新たな可能性
「決闘の前に、少し話をせぬか?」
「稽古だからね? け、い、こ」
東の平原をひた歩き、試合場の一画を遥か遠くに眺める位置に達する。
お祭り騒ぎの喧騒から離れ、魔物の領域に立つと不思議な感慨を覚える。
展開した探査には魔物の影すら映らない。そろそろ太陽も傾いてきた。
茜色が濃くなっていく風景に、どこか郷愁を覚える。
俺とガーブは、ちょうど座り心地の良さそうな二つの岩を見つけた。
並ぶ岩にそれぞれ腰掛け、互いに向かい合う。
「いかがであった、試合の感想は?」
「そうだな、まだまだ未熟だと思い知らされたな」
「そうか」 ガーブは呟き、太陽の方向を眺める。
「世間話は苦手だ」
ぼやくガーブに、苦笑するしかない。彼が口達者なら、ラヴィとグラスをなだめることが出来ただろう。
俺が見るところ、彼は八高弟の中では常識派に属する。道場を経営し、弟子の面倒見も良く、社会性もある。
ある意味、俺が抱いていた八高弟のイメージとはそぐわない男だ。
「結局、試合自体は二回とも敗北したが、悔しくても悔やんではいないようだな」
「もちろんだ」 俺は即答する。
終わってみれば収穫の多い大会だった。
少年の成長を手助けできたし、クリスとフィーの能力も把握できた。それにどうやら商業組合との関係改善にも希望が見えた。
それらの実績に比べれば、終わってしまった試合の勝敗など取るに足らない。
「…………そういう所が、拙者にしてみれば得体が知れぬのだがな」
「どういう意味だ?」
「ふむ、どこから話すべきか」
ガーブは顎に手をやり、考え込む。
「そうだな、そなた、八高弟というモノをどう思っている?」
「傍若無人の暴力団」
「容赦がないな!?」
「あるいはカティアの私兵集団」
そう答えながら、自分でもちょっと違うなと思っている。
カティアは別に八高弟というチームの頭目ではない。むしろ彼らとは一歩離れたスタンスを保っている。
もしカティアがその気になれば、八高弟によって街を制圧できるかもしれない。
「最初はラウロスとベイルだけを引き連れ、姐御はこの街に流れ着いた」
ガーブは試合場のある方角を眺める、
「その他の者は姐御の噂を聞きつけ、よその街からやって来たのだ」
そこでふと、ガーブは恥ずかしそうに笑った。
「姐御に勝負を挑むためにな」
俺は驚いたが、なんとなく納得もした。
「拙者たちは皆、姐御と出会う前は狂犬のようなモノであった」
だから彼の告白もすんなり胸に落ちる。
「剣の技に自惚れ、スキルの力に溺れ、衝動のままに魔物を殺戮し、社会の秩序を嘲弄し、あらゆる権威を認めぬ、人の皮をかぶった獣であった。おそらく姐御に出会わなければ、やがて人間さえ手に掛ける外道となっていただろう」
その点なのだ、もてあましつつも、俺が彼らを畏敬する理由は。
八高弟には全員、殺人履歴がない。
彼らから漂う血の匂いに、人間のソレは混じっていなかった。
どんなに型破りでも最後の一線を越えなかった彼らは、俺よりはるかに上等な人間だ。
「そんな拙者達の思い上がりを、姐御は一瞬で叩き潰した」
ガーブはさも嬉しそうに笑う。愉快な思い出を語るように。
「姐御に負け、拙者達は悪夢から醒めた。拙者達は大なり小なり、弱い人間を虫けらのように見下していた。そんな拙者達こそが、ちり芥以下の存在だと教えられた」
ガーブが静かに目を閉じる。
「姐御がいる限り、拙者達は人間でいられる」
俺はようやっと、理解した。八高弟の盲従とも言えるカティアへの崇拝の意味を。
強さに飲み込まれそうになる彼らの人格は、絶対強者であるカティアの存在で守られているのだ。神を畏れ敬うことで、人として謙虚な気持ちになるのと似ているかもしれない。
「その恩に報いるため、拙者達は八高弟を名乗った。姐御を守り、その欲するところを叶えるために」
だからこそ、カティアは必要以上に彼らと接近しないのだろう。迂闊な言葉を発すれば、八高弟達は暴走しかねない危うさがある。
「その姐御が、とある男を欲した。弟子なら、それを献上するのが筋であろう?」
「いやそんな筋はない、勘違いだ」
そこは同意しかねる。人間は神に捧げる供物じゃないぞ?
