悪魔の選択 その五
「サイラスが手下を呼び集めた」
グラスの言葉に、俺は眉をひそめた。
場所は前回と同じ、街の中央の花壇だ。
花壇の縁に座り、通り過ぎる人の流れを眺める。
「冒険者を四人、常に引き連れておる」
「なんでまた」
「お前さんを警戒しているようじゃ」
「俺を?」
余計に理解できない。俺の報復に対する警戒としては大げさだ。
彼にしてみれば、俺など赤子の手をひねるようなものだろうに。
「姐御が出張ると思っているようじゃ」
つい、嗤ってしまった。子供の喧嘩に親が出るようなものじゃないか。
「いや、サイラスが正しい。だから姐御には事の次第は伝えておらん」
グラスは冷ややかに俺を見詰める。
「お前さんの仲間の件、耳にした。姐御を面倒事に巻き込むでないぞ?」
分かっている。これからやることは、誰の手も借りられない。
「グラス、伝言を頼む」
「姉御にか?」
「いや、サイラスにだ」
彼は驚き、まじまじと俺を見る。
「明日の晩、森で話し合いがしたいと。もちろん俺一人で行くと」
さて、忙しくなるぞ。
サイラス達は外壁の門の前に集まっていた。
門を出ないのは報告を待っているからだろう。
あの時の生き残り、ラーク、ブレグ、オーグ達もいる。
冒険者は四名。全員が剣術2のスキル持ちで、サイラスの取り巻きだ。
ギルドを追放された彼に、どうして従っているのだろう。
あの件に関わっている奴らだとしたら好都合だ。
残りは二名。顔も名前も知らないし、冒険者でもない。
それら十名の男たちにサイラスは取り囲まれていた。
頻繁に体重のかかる足を踏み変え、落ち着かない様子だ。
しきりに周囲を警戒している。やはりサイラスは厄介だ。
その点に限って言えば、八高弟よりも手強いと言える。
彼らの元に、一人の男が駆け寄ってきた。
彼はサイラスに何事かを耳打ちをする。
内容は想像できる。たぶん、こんな感じではないだろうか。
カティアと八高弟は酒場にいる、と。
彼らは詰め所に声を掛け、門を出た。
門番は不審げな様子だ。まもなく日が暮れ、門が閉ざされる。
朝まで門は開かれず、外にいる者たちは中に入れないのだ。
だが、いつ門を出ようが、咎める規則はない。
その後に続き、またひとり、男が門から出て行った。
たぶん、商館長の監視だろう。
門番は二組の外出者を見送り、歩哨の仕事に戻った。
あくびを漏らす門番の横を、俺はそっと通り過ぎた。
生憎なことに、その夜は空は晴れ渡り、満天の星と月が輝いている。
月が闇を照らすと、意外なほど明るいことを、この世界に来て初めて知った
元の世界はどこもかしこも人工の光に照らされていたので、その恩恵を知らなかった。
いや、この場合は不運か。
サイラス達は、待ち合わせの場所に到着すると、野営の準備を始めた。
見知らぬ三名の男達は荷物運びらしい。
背負っていた荷物を解き、かがり火の準備の支度に掛かる。
やがて炎の光が、辺りを照らし出す。
サイラスという男は、油断をするということを知らないらしい。
カティアも八高弟も来ないと知っているのに、こうして準備を怠らない。
その用心深さが、俺に敵対すると考えたときにどうして発揮されなかったのか。
わざわざクリス達に手を出し、わざわざ俺を挑発する必要などなかったのだ。
背後からこっそり近づき、背中を刺す。
それだけでお互いに済んだ話なのだ。
「サイラス!!」
野営地から見えない距離で叫ぶと、場所を移動した。
「タヂカか!!」
サイラスが応える。
「悪いな、遅くなって!」
そしてまた場所を移動する。
「どこだ! 姿を出せ」
「いま行く!!」
声を掛けながら、昼間準備していた場所にたどり着く。
「話は聞いているか!」
俺はグラスに頼み、サイラスと話し合いがしたいと伝えた。
過去の確執を捨て、手を組もうと。
ギルドに戻れるように働きかけると。
