武術大会_後編
リックとの試合は、俺の敗北という判定結果になった。
それはしょうがない。ガーブが止めなければ、俺は脳天を砕かれていただろうから。
ただその後で、俺はヘマを仕出かしたらしい。スキルをより実感してもらおうとした延長戦の後、リックが落ち込んでしまったのだ。
いま彼は、少し離れた場所で膝を抱えてしゃがみ込んでいる。
傍らにはガーブが座り、リックの肩に手をおいて何事か話しかけている。
そちらの方をチラチラ盗み見ながら、俺達は額を寄せあって話し合う。
「大丈夫でしょうか、彼は」
「あれだけ一方的にやられたら、さすがにヘコむよね?」
「せっかく得たスキルが役立たずでショックを受けたのです」
クリス、フィー、コザクラの御意見に、居心地悪い気分になる。
釈明をさせてもらうなら、リックに必要だと思っての仕儀であった。
リックがスキルに対して寄せていた過大な期待を否定し、スキル所持者を敵とした場合の恐ろしさを知ってほしかったのだ。
所詮実力が伴わないスキルなど、より強い力に出会えば簡単に破れるのだと。
「まだ少年なのですから、もう少し手加減してあげても」
「ボールのように転がったよね、何度も」
「まさに手玉に取るとはあのこと、プライドがズタズタなのです」
「いやだって、俺の時もあんな感じだったから」
俺の弁解に、クリスが首を傾げる。
「なんのことですか?」
「クリス達にこっぴどくやられたじゃないか」
前に俺がスキルを得た直後の話だ。クリスとフィーの二人掛りで、ズタボロにされたことがある。
しかしそのおかげで新規スキルに慣熟し、剣術スキルも成長したりした。
あの経験をリックにも活かしたつもりだったのだ。
俺の言葉に、クリスとフィーが懐かしそうに目を細める。
「若かったわね、私たちも」「ずいぶんと昔のような気がします」
「いやなんか良い思い出っぽくしないで!?」
いま思い出しても身震いする記憶だ。
あの地獄巡りに比べれば、俺の手ほどきなんてぬるま湯みたいなものだ。
試合は昼の休息時間に入った。リックのことはガーブに任せ、俺たちは昼食を摂ることにした。
◆
食い処の天幕に入り、お団子を肉と野菜で煮込んだものを俺のおごりで注文した。
家庭料理みたいな素朴な味わいで、腹が減ったのかクリス達は貪り食っている。
彼女達の食べっぷりを眺めながら、俺はジョッキを片手にちびちびと具を摘んだ。
「…………けっこう派手にやらかしたな?」
お団子を口一杯にかぶりついたフィーに問いかける。
グレンフォードとの戦いぶりの真意をどう聞けばいいのか、悩んだ末の言葉がコレである。実に情けない。
「あふっ! ふぁふぃふぁ?」
「あたしも! あたしにも酒をおごるのです!」
「野菜と肉の出汁がお団子に染み込んで、とても美味しいですね」
「飲み込め、断る、モチモチした食感もいいな?」
テーブルの左端から順繰りに応える。
「んぐ、食べないのならお団子ちょうだいよ」
「シメに食うんだ、いや団子のことはどうでもいいから」
コザクラは、クリスとフィーがあえて力を誇示しているのだと言った。
なぜ、そんなことを?
