛いね?」
「はあ、ええと? ありがとうございます?」
なんとなく予想していたが、モーリーの反応は薄い。ほらみろと、クリス達に目顔で訴える。
しかしフィーは指をぐるぐる回して、クリスが口パクをしている。もっと続けろ?
「その飾り紐、鮮やかでとても素敵な色だね」
戦術を変更し、ポイントを絞って具体的に賞賛してみた。
「ありがとうございます。でもこれ、ちょっと面倒なんですよ」
「そうだね、どうやって結んでいるのか、見当もつかないよ」
ボタン代わりにベストを閉じている黄色の紐は、複雑に結われて花とも紋章ともつかない形になっている。目で追っていくと、頭がこんがらがりそうだ。
「こんな風に結ぶんです」
モーリーはするすると紐を解くと、ベストを開いて見せた。
「まずこうして紐を交差させて」「ふむふむ」
細くしなやかな指先が、まるで編み棒のように動く様に魅惑される。
最後にキュッと縛り、先ほどと寸分違わぬ花を結い上げる。
「でもそんなに締め付けて苦しくないの?」
「実を言うとちょっぴり。でも折角のお誘いですから一張羅を着て来ました」
モーリーはちろっと舌を出し、悪戯っぽく笑った。そんな子供じみた表情も可愛らしい。
何はともあれ、作戦終了だ。やり遂げた俺は満足して振り返ると
クリスとフィーが、鬼の形相でこちらを睨んでいた。
◆
以前、モーリーには危ういところを救ってもらった恩がある。
ひと段落着いた後に礼には行ったが、そんなことで謝意は尽くしきれない。
どうしたら良いものかと悩んでいるうちにドタバタと日が過ぎてしまった。
しかし一昨日、武術大会も終わった。ようやく三人一緒に動けるようになり、あらためて礼をしようとクリス達と相談したのだ。
ただし、ちょっと浮世離れしているモーリーなので、プレゼントでは何を贈ればいいのかアイディアが浮かばない。たぶん神殿のお布施とかが一番役に立ちそうだが、それも違うような気がする。
だからとりあえず、食事に誘おうということになった。クリスとフィーも賛成した。
なによりも、彼女達が親睦を深めれば、友人が少ないモーリーの世間が広くなる、そんな思惑もあった。
神殿を守るモーリーと、冒険者であるクリスとフィー。
共通の話題とか少ないだろうが、時間を掛けて友情を育んでくれればいい。
そんな風に最初は思っていたのだ。
「男の前であんな無防備な姿をさらしたらダメでしょ!」
なのに、いきなり説教から始まった。
広場に面した喫茶店のオープンテラスで、香茶の注文を終えるや否やの唐突さだ。
「は、はあ」 モーリーは困惑気味だ。
そんな彼女を間に挟み、クリスとフィーが口々に説教する。
どうもベストを開いて見せたのが、彼女達の基準ではアウトらしい。
「男と言うのは、常に女の身体を見定めているのです。女のわずかな油断や隙も見逃さず、衣服の下に隠されたモノを覗こうとしているのです。ですから女は常に警戒を怠らず、防備を緩めてはなりません」
クリスが珍しく、長い講釈を垂れている。ていうか、俺ってそんな風に思われていたんだ?
「でも、周りには誰もいませんでしたし」
「いたでしょ! 目の前に!」
モーリーの抗弁を、フィーがぴしゃりと叩き潰す。それって俺のこと?
「貴女は知らないでしょうが、タツは女性の天敵として名を馳せているのです」
クリス? 君は何を言っているの?
「生きとし生ける全ての女に甘言を弄してたぶらかす、そんな男なの」
ねえ、フィー? 俺、君を怒らせるような真似でもした?
「まさか、タヂカさんに限って」
モーリーは疑わしげだ、さすが心の友である。
「嘘だと思うのなら、冒険者ギルドの女性職員に聞いてみるといいよ。さっきだってモーリーの胸元をまじまじと見ていたんだから」
どうして背中を向けていたのに、そんなことが分かるの? 憶測でものを言うのは止めて?
