武術大会_中編
三試合が終わった後、フィーを除く日用生活殺法は試合辞退を表明。
門下生達の女性達は、会場にいた家族の元へとそれぞれ戻っていった。
「勝ち逃げなのです!」
「身もふたもないことを」
俺とコザクラは、ジュースを片手に試合を観戦することにした。
コザクラは相手の土俵に立つことなく、勝利をもぎとってしまった。
さらには試合を放棄することで、ガーブ陣営から汚名返上の機会さえ奪ってしまった。
試合での醜態のため、抗議もできない有様だ。往生際が悪いと非難され、恥の上塗りになる。
「さすがにヒドすぎるぞ」
あまりにも容赦ないやり口に、つい咎める口調になる。
さらに、門下生の奥さんを出迎えた旦那さん達の表情は、ちょっとひきつっていた。
ゴンズさんとミランダさんの一戦に、脛に傷持つ男達の心胆を寒からしめる効果があったようだ。
「ばれていないと思っているのは亭主だけなのです」
ありそうで怖い、いや実際にその通りなんだろうけど。
「これで奥さん達の溜飲も、多少は下がるというものです」
「…………うん、俺も気をつけよう。やはり男は誠実さが一番だ」
「笑止千万」
「どういう意味だよ!!」
「ほら、よそ見しないでちゃんと応援するのです」
なんか逆に叱られた!
いま試合場の中央は、淡い炎の帯が幾重にも渦巻いていた。
ゆらゆらと炎の羽衣が翻るたび、花びらのような火の粉が舞う。
まるで地上に落ちた極光が、天に還ろうと羽ばたく様を想わせる。
その渦巻く炎の中心に、彼女はいた。
棍棒に身体をもたせ掛け、まるで春の陽射しを浴びるように悠然としている。
フィーは感情のこもらぬ視線で、対戦相手を眺めていた。
対するは下っ端三人組のひとり、グレンフォード。
剣の腕前は同世代では頭一つ抜け、将来を期待されている若手冒険者だ。
グレンフォードは、立ちはだかる炎の陣を前にしてもいささかも動ずる様子はない。
試合開始直後に距離をおいてから、一歩も動かず対峙する両者
いきなり出現した幻想的な炎に驚嘆した観客も、いまは固唾を飲んで見守っている。
果たしてどちらが先に動くのか、次第に緊張感が高まってゆく。
やがてグレンフォードが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「参りやしたっ!」
木剣を納め、堂々と背を向けて立ち去る。
死力を尽くしてやり遂げた、誇りと自負心に満ちた表情。
彼のこめかみから、汗がひとしずく垂れた。
そんな彼の背中めがけ、フィーの炎の群れが雪崩をうって襲い掛かった。
「アチャッアチャチャッ!」
髪をチリチリと焦がされ、グレンフォードは兎のように跳ねながら場外へと逃げ出した。
カティアは貴賓席で大笑いだ。
「勝者、フィフィア嬢!」
「武術大会はっ!?」
武器を手にした、力と技の競い合いはどこいった! 魔術スキルは反則だろ!
審判に抗議する俺を、コザクラが鼻で嗤う。
「勝てばいいのです勝てば」
「おまえの仕込みか!」
俺はがっくりとうなだれた。これでフィーのスキルは、街中に知れ渡ってしまう。今後の冒険者活動にどんな影響を及ぼすか、予想もつかない。
「クリサリス嬢対、フレデリック、ライオネス」
「ちょっと待てやこら!」
さくさく進めるラウロスだが、いまのは聞き捨てならん。
ラウロスが貴賓席へ目配せすると、カティアがわざとらしくそっぽを向いた。
おのれキサマの指図か!
