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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
さだめに抗う冒険者
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悪魔の選択 その三

 あの時、ギルドを出た俺はラレックから警告を受けた。

 サイラスが何事か企んでいる、俺に関する情報を集めているらしいと。

 俺は自分の迂闊さを呪った。

 実を言うと俺は、サイラスがどういう人間か知っていた。

 優雅な笑顔の仮面の下にある素顔を知っていた。

 だが、冒険者ギルドから追放され、かつての勢力を失ったことで油断したのだ。


 俺はラレックにガーブへの伝言を頼み、俺が戻るまで宿の護衛を依頼した。

 シルビアさんがカティアの友人であることも付け加えたので、引き受けるはずだ。

 それからクリスとフィーを追ったが遅きに失した。

 彼女達は殺人者となってしまった。

 

 俺はこの事態を打開すべく、ひとり冒険者ギルドに忍び込んだ。



『履歴に刻まれた記録は、改ざん不可能です』

 コザクラの告知は、俺を絶望させた。


「嘘だ!!」

 俺は思わず怒鳴ってしまった。そんなはずがない。

「カティアは―――!」

 叫びかけ、口をつぐむ。

 どんなに追い詰められても、言ってはいけないことがある。

 そんな俺に向けられる、憐憫の眼差し。

『貴方が観たソレは、鑑定をあざむく属性が付与されたものです』

 だがやはりコザクラは知っていた。それは俺の推測を裏付けるものだ。

 赦免(殺人×五十)

 あれはやはり、鑑定スキルでは読み取れないのだ。

 明かり一つないギルド内の一室で、無情な言葉は続く。

『非常に稀少な、固有スキルの能力です』


 やはりカティアも固有スキルを持っているのか。

 その固有スキルが、カティアの殺人履歴を偽装した。

 だがそれは、あくまでも履歴が刻まれる前に操作されたものだと言う。


「あたしでは役に立てないのです」


 その言葉を最後に、俺はギルドからひっそりと抜け出した。



 街の中央にはちいさな花壇がある。

 そぼ降る雨の中で、猫背の男が花の手入れをしている。

 背後に立って隠蔽を解くと、彼はすっと懐に手を入れた。

「グラス」

「タヂカか」

 俺だと分っても、グラスは懐から手を出さない。

「すまない、緊急の用事なんだ」

 警戒させると分っていたが、今はなるべく人目に立ちたくない。

「なにようじゃ」

「ガーブに伝えてくれ。あと三日ほど、宿の護衛を頼みたいと」

 俺はシルビアさんの宿の場所を説明した。

「あとサイラスの現状が知りたい」

「サイラスじゃと?」

「ああ、後で詳しく説明する」

「……分った」

「つなぎはこちらからとる」

 再び隠蔽をまとい、花壇を後にする。

 ふと思い立ち、殺剣グラスと花壇を見比べる。

 ……違和感がないのが、逆に不思議だった。


 

 もうすぐ日が暮れる。

 雨足は段々と強くなり、人の気配はまばらになる。

 隠蔽をかけた上でなお慎重に人目を避け、街外れに向かう。

 苔むした神殿は、雨に溶けるように建っている。

 俺は身震いして雨を払い落とすと、神殿の前に立った。

 中からこちらの様子をうかがう気配が伝わる。

「いま戻った」

 出迎えてくれたのはモーリーだ。

「お帰りなさい」

 俺は狭い神殿内部の様子を確認する。

 毛布の上にフィーが横たわっている。

 その傍らには、虚脱したクリスがぼんやりと座っていた。

「彼女の具合は?」

「……あまり良くはありません」

 フィーは身体中あざだらけだった。

 あばら骨にヒビが入っているかもしれないと言われた。

 だがここでは手の施しようがない。安静にさせるのが精いっぱいだ。

「治療院に運べればいいのですが」

 モーリーが心配そうに呟く。

「目立たないが、騎士が出張っている」

 通常の冒険者の犯罪なら、犯人の捕縛は冒険者ギルドに任せられる。

 だが殺人は第一級の犯罪だ。騎士達も動く。

 俺達が立ち寄りそうな場所には、騎士と兵士達が巡回していた。

 街の門には警戒態勢が敷かれた。


 隠れ場所を探していた俺達は、この古びた神殿にやってきた。

 そこでモーリーと出くわした。

 俺は彼女に全てを話した。その上で匿ってくれと頼んだ。

 彼女は悩んだ末、協力してくれている。

 食事と薬、毛布などをこっそり持ってきてくれた。

「すまない、巻き込んでしまって」

「いいのです、友達のためですから」

 モーリーは控え目に笑う。

 今は彼女の言葉に甘えるしかないが、長居はできない。

 彼女に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 だが、どうすればいい。


「フィー!」

 クリスの叫び声が聞こえた。

 彼女の方を見やると、横たわるフィーの息が荒い。

 どこか痛むのか、弱々しく身をよじっている。

「フィー、しっかりしろ!」

 俺も駆け寄り、呼びかける。自分の言葉が虚しい。

 ただ声を枯らし、名を呼ぶことしかできない。何も出来ない自分が恨めしい。

 フィーが、俺の仲間が苦しんでいるのになす術もないのだ。

「どいてください!」

 悔しさに歯を食いしばると、モーリーが俺を押しのけた。

「下がって!!」

 普段からは予想も出来ない、鋭い声。

 彼女はフィーに覆いかぶさる。

 看破が発動し、何が起きているのか瞬時に悟る。


 スキルだ。


 フィーの呼吸が落ち着いてきた。

 苦しげだった表情が、段々と穏やかになる。

 驚くべきことに顔の腫れも引いたようだ。

 血のこびりついていた額や唇を濡れた布巾で拭う。

 生々しかった傷痕がすっかり癒えていた。

 

 かつて見た、モーリーが所持していたスキル、治癒術2。

 俺はそれが、医療技術の類を指しているのだと思っていた。

 良く考えれば、魔術が存在する世界なのだ。

 本物の心霊治療があったとしても不思議ではない。

 いや魔術以上の驚異だ、いったいどういう原理なんだ?