冒険者は能力を秘匿するべきだ。その原則は初対面で教えたはずなのに。
「侮られないように」
フィーの言葉に、ジョッキを持ち上げた手が止まる。
「わたし達に手を出したら痛い目にあうと教えるためよ」
「私たちを奴隷だと軽んじる輩が出ないように、あらかじめ威嚇しておくんです」
フィーがさらわれた時の記憶が脳裏をよぎる。
だから理屈は分かる。分かるが、なんだかもやもや、する。
なぜならそれは、自分達以外の全てを敵と見なし、常に牙を剥く生き方だ。人でなく狂犬だと思われたら、彼女達は心を開いて接してくれる相手に出会えなくなってしまう。
「大丈夫よ、今回だけだから」
「実力を披露できるこの大会に出場できたのは僥倖でした」
彼女達は気軽に言う。たぶん俺の顔色を察し、気を遣ってくれたのだろう。
「…………なら俺も」
「タツはダメ!」「いけません!」
俺の言葉をさえぎる、二人の剣幕にたじろぐ。
「なぜだ? その方が効果的じゃないか」
二人より三人、そもそも力を誇示する必要があるなら保護者である俺の役目のはずだ。
俺が自分のスキルを悟られないようにしてきたのは、自分一人の身を守るためだった。
余計な注目を浴びてトラブルを避ける保身術だったが、俺にはクリスとフィーを守る責任がある。
彼女達にちょっかいを掛ければどんな目にあうか。それを理解させるために必要なら、これまでの自重をかなぐり捨てることも厭わない。
「タツの顔はちょっと、凄みというかアレが足りないから!」
「そうです絶対に無理です!」
「え? 俺ってそんなに威厳とか迫力がない?」
自分でも平凡な面立ちだとは思うが、全面否定されるとガッカリだ。
「わ、悪い意味じゃないのよ? 目元が優しいというか」
「そ、そうです! 唇の端に可愛げがあるというか」
「顔全体がモサっとして、皮膚が中年の哀愁でススけているのです」
「誉めてねえっ!」
「誉めてないのです! もう一杯、お代わりなのです!」
「自分で払え!」
「ヨシタツは別の方向性でお姉様方を守るのです。ギルド内部での地位を向上させ、周囲の信頼を勝ち得れば、自然とお姉様方のためになるのです」
いきなり正論を吐き出したが、なるほど一理あると思わせる台詞だ。俺の評価が高まれば、付随する形でクリス達の立場も尊重されるようになる、というわけか。
「コザクラもごくまれに良いことを言うな?」
「相談料は銀貨一枚なのです」
「たけーよ! お代わりな、はいこれ!」
「仕方ないのです、おまけにしておくのです」
恩着せがましい態度で銅貨数枚を受け取ったコザクラは、お代わりを買いに席を立った。
◆
武術大会午後の部が始まった。
さて、すっかり忘れていたのだが。
大会がとり行われている試合場は二つあった。ラウロスが仕切る第一試合場に、ベイルの第二試合場だ。
午前中、ベイルは新人若手冒険者の試合を淡々とさばいていたようだ。
第一試合場と比較してまっとうな試合運びで、観客もごく普通の盛りあがりだった。
そのせいか、カティアはほとんどそちらに注目しなかったらしい。
それが理由なのか単に飽きたのか、ベイルは出場者二十数名を第二試合場中央に集めた。
「最後まで立っていた奴が、勝ちな?」
トントンと肩を木剣で叩きながら、ベイルは宣言した。
『はあっ!?』
集められた一同は戸惑いの声をあげる。
「だからさあ、かったるいんだよおまえらの試合ってさ? だから全員で戦って、最後まで立っていた奴が勝ちでいいだろ? ほら、始めろ」
あまりと言えばあまりな言いぐさに、選手も観衆もあきれ返る。
誰も動き出さないと見ると、ベイルは木剣を彼らに突きつけた。
「あと、逃げたり、腑抜けた戦い方をするヤツがいたら、俺が相手してやるからな?」
そう言ってギロリと辺りを睥睨する。
彼が本気だと悟ったのか、一瞬にして選手達が殺気立つ。
八高弟を相手にするより、自分以外の全員を敵にまわしたほうがマシだと思ったのか。
いきなり第二試合場で乱戦が勃発した。
第一試合場でも、似たような事態が発生していた。