お互い大人なんだから、実りのある関係を築こうじゃなかと。
「ああ、聞いた、どうした、早く来い!」
俺は小さな箱を開き、中に入っていた火のついた炭に息を吹きかける。
赤く燃える炭を、火炎瓶の灯心に移す。
「すまない!」
射撃管理 発動
「アレは嘘だ!」
準備しておいた投石器を微調整する。
レバーを引くと、火炎瓶が宙に飛んだ。
枝をすり抜け、月夜の空を赤い光が横切る。
火炎瓶は野営地に落ち、周囲に油を撒き散らして燃え広がった。
「騙したな!」
火炎瓶の直撃を避けた、サイラスの怒りの叫び。
やっぱりそう上手いことはいかないか。
引火した荷物の火を消そうと、男たちが慌てふためく。
そう怒るなよ。
わずかに残っていた最後の良心を消費して、謝罪したじゃないか。
もっともこれで良心の残量はゼロになったが。
投石器はいまの一射で壊れた。
ギルドの武器庫からこっそり部品毎に無断借用したものだ。
素人が組み立てたにしては良い仕事をしてくれた。
あとできちんと穴に埋め、証拠隠滅だ。
ギルドにはきちんと弁償しようと心に誓う。
また移動して場所を変える。
そこには弦を引き絞ったままの弩弓が置いてある。
視界は茂みで遮られているが、問題はない。
腰を低く落とし、弩弓を構える。
射撃管理―並列起動―看破
狙いは冒険者、致命傷は避ける。
茂みを突きぬけ、矢は標的に突き刺さる。
悲鳴があがった。上手いこと利き腕に刺さったようだ。
よしよし。俺は満足し、次の弩弓の場所まで走ろうとしたとき
「あそこだ!」
サイラスの指示がとぶ。立ち直りが早い。やはり厄介な相手だ。
足音が迫る。一瞬迷ってから別の弩弓の場所を目指す。
サイラスの指示で着実に敵が迫る。
弩弓にとりつき、準備してから放つ。
太ももに刺さったようだ。これで冒険者を二人、押さえた。
たっぷりと垂らした麻痺毒で、当分は動けないだろう。
その代わり、残る二名の冒険者が接近する。
剣術―並列起動―回避
お馴染みの組み合わせ、運用も手馴れたものだ。
先に接敵した男が斬りかかってくる。
お互い、同じ剣術2だ。やはり手強い。
回避の補正分でどうにか避けられた。
そう言えば、顔見知りの相手と斬り結ぶのは初めてだ。
一言二言、言葉も交わしたこともあるが、特に印象には残っていない。
二人目が追い討ちをかけてきた。こちらもどういう人間か知らない。
サイラスが近寄ってくる様子はない。距離を置いている。
新手を警戒してるのかもしれない。
いきなり火炎瓶を打ち込まれたり、弩弓で撃たれたのだ。
まさか一人で十一人に喧嘩を売るとは思わないだろう。
だが、やがて新手などないことを間違いなく悟る。
彼が理性的な判断でためらっているうちに二名を無力化する。
例の三人が接近してくる。
スキル持ちを相手にしたくないのか、及び腰だ。
踏み込んで剣を振ると、一人が跳び退いた。
上手いこと背後の一人を遮る形になった。
俺は踵を返し、逃げ出した。
後を追ってくる二人、仲間との距離が離れてから、あらためて対峙する。
ふたたび二対一の対決だ。
回避を駆使しながら戦うが、どうも奇妙だと思った。
いくら回避があるとは言え、相手は同じ剣術2。
しかも地力の剣の腕前は向こうが上だろうし、なにより二人だ。
なのに俺と互角の勝負をしている。
はっきりいって、ぬるい。
踏み込みも剣の速度も、手加減はしていないがどこか甘い。
気迫というか、殺気が感じられないのだ。
木立を回り込み、一人だけを相手取る位置関係を確保した。
好機と見たのか、もう一人が反対側に回ろうとする。
俺は剣を上段に構え、胴をがら空きにした。
相手はその隙を
つかなかった。ハッと身構え、萎縮する。
俺の剣がその肩を切り裂く。致命傷には程遠いが、剣を取り落とした。
木立を迂回してきた男の攻撃を避け、ぶらりと剣を下げる。
あえて急所をさらけ出した。
