大人気ない大人たち
一週間後、とある居酒屋のことである。
「わしの弟子たちが迷惑を掛けたの」
「リリちゃんの師匠って、アンタだったのか!?」
日用生活殺法の道場主は八高弟の五兄、グラスだった。
居酒屋に集まったのは四人。
紅剣ラヴィ、疾剣ガーブ、殺剣グラス、そして俺だ。
俺がこの場を設けたのは、手打ちのためである。
先日の件は、リリちゃんによる道場破りのような形になってしまった。
もしかすると道場同士の仲が険悪になってしまうかもしれない。
それを心配した俺は、両道場の責任者を呼び、仲裁するつもりだったのだ。
話しがこじれた場合を考え、ラヴィに仲介人を頼むほど気を揉んだのに。
「なんだ、飲み会じゃなかったの?」
ラヴィがすっとぼけてくれた。
「でも奢ってくれるんでしょ?」
「……だましたな」
俺は悔しさに唸る。この場合、席を設けた俺が支払うのが当然である。
ガーブとグラスもニヤニヤと笑っている。
リリちゃんの師匠がグラスだと知らない俺を、三人でハメたらしい。
「せっかくだから馳走になろう」
「わしも頂こうかの?」
「……勝手にしろ」
酒を注文をするため、店の主人を呼んだ。
グラスは別に、自分のことを隠すつもりはなかったらしい。
リリちゃんもフィーも俺が承知のことだと思っていたようだ。
「すまなんだ、リリが迷惑を掛けた」
「気にするな、リックもいい勉強になっただろう」
ガーブとグラスが酒を酌み交わす。
「気立てが良い上に、腕もなかなかの娘御だな」
「あれでもう少し、直情的なところを矯めればいいのじゃが」
「そうかな? まっすぐな気性で可愛いだろ?」
俺が弁護すると、グラスは顔をしかめる。
「愚直過ぎる。もう少しケレン味を憶えないとな」
「なるほど。一癖も二癖もあるリリちゃん、というのも魅力的かもしれないな」
「……どうかなあ、それは?」
ラヴィが首を傾げるが、いいんだよ。リリちゃんはちょっと良い子すぎて心配だ。
「リックとあの娘御は旧知らしいが、なんぞ因縁でもあったのか?」
「ああ、子供の頃、リリちゃんとその友達にいろいろちょっかいを掛けていたらしい」
「まったく! 男ってのは子供でもロクなことしないわね!」
ラヴィは憤慨するけど、男達は苦笑いだ。
こればかりはいくら説明しても、女性には共感してもらえないだろう。
「しかしリックはどうしたものか」
ガーブがぼやく。
「伸び悩んでいる所に、あのような不覚をとってはな」
「リックがなにか?」
「スキルだ。まだ何も取得しておらん」
「ああ、なるほど」
剣に限らず、武器を手にして戦うことを志す者たちの共通の悩みだ。
「あれもそろそろ将来を決めねばならんしな」
「本人の志望は?」
「冒険者、護衛団、国軍への志願、その辺りだろう」
所持スキルがあれば、それによって将来を決めるのは妥当な考えだ。
職業を選択した後で適正スキルを取得できるかどうかは確証がない。
そういう意味では、リックの悩みは理解できる。
「そのあたりの焦りで、苛立ちが募っているようだが」
ガーブはもの思わしげな表情だ。
「稽古に身が入らないのでは本末転倒だ」
「それは仕方がないんじゃないか?」
スキルの有無で戦う力が大幅に違うのだ。焦るなと言っても無理だろう。
「言い訳にするな、という意味じゃ」
グラスが呟くが、よく分らない。
「師匠ってのは、いろいろ考えるんだねえ」
俺達の話し合いを眺めていたラヴィは、いささか呆れ顔だ。
「まあな。弟子と言えばわが子も同然だ」
「弟子なんて面倒くさいだけだと思っていたけど、一度世話をすると情がわくね」
酒を飲むラヴィは、感慨深げだ。
「……師匠も、こんな気持ちだったのかな?」
「ああ、あの方は最後までお前の事を心配されておられた」
「そう、なんだ」
この師匠とは、カティアの事ではない。
小耳にはさんだ話だが、ラヴィとガーブは別の道場で同門だったそうだ。
そこで何かあったのだろう。
「その初めての弟子だが、どんな感じだ」
しんみりした空気を流そうと、俺は話題を変える。
「いいねえあの娘! 可愛いし、からかうと面白いし!」
「……誰がそんなことを聞いている」
クリスはおもちゃじゃないぞ?