「ほんとうですか、タヂカさん?」
「ちょっとはね?」 まあ憶測ではなく事実なので正直に白状する。
「モーリーはスタイルが良いから、気をつけた方がいい。ごめん、注意しなかった俺が悪かった」
普段のゆったりしたローブ姿では分からなかったが、モーリーは女性的な曲線が豊かだ。ベストを開いてみせた時、それに気が付いた。
俺は頭を下げて謝罪すると、モーリーは慌てて手を振る。
「い、いえ気にしないで下さい。わたしがいけなかったんです、そういうことに気がまわらなくて」
「なら、これからは気をつけた方がいい。魅力的な女性はきちんと自覚を持って慎まないと、男にとって目の毒だ」
そんなのは男の勝手な言い草に過ぎないけれど。
でも、彼女をクリスとフィーに引き合わせて正解だった。
こういうあけすけ意見も同性ならではの気安さからだろう。
「クリス、フィー。これからも彼女に気を配ってあげてほしい」
そう彼女たちにお願いしたのだが、二人ともちょっと不機嫌そうだ。
「…………言ってるそばからあなたって人は」
「どうしようもない人ですね、タツは」
クリスとフィーの鋭い視線が、えぐるように突き刺さるのを感じた。
◆
そんな具合にいささか微妙な始まり方だったが、すぐに三人は仲良くなった。
というか、クリス達がモーリーをやけに構いたがる。
モーリーは彼女達より年上だが、性格がおっとりとしている。
俺よりも世事に疎い面もあって、つい手助けをしたくなるらしい。するとモーリーは穏やかな笑みで感謝するものだから、さらにかまってしまう好循環だ。
食事に行けばメニューの内容が分からないモーリーに、材料がどうの味付けがこうのと解説する食いしん坊のクリス。
服屋をひやかせば、モーリーにいろんな服をあてがい、着せ替え人形にするフィー。
買い食いではモーリーと互いのジュースの味見したり、干した果物を親鳥のように口に入れたり、汚れた口元を拭ってやったりと世話の焼き通しである。
断言しよう、俺はお邪魔である、と。
はしゃぐ彼女達の後ろからトボトボついて歩き、あれこれ買いあさるクリスとフィーに代わって支払いをするだけの役目である。
時おり申し訳なさそうに目配せするモーリーに手を振って、気にするなと伝える。
それに、女の子らしく振舞うクリスとフィーの姿も、久しぶりのような気もする。
戦力向上や武術大会のために修練に明け暮れた末の休日だ。しばらくすれば再び魔物討伐に出向くのだ。
今日という日を満喫し、英気を養ってほしいと思う。
しかし、退屈だ。礼儀正しく付き添おうと我慢しているが、つい目線が泳ぐ。
「すみません、私たちばかり楽しんでしまって」
そんな俺の様子にクリスは気が付いたらしい。
「気にしなくて大丈夫だよ。俺も楽しんでいるから」
「なに? 仲間外れにされてすねちゃった?」
フィーがニヤニヤと意地悪く笑う。彼女はワザとだな。
先程から彼女達は、露店でベリーっぽい果実を買い、籠の中に入れてつまみ食いしている。
フィーはその一粒をつまみあげると、プラプラ振って見せびらかせた。
「ほら、ほしい~? 食べさせてあげよっか~?」
…………………ほほう?