口には出さなかったが、そもそもクリスにはこの大会に出場してほしくなかった。
剣術は発動を抑制しにくいスキル、間違いなく彼女の能力も衆目にさらすことになる。
「タツ!」
試合場の中央に立つクリスが、こちらをじっと見詰める。
彼女の表情にあるものに、俺は仕方なく口を閉ざす。
「引き下がるのですか?」
「…………しょうがないだろ」
あんな顔をされては。やらせてほしい、どんな言葉よりも雄弁にその目が語っていた。
クリスは愛用のチャンバラブレードをたずさえ、下っ端ふたりと対峙する。
臆する態度はみじんもなく、騎士のように気高いその姿に会場は魅入られる。
「お姉様方は、実力を隠すよりも誇示することを選んだのです」
コザクラの言葉に不意をつかれた。なぜそんなことを。
「へへへ、二人掛りならこっちのもんだ」
「そうだぜ、前後に挟み撃ちにしてケチョンケチョンにノしてやるぜ」
フレデリック達はチンピラのノリで強がるが、腰が引けている。あと、作戦をばらしてどうする。
試合開始の合図と同時に、先手必勝とばかり彼らは駆け出した。
ところがクリサリスは、二人が宣言通りに挟撃態勢に入るのを黙って見過ごす。
それどころかブレードの中ほどを掴んだまま、構えさえ取らない。
「クリスッ!!」
『もらった!』
背後にまわったフレデリックが剣を振り上げ、正面でライオネスが腰を落して構える。
一方を回避すれば一方の一撃をまともに食らう、息のあった連携。軽薄な印象に騙されてはいけない、彼らもまた魔物相手に命をチップに戦う冒険者なのだ。
避けられぬ一撃を放たれる直前、クリスは思いっきり後ろに跳び、腰から上半身をよじった。
激突しそうな勢いに虚を突かれ、フレデリックは間合いを誤る。
苦しまぎれに放たれた木剣が、のけ反るクリスの前髪、鼻先、胸を擦過する。
彼が木剣を返そうした時、クリスに追いすがるライオネスの木剣とぶつかった。
二つの木剣がからまったその一瞬をつき、クリスは踏み込んだ足を軸に反転。
肩からの体当たりをくらい、フレデリックがバランスを崩す。
そのままもつれ込むようにライオネスと正面衝突した。
まるで背後に目があるような、クリスの体捌き。
不利を悟って後退しようとするフレデリック達を、クリスはさらに追いつめる。
何とか体勢を整えようとするのを、クリスが位置を変えつつ圧迫する。
流れるように走り、紙一重で攻撃をかわすクリス。
フレデリック達はその動きに翻弄され、反撃に転じる隙を見いだせない。
クリスは回避スキルを、十全に駆使していた。
白紙委任状によって付与した回避1だが、もしかすると回避2の俺と同等か、それ以上の動きだ。ラヴィの指導の賜物か、彼女自身の才能と経験の差だろう。
しかし、問題がないわけではなかった。
『うおおおおおお!!』
フレデリックとライオネスが叫ぶ。なりふり構わず、二人同時に打ち掛かる。
さすが若手上位の冒険者だ。どちらか片方が攻撃を受け、もう一人がクリスを打つ算段らしい。
仲間ごと打ち据える気迫の彼らに、クリスが初めてチャンバラブレードを構えた。
クリスのブレードが、ねじ伏せるように二本の木剣を叩き落とす。
前のめりに上体が泳いだ二人の頭を、クリスは軽くポンポンと打ち据えた。
「勝者、クリサリス嬢!」
会場が熱狂に包まれる。微妙な試合が続いた後での迫真の戦いに、観客は歓声をあげた。
特に黄色い声援が耳につく。どうやらクリスは、かなりの女性ファンを獲得したらしい。
わき立つ試合場の熱気をよそに、俺は考え込んだ。
クリスは剣術と回避のスキルを単体で発動していた。つまり並列起動スキルが機能していないのだ。
彼女の修行の成果に手ごたえを感じたが、課題もまた残ってしまった。
「どうでしたか、タツ?」
試合場を後にしたクリスが、笑顔を浮かべて近寄ってくる。
「お見事、さすがだね」
俺が誉めると、クリスはイイエと首を振る。
「二人とも本気ではありませんでしたから」
…………よかった、彼女はちゃんと理解している。もしフレデリック達が各々のスキルを使っていたら、こんな一方的な試合にはならなかったはずだ。慢心しないのは良い傾向だ。
クリスを労っていると、フィーもやって来た。
「二人ともお疲れ様。これから屋台巡りをしようか。頑張ったご褒美に奢るよ」
俺が提案すると、クリスとフィー、それにコザクラが首を傾げた。
「何を言っているのです?」
「え? ああ、コザクラにも奢ってやるから心配するな」
「そんなのは当然なのです」
こん畜生、ありがたがれ。
「次は婿殿だ、さっさと来い!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、試合場の中央にラウロスとリックが立っている。
「ほら、早く行くのです」
「えッ! オレ!?」 俺は武術大会に参加するなんて一言も言っていないぞ!!
「出場に決まっているじゃないですか」「なにとぼけてるのよ」
クリスはあきれ顔、フィーは眉をひそめる。
え、いや、ちょっと待ってよ。こんな衆人環視の中で公開処刑ショー?
◆
「なおこの試合は実戦形式とする」
「いや待ってくれ、なに言ってんの?」
突拍子もない宣言をした長兄の正気を疑う。
ラウロスが後ろめたそうに顔を背けた先で、カティアは手をひらひらと振っている。
楽しそうだな、おい?