「分ってるわよ。あ、今度あの子に盾を買って」
「盾、か?」
「教え甲斐があるもの、こうなったら徹底的に鍛えるわ!」
ラヴィは上機嫌だ。そう思ってくれたのなら、俺も嬉しい。
「三人の中で、一番の当たりを引いたのはあたしだね!」
ガーブとグラスに向かって、ラヴィは得意げに笑った。
ひやりとした空気が、俺の首筋をなぞった。
「そ、そう言えばフィーの調子はどうだ?」
話題を変えなければ。俺は焦りながらグラスに話しかける。
「……最初よりやる気を出して、稽古にも身が入っておる」
グラスは酒をあおった。
「おぬしに負けたのがよほど悔しかったようじゃ」
そうなんだよなあ。
なんか闘志を燃やし、事あるごとにリベンジを宣言されるのだ。
それでモチベーションが維持できるならばと、あえてご機嫌取りはしていない。
「上達しそうかな?」
「問題なかろう」
グラスはニヤリと笑う。
「あやつのスキルと、我が流派が合わされば無敵じゃ。遠くの敵はスキルで討ち、近づけば我が流派の奥義で叩き伏せる、まさに戦場を駆ける鬼神じゃ」
……確か護身術を習いに通っているのではなかったか?
なんか新兵器を開発しているみたいな口ぶりだ。
「おぬしと片割れの娘も、うかうかしておれんじゃろ」
「……どっちつかずの器用貧乏にならなきゃいいけどね」
ラヴィが、ぽつりと呟いた。
「そ、そうだ! 盾ってどんなのがいいんだ!?」
話の矛先をラヴィに戻す。
「そういうのに詳しくなくて」
「う~ん、人それぞれなんだけど」
ラヴィは顔をしかめる。
「あたしが使っているコレがお勧めかな?」
そう言って、テーブルに立てかけている愛用の盾を指し示す。
表面が湾曲した、丸い金属製の盾で前腕部を覆うほどの直径だ。
「……小さくないか?」
もっとこう、上半身がすっぽり隠れる大きさだと安心感があるのだが。
「そんなに大きくちゃ、重たすぎるでしょ?」
ラヴィは呆れるが、俺は食い下がる。
「あれだよ? 鎧蟻の甲殻を使えばいい。あれって軽いんだろ?」
「甲殻の板を何枚か、金属枠でつなぐからやっぱり重いよ?」
「つなぐ? ちゃんと一枚物で作れるだろ?」
「そんな大きな甲殻があるわけ……まさかあんた!」
ラヴィはぎょっとした表情で目を剥く。
「女王を使うつもり!?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「そりゃ作れるかもしれないけど! 壊れたらどうするのよ!」
ラヴィがまくし立てる。鎧蟻の甲殻は軽くて頑丈なのだが、破損しても修復できない欠点がある。
攻撃を受けることが前提で、損耗が大きい盾には不向きな素材かもしれない。
だけどその程度の欠点は問題にならない。
「どうするって、あの大きさだ。何枚でも取れるだろ?」
鎧蟻の女王は巨大だ。適切な部分を選べば数は限られても、二、三枚ということはない。
「使い捨てにするつもりなの!?」
グラスがクスクスと笑った。
「それほどの大きさの甲殻がいかほどになるか、分かっておらんじゃろ?」
「安全には代えられないさ」
ラヴィは口をぱくぱくさせていたが、やがて肩を落とした。
「そんなにあの子達が大切なんだね?」
当たり前じゃないか、どれほど高価な代物だろうが関係ない。
「まあ大きさに関しては、取り回しとかあるから、考えとくよ」
「よろしく頼む」
俺は頭を下げた。
「……装備頼りにならんようにな」
グラスがぽつりと呟いた。
ラヴィとグラスが無言でにらみ合う。
「え、えーと、四兄は、その、なにかないですか?」
「そ、それがしか!?」
うろたえるガーブ。そうだよ、あんただよ、さっきからなに他人事みたいに酒を飲んでるんだよ!
