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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
さだめに抗う冒険者
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悪魔の選択 その二

残酷な描写があります。ご注意下さい。



*

 街に戻ると、ギルドの前でガーブと別れた。

 俺は礼を言って、後日の約束を取り付けた。

 彼も忙しいだろうし、明日は俺達も通常の討伐を行う予定だ。

 なるべく彼の負担にならないように先導役を頼むつもりだった。


「タマの晩御飯は用意していないのでよろしく」

 ガーブがじろりと睨む。気を利かせてやったのに。

「あと、味付けの濃い串焼きはネコの体に良くないと思います」

 ぷいっと顔を背けると、ガーブは立ち去った。

「一緒に戻らないのですか?」

「少し時間を潰していこう」

 ネコ相手にデレデレしているところを見られたくないだろうし。

 それにセレスから、顔を出すように言伝を受け取っているのだ。


「お待ちしてました、ヨシタツさん」

 金髪の受付嬢はニッコリと笑って迎えてくれた。

 クリスとフィーは掲示板の方に行き、討伐依頼を確認している。

 ちょうど他の冒険者もいないので、ゆっくりと話せそうだ。

「やあ、仕事はどうだい?」

「やっとひと段落つきました」

 セレスはため息をつき、肩を落した。

 鎧蟻との戦いの後始末が、かなり大変だったようだ。

 先日の件で鎧蟻に関する見識が改められ、膨大な記録を作成中らしい。

 いずれ王都で開催される冒険者ギルドの総会で発表するそうだ。

「頑張ったね、お疲れさま」

 なにしろ事件に関係した冒険者全員から聞き取り調査を行ったのだ。

 聴取されるほうも大変だが、担当者の苦労はその比ではないだろう。

「そう仰って下さるのはヨシタツさんだけです」

 セレスが大げさに嘆く。

「他の冒険者の方達といったらもう!」

 たぶん面倒くさがって、協力的ではなかったのだろう。

 その時の様子を思い出したのか、口を尖らせて憤慨する。

 可愛い顔がだいなしだよ?

 そんな風に慰められるぐらい口達者ならいいのだが。

 さすがに照れくさいし、軽々しい男だと思われたくない。

「そうだ、食事の約束をしていたね」

「え? あ、覚えていてくれたんですか?」

 監督処置の交渉のときの約束を持ち出すと、セレスは驚いたみたいだ。

「セレスとの約束を忘れるわけないだろう?」

 嘘です。リリちゃんの約束を破った俺は、一生懸命記憶をほじくり返しました。

 それでフィーのご褒美の約束も思い出せたのだ。実に危なかった。

 もちろん、忘れていたなどとは口が裂けても言えないが。

 今度、約束メモを作成しようと思う。

「タヂカさん……」

「頑張ったご褒美に奢るから。今晩はどう?」

「はい、ぜひ!」

「それで、今日の用件はなんだっけ?」

「え? ああ、そうでした。鎧蟻の件の報酬額が決まりました」

「え、ほんと!?」

 それは朗報だ。幾らになったんだろう。

 期待に胸が膨らむ。

 セレスから聞いた話によると、女王蟻の霊礫は領主に献上したらしい。

 査問会で俺の無実を勝ち取るために必要だったと言われれば否やはない。

 しかもクリスとフィーが責任を取ると書付に署名までしたそうだ。

 あわてて破棄してもらったが、二人のあまりの軽率さに怒ってしまった。

「金貨百枚です」

 こってり説教したが、二人ともニヤニヤするだけで効果は疑わしい。

 借金の保証人を簡単に引き受けそうで、彼女達の将来が非常に不安だ。

「え?」

 セレスはいま、なんて言った?