試合場の中央に立つ選手は、俺、クリス、それにフィーである。
こちらも三人同時に競い合う乱戦らしい。困惑顔のクリスに、やる気十分のフィー。
「えー、まあ、頑張るように」
そう告げたラウロスの顔を、俺は見詰める。穴をうがつように見詰める。
「…………すまん」
彼を責めても仕方がない。カティアの方には視線も向けない。きっと楽しげに笑っていることだろう。
俺はため息をついた。考えようによっては、絶好の機会だ。
「二人が修行に励んだ成果を存分に発揮してくれ」
試合を観戦しただけでは実感できない、剣を交えて初めて分かるものがあるはずだ。
ためらうクリスの瞳をとらえ、言葉を重ねる。
「見せてくれ、今日まで君達が学んだすべてを」
フィーが棍棒をヒュンと半転させる。
「いいの? 本気を出しても」
「もちろんだ」
俺は木剣を構える。初手は不意打ちも奇襲もナシだ。全力で迎え撃つ。
「クリス?」
フィーが声を掛けると、クリスも唇を引き締めて木剣を構える。
チャンバラブレードはコザクラに預けさせた。安全性に頼って防御に甘えが生じたら、彼女達の本気を知ることはできない。
俺たちは木剣と棍棒の先端を軽く打ち合わせると、境界線の端まで下がる。
「始め!」
ラウロスの鋭い掛け声が、戦闘開始を告げる。
「全力でこい!!」
渾身の想いを込め、俺は叫んだ。瞬間、俺たちの間に何かがつながった。
俺の一喝に応え、クリスがダッシュする。目標はもちろん、こちらだ。
姿勢を低くして接近、間合い直前で伸び上がるように木剣を抜き放つ。
迎え撃つ俺の木剣と十文字に交差し、甲高い音を発する。
剣術スキル全開で防御してなお、腕ごともがれそうな衝撃。
そのまま数合、互いに一歩も引かずに打ち合いを続ける。
一度でも受け損なえば俺の敗北。それだけの威力がクリスの一撃に込められている。
奈落に張られた綱を渡るような緊張感に、精神力が削られてゆく。
縦横に迫るクリスの斬撃は、まるで大気ごと斬り裂くかのようだった。
そのとき俺は、とある未来への確信を得た。
彼女はいずれ、八高弟にも届くと。
俺とクリス、両者の剣戟のわずかな均衡を突き、フィーが行動を開始した。
正面左手から、棍棒を構えて急接近する。
クリスの攻撃だけで手一杯の俺に、フィーまで相手にする余裕はない。
フィーは走る勢いのまま棍棒を振り上げ、
クリス目掛けて打ち下ろした。
だが本当に驚くべきは、クリスである。
フィーと呼吸を合わせて繰り出した俺の一撃を、巻き込むように受け流す。
フィーの棍棒は難なく避けてみせた。
回避スキルの発動だ。そのまま離脱をはかり、俺とフィーに対峙する。
「どうしてっ!?」
安全な位置を確保してから、友の裏切りにいまさら驚くクリス。
クリスは凄い、完全に意表を突かれてなお、あれを避けるとは。
「だってこれは乱戦だよ?」
俺の隣に立ち、棍棒を斜めにしてかざしたフィーが答える。
「三人がお互いに敵同士なんだから」
おそらくクリスは、無意識のレベルでフィーが味方だと認識していた。
乱戦と知ってなお、敵に対しては共に戦ってくれると。そんな幻想を、フィーの一撃が砕いたのだ。
「だったらどうして二人掛りで襲うのよ!」
「クリスが一番、強いからだ」
単純な強さを比較すれば、俺たち三人の中ではクリスが最強だ。
当然、弱いもの同士が組んで強者に当たるのはごく基本的な戦術である。
「フィーなら、それに気が付くと思った」
「タツなら、わたしの考えを読み取ると思った」
ならば自然と役割分担は決まる。能力的に俺が迎え撃ち、フィーが背後から襲う。
「なんでそんなに息がぴったりなんですか!!」
仲間外れにされたクリスが涙目になる。
「だって、なあ?」
「だって、ねえ?」
ちょっぴり泣きの入ったクリスを見て、俺とフィーは満足げに頷き合う。
天に拳を突き上げ、俺たちは高らかに宣言した。
『可愛い子には意地悪を!』
クリスにイジワルする機会があれば、俺たちは立場を越え、信念を曲げても手を結ぶ!
