ガッカリ・・・・
街に戻った俺たちは、ギルドに立ち寄った。
クリサリスたちはギルドへ魔物討伐の報奨金を貰いに受け付けに行く。
俺はカティアを探して、上級魔物のことを伝えた。
カティアは俺の探査スキルについて知っていたので信じてくれたが
「ギルドに伝えて警戒させるのは難しいな」
とのこと。
俺としては、どちらでもいい。何もしないで犠牲者が出たら、寝覚めが悪いから伝えただけだ。
それが特に、女の子の場合には。
「一応知り合いの冒険者に未確認の情報として話しておこう」
十分だ。ギルドで一目おかれている彼女が話せば、あっという間に噂が冒険者達に伝播するにちがいない。
実力が劣る冒険者は、しばらく森に近寄らないだろう。
それでも森に入って命を落とすのは、俺の責任ではない。
ギルドが発表する情報よりもこうしたうわさ話のほうが役に立つことが多い。
もちろん玉石混淆で鵜呑みにするのも危険なのだが。
「それよりも、頼みがある」
「なんだ?」
「冒険者登録をしようと思う」
カティアの視線が鋭くなる。俺の顔をしばらくじっと見詰める。
「訓練場へ来い」
一声告げ、先に訓練所へ歩き出した。
卒業試験、というわけではなかった。
ギルドの裏手にある訓練場の中央で向かい合い、互いに模擬剣を構えるだけだ。
それだけで彼女の凄まじさが分かった。
以前の俺なら彼女がただ強い、としか思わなかった。
しかし今は、かえってその実力の全貌が測れなくなった。
彼女が強いのか弱いのか、それさえも分からなくなった。
訓練のとき、どうして自分が彼女に向かって剣を振るえたのか、信じられない思いだ。
霧の向こう側に、何かがいる。それは恐ろしいほどの化け物のはずなのに、姿が見えない。
霧の中に闇雲に突っ込めば、牙を突き立てられるか、爪で切り裂かれるか、想像もつかない。
ただ白い霧に映るおぼろな影に剣を構えるだけで一歩も進めない。
「・・・いいだろう」
カティアが宣言すると、緊張の糸が一気に切れた。
ずるずるとへたり込む。額どころか、全身が汗でびっしょりになった。
「どうして・・・」
俺は、強くなったのではないのか?
「おまえは、強くなった。それも見違えるほどに」
困惑が表情に表れたのだろう。カティアが苦笑する。
「相手の実力を測れるだけの実力を身に付けた、それだけだ」
「カティアの強さなんて、ちっとも分からなかったぞ」
「それでいい、むしろそれが分かるだけ、お前は強くなったんだ」
カティアは地面に座り込んだ俺の手を、引っぱって立ち上がらせた。
俺の両肩に手を置き、大きく頷く。
「訓練終了だ。今日からおまえは冒険者だ」
じわじわと、喜びが胸にあふれてくる。
強くなった実感よりも、カティアの言葉が無性に嬉しかった。
「師匠、ありがとうございました」
その日の晩、シルビアさんの宿で宴会を開いた。
俺の冒険者登録のお祝いとのこと。
カティア、クリサリス、フィフィア、シルビアさんが、口々に祝いの言葉を述べてくれた。
宴会に出てくる料理と酒の代金はお礼だからと、クリサリスとフィフィアが奢ってくれることになった。
ならば遠慮は要らん。
「シルビアさん、メニューの右端から全部お願いします!」
「悪魔ですか、あなたは!」
一度やってみたかったんだもの。
四人もいるんだ、食べきれるだろう。
カティアも健啖振りを発揮し、フィフィアはけらけら笑いながら酒を飲んだ。
クリサリスは涙目になりながらも、しっかり飲み食いした。
あとでこっそりシルビアさんに代金の半分を渡しておこう。
そうして夜も更け自然とお開きになった。
へべれけになったフィフィアをクリサリスが抱え、カティアが彼女たちの宿まで送ることになった。
帰ってゆく彼女たちを見送った俺は、自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
心地よい疲労に身をゆだね、そのまま眠り込みたくなる。
「タヂカさん」
少し、眠っていたようだ。誰かが、俺の肩を揺すっていた。
「・・・ああ、リリちゃんか」
そう言えば宴会のとき、顔を見なかったような気がする。
「だめだよ、靴を脱いで、ちゃんと着替えないと」
「ん~~~」
布団の誘惑に抵抗できず、うなることしかできない。
「・・・しょうがないなあ」