「いいぜ別に」
リックは肩をすくめた。いやそんな簡単に同意したらだめだ。悪い大人に騙されるぞ?
ああもう仕方ないか。きっとカティアにも何か考えがあるのだろう。あれで後進の面倒見は良い方なのだ。弟子で遊ぶ性癖が皆無とは言えないところが不安だが。
リックの悩みの件もある。ものは試しで戦ってみようか。
だいたいなんだよ実戦形式って。木剣で戦う時点でおかしいだろ。
「きちんと説明しろよなまったく」
グチグチとカティアを罵りながら斬りかかった。
「うわおうっ!?」
リックが素っ頓狂な悲鳴をあげて後ろに避ける。
「なにすんだいきなり! まだ試合は始まっていないだろ!!」
「えっ!?」
「なにびっくりしてるんだよっ!!」
リックが本気でわめくので、不安になって隣を見やる。
しかしラウロスは沈黙したままだ。よかった、勘違いしたわけではないようだ。
「実戦で」 年下の先輩をなだめようと、猫なで声で語り掛ける。
「開始の合図なんてないよ?」
リックはきょとんとした。その素の表情が、年相応の若さをしのばせる。
しかし段々と顔を赤くし、ぶるぶると拳を握って身体を震わせる。
まずい、なんか本気で怒っていらっしゃる!?
「いや、ごめん、じゃあちゃんと構えてから始めよう、な?」
リックは呼吸を整え、なんとか冷静さを取り戻そうとする。
「ああ、もうふざけた真似は」
「えい」
ふたたび斬りかかるが、またもや避けられる。
「さすが先輩、いい反応だ」
気が緩んだ隙を完全に突いたと思ったのに。
「あ、あ、あんたってヤツは!!」
今度こそ怒り心頭に発したらしく、上手く言葉も出ないようだ。
なんか騙し討ちをしたみたいで気が咎めるなあ。
「初心な女の子を誑かしているみたいで申し訳ないけど、実戦で敵の言葉を真に受けたらダメだよ?」
どうやらリックは、駆け引きとか苦手そうだ。
「さすが悪魔の舌なのですっ!!」
「そこ! だまれっ!!」
場外から茶々を入れるコザクラに怒鳴り返す。人聞きの悪いこと言うな!
会場もざわめいている。非難がましい野次も聞こえ、まるで悪役みたいだ。
「う、うあああああああ!!」
リックが絶叫をあげて斬りかかってきた。技も何もない、力任せの攻撃だ。
「叩きのめしてやるっ!!」
そう叫びながら頭を、肩を、次々と打ち据えてくる。
剣豪小説なら、冷静さを失った方が負けとか都合の良い展開になるのだろう。
だけど実際には防戦一方だ。とてもじゃないが反撃する余裕はない。
それどころかリックの遮二無二の攻撃を受けて、腕が痺れてきた。
ついに俺の木剣が、こじ開けるようにはね上げられた。
マズイ、と思う間もあればこそ、がら空きになった胴を討たれる。
「ぐげえっ!?」
練習用の薄い防具では衝撃を殺しきれず、胃がでんぐり返る。
木剣を杖にして、腹を押さえゲエゲエえずく俺を、リックは肩で息をしながら見下ろす。
「こ、これが、実戦ならっ!」
リックも苦しげに吐き捨てる。
「あんたは死んだな!!」
リックの見事な一撃に、会場から歓声があがる。
俺は返答することもできず、ただ吐き気が治まるのを待つだけだ。
リックは蔑んだように一瞥してから、試合終了の礼を行うために開始位置まで戻ろうとする。
…………この子はなんで、こうも素直で大人を疑うことを知らないのだろう。
俺は過剰な演技を止め、リックを背後から襲った。
振り向きざまに、驚愕の表情を浮かべるリック。俺は罪悪感を封殺し、木剣を振り下ろした。
さすがにこれは避けきれなかった。肩をしたたかに打たれたリックが、転がるように逃げる。
さらに追加ダメージを与えようとしたが、がくりと膝がくだける。
演技のつもりが、本当にダメージが深いらしい。
むざむざとリックに体勢を整える時間を与えてしまった。
「ど、どうして…………」
リックの怒りの表情には、少し怯えが混ざっていた。傷付いているようにも見えた。
「仮に虫の息だったとしても、生きている敵に背を向けちゃだめだ」
ようやく腹具合が落ち着き、俺は木剣を構える。
「真剣なら死んだけど、これは木剣だ。本当の戦いのとき、都合よく武器が手元にあるとはかぎらない。死にたくなければ棒切れ一本で、戦わなくてはいけないときがあるかもしれない」
そういう意味では木剣を使っても、実戦形式だと言えるか。