はるか数ヶ月前に交わした、永久不変の誓いがいま蘇る!
俺たちの叫びは、会場にいた観衆はもとより、隣の第二試合場にも響いたようだ。
一瞬、会場全体が静寂に満ちる。
やがてヒソヒソとささやく声が起き、次第に大きくなってゆく。
「おねえちゃ~んがんばれ~~」
あの声はマリアちゃんだろうか。純粋無垢な応援に、いくつもの声が重なる。
「気を落すな姉ちゃん!」「男なんざ掃いて捨てるほどいらあ!」「そんなひでえ男なんざ忘れちまえ!」
どうやらクリスは男に騙され、捨てられた女として認知されたようだ。
「お姉様を泣かせるな!」「糞ヤロウが!」「へし折るぞ!!」
ドスの効いた黄色い野次まで飛んできた。
俺は半歩、フィーから離れた。
「いきなり裏切られた!」
フィーの非難は耳を素通りだ。だって女性達を集団で敵にまわすと後が怖そうだから。
「…………く」
クリスは俯くと、肩を震わせた。マズイ、泣かしちゃったか?
「くくくくく」
不気味に笑うクリス。彼女らしくない、黒く乾いた笑い声だ。
「テメエらまとめてたたっ斬ってやるっ!!」
クリスが壊れた!?
俺がフィーを突き飛ばした直後、クリスが間合いに入った。
回避-並列起動-剣術
回避を主体に剣術の運動能力で補填させ、木剣を盾代わりにする。
さらに力負けしないように、左手を木剣に添えて迎え撃つ。
斜め左肩に打ち下ろされた一撃を、刃の部分で滑らせるようにさばく。
しかし、これだけの防御態勢を整えてなお、攻撃の勢いを殺しきれない。
木剣同士がこすれ合い、木屑が塵のように宙を舞う。
冷や汗をかきながら間断なく襲ってくる連続攻撃を右に左にと受け流す。
その勢いに逆らわず、むしろ圧力に身を任せて後退を続ける。
一瞬でも気を緩めれば飲み込まれる激流を、木剣を竿代わりに下るようだ。境界線に押し込まれないよう、円弧を描いて後退する。切羽詰った頭で隷属スキルのペナルティーをいまさら心配するがやはり発動する様子がない。全力でこいと宣言したのが効いているおかげだ。いわばリミッターが解除された状態なのだ。だとすれば致命的な事態まで許容範囲だろうけど、けっこう危機的状況じゃないか?
しかしクリスの判断力を奪う策は成功した。彼女は背後のフィーを失念している。
いや、フィーの近接攻撃を意に介していないのだ。ただし、魔術スキルを警戒している。
その証拠に、俺から離れないようにして狙い撃ちを防いでいる。
クリスから身を離し、フィーの援護射撃と同時に攻撃を仕掛ける。
そのタイミングをはかり、機会をうかがっているのだが
…………しまった!
気付いた瞬間、火の玉が襲ってきた。
発射速度毎分百発あまり、魔術スキルの連続射撃。
「きゃあ!」「うわあ!」
狙いはクリス、そして俺。
フィーは俺たちをまとめて仕とめる気満々だ!