「拙者は姐御が望むなら、別にどんな男でも構わないと思っていた。強かろうが弱かろうが、品性下劣な人間のクズであろうと」
「いや待て、だめだろそれは」
「だが、そなたと接するうちに思った。この得体の知れない男は、本当に姐御が扱いきれるのかと」
ガーブが俺を、剣呑な目で睨む。
「もしやすると、姐御を腐らせる毒になるのではないかと案じるようになった」
回避 発動
「もし仮にカティアが俺を望んだとしても、そこは彼女を信じるしかないんじゃないか?」
俺としては、戸惑いながらもそう答えるしかない。
「…………だからそなたに稽古をつけるのをためらっていた。月を追うごとに、予測のつかぬ異形に変じているようなそなたが、これ以上の力をつけることを恐れたのだ」
たぶんガーブは、俺が回避スキルを発動したことを察している。岩に腰掛けているが、剣の間合いにいる。彼がその気になれば、一刀両断だ。目撃者もいない。
「しかし、礼は礼だ」
ガーブは立ち上がった。
「そなたの希望通り、決闘を受けよう」
「稽古ね? 何度も言うようだけど」
俺は手にした二本のチャンバラブレードを手渡した。
ガーブはチャンバラブレードを気に入ったようだ。
素振りをして、手ごたえを確かめる。
「よいな、これは。道場でも使ってみたい」
「そうか? なんなら安く作ってもらえるように、口を利いてもいいぞ?」
「値はいかほどだ?」
「通常価格は金貨一枚です」
「ずいぶんと高値だな!」
「ですが三本一組ですと銀貨六百枚、一本あたりなんと銀貨二百枚となります!」
「ぐ…………しかし貧乏道場にはとても」
「お世話になったお礼の特別価格! いまだけの格安提供です!」
「う、うむむ、し、しかし」
悩みながら唸るガーブを放置し、すたすたと離れる。
こんなものか。四十メートル、いやもうちょっとあるか?
ブレードを構えると、遠目にもガーブが驚いた顔をしているのが分かった。
だが俺の意図に気付いたのか、にやりと笑うと腰を落した。
居合いのようにブレードを構えると、彼の唇が動いた。
参る、そう聞こえた気がした瞬間、ドンと空気が爆ぜる音がした。
看破-並列起動-回避
ひたすら集中し、ガーブの疾走スキルの解析を試みる。
距離を離したのはスキルの使用をうながす為、そして解析の時間を稼ぐためだ。
だが俺は甘く見ていた。この程度の距離など、ガーブにとって無きにも等しいらしい。
彼の姿が目前に迫り、俺は回避スキルに全てを委ねた。
右か左か、どちらに避けるかはスキルに任せる。そしてその選択は
真正面から迎え撃った。
気が付けば、夕暮れ迫る空を見上げていた。
怪我の有無を確かめるが、倒れたときに打ったらしい背中以外に痛みはない。
立ち上がると先程とは反対側の方角の、さらに遠くの位置にガーブがいた。
何が起きたのかさえ、さっぱり理解できない。
もしガーブが俺を殺そうと思えば、気付かぬうちに首を切り落とされそうだ。
しかし呆けている場合ではない。俺がブレードを構えると、ガーブが腰を落す。
再び平原に空気が爆ぜる音が響いた。
今度は距離が伸びた分、もう少しだけ観察する余裕があったな。
そんなことを、空を眺めながら考える。
回避スキルはまたもやガーブを正面から受けとめた。まったく機能していないようにさえ思える。
そしてはたと気が付いた。そうか、右左いずれに避けても無駄なのだ。
むしろ態勢を崩さないで迎え撃った方がまだマシだと判断したのだ。
看破 発動
回避スキルは解除した。どうあがいても避けられないのなら、無駄なスキルに資源をさいても無意味だ。それよりも全力で看破に集中するべきだ。
ガーブが腰を落した次の瞬間、足元で土煙があがる。
まるで地を這うように接近するガーブの姿に目を凝らす。
スッとガーブの姿がぶれ、右に進路がずれる。目を逸らし、予測される進路方向に視点を置く。胸か腹か、ガーブのブレードの衝撃に身構え、
視界がぐるりと回る、足払いだ!