「ですから、金貨百枚です」

「え? いやちょっと待ってくれおかしいだろそんなの?」

「素材買取は後日になりますが。依頼報酬に特別報酬とか、あ、明細はこちらになります」

 ニコニコと笑顔で手渡された書類に目を通す。しかし全く頭に入らない。

 字を読めないことをすっかり忘れるほどうろたえていた。

 看破 発動

 鎧蟻討伐 報酬総額:金貨百枚

 いや看破さん、それじゃ分からないから。

 ……しかし、金貨百枚。百枚かあ、すげえなあ。

 それだけあったら


「奴隷が買える」


 ぽつりと、呟いてしまった。




 セレスが俺の背後を見て、表情を強張らせていた。

 その視線を追って、振り返る。

 視線の先に、クリスとフィーがいた。


 顔を俯け、肩を震わせるフィーの表情はうかがえない。

 彼女は背を向けると走りだし、外へとび出した。

 クリスが俺を睨んでいる。

 怒りと失望、悲しみがないまぜになった視線が俺を射抜く。

 何か言わなければ。そう思うのに舌が痺れたように言葉が出ない。

 そんな俺を一瞥して、彼女もまた背中を向ける。

 いやにゆっくり立ち去るが、扉までたどり着くと彼女も駆け出した。



 我に返った俺がクリス達を追おうとした時

「どうするつもりですか?」

 意表をつかれ、思わずセレスを振り返った。

「……どうするって?」

「ですから、彼女達を追いかけて、なにを話すおつもりです?」

 セレスの瞳に非難の色はない。実験動物を観察するような平板な目だ。

「いずれ、彼女達と別れるおつもりだったのでしょう?」

「いやちょっと待ってくれ」

 そうだったか? いや、そのつもりだったはずだ。

「奴隷パーティーを結成する計画だったのでは?」

 ああそうだった。忘れていた。

 彼女達とパーティーを組んだのは、その資金稼ぎだった。

 だから金貨百枚と言われ、ついぽろっと口に出たんだ。

「このまま行かせてあげなさい。それも優しさです」

「だけど……」

「ではどうするのです? 奴隷パーティーは諦めますか?」

 諦める?

 いや、そもそも俺は、どうして奴隷パーティーを望んだ?


 強くなれるから。


 いつの頃からか、呼吸するように自然とその確信があった。

 強くなれば、金を稼ぐのが楽になる。そう考えたのだ。


 それとは別の問題もある。

 クリスやフィーとの冒険者生活は確かに充実している。

 だけど冒険者は学生のクラブ活動ではない。楽しいだけではダメなのだ。

 俺の目的は老後の生活資金を稼ぐことだし、冒険者として遅いスタートをきっている。

 たぶん、彼女達が冒険者として充実する頃、俺の身体はガタがきているだろう。

 彼女達の若さについていくのがさらに難しくなる。

 もしかしたらそれが原因で彼女達を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

 それに彼女達は女性だ。この世界の常識は知らないが、いつか家庭に入るだろう。

 そのとき、残された俺はどうすればいい?

 十年という年齢差は、そういう意味だ。寂しいが、それが現実だ。


 生きている時間が違うのだ。 


「彼女達と話し合ってみるよ」

 考えをまとめると、気分が落ち着いた。

 以前に彼女達と確認したはずだ。大事なことは話し合おうと。

「そうですね、それがいいでしょう」

「あ、すまないけど」

「ええ、食事はまた今度ですね」

 彼女はニッコリと笑ってくれた。


 ギルドを出ると、雲が空を覆っていた。いつ雨が降ってもおかしくない。

「タヂカさん」

 背後から声を掛けられた。商業組合のラレックだ。

「久しぶり、その節は」

「無駄話をしている暇はありません」



 俺は街を疾走する。

 ラレックには宿に向かってもらい、ガーブに言伝を頼んだ。

 探査と看破を切り替えつつ、彼女達を探す。

 まず一人目、クリスを発見した。

 彼女は、腕から血を流していた。

「ヨシタツさん!!」

 俺の姿を見つけると、彼女は駆け寄る。

 押さえた指の隙間から、真っ赤な血が滴り落ちる。

「クリス!!」

「フィーが! フィーがさらわれました!!」

 彼女の悲痛な叫びに、頭が沸騰する。


 探査―並列起動―看破


「男達が彼女を裏道に引きずり込んで!」

 クリスが泣き叫ぶ。


 範囲は徒歩で十分圏内、探査を拡張して発動


「助けようとしたら、いきなり物陰から襲われて!」


 探査範囲全てを対象に、看破を発動


「避けるだけで精一杯だったんです!!」


 血圧が一気に上がる。心臓が早鐘を打ち、血液が身体を駆け巡る。


「おねがい! 助けて!!」


 膨大な情報の濁流に襲い掛かられた。


 コップにプールの水を注ぐようなものだ。

 看破が高速で解析処理を行うが、情報の圧力に破裂しそうだ。

 あまりの過負荷に脳髄が火花を散らし、神経が焼かれる。

 血管が随所で破断し、鼻孔とまなじりから血が流れ出す。


「タヂカさん!!!」


 だが、見つけた。


「行くぞ」

 どんなに長く見積もっても、時間は十分と経っていない。

 だから大丈夫、必ず助けられる。


 裏道の奥にその廃屋はあった。

 俺が扉を蹴破り、クリスが後に続く。

「なんだテメエは!」

 部屋にいた数人の男達が殺気立つ。

 中は薄暗く、かび臭い。

 俺は男達に答えることなく、部屋を見回す。

 奥の壁に横たわる影を見つける。

 男達から距離を取りつつ、破れかけた窓を剣で破壊する。

 それでようやく、奥まで光が届いた。


 フィーだと、最初は分からなかった。

 顔中が腫れあがり、鼻血を流している。

 口の端や額が切れて血がにじんでいる。

 綺麗な金色の髪が、埃まみれだ。

 彼女がうめき声をあげ、少しだけ安堵する。

 装備は半ば剥ぎ取られ、お腹をかばうように手で押さえている。

 