 モーリーが離れると、クリスがフィーの首にすがり付いて泣き出した。

 腰が抜けるほど安堵してた俺は、礼を言おうとして


 モーリーが震えていた。

 額に罪の烙印を刻まれたように顔が蒼白だ。

「モーリー?」

「……すみません、隠していたわけではないのですが」

 考えてみると、思い当たる節はあった。

 鎧蟻の戦いの後で受けた傷が、やけに短期間で癒えたのだ。

 最近、年のわりに怪我の直りが早いと思っていたが、そのときは格別だった。

 モーリーを訪れたあの時、密かにスキルを施されていた?

 だとすると腑に落ちない点もある。

 なぜこのタイミングで?

 もっと早くスキルを施してくれれば良かったのではないか。

 だがそれは、恩知らずな考えだろう。何か事情があったのかもしれない。

「ありがとう、モーリー」

 いまはただ、感謝を述べるだけだ。

「いえ……ですが全治には程遠いです。申し訳ありません、私の力では」

 もしかすると内臓に損傷があるかもしれないと言われた。

 目の前が暗くなる思いだった。


 俺は神殿の外に出た。そして今後の事に思いを馳せる。

 一番望ましいのは国外への逃亡だ。別の場所で三人でやり直す。

 だが警戒態勢が敷かれた街の門を、フィーを抱えて突破するのは不可能だ。

 夜が明けたら、ギルドから冒険者達にも捕縛依頼が出されるだろう。


 なにより賞金稼ぎたちが動き出す。


 殺人犯が誰かはっきりと分れば、やつらは積極的だ。

 誤認討伐の恐れがなければ、手加減しないだろう。

 まず捕獲を、それが不可能なら殺すことを厭わない連中だ。

 とくに問題となる賞金稼ぎがいる。目、耳、鼻のあだ名をもつ、三人の腕利き達だ。

 クリスとフィーの素性は割れている。わずかな手がかりがあれば、ヤツらには十分だ。

 どこに潜伏しようと、半日で居場所を突き止められる。


 クリスがフィーの身柄を渡すとは思えない。

 フィーの側で命尽きるまで戦う彼女の姿が目に浮かぶ。

 そしてフィーもまた、友と運命を共にするだろう。

 炎に包まれ、息絶える二人の姿を幻視した。


 せめて、せめて、


 目撃者を全員殺せればよかった。

 そうしたら脱出までの時間を稼げたのに。


 まるでかつての賞金稼ぎ、タヂカの発想だ。

 ヤツらを皆殺しにする。

 あの時、頭に浮かんだ考えに、自ら驚いてしまった。

 ためらっているうちに、生き残りを逃してしまった。

 その時点で、俺は彼女達の運命を選択したのだ。


 こうして隠れているのは、本当は意味のない時間稼ぎだ。

 残された時間で、別れを惜しんでいるのに過ぎない。

 彼女達は助からない。それぐらい状況は絶望的だった。


 その時、俺の内なる悪魔が囁いた。


 助けられないのなら

 他の人間に彼女達を殺されるぐらいなら

 ならばいっそのこと


 俺はここまで堕ちていたのか。

 自分の思い付きに慄然とした。



「タヂカさん?」

 モーリーが隣にやってきた。

 彼女にも迷惑を掛けてしまった。

 逃亡犯をかくまったことで、咎められたりしないだろうか。

「彼女達はどうしている?」

「クリサリスさんがフィフィアさんの様子を見ています」

 どうすればいい、誰か教えてくれ。

 そう喚きちらしたい心境だ。

「しばらく二人っきりにしてほしいと頼まれ」


 無剣流を発動した。

 全速力で駆け出し、神殿の中に跳びこむ。

 嫌な予感は的中した。

 クリスがフィーの胸に剣を突き刺そうとしていた。

 

 二人の間に滑り込み、剣を素手で払いのける。

 角度が悪く、掌が刃でざっくりと肉が裂けた。

 血飛沫がフィーの上に降りかかった。


 はねとばされたクリスが、ぼう然として俺を見上げる。

「そんなに二人一緒に死にたいのなら!」

 抜き放った剣を振りかぶり、フィーの喉元を狙う。

「俺が殺してやる!」

 その方がいい。彼女の手を、最愛の友の血で汚すぐらいなら。


 俺なら、人殺しに慣れた俺なら、苦しまずに終わらせてやれる。


 いつの間にかフィーが目を開けていた。

 俺を黙って見つめている。

 その静謐な視線を受け止め、歯を食いしばって手に力を込めた。

「やめて!!」

 悲鳴をあげ、クリスがフィーの上に覆いかぶさる。

「フィーを殺さないで!!」



 どれほど時間が経っただろうか。

 泣きじゃくるクリスと、黙ったまま俺を見詰めるフィー。

 俺は剣を下ろした。


 悪魔が、耳元でささやく。


「ひとつだけ、方法がある」

 とうとう、人殺しだけでなく、最悪の所業に手を染めてしまう。

 口から臓物をぶちまけたいほどの嫌悪感がこみ上げる。

 命だけは、助かる。文字通り、命だけだ。

 それ以外の全てを、自由を、夢を、未来を、尊厳を奪う、悪魔の選択。


「俺の、奴隷になってくれ」

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