脇を通り過ぎる瞬間、ガーブは剣術スキルに切り替え、踵を打ち払っていたのだ。
看破-並列起動-剣術
空中で身体をひねり、過ぎ去っていくガーブの背中を目で追う。
ガーブが減速し、地面に叩きつけられた瞬間に停止するのを目撃した。
彼の周囲から、何かが離れるのが視えた。あえて言うなら、風のようなものか。
無色透明で肉眼では捉えられない力場みたいな歪みが、解き放たれてゆく。
あれが疾走スキルを発現させる何か、なのだろう。
思えばスキルとは、いったいなんなのか。
剣術をはじめこの疾走、あるいは跳躍や強靭と、明らかに肉体の限界を超えた力を使用者に与えている。単に筋肉を強化するだけでは不可能に思える現象だ。
もしそんなことをしたら、肉体そのものを破壊しかねない。
それとも俺が、元の世界の常識にとらわれ過ぎているのか。
這いつくばっていた俺が立ち上がると、ガーブは笑っていた。
嫌味な笑いではない、俺が少しでも対応しようとしたのを評価しているのか。
ブレードを構える、ガーブが腰を落す、ひっくり返りながら観察する。
それを何度も繰り返した。
地面に叩きつけられれば、ダメージは蓄積する。それでも立ち上がる。
目が慣れてきたのか、次第にガーブの姿を鮮明に認識できるようになってきた。
だが、対応ができない。絶望的に反射速度が遅い。
クリスならまだましな反応ができるだろうが、俺には無理だ。
ガーブを凌ぐのに何が足りないのか、理解できた。
剣術と回避を並列起動、前方のガーブを見据える。
何も望まず、ただ虚心のままにブレードを構える。
うずうずと、胸の内にざわめくモノを抑えつける。
看破がなくても、ガーブのスキルの兆候を感じる。
来た、疾走する彼が迫る、あともう少し、いまだ!
半歩横にずれ、ガーブの進路上でブレードを振り下ろした。
何がどうなったのか、天地がぐるぐると回り、身体中に衝撃を感じる。
予想通りの結果だ。加速された質量はそれだけで凶器と化す。
走るオートバイにはね飛ばされたようなものだ。それでも生きていたのは奇跡ではない。
剣術と回避が、必死に受け身を取らせたのだろう。
ふらふらと立ち上がると、吐き気がせりあがってきた。
脈打つ塊が胸の中にあるせいで我慢できない。
胃の内容物を全てぶちまけた。それでも吐き気は収まらない。
胸の塊が次第に大きくなり、肋骨をぶち破って弾けそうだ。
「そ、そなたは!」
こちらの様子をうかがっていたガーブだが、ダメージはなさそうだ。
スキルで上手く対処できたのだろうか、それにしては顔面蒼白だ。
「そなたは正気か!?」
震える声で尋ねられるが、口を開くとまた吐きそうだ。
なので黙ってブレードを構える。
蒼白だったガーブの顔色が、たちまち赤みを増してくる。
激しい怒りに表情が歪み、ブレードを握る手に力がこもる。
そしてガーブは、疾走スキルなしで襲い掛かってきた。
正真正銘の殺気をまとって。
俺は正気なのか? どうだろう、この狂ったスキル群に冒された人間が、正常でいられるのだろうか?
胸の塊が限界まで膨れ上がり、メキメキと内側から圧迫する。
** 発動
耐え切れなくなった俺は、正体不明のスキルを発動した。
◆
何事もなくクリスに並列起動を付与できた。
「体調に変化はないか?」
俺の唐突な質問に、彼女は首を傾げる。
「どうしたんですか、いきなり」
「頭が痛いとか、気分が悪いとかないか?」
「え、ええ、別になんともありませんが……」
「吐き気はないか?」
「いえ、ほんとうに何も」
「じゃあ関節痛や筋肉痛は」
「ですから! だいじょうぶです!」
「そうか、だったらいいんだ」
絶対の確信があったわけではないので不安だったが、大事無いようだ。
しかし並列起動だけでは能力の向上につながらない。
ならば次は何のスキルにすべきか。
第一に考えるのは身の安全につながるスキルだ。基本的に俺が取得しているスキルにするべきだろう。
スキルの中には、認識阻害のようなリスク付きがある。俺の既得スキルは、完璧ではないが検証済みと見なしていいだろう。
頭の中に浮かぶ候補は二つ、いずれにすべきか。
迷った末、隠蔽を選択する。このスキルがあれば、大概の危険から逃れられる。
白紙委任状を発動したが、不発だった。
深呼吸をして気分を落ち着けてから再発動したが、やはり不発である。
癇癪を起こすことなく、思考を巡らす。
もしかするとスキルの発動条件を満たしていないのかもしれない。
ともかく実例が少なすぎる。もう一度、別のスキルで試してみる。
白紙委任状を発動後、看破を掛けてみる。
名称:クリサリス
年齢:19歳
スキル:剣術2、隷属1
不妊、並列起動1、回避1
固有スキル:獅子王
履歴:殺人×2、終身奴隷
今度は正常に発動し、回避スキルが付与された。
剣術と回避は、並列起動の相性が良い。これがあれば戦闘の際の危険度が減るが、問題はそこではない。
隠蔽では失敗し、回避では成功した。二つのスキルの違いはなんだ?