「え?」
彼女の手をワッシと掴むと、フィーがきょとんとする。
「ひゃあああああ!!」
彼女の手を引き寄せるとベリーにかぶりついた、フィーの指ごと。
「大人を甘くみるなよ?」
ベリーを飲み込んだあと、フィーを解放してやる。さきほどモーリーに根も葉もないデタラメを吹き込んだ仕返しである。
「大人がそんなことしますか!」
クリスに怒られた。指がべとべとになったフィーがベソをかいている。
「あれ?」 ふと気が付いて、あたりを見回した。
「モーリーは?」
隣にいたモーリーがいない。その時、俺たちは騒がしい気配に気が付いた。
その方向に目をやると、通りの一角に人だかりができている。
人の輪の中で冒険者が二人、声高に叫んでいる。どうやら女性に絡んでいるようだ。
昼間から嫌だねえ、ほんとに冒険者はガラが悪いなあと呑気に眺めていたら
騒ぎの真っ只中へ、モーリーがトコトコと近づいているよ!
◆
その女性は、どこか幻想じみていた。
白い髪に赤い瞳、肌も静脈が透けるほどに色素が抜けている。
見かけははかなげな印象だが、性格は容姿とは真逆のようだ。
「ざけんじゃねえぞこのアマ!」
「うるさい、失せろ下郎」
荒れる冒険者二人を、彼女は蔑みの目で見ている。
彼女は街の外から来たのか、旅装姿だ。仕立ては良いが白っぽい塵を被っている。
しかし旅塵でも損なわれることのない、凛とした気品の持ち主だった。
「こっちが親切で言ってやりゃいい気になりやがって」
「お前は虚言をなしている。どうせよからぬ下心を抱いているのだろう」
「なんだとこら!」
「およしなさい」
業を煮やした冒険者が掴みかかろうとしたとき、両者の間にモーリーが割って入る。
「天下の往来での騒ぎは世人の迷惑とするところ」
突然の闖入者に、白皙の女性も冒険者二人もあっけにとられる。
「双方、先ずは落ち着きなさい、そして話し合いを」
「話すことなどない」
気を取り直した白皙の女性が、にべもなく言い捨てる。
「それらの冒険者風情が一方的に絡んできただけのことだ。そなたも無用のお節介は止めてもらおう」
「そうだぜ、関係ない奴は引っ込んでろ!」
同調した冒険者達の表情が、下卑た笑みに変わる。
「それとも、そっちの姉ちゃんの代わりに俺たちに付き合おうってんなら、話は別だがな」
「はい、いいですよ」
モーリーの一言に、今度こそ三人とも、いや周囲の野次馬さえ絶句する。
「こちらの女性の応対にも問題がありますが、そもそもの原因はあなた方にありそうです。場所を変え、じっくりお話をうかがい、しかる後に己の行いに改めるべき点がないか、共に考えてみましょう」
「…………てめえひょっとして、付き合うの意味が分かってねえだろ?」
「ちょっと待っていてくださいね? いま連れの方々にことわって参りますので」
「お、おい、馬鹿な真似をするな!」
慌てふためく白皙の女性に、モーリーはひらひらと手を振る。
「あ、貴女は行って頂いて結構です。ただし神に祈って自らを省みることをお勧めします。ものの言い様によっては穏便に済ませられることも、無用に人の感情を逆なでることがあると学んだ方がよろしいかと」
ぐっと、白皙の女性が言葉に詰まる。どうやら身に覚えがあるらしい。
「あ、てめえ神官様か!?」
モーリーの説法くさい台詞に、片方の冒険者が察したようだ。
「そうですよ?」
モーリーの返答に、冒険者達が苦々しげな顔になる。厄介なヤツを相手にしたと後悔しているようだ。