「俺は死んでないし、まだ戦える。だから終わりじゃない」
その言葉を理解したのか、リックは絶句する。相手が動けなくなるまで叩きのめすしか、決着がつかないと理解したのだろう。
「さあ、続けよう?」
などと、カッコウをつけたことを後悔した。
幾分か理性の復活したリックが、普段の技の冴えを取り戻したのだ。
道場での稽古のように、着実に俺の被弾数が増えつつある。
本番でどれくらい普段の実力が発揮できるかが勝負の分かれ目だ。そんな意味のことをインタビューで答えるスポーツ選手を思い出す。
まったくその通りだと思う。ただしこれは、一本とれば終了する試合ではない。
自分が戦えるなら、相手が襲ってくる限りは、果てしなく続く決闘なのだ。
いつまで戦い続けなければならないのか、見通しのきかない状況では著しく気力が蝕まれる。
俺が何度打たれても立ち向かうので、逆にリックの心は追いつめられていく。
その気持ちはよく分かる。俺も鎧蟻との戦いで、その絶望を何度も味わった。
終わりの見えないあの戦いの経験がなければ、先に音を上げていたのは俺の方だろう。
そういう意味では、リックが可哀想で仕方がない。子供には過酷すぎる耐久レースだ。
だが、その経験の差だけが勝機であり、そこを容赦なく責める。
いまリックは必死に戦っているが、体力を温存することまで頭が回らないようだ。
俺は左腕を一本、犠牲にすることにした。
武器を扱う右腕や動くための脚、体力を奪われる他の部位は徹底的に避ける。
その代り、左腕を盾代わりにして攻撃を受ける。
攻撃があたっているうちは、リックもがむしゃらに戦うはずだ。
剣をふるう度に、気力と体力を消耗していることに気が付かないだろう。
だから俺は、ひたすら耐える。左腕に痛みが蓄積し、骨が軋む。次第に腕が上がらなくなってくる。
そうして可能な限り攻撃を受け流していると、痛みで麻痺してゆく頭に余計な想念がまぎれ込む。
実戦形式ってなんだよと、カティアへの憤懣が募ってくる。
俺にとって実戦とは、常に殺し合いだった。
まさかリックを? 馬鹿げている。
前途有望な若者なのだ、彼は。幼馴染への思慕に悩んだり、将来に不安を覚えたりする、思春期まっさかりの年頃なのだ。俺に対する悪態や雑言だって、それを思えば可愛いものだ。
彼を手に掛ける場面など、おぞましくて想像もできない。
だけど、賞金稼ぎのタヂカならどうだろうか。
木剣を握る感触を意識した。汗でぬるりとした手触りが、血糊を思い出させる。
彼なら、どうするだろうか。
攻撃が止んだ。後ろに跳び下がったリックが、威嚇するように剣を突き付けてくる。
肩で息をしながら、こちらをまじまじと見詰めている。
いぶかしむよりも、相手の状況を分析することに思考が割かれる。
怯えた人間は、格好の獲物だ。
厄介なのは、意志の力だ。それが盛んな獲物は、どんな弱者でも強敵になる。
牙をもたぬ草食動物が、ときに肉食獣を追い払うことがあるように。
だけど意志を萎えさせた人間は、どんな力を持っていても、狩られる獲物に過ぎない。
ほら、目の前の少年のように。
俺を見る目に怯えがはしり、剣を持つ腕と膝がかすかに震えている。
皿にのった料理よりも簡単に食えそうだ。
俺は木剣を手にした右腕をだらりと下げる。
構えなど必要ない。打ってきたら、それを払い、喉を木剣で突けばいい。
それで終わりだ。
たぶん俺は、うっすらと笑っている。
遠くて見えないはずのリックの瞳に、自分の笑顔が映っている気がした。
賞金稼ぎのタヂカは最低の男だったが、一つだけ心掛けていたことがある。
標的を無用に怖がらせたり、苦しめたりしない。
その偽善だけを免罪符に、人を殺し続けた男だった。
一歩前に出ると、気圧されたようにリックが後ろに下がる。
どうも怖がられているようなので、ことさら優しい表情を作ってみる。
恐怖の色が濃くなり、リックは切羽詰まった表情を浮かべる。
ちらちらと背後を振り返るので、俺は穏やかに教え諭した。
「実戦に、試合場の境界線などないからな?」
たとえ境界線を越えても、逃がさない。降伏しても、許さない。
賞金稼ぎタヂカは、標的に命乞いをさせてはかない希望にすがらせる。
そんな残酷な真似はしなかった。
「あ」
リックが声を漏らす。
「あああ」
絶望に苛まれて呻く。
「あああああああ」