ラヴィがくるりと顔を向ける。
「そう言えばあんた、ちゃんと婿ちゃんを鍛えているんでしょうね?」
「姐御から預かり物じゃぞ? まさか手抜きなぞしとらんじゃろうな?」
グラスが平板な声で同意する。
俺、別にカティアのモノじゃないんだが。
ガーブが冷や汗を流す。まあ、いまだに直接指導をされたことがないのだから当然だ。
「そ、それはその」
「その、なによ?」「なんじゃ?」
「未熟な娘二人のように、あらためて鍛えなくても」
ラヴィとグラスの頬が、ぴくりと震える。
「未熟、ねえ?」「未熟、じゃと?」
二人は微笑を浮かべた。
「まあ、確かに成長の余地はあるけど? 少なくとも剣の腕では婿ちゃん達よりは、ねえ?」
「剣の腕では譲るが、それさえ克服すれば二人とも足元にも及ばんぞ?」
「……あの火のスキルは脅威だけど、当たりさえしなければねえ?」
「……武術と上手く併用すれば、避ける間なんぞないじゃろ?」
「…………欠伸が出るほどノロいスキルなんて、うちの子に通じるかしらね?」
「…………三日なれば刮目して相待すべし。消し炭にされてから後悔せんようにな?」
うふふふ、くくくく
二人は薄ら笑いを浮かべた。
ちゃきっと、剣の鯉口を切る音がした。
「お、おい、おぬしら! あれ? タヂカ? どこへ行った!?」
俺はそのときは既に、隠蔽を使って逃げ出していた。
ひとりガーブを残して。
◆
「助けてあにじゃ!」
「あたしにお任せなのです!」
「おまえはいらん!」
探査と看破で、ラウロスを近くの酒場で見つけたまでは良かった。
あの二人と一人を止められるのは、カティアを除けば八高弟の長兄しかいない。
そういう意味では好都合だったが、お邪魔虫がいた。
「ラウロスおじさんに奢ってもらっているのです!」
「たかっているんだろ!」
長兄よ、コザクラに弱みでも握られているのか?
「来た早々、なにを騒いでいるんだ?」
俺たちのやり取りに、ラウロスが呆れ顔だ。
「そうだ、それどころじゃなかった!」
俺はグラスとラヴィのことを告げた。
「別に騒ぐほどのことでもなかろう?」
「あの場にいないから、そんなことが言えるんだよ!」
あれは絶対にただじゃすまない雰囲気だった。
「あいつらも大人なんだから、分別ぐらいあるだろうに」
「あるのか?」
「……ないな」
「ないのかよ!!」
ラウロスは肩をすくめると、席を立った。
「場所はどこだ?」
居酒屋の場所を教えると、あとは任せておけと言われた。
俺はがっくりと席に腰を落し、頭を抱えた。
「落ち着くのです」
コザクラになだめられるのは、ちょっとばかし屈辱だ。
「……あの三人に仲違いをされると困るんだよ」
変にライバル意識を燃やされて、クリスとフィーの修行に悪影響が出ないか心配だ。
「要するに、あの三人が仲直りすればいいのですか?」
「……まあ、そうだが」
「なら、話は簡単なのです」
コザクラはぴょんと椅子を飛び降りた。
「あたしに任せるのです!」
「余計なコトすんなああっ!!」
俺の絶叫もむなしく、コザクラはスチャッと手を額にかざした。
「報酬は銀貨一枚なのです!」
そう言い捨てて、店をとび出すコザクラ。
慌てて後を追って外に出たが、既に彼女の姿はなかった。