…………もう遅いけどな。
「よお、俺の連れにちょっかい掛けるとは、いい度胸じゃねえか?」
隠蔽を解き、背後から冒険者二人の首に腕を巻き付ける。
「な、なんだっ!?」「げ、悪魔っ!!」
見たことのある顔だと思ったら、あれだ、鎧蟻討伐に参加した奴らだよ。
「それで? 付き合うってどういう意味なんだ? 俺にも教えてくれよ」
まずは穏やかに対処しようと、自分に言い聞かせる。
「く、苦しい!」「げほ、手え、手を離しやがれ!」
「いいぞ? ちゃんと教えてくれたらな?」
「た、タヂカさん! 首! 首がしまってますよ!」
「大丈夫だよモーリー、これはちょっとしたじゃれ合いだから」
「ダメです! 顔、顔色が酷いことになってます!」
「まあ、モーリーがそう言うのなら」
しぶしぶ腕をほどくと、冒険者達は喉を押さえて咳き込み始めた。
「それで、そちらのお嬢さんに絡んでいた理由はなんだったんだ?」
俺は事態の急変に呆然としている白皙の女性を指し示す。
「ごほ、ひでえことしやがる」「オレ達がなにしたってんだ!」
「それを聞いているんだがな?」
ようやく呼吸の整った冒険者達が不満げな顔になる。
「そっちの女が道に迷っているようだったから、話し掛けたんだよ」
「冒険者ギルドの場所を知りたいって言うから、俺たちが案内してやるって」
「それは、嘘だ」
白皙の女性が、きっぱりと断言する。まあ、そうだろうな。
「いかがわしい宿に連れ込もうとしたのか?」
「いきなりそんなことするか!」 冒険者の片割れが吐き捨てる。
「ちゃんと酒場にお連れして酒でも奢ってよ?」
「酔わせてじっくりと口説いてから遊んでもらおうと思っただけだぞ?」
「冒険者ギルドへの案内は?」
「そんなの嘘に決まってるじゃねえか」「タダでそんな真似をするわけねえだろ」
まったく悪びれることなく答える二人。
俺は深々と、肺が裏返しになりそうなほど大きなため息をつく。
「そのやり方で上手くいくことってあるのか?」
「ほとんどねえな?」「身持ちのかたい奴はダメだ」「さんざん奢らされてサヨナラされたこともあるな」「待てよ、この間の二人連れは上手くいっただろ」「馬鹿、ありゃ商売女だ。しっかり金を巻き上げられたじゃねえか」
「ああ、もういい」 こういう奴らなのだ、冒険者というのは。
「ち、なんだよ、そっちが訊いてきたくせに」「ケチがついたぜ、行くぜ相棒」
唾を吐き捨て、去ろうとする二人の肩をがっしりと掴んで引き止める。
振り返ったところを睨みつけると、二人は顔を引き攣らせた。
「それはそれとして? 俺の連れに手を出そうとしたな」
「ちょ、ちょっと待てよ! あれは俺たちのせいか!?」「あんなときにハイなんて言うかよふつう!」「ていうかまた新しい女か!?」「いい加減にしろよテメエ!」
二人はジタバタもがくが、無剣流の握力は振りほどけない。
「ねえタツ、それぐらいにしたら?」
「そうです、本人たちも反省、は全くしていないようですが、もう面倒です」
周囲の野次馬の中から、クリスとフィーが抜けだしてきた。
彼女達を見た途端、冒険者達の顔に怯えが走る。
「魔女っ!?」「オネエサマ!!」
彼女たちに向かい、冒険者達は聞き覚えのない呼び名を使った。
ひょっとしてクリサリス達に通り名が付いたのか? 魔女は分かる、フィーの事だろう。しかしもう片方の珍妙なのは?