迫る恐怖に抗い、逃れようとする。
「あああああああああああああああ」
理不尽に対し、挑戦の雄たけびをあげる。
「あああああああああああああああああああ」
震える膝に最後の力を込め、萎えた気力を奮い立たせる。
「あああああああああああああああああああああああああ」
身の内からあふれる最後の希望にすがり、発動する。
名称:リック
年齢:十六歳
スキル:斬撃1
履歴:
リックの一撃を受け止めた瞬間、俺の木剣はへし折られた。
さらに腕を弾かれ、木剣が胸を強打する。
すさまじい衝撃だった。もしかすると一瞬、心臓が止まったかもしれない。
「ああああああああああああああああああ」
転倒する俺に、リックはさらに追撃を掛けようとする。
そう、それが正しい。振り下ろされる木剣から、頭蓋骨を守るため右腕でかばった。
「そこまでだ」
思わず閉じたまぶたをあけると、ガーブがリックの腕を掴んでいた。
辺りを見回せば、ラウロスとカティア達が取り囲んでいるのに気が付いた。
リックは呆然とし、へなへなと崩れ落ちる。そのまま地面に両手をつき、ぜいぜいと息を吐く。
「お」 喋ろうとして咳き込む。
「おめで、とう」
祝福の言葉を述べると、リックが顔を上げた。
「そ、それが、スキル、だ」
ハッとしたリックが、震える右手を目の前にかざす。
戸惑いの方が強いのか、喜びの表情は浮かばない。
差し出されたカティアの手を断り、プルプルと震える膝を手で押さえながら立ち上がる。
「君が待ち望んでいた、それが力だ」
治癒術 発動
しかし驚いた。本当にスキルを獲得するとは。
生命の危機がスキルを獲得させ、成長をうながす確率が高いという仮説はもっていた。
だけどいまこの場でそんな事が起きるとは、ほとんどありえないと思っていた。
まあ、スキル獲得の一つの可能性、という程度の話だろう。
だって死闘の果てに料理スキルを獲得とか、そんなアホなことはないだろう。
それに今回は上手くいったが、二度と今回のような手段は使えない。
危ういところで、完全に賞金稼ぎのタヂカに引きずり込まれそうだった。
もしかすると取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
「だけどスキルを得たからと言って、強くなったわけじゃない」
並列起動―剣術
「今までとは違う選択肢が増えただけだ」
もしかすると、血と泥の中であがく運命に陥るかもしれない。
スキルがなければ選んでいた、幸福な人生を失ったのかもしれない。
スキルに惑わされ、殺人者となった愚かな男みたいになってほしくない。
相変わらず、治癒術の効果は微妙だ。ダメージの大きい左腕に集中させる。
「君にはとても世話になった」
それは本当だ。悪態をつきながらも、リックは頼めば断ることなく稽古相手になってくれた。
本来の彼が、親切で心根の優しい少年だと知っていた。
治癒術を停止する。とりあえず痛みは引き、剣を構えられる程度にはダメージが回復した。
剣術―並列起動―回避
「スキルの扱いに関しては、俺に一日の長がある」
クリスが走り寄ってきて、自分のチャンバラブレードを渡してくれた。
俺の考えはお見通しのようだ。さすが頼りになるパーティーメンバーだ。
「世話になった恩返しに、未熟だがスキルの何たるかを教えよう」
そう告げると、空気を読んだラウロス、ガーブ、カティア、クリス達が立ち去った。
俺とリックだけが試合場に残る。
「立て、リック。試合はまだ終わってない」
「終わっているのです! ヨシタツの負けなのです!」
外野、うるせえ! お前も空気読め!
それにしてもあんな離れていてよく聞こえるな、読唇術か?
俺がブレードを構えると、リックは慌てて立ち上がる。
「来いっっ!!」
俺が叱咤すると、リックは反射的にスキルを発動した。
だが俺は、それを難なく回避する。
斬撃スキルに上乗せされた横薙ぎは鋭かったが、回避スキルが間合いを正確にとらえる。
空気を裂く一閃を避けると、一歩踏み込んでブレードを放つ。
くの字に折れ、吹き飛ぶリック。大丈夫、安全設計のチャンバラブレードだ。
致命的な怪我なんかしないから安心して欲しい。当たり所が悪くても悶絶するだけだ。
「さあ、どんどんいこうか?」
そう告げると、リックは顔面蒼白になった。