俺とクリス、勝ち残った方がすなわちフィーの敵となる。
ならば二人同時に倒せる機会を逃すはずがなかったのだ。
威力を最低限に下げ照準を度外視、発射速度と初速を重視した火の玉は、一発二発当たっても、ヤケドにすらならないだろう。むしろ温熱効果が肩こりに効くかもしれない。
しかし魔術スキルにうといラウロスには、限界ギリギリの威嚇射撃だと判断できない。一発当たれば一本と見なされる可能性が高い。
だから事前に見透かされないように、グレンフォード戦で使用しなかったのだ。
俺とクリスは、互いに攻防を繰り広げながら火の玉を避けなければならない。
離脱も困難な状況に追い込まれ、風前の灯だ。
魔術スキルの炎は、自然のそれとは違う。火の玉は衝撃を与えると、内部の熱量を放射して消滅する。つまり木剣で叩き落とせる。
しかし自分に向かってきた火の玉を木剣で叩き落としつつ、クリスの隙をついて攻撃し、さらに崩れた態勢で防御する。
もはや俺の処理能力は限界に達し、クリスにも余裕はない。
仕方がない、このままではジリ貧だ。
俺とクリスの視線が一瞬交差して、
バッっと同時に跳躍して、互いに距離を離す。そのままフィー目掛けて走り出した。
クリスが併走しているのを視界の端で確認しつつ、前方を見据える。
標的をどちらにするべきか、迷うフィー。魔術スキルで狙い定めた先は、俺か!
三発ほど放ってから標的をクリスに変えたが、致命的なまでに対応が遅い。
すでにクリスがフィーの喉元に木剣をかざしていた。
間に合わなかったか! 足止めの火の玉を叩き落してほぞを噛む。
クリスが一言何か告げると、カクカクとフィーが頷く。
そして二人がこちらに視線を向けるより先に
隠蔽-並列起動-剣術
俺たち三人を視界に収めていた観衆は、少し違和感を覚える程度だろう。
しかし視線を外していたクリス達は俺を見失い、知覚できなくなったはずだ。
一見すると優位な状況、しかし窮地に陥ったのはこちらだ。
フィーの元に先に到達した方が、彼女を脅して味方につける。
その競争に敗れた俺は、数的にも能力的にも劣勢になった。
残る手段は隠蔽で姿を隠しつつ、時間差で二人を打ち据えるしかない。
クリスとフィーは背中合わせに俺を警戒する。
もちろんクリスにとってフィーは獅子身中の虫だ。いつ裏切るか分からない。
だが俺の防御を突き崩したり、隠蔽に備えるためにフィーの協力は必要だ。
そうしたジレンマを抱えた敵情に、一縷の望みを託す。
最初の標的は、やはりクリスだ。彼女を潰せば、ほぼ勝利は確定する。
隠蔽を破るため、魔術スキルの全方位射撃が来るだろう。
相手の出方を観察し、すぐさま移動に転じられるように身構えていると
クリスが目を閉じて深呼吸すると、カッと見開く。
獣の咆哮が、試合場に轟いた。
天まで震わせ、物理的な圧力さえ伴った雄たけびに、観衆は硬直する。
スキルが強制解除された。
クリスの咆哮に集中力をかき乱され、隠蔽がはがれる。
看破 発動
クリスの固有スキル、獅子王が脈動していた。
白銀に輝く靄が、彼女の四肢に絡み付いて渦を巻く。
狂気を宿す双眸が、俺をまっすぐに睨みつけている。
そのとき、彼女の肩に置かれる手を見た。
フィーの固有スキル、スキル制御が獅子王を抑制する。
クリスの瞳から危険な光が消え、いつもの強い意志を取り戻す。
そこまでわずか三秒、その隙に最後の手段に訴える。
投擲 発動
手にした木剣を投げ、無剣流で全力疾走する。
投げた木剣を追い、クリス達に突進する。
飛来した木剣をクリスがはねあげた瞬間、眼前に真っ赤な炎の壁が吹き上がり、視界を遮る。