「誰がお姉様ですか!」
いかつい冒険者にお姉様呼ばわりされ、クリスの頬が羞恥に染まる。剣の柄に手を掛け、今にも抜き放ちそうな勢いで冒険者達に詰め寄った。
「いや、ちがうんだ、俺が言い出したんじゃねえ! 昨日からあちこちで女たちが、あんたのことをそう呼んでいるもんだから、つい!」「や、やめろ、俺は言ってねえ!」
…………ああ、武術大会のアレか。黄色い声援をずいぶんと集めていたし。
きっと大勢の女性ファンを獲得したんだろうな…………プ
「何がおかしいんですかタツッ!!」
クリスが両手を振り上げ、怒り出してしまった。
ガラの悪い冒険者達を追っ払った後、改めてモーリーに向き直った。
「何か言うことはないか?」
「お騒がせしましてすみませんでした」
彼女はぺこりと頭を下げる。申し訳なさそうな態度だが、どうやら自分が危なっかしい真似をしたという自覚はないらしい。
だから、ぺちりとその頬を叩いた。
「た、タヂカさん!?」
痛みなどないだろうが、モーリーはショックに目をみはる。
両脇でクリスとフィーが息をのむ気配を感じた。
「どういうつもりだ? 相手は荒くれ者の冒険者だぞ? もっとタチの悪い連中だったら怪我をしたかもしれないんだぞ?」
「で、ですが」
「自信があったのか? なんとかなるって。思い上がるなよ、口先だけで丸め込めるような、生ぬるいヤツばかりじゃないんだ」
「か、神に仕える者として」
「俺は大切な友達に、教えてもらったことがあるんだ」
モーリーの言い訳を遮り、言葉を続ける。
「もし自分が傷ついた時に、心を痛めてくれる人がいるのなら」
彼女はハッとした表情で俺を見詰めた。
「その人のためにも、自分の身は大事にしなくてはならない、て」
モーリーは叱られた子供のように俯いてしまった。それはかつて、彼女自身が教えてくれたことだ。
「俺が君のことを心配するとか、ぜんぜん思わなかったのか?」
怪我を負いながらヘラヘラとしていた俺に、リリちゃんがホウキで打ち掛かってきた気持ちが実感できた。悔しさや悲しさが混然とし、しかもモーリーの頬を叩いた感触で最低な気分だ。
「……………すみませんでした」
心底後悔した表情でモーリーが頭を下げる。
そう殊勝な態度に出られると、それはそれで困ってしまうのだが。
「まあ今回はすぐに追いついたから、そんなに心配しなかったけどね?」
彼女を慰めようと、肩をすくめておどけて見せた。
「それは、嘘だ」
すっかり存在を忘れていた、白皙の女性が言った。
「そなたも虚言を弄し、人を欺くか」
俺を見る目つきは、まるで道端のゴミに向けるそれだ。初対面でなんでそこまで言われなきゃならない。
しかも彼女が余計な口をきいたせいで、モーリーまでじっとこちらを見ていた。
「…………ほんとは、すごく心配した」
誤解されても困るし、仕方なしに本心を吐露する。改めて言い直すと、妙に気恥ずかしい。
一方で白皙の女性が意外そうな表情になる。おい、人に言わせておいてなんだその態度。
「あ、ありがとう、ございます」
モーリーが神妙な面持ちで呟いた。ほら見ろ、また気を使わせたじゃないか。
非難の意味で白い彼女を睨むと、相手もちょっとたじろぎながら睨み返してきた。
「アステルお嬢さん!!」
睨みあう彼女と俺の横合いから、いきなり男性の声が掛かる。
旅装の若い男が、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「アステルお嬢さん、なんで待っててくれなかったんです!」
「うるさいベリト」
どうやら白皙の女性はアステルという名らしい。
「お前がいつまで待っても帰ってこないからだ」
「こっちがどれだけ探し回ったと思っているんですか!」
「ああもういい、わかったから」
うんざりした表情のアステルお嬢さんは、若い男を適当にあしらう。
お嬢さんは男から顔を背け、俺たちに向き直った。
「余計なお節介だったが、世話にはなった」
全く感謝の気持ちがこもらない礼の言葉を述べると、お嬢さんはじっと俺を見た。
「そなた、ひょっとして冒険者か?」
「ああ、そうだ」
「私はアステルと言う。そなたの名は」
「タヂカだ」
「ああと、それと?」
「モーリーです」「フィフィアよ」「……クリサリス、です」
「うん、いずれまた」
そう言い残すと、彼女はさっさと立ち去った。
「ちょっと! 置いていかないでくださいよ!」
ベリトと呼ばれた男は、こちらに目礼すると慌てて彼女の後を追った。
「…………何だったの、アレは?」
フィーがぼそりと呟いた。残された俺たちは皆、同じ気持ちだった。