「ちっ、もう来やがったのか」

 彼女の側に立っていた男が、腹立たしそうに唾を吐く。

「……何をしていた」

「来るのが早すぎるんだよバカが」

「何をしたのか、聞いている」

 自分でも驚くほど冷静だ。

「こいつが暴れやがるからおとなしくさせたんだよ、見ろ!」

 男が示す方向を見ると、別の男が顔を押さえて呻いている。

「このアマが妙なスキルを使いやがって、仲間がヤケドしちまったじゃねえか!」

 どうしてくれると、身勝手なことをほざいた。

 そいつの戯言を聞き流しつつ、部屋の様子を確認する。

 男達は六人、剣や短刀で武装している。

 スキル持ちは、いない。

「それで? やりあうか?」

 俺が問うと、男は肩をすくめる。

「テメエの腕前は聞いてるからな」

「いいだろう、この場は見逃してやる」

 男達に構っている暇はない。

 一刻も早くフィーを治療院に連れて行かなくては。

 お前達の落とし前は、その後だ。


 ラーク、ゼル、ブレグ、ギース、レスタ、オーグ

 お前達の名前は全員覚えた。

 五体満足で朝日を拝めると思うなよ?


 さらに、壁の向こう側を透かすように見る。

 廃屋の外で様子をうかがっている人間に胸中で語りかける。


 サイラス、お前とも話し合おうな?

 とても長く、素敵な話し合いにしようぜ。

 俺の殺意に反応したのだろうか。

 サイラスの気配がすっと遠ざかった。


 俺は立ち尽くすクリスを押しやり、扉への道を開けた。

 男達はぞろぞろと出て行こうとする。

 その途中、ギースが近寄って俺の顔をねめあげた。

「なんだ?」

「どんな色男かと思ったら、ずいぶんしょぼくれた野郎だな」

 ギースがせせら笑う。

「あのアマ、ダチだけじゃねえ、テメエの名前もわめいてたぜ?」

 怒りで視界がぶれ、反射的に剣を引き抜いた。


 ギースの喉に、剣の切っ先が生えた。


 獣の咆哮が轟く。

 全員の身体が硬直する。

 鼓膜を圧倒するそれに、意志で抵抗などできない。

 棒立ちになっていたレスタが、肩から腹まで斬り裂かれた。

 崩れ落ちた彼の向こう側に、返り血で真っ赤に染まったクリスが立っている。

 彼女は広がる血だまりを虚ろな目で見下ろしていた。

「やろう!!」

 硬直からとけたラークが吠え、男達がそれぞれ武器を構えてクリスに襲い掛かる。

 顔にヤケドを負った男、ゼルの短刀が彼女に迫り、俺は割って入ろうとした。

 遅かった、一瞬の気後れが、さらに事態を悪化させた。


 ゼルの頭が燃え上がった。

 絶叫をあげ、床を転げまわる。

 炎は執拗にまとわりつき、舌を焼いて肺まであぶる。


 不利を悟り、生き残りが逃げ出した。

「逃がすな! ころ――」

 言葉が途切れる、走り出そうとした足を止める。

 何をしようとした? 彼女達に何をさせようとした?


 部屋に残ったのは三つの死体と、俺達だけ。

 ずり、ずりと何かがはいずる音。

 フィーが肘をつかい、身体をねじり、クリスに近づく。

 やがてクリスの足元にたどり着くと、手を伸ばした。

 ぽん、ぽんとその足を叩く。

 糸が切れたように、クリスがしゃがみ込んだ。

 むせび泣くクリスを、フィーが弱々しく撫でさすった。


名称:クリサリス

年齢:19歳

スキル:剣術2、

固有スキル:獅子王

履歴:殺人×2


名称:フィフィア

年齢:18歳

スキル:魔術1

固有スキル:スキル制御

履歴:殺人×1

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[一言] これ以上、無理。(o*。_。)oペコッ
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