だが、コケ脅しに過ぎない。グレンフォード戦で既に気が付いた。
見た目は派手だが、熱が拡散されすぎていて殺傷能力は皆無なのだ。
炎の壁に跳びこみ、決着をつける。
そう覚悟した瞬間、炎の壁が消失した。
同じように炎の壁を越えようとしていたクリスと正面衝突しそうになる。
近すぎる間合、それでも木剣を振りぬくクリス。
無剣流に回避を並列起動、抱きつくように手刀を放つ俺。
そして俺は、クリスの肩越しにそれを見た。
風車のように旋回するフィーの棍棒。
名称は知らないが、リリちゃんの必殺技だ。
密着していた俺とクリスに、それを避ける術はなかった。
うなる棍棒に、あっさり打ち据えられた。
◆
「まあ、そう気を落すな?」
四兄、疾剣ガーブが慰めてくれた。
「彼女の方が一枚、上手だったというだけの話だ」
本気で慰める気がないのは表情を見れば明らかだ。
そして彼の言葉は事実だ。
フィーはその最後の瞬間まで、修練していた棍棒の技を封印していた。
まるで魔術スキルのみが向上していたように錯覚させ、油断を誘った。
彼女は最後の一撃に、修練の全てを賭けていたのだ。
その覚悟を前にして、俺たちに勝てる道理があるはずがない。
俺はあたりを見回した。
フィーが日用生活殺法の女性達に囲まれ、勝利を祝福されていた。
クリスも下っ端三人組に健闘を称えられている。
第二試合場の中央で、ベイルが木剣で肩を叩きながらあくびをしている。
彼の周りでは冒険者達が地面でのた打ち回っている。何やってんだアイツは。
ガレスが例の丸太を引き抜き、肩に担いでどこかに去っていく。
未だにズタ袋が吊り下げられており、淋しげにブラブラと揺れていた。
カティアが二人の男性を引き連れ、こちらにやってきた。
「惜しかったな?」
「惜しくねえよ」
俺はふてくされてそっぽを向く。そう、惜敗どころか完敗だ。
「紹介しておこう、自治会長殿は知っているな」
カティアは傍らの男性達を紹介する。
「こちらが新しい商業組合の組合長、ブレイス殿だ」
「お噂はかねがねうかがっております」
彼は穏やかな笑みを浮かべて手を差し出す。
「タヂカです」 俺も握手に応じて名乗る。
そうか、この人が奴隷商館の商館長と因縁のある人物か。
「先日は格別の配慮を頂き、感謝の言葉もありません」
俺がほとんど捨て値で提供した鎧蟻の素材について礼を述べる。
「しかし、驚きました。序列持ちとは耳にしていましたが、これほどの腕前をお持ちとは」
「いえ、まだまだ未熟です」
「それにお人柄も信頼に値する方とお見受けしました」
なんか賞賛の眼差しと言葉が面映い。というか、今日の試合を見てなんで高評価なんだ?
「もし今後、商業組合でお手伝いできることがあれば、ぜひお声掛け下さい」
「その折はぜひ」
彼は満足げに頷くと、自治組合長と共に立ち去って行った。
「つまりあれか? 婉曲な和解の申し出なのか?」
俺の解釈を聞き、カティアはふっと鼻で笑った。
「まあ、そう思っておけ」
なんだよ、それは。俺は疑わしげにカティアを睨んだ。
「ああと、タヂカ?」
ガーブが遠慮がちに声を掛けてきた。
「リックのこと、感謝する」
「何のことだ?」
「そなたとの試合や、あの娘達との試合を見て、リックも思うところがあったようだ」
それは大丈夫なのか? いったい何をどう受け止めたのか、ひじょうに心配だ。
「なにか拙者に出来る礼はないだろうか」
これはある意味、待ち望んだ機会だった。今までは兄事している立場上、自分から言えなかった。
だが相手から申し出てくれたのなら、遠慮する必要はない。
「それでは俺と、一対一で稽古してくれ」