ため息をつき、リリちゃんが俺の靴を脱がしに掛かる。
くすぐったくて、俺は足をばたばたとさせた。
「ちょっと、動かないでよ!」
「はいはい母さん」
「だ、だれがお母さんよ!」
薄目を開けると、リリちゃんが頬を染めて怒っていた。
俺がくすくす笑うとさらに赤くなる。
「こ、この酔っぱらい!」
枕を顔面に叩き込まれた。結局上着とズボンまで剥ぎ取られた。
「ありがとう楽になったよ」
ベッドに横たわりながら、礼を言う。
そんな俺を、リリちゃんは静かに見下ろしていた。
「・・・ケガ、だいじょうぶ?痕にならないかな?」
彼女は指先で、俺の頬を撫でる。
魔物の爪で切られた傷だ。幸い、それほど深くなかったので、軟膏を塗るぐらいで済んだ。
「冒険者になったら、このぐらいの傷跡は箔付けだよ」
「・・・タヂカさん、とうとう冒険者になっちゃったね」
「ああ、ようやっとだ」
冒険者になる。この異世界で暮らすにあたり計画した最初の目標だ。
あとは奴隷を買い、パーティを結成する。
「・・・冒険者なんて、ならなければよかったのに」
「リリちゃん?」
「ごめんね。でも、冒険者って危ないお仕事でしょ?死んじゃうことだってあるし」
確かにそうだ。魔物を相手にすれば、おのずと命を危険にさらすことになる。
今日のような出来事も、何度も繰り返すかもしれない。
この異世界の知識も常識も知らない俺が出来る仕事は、そう多くない。
いや、単純に肉体労働ならば、その日の糊口をしのぐだけ稼げるかもしれない。
しかし、俺は三十歳だ。いまのうちにできるだけ稼いで、老後に備えたい。
それにいくら多少稼ぎが良くても、賞金稼ぎを続けたくない。
このままだと、いやすでに、大事な何かを削りながら生きている気がしている。
おそらく、どこかで道を踏み誤ったのだ。
今からでも、それを修正しなくてはならない。
「ありがとう心配してくれて。ちゃんと気をつけるよ」
「ほんと無理しないでね。タヂカさん、もう若くないんだから」
・・・リリちゃんからすれば、すでに年寄り扱いなんだろうな。
リリちゃんが部屋を出てすぐに、俺は天井に向けた手のひらを見詰める。
「看破」
街に戻ってからこれまで、あえて使わなかったスキルを発動した。
確信はあった。誕生日のプレゼントをわくわくしてあける子供のときを思い出す。
一抹の不安がないわけではなかったが、それすらも興奮のスパイスになる。
それはすぐに目についた。
剣術1
焦がれ、待ち望んでいたスキルだが、それだけではなかった。
名称:タヂカ・ヨシタツ
年齢:三十歳
スキル:看破1、探査2、射撃1、隠蔽1、剣術1
履歴:渡界
増えているし、数値も変わっている!
隠蔽というのは、あれだ。三人目のギースが持っていたやつだ。
探査が効かない相手だったから、おそらくレーダーに映らないステルスとかいうやつだろう。
上級魔物の探査から逃れられたのは間違いなくこれのおかげだ。
それに探査の数値が2になっている。これはどういう意味なのか。
探査の範囲が広がったのは感じていた。それと関係しているのだろうか。
そもそも、スキル名に付随している数値が何なのか、いまいちよく分からなかった。
スキルが1個とか2個とか、どういう意味なのか首を傾げていたが。
カティアの剣術スキルの数値は5だ。
ひょっとするとこれは、そのスキルの階級を表しているのか。
それが増えるということは、スキルの補正が強化されるということなのか、だとしたら
俺はいま、ニヤニヤとだらしなく笑っているだろう。
俺はまだ、強くなれる可能性があるのだ。
最後の項目に目を通す。気分の良い酔いが、一気に醒める。
ポイント:98
あの忌々しい数値が二十二も減っている。
どういう意味だ、これは。
ベッドの上で硬直して、どれほど時間が過ぎただろうか。
やがて全身が震わせながら、スキルの項目の一つを見詰める。
魂を、差し出しても、力が欲しい、と願う。
看破2
スキルの数値が変化した。
「看破」
スキルを再発動する。
年齢:三十歳
スキル:看破2、探査2、射撃1、隠蔽1、剣術1
固有スキル:免罪符、白紙委任状、スキル駆除、*****、*****
履歴:渡界
ポイント:96
新たにスキルを取得した喜びなど霧散した。
胸中にはただ虚しさだけが残った。