すぐに答えは出た。ポイントだ、隠蔽はポイントで取得し、回避は自然取得だ。
推測だが、自分で取得するのであれ彼女達に付与するのであれ、ポイントという裏技でスキルを操作できるのは一度きりなのではないか?
だとするとかなり選択の幅が狭まり、今後の活動に影響が出る。
考えをまとめるため、短剣を出して地面にスキルを書き連ねてみる。
看破-? 探査-? 射撃管制-○ 射撃-? 隠ぺい-× 剣術-× 回避-済 並列起動-済 投てき-○ 治ゆ術-×
?は不明、○は付与可能、×は不可、済はすでに付与した分だ。こうして見ると、確実に付与できるスキルは二つだけだ。しかも射撃管制は射撃がなければ意味がなく、実質的に投擲スキルしかない。
「それはなんですか?」
クリスが隣にしゃがんで興味深げに俺の手元を覗き込む。
「読めるか?」
「これ、文字なのですか?」
クリスが驚き、フィーは考え込みながら首をふる。読めないなら問題はない。
「故郷の文字だよ」
「え、タツは文字が読めないのでは?」
「こちらの文字は読めない、というだけだよ。故郷の文字なら書けるし読める」
クリスは感心したように頷いた。
「タツは意外と頭が良かったのですね?」
どうやら彼女の中では、俺の評価がかなり低いことが判明した。
「それでなんと書いてあるのですか?」
「教えてあげない」
「何でですか!?」
ちょっぴり意趣返しを果たした俺は、気を取り直して考え込む。
不明なスキルも試したいが、それは出来ない。いまクリスに回避を付与するまでに90ポイントを消費してしまった。不発でもしっかりポイントが消費されるのだ。
つまり所持ポイントの一割以上を消費したのだ。そして俺はこれ以上、人を殺してポイントを稼ぐつもりはない。
ならばどうするか。確実なのはスキルを自然取得して、機能性と安全性をチェックした上でクリス達に付与するのだ。
俺は地面に今後の方針を書き連ねる。
・ヨシタツはスキルを自然取得する
・クリスはラヴィに師事し、回避スキルを慣熟する。
・フィーはその間、道場に通って護身術を学ぶ。
・自然取得したスキルを検証し、クリス達に付与する。
一番の問題はスキルの自然取得だが、まったくあてがないわけではない。
ポイントを使用した分を除いても、俺の既得スキルの数は異常だ。これは異世界の人間であることに由来するのか、別の理由があるのかは不明だ。
だから試す。看破でスキルを解析すれば、何か糸口がつかめるかもしれない。
出来れば取得希望のスキルと戦ってみたい。
生命への危機感がスキル取得をうながしている、そんな経験則に基づく仮説を持っている。しかも状況に応じたスキルを獲得する確率が高い。さらに剣術スキルの統計から導き出した、スキルの感染説もある。
スキルについてのこれまでの考察を活かし、臨んでみよう。
最初の標的は疾剣ガーブ、その疾走スキルだ。
クリスとフィーを強化することで、今度こそ彼女達を守るのだ。
◆
最初に感じたのは、肌にまとわりつく違和感だ。
ぬるりとした空気の感触だ。たぶんこれは、実際の触感による情報ではない。
一歩、踏み出した。
泥の中を掻き分けるような抵抗を感じる。
世界が遅滞している。正面から迫るガーブの動きが遅くなっている。
二歩目を踏み出した。
奇妙に間延びした雑音が、鼓膜に反響する。
世界が遅くなったのではない。俺の動きが加速されているのだ。
これは疾走スキルなのか? だとすれば不可解な点がある。
移動速度が、明らかにガーブの疾走スキルを上回っている。
剣を振り上げた。
水中のように身動きしにくいが、それでもガーブより速く動いている。
視界はモノクロだった。色あせた世界は、ひどく冷たく感じた。
もうガーブは目前だ。俺のわき腹を狙っている。
剣を振り下ろす。
確信する、ガーブよりも先に、俺のブレードが先に届くと。
そしてブレードが彼の肩に触れた瞬間
全てが元に戻った。時間は正しく流れ、世界に色彩が蘇った。
腹に衝撃を感じ、俺は吹きとばされた。
◆
武術大会から、三十日が過ぎた。