無用心な構えに相手が警戒する。戸惑いが剣先に見られる。
その隙をつき、一歩踏み込んで下から斬りあげる。
利き手を傷つけられ、退こうとする所を無造作に追う。
気圧された相手が反撃を決意するよりも早く、腹に膝をめり込ませた。
地面に倒れ、もがいている二人を見下ろす。
そうか、彼らは俺を殺す気などなかったのだ。
腕の一本を奪う程度の意気込みで戦っていたのだ。
殺人の履歴を回避するために。
正当防衛の適用は微妙すぎて当てにはできない。
だから致命傷を避けることに意識が割かれ、実力がセーブされていた。
一方の俺は、相手が死んでもしょうがないか、程度にリラックスしていた。
なんだか可笑しくなった。
もう俺は、どうしようもなく
短矢弓銃を引き抜くと、腹を抱えてうめいている男を撃つ。
もう一人は肩の傷口に直接、麻痺毒を垂らした。
俺はサイラスの元に戻った。
途中、例の三人組は斬り伏せてから麻痺毒をたっぷり使った。
用量とか分からないので、もしかすると心臓麻痺になるかも知れない。
「連中は殺したのですか?」
サイラスはまるで天気の挨拶みたいに尋ねた。
「いいや、まだ生きているよ」
仮に殺したとしても、教える義理はない。
殺人の履歴がついたと思えば、サイラスは容赦なく殺しに来るだろう。
殺人者を殺しても、殺人の履歴はつかない。
逆に、確信がなければ致命的な一撃はためらうはずだ。
その点ぐらいしか、俺に勝ち目はない。
名称:サイラス・グランドルフ
年齢:二十七歳
スキル:剣術3、危険察知3
履歴:
危険察知3、彼が常に危うい状況からいち早く逃れられた理由。
例え隠蔽を駆使して隠れていても、俺の気配を感じていた理由。
「なあ」
「なんですか」
「お前、新人狩りだろ?」
ずっと気になっていた事実がある。
時折、ギルド内で流れる、新人狩りの噂。
登録して間もない冒険者が、ふっと消えてしまうという。
討伐に失敗したのだろうと思いつつ、面白がって仕立てられた怪談話。
誰もそれが真実だと気が付かずに語られたギルドの伝説。
「なにかと思えば」
「俺には、探査というスキルがある」
小声で探査の概要を説明する。
距離をおいてサイラスの後ろにいる残り三人には聞こえないように。
まだ俺が、冒険者になる前の話だ。
「ある日、森の中で人間の反応を感じた。九人の内、六人がその場から離れた」
残った三人の反応が奇妙だったので、おそるおそる様子を見に行った。
三人の、若い冒険者の死体を見つけた。
俺は六人の後を街まで追ったが、すでに別れたのか一人だけしか見つからなかった。
物陰からのぞいた横顔が、サイラスだった。
クリス達がサイラスと悶着を起こしたときは心臓が止まりそうになった。
懸命にその場を取り成したが、しばらくは警戒を怠らなかった。
「ああ、貴方だったのですか、あの奇妙な手紙は」
手紙とは、その出来事の後でサイラスに送ったものだろう。
リリちゃんに教えてもらった言葉を、一言だけ書いた。
見たぞ、と。
「私は人を殺したことはありません。あの冒険者四人もです」
その通り、彼らの履歴はまっさらだ。
だが、なるほど。あの冒険者四人が共犯か。
「彼が、お前達の屠殺係だな」
俺は賞金稼ぎの隠語を使い、サイラスの背後に立つ男に顎をしゃくった。
声は聞こえなくても、自分のことだろうと分かったのだろう。
男はびくりと肩をふるわせた。
名称:ビルド
年齢:四十歳
履歴:殺人×二十
賞金稼ぎ達のマスターから聞いた、殺人代行者の話を思い出す。
ある者は金で、ある者は脅迫され、他人になり代わって殺人を請け負う者達がいる。
暗殺者とは違い、準備された獲物に止めを刺すだけだ。
だから賞金稼ぎは彼らを侮蔑的に、屠殺係と呼ぶ。
賞金稼ぎが唯一、見下せる相手だ。
「……鑑定のスキル持ちですか」
サイラスが呟く。