朝、ベッドから起きると、いつもの日課を行う。
顔を洗った後、クリスと一緒に街をランニング。
宿に戻って素振りをしてから、彼女と軽い型稽古を行う。
それから井戸で汗を流す。もちろんレディーファーストでクリスの後だ。
その頃には朝食の準備が整い、眠い目をこするフィーを引っ張って食卓につく。
皆で朝食をとってから部屋に戻り、装備を着込んで準備を整える。
俺、クリス、フィーは連れ立って宿を出る。
リリちゃんに見送られ、冒険者ギルドに向かう。
途中、クリスが昨日出来上がった、鎧蟻の甲殻で作った盾を撫でる。
大きさはラヴィのものより一回り大きい程度だ。
俺はそれがちょっと不満だ。もっと大きいのを作ればいいのに。
具体的には機動隊が使うような、全身がすっぽり隠れるやつだ。
注文するとき、控え目に提案したが、ラヴィとクリスに呆れられた。
そんなので素早い身動きできるか、と叱られた。
冒険者ギルドに到着すると、ガーブが待っていた。
「今日はよろしくお願いします」
俺たちが頭を下げると、ガーブは頷いた。
「本当に挑むのか?」
「ああ、挑戦してみるよ」
俺が答えると、クリスとフィーも頷いた。
今日はいよいよ、中級魔物を討伐するつもりだ。
「おぬし達なら大丈夫だと思うが、油断せぬようにな?」
「ああ、気をつける」
そう言いながら、俺は自分に看破を掛ける。
スキル:看破2、探査3
射撃管制1、射撃2
隠蔽2、剣術2、回避2
並列起動2、投擲2
治癒術3、瞬息1
俺が新たに得た、瞬息スキルが中級魔物に通じるか、初の試みである。
本当は疾走が欲しかったのだが、ガーブとの稽古で得たのはこの瞬息である。
能力は、四つの動作を終えるまで、思考と動きを加速させるというものだ。
その速度は、ガーブの疾走を上回るほどである。
だが、制限が非常に厳しい。
まず、筋力や攻撃力を上昇させるわけではない点だ。ただ単に、素早い動きが出来るだけ。
物理は門外漢なので断言できないが、慣性の法則を無視しているのではないか、と思える。
もう一つは、他のスキルとの並列起動が出来ない点だ。
剣術スキルと一緒に使えれば、先の欠点も帳消しになるのだが。
並列起動の容量をオーバーしているのではないか、そんな気がする。
そして最大の欠点が、一日に一回しか使えない点だ。
クリスと模擬戦の最中、二回目を使用した途端、気絶してしまった。
はっきり言って、使いどころか難しいスキルだ。
たとえ安全性が実証されても、クリスに付与すべきか否か迷う。
限りあるポイントをわざわざ消費してまで付与する価値があるのか判断しづらい。
しかし折角のスキルだ。上手く使えば役に立つかもしれない。
そして始めて使用する中級魔物は、できれば以前に出会った鱗獣がいい。
あの日、俺たちの運命が変わった日に出会った、因縁のある魔物である。
もしあの時、あの魔物と戦いになっていたら、何かが変わっただろうか。
そんな益体もない考えが喉に刺さった小骨のように気になる。
あの魔物を倒したら、そんな想いから解消されるかもしれない。
「覚悟はいいか?」
今日はガーブが後詰をしてくれる、最後の日だ。
もしめでたく中級魔物を倒したら、ガーブはお役御免である。
でも預かっているノラネコのタマは返さない。リリちゃんが気に入っているからだ。
タマに会いたくば宿まで来るがよい。
「今日までありがとう」
「礼なら首尾を果たしてからだ」
そう言うと、ガーブは先にギルドを出て行ってしまった。
「それじゃセレス、行ってくるよ」
『行ってきます』
俺とクリス、フィーが、カウンターにいるセレスに出発を告げる。
「はい、ご武運を」
彼女は優美に会釈して、俺たちの勝利を祈ってくれた。
「しくじるんじゃねえぞ!」
うるさい、だまれ肉屋。せっかくのセレスの御言葉の、心地よい余韻が台無しだ。
ギルドを出ると、上を見上げた。
抜けるような青空が、眩しく感じられた。
「おい、ちょっとぐらい待て!」
俺たちは道の先を進むガーブを追い、走り出した。