「そんなところだ」
「だが、なぜギルドに報告しなかったのですか?」
「証明しようがないからな」
殺人履歴がなければ、共犯者の立証は非常に困難だ。
その辺の法がどうなっているのか、俺はよく知らない。
それに同じ穴のムジナだ。人殺しが人殺しを訴えるなんて滑稽すぎる。
「なぜあんなことを?」
サイラスは考え込み、それからにっこり嗤った。
数歩、俺に近づく。
「面白い、からですよ」
ひどくつまらない理由を告げると、斬りかかってきた。
手加減されている。俺は余裕で後ろに跳ぶ。
「人前で、人格者の真似をするのは、ひどく疲れるのです」
次の一撃も、さらに後ろに跳んで避ける。
「知っていますか、わたしは貴族の三男だったのですよ」
ゆるい攻撃を放ちながら、彼は近づいてくる。
「貴族の子弟として恥ずかしくない武術と学問を学びました。父について領地経営も学びました。商いについてもです」
彼は笑う。笑いながら斬りかかってくる。
「ですがふと、思ったのです。こんなことをしてなんになるのかと」
所詮は三男、貴族の家を継げるわけではない。
ならばと家をとび出し、冒険者になろうと志した。
彼には野望があった。
冒険者ギルドの頂点に立ち、より経済的な視野に立った改革を成し遂げる。
だが、彼の野望は頓挫する。
「アイツらは狂信者だ!!」
冒険者ギルドを罵る。
「やつらは魔物を人類の敵だとしか見なしていない。可能なら絶滅させることしか考えていない」
そのためにはどんな非道なことでもやってのけるだろうと言う。
「わたしは知った! 魔物による経済の発展を目指すわたしは受け入れられないだろうと!」
そんな憤懣を抱えていた彼は偶然、殺人現場を目撃した。
おそらく偶発的な殺人だったのだろう。
ひどく怯えていた犯人を匿い、飼うことにした。
なぜそんなことをしたのか、理由は一年後に分かったとほざく。
諍いからたまたま致命傷を与えた相手を、彼に殺させた。
そのとき、殺人履歴とその罰則が、恐れるほどのものではないと知った。
張子の虎程度の脅しだと。
自分の手を汚さなければ、いくらでも言い逃れができるのだと。
それから彼は血に魅せられるようになったという。
攻撃を避けながら俺は思う。
彼がいままで法の目をかいくぐって来たのはただの偶然だ。
快楽殺人ゆえに、動機から犯人が割り出せないだけだ。
そして殺人履歴がなければ言い逃れが出来ると思っているのは浅はかだ。
単純な話だ。法で裁けないなら別の手段があるはずだ。
でなければ、曲がりなりにもこの街の治安が保たれているはずがない。
ザルのような法だからこそ、法によらない制裁処置が隠れているはずだ。
例えば、殺人履歴が見えない断罪者とか。
「なあ、どうして俺にそんな詳しく教えてくれるんだ?」
尋ねておいてなんだが、動機までそんなあっさり白状するとは思っていなかった。
まあ口封じをするつもりなんだろうが。
サイラスは攻撃の手を止めた。
「なんとなく、あなたから同じ臭いがして」
理解してくれると思ったからだと言った。
その答えに苦笑する。
確かに、目的が金だろうと娯楽だろうと、殺人は殺人だ。
人殺しに貴賤などありはしない。
「さびしいこというなよ。ちゃんと仲間がいるじゃないか」
「あいつらは、女が目当てのゲス野郎ですよ。あなたの仲間にも前から目をつけていたようで」
スッと頭が冷える。
「時おりエサをやらないといけないので、苦労します」
「だからフィーをさらわせたのか」
「まあ、途中で味見をしようとした連中のおかげで、段取りが狂いましたが」
あなたがあいつらを殺してくれれば事は簡単だったのに。
そうすればこんな面倒なことにならず殺せたのにと言った。
「話に付き合ってくれて、ありがとうございました」
サイラスは微笑んだ。
「それではさようなら」
サイラスの剣が、俺の腹に突き刺